Cypress 14
・夏といえば夏祭りですね。
・エッです。ここまで長かった……。
・例によってせとりに都合のよい設定でございます。ご注意ください。
トントントン。
はやる気持ちが、階段をのぼる足を急かした。
あせって転げ落ちてしまわないように、一段、一段、踏みしめることを意識する。向かう先はまっすぐ自室……ではなく、隣接する客室。二時間くらいまえに同居人が就寝すると宣言し、引っこんでいった部屋だ。
最近、ロビンとは別々の部屋で寝るようになっている。
「家を襲撃される可能性もほとんどないみてえですし、オレは客室で寝ることにします。オタクだって、そっちの方が心置きなく眠れるっしょ?」
彼がそう宣言したのは夏休みに入ってすぐだったと記憶しているので、かれこれ二週間ほど、立香はロビンと離れて眠る生活が続いていた。
まぁ、一応は異性ですし? 別々の部屋で寝る方が安心だし? 健全ではありますけど?
今更だよねとか、本音はわたしと寝るのが嫌だったのかなとか、彼の本心を探ることエトセトラ。ことごとくネガティブに考えてしまうのは、立香の気持ちがロビンに出会った頃と現在とで、百八十度ほど違う位置に着地してしまったからである。……一周しているじゃないかとか、冷静で無粋なツッコミはしないでほしい。同じ場所でも螺旋に捻じれているのだ。
立香は客室のドアをノックしようとして、しかし手を止めた。
迷惑ではない、と思う。
自分はロビンのマスターだし。
これは彼を気遣っての行動だし。
うん、何も間違ったことはしていないはずだ。
目を閉じて、深く息を吸い、緊張を細く長い息に乗せて吐く。大丈夫だと自分に言い聞かせてから、ドアを数回ノックした。
「ロビンー、起きてるー?」
「あいよー。起きてますぜー」
すぐに返ってきたロビンの明るい声。それにほんの少しだけ寂しい気持ちになる。彼が立香との間に引いてしまった見えない境界線が、さらに濃く、深いものになった気がした。
でも、多分……それを指摘するのは今じゃない。
確信はない。だけど、ちっぽけな予感めいたものに従って、立香は何食わぬ顔で扉を開け、ベッドに腰掛けているロビンに笑いかけた。
「おはよう。よく眠れた?」
「ま、ぼちぼちってとこですかね。何か用事でもありました?」
夕飯にはまだ早いよなと、ロビンが窓の外に目をむける。夕暮れの色を帯びるにはまだ早い夏空が、ロビンの瞳に写り込んでいる。それがとても綺麗で、息をのむほど美しく見えて───
どきんと、立香の胸が、ひときわ強い鼓動を打った。
慌ててロビンから目をそらす。就寝前に元の姿を維持できるようにしておいたし、戦闘もしていないので、ロビンは成人男性サイズのままだ。余計に意識してしまって仕方ない。
「えっと……あのね!? もしロビンの負担にならなければの話なんだけど……」
「めずらしく煮え切らないな。オタクらしくないですぜ」
ロビンが立香に振り返る気配がした。声色から推測するに、微笑んでいる気もする。しかし立香は、やっぱり顔を満足にあげることができず、客室の灰色のカーペットと、ロビンの首にあるネックレスの間で、うろうろと視線を彷徨わせることしかできなかった。
「だからつまり……その……す、鈴鹿の神社で夏祭りがあるんだけど、よかったら一緒に行きませんか!?」
後ろ手に持っていたチラシを、ずいっとロビンの方へ押し出した。ついでにチラシの裏に顔を隠しながら、だ。ロビンは眉根を寄せながら、チラシをまじまじと見つめた。
「夏祭り?」
「そう。一番の見どころはなんといっても、お神楽! 鈴鹿とか、巫女の出雲さんとかも参加するんだよ。すごく人気なんだ。もちろん、いろんな屋台も出るんだよ。去年は射的とかもあったかな。金魚すくいも楽しくて……」
いつもより必死なのは相手のペースに持っていかれては困るからだ。必然的に、身体にも声にも力が入り、早口になってしまう。
ロビンはしばらくチラシとにらめっこしてから、悠然と長い足を組んだ。
「立香はオレと夏祭りに行きたいと」
「そういうことだね」
「ほう。ほうほうほーう」
うわー、ものすごく意地悪な笑みで、立てた人差し指と親指を顎に当ててるよ。効果音はキラーンかな。あと顔に書いてあるんだよなー。「それ、思いっきりデートのお誘いですけど。ちゃんと分かってんですかね?」って。
最近ロビンの考えていることが、なんとなくではあるけれど理解できるような気がするんだよなーと、立香は彼からの返事をそわそわとした心持ちで待った。
ロビンは意地悪な笑みを引っこめる。そして間髪おかずに、うーんと悩ましげに目を伏せた。
「行きたいのはやまやまっすけどね。見てのとおり、オレぁちょいと疲れてますんで、今回はパ「だったらロビンの晩御飯はなしだね。食材、買ってないもん」
立香がロビンの言葉を見事な一刀両断でさえぎった。食い気味だったのは、彼が高い確率で立香の誘いを断ると踏んでいたからである。
「そんじゃあ今から買い出しに「外出するならお祭りの屋台のご飯でもいいよね」
「……デリバリーを頼むのは「わたし、一人暮らしの時に食べ過ぎて飽きた」
なおも断る算段を企てているロビン。
ここで引いたら逃げられてしまう。立香は大股でロビンに近づき、ずいっと顔を寄せた。勢いと距離の近さに、ロビンがらしくもなく、大きくのけぞった。
「実は……ロビンの着る甚平、すでに用意してあるんだよね。あーあ、残念だなー。せっかく似合う服を買ってきてあげたのに、一度も袖を通さないまま夏が終わってしまうんだねー。もったいないなー。どうしようかなー。着まわすなんてできないし、捨てるしかないかなー」
極めつけにロビンの真似をして嫌味っぽく笑ってみせる。彼は明らかに不機嫌になったあと、視線を泳がせ、言葉を詰まらせていた。
「っ……いつの間に用意してたんです?」
「夏休み初日だよ。生徒会の先輩二人とアナスタシアに誘われて、浴衣を買いに行ったんだ。ついでにロビンの服も調達しておきました。ブイ」
「たったそれだけのことで勝った気にならねえでくださいよ、確信犯のお嬢さん」
眠気を振り払うように、ロビンは頭を片手で押さえながら、首を横に数度振った。
どうして眠いのかとか、眠る時間が増えているのかとか、絶対に教えてくれないんだね。
立香はロビンには見えない角度で、チラシを握る手をギュッと握りしめた。
「というわけで、ロビンの服を持ってくるので、ちゃちゃっと着替えちゃってね。終わったら一緒に神社まで行こう」
「はいはい。ったく、おちおち昼寝……いや、夕寝もできやしねぇのな」
大きな生あくびを隠すこともなく、ロビンは愚痴を漏らした。
うん、そうだよ。ちゃんと腹を割って話をするために、わたしは君を誘うんだから。
言葉にしないまま、立香はロビンに背を向ける。彼のために用意した衣服を取りに、客室を飛び出した。
※
数分後、立香は廊下で扉越しの衣擦れ音を聞いていた。ロビンは素直に着替えてくれているようだ。
「立香ー、どっちが前でしたっけ?」
「襟のこと? 結ぶ紐があるから分かりやすいと思うけど、右を先に結んで、左の襟が上に来るように着るんだよー。右が上になるのは死装束で縁起がよくないから、ダメ絶対」
「だったら、なおのこと右が正解じゃね?」
「……突然のブラックユーモアやめようよ。どうやって返したらいいか戸惑うじゃん」
苦笑いと半笑いを足して二で割った声で立香が返すと、ロビンがかすかに笑う気配が伝わってきた。本当にわたしをからかうのが好きなんだからなぁと呆れていたら、着替え終わったロビンが客室から、ぬっと現れた。
緑の麻生地で作られた甚平。二の腕あたりの切り込みは、茶色の飾り紐で細かく交差して縫われ、袖と肩部分をしっかりと繋いでいる。涼しげなそこから、逞しい腕が、しっかりチラチラ見えていた。
……目のやり場に困る。いや、ロビンの普段着の構造上、二の腕なんて見慣れているんだけれども! それとこれとは別というか、初めて着る服で隠されると、余計に気になってしまうというかなんというか……。
火照りそうになる顔を立香がパタパタと仰いでいると、ロビンも立香を上から下まで観察してきた。
「オタクも着替えてたんですか。その形状、確か着物ってやつでしたっけ?」
「人に着せておいて自分だけ普段着なんて、味気ないし不公平でしょ? ちなみに、これは浴衣だよ。着物よりも簡素な作りで着るのも楽なんだ。あとは帯をつけるだけなんだけど、まだ一人では上手くできないから、手伝ってくれると嬉しいな」
薄浅葱に花火が描かれた浴衣を帯紐だけ締めていた立香は、持っていたクチナシ色の帯の先を、「ちょっと持ってて」とロビンに押しつけた。
覚えたての知識で帯を結んでいく立香と、不慣れな手つきで手伝ってくれるロビン。三分ほどの格闘の末、立香の腰に立派なリボン型の結び帯が完成した。
「ありがとう。それじゃあ出発だ!」
「へいへい。……っと、立香ストップ。ちょいとご相談なんですがね」
ヒソヒソと、あることを提案された。途端、立香の顔から火や湯気が噴いた。耳を押さえながら、言いたいことだけ宣って離れたロビンを睨みつける。甚平を着こなした青年が、してやったりと口角を上げた。
※
電車で一駅分だけ移動して、そこから下駄をカラコロ鳴らしながら歩くこと───五分。宵の口は酔いしれて、蒸し暑さは連なる出店の明かりをぼんやりと霞ませていた。祭りに訪れた人の波が、神社本殿へ続く鼠色をした石の参道を流れていく。立香もロビンと二人、人混みにまぎれて、ゆっくりと歩いた。
たくさんの話し声と、遠くで聞こえる横笛の音色。
薄暗くなった景色に、赤い提灯が灯る。
参道の脇には出店が立ち並んでいる。
立香は出店に立ち寄っては、片っ端から甘いものを買いあさり、ここぞとばかりに堪能していた。
「美味しい! 一年ぶりの綿飴が心に沁みる!」
「あんまり甘いものばっかり食べてると虫歯だらけになりますぜー」
「ちゃんと歯磨きするから大丈夫だよーだ。こんな機会じゃないと、綿飴もリンゴ飴も冷やしパインも食べられないし!」
「まあ、デパートじゃ買えないラインナップではありますけどね。晩飯がそれでいいのか?」
「おーるおっけーだよ。ロビンは食べないの? 美味しいよ?」
そう言いながら、立香はもこもこな羊毛のごとき綿飴(黄色)をロビンに差し出す。彼は立てた右手を数度ばかり横に振った。
「オレぁパスで。飯なら後で適当に買って帰りますよ。荷物が増えるのも面倒ですし」
そっか、と納得し、立香だけ黙々と綿飴を咀嚼する行為に耽った。
その後はあてどもなく参道をうろついた。道中、何度か人の波に攫われそうになったけれど、ロビンにさりげなく腕を引き寄せられて回避することができた。驚いたのは、そのあとだ。彼の手が、立香の手を握ってきたのである。思わずロビンを見つめる。彼は普段通りの様子だった。そのかわり、立香の方を見ることもなかった。
嫌ではない。むしろ嬉しい。
はぐれないように繋いでくれただけかもしれないけれど、彼に近づけるなら、今はなんだって構わない。
手を繋いだまま、立香は自分からロビンにぴったり寄り添って歩く。ロビンは、やっぱり頑なにこっちを見なかったけれど。
その状態のまま、ときどき目に入った屋台で、金魚すくいや射的を楽しんだ。金魚すくいでは一掬いでポイに穴を開けてしまったロビンだったが、射的では当然のごとく頭角をあらわした。「近代の武器は好きじゃないんですけどねぇ」なんて、ぼやいていたわりには、コルク銃で棚に並んだ景品を次々に落としていくものだから、屋台の主人がひきつけを起こしかけていた。それもそのはず。景品がなくなれば営業は終了だ。このままだと景品を根こそぎ持って帰られると思ったのだろう。結局すべて落とした景品のうち、立香は黄色いキャラメル箱だけをもらって屋台をあとにした。おじさんがあからさまにホッとした顔をしていたのが、不謹慎だが面白かった。
「立香」
ふいに名前を呼ばれた。つい先ほど買ったりんご飴を舐めていた立香が顔を上げると、チュッと唇を吸われた。
「甘いっすね」
「あの……恥ずかしいんだけど」
実はロビンが宝具をどこかに忍ばせているらしく、一瞬だけ姿が見えなくなっている……らしい。実際に確認した訳じゃないから、本当かどうかは分からないが、一応キスするときは透明になっていると説明を受けた。
他人からは視認できない状態。とはいえ、往来のど真ん中で堂々とキスしていることに変わりはない。とんでもなく恥ずかしい。けれど立香はロビンの行動を拒否できない。出かける間際、彼とかわした約束は、まさにこれだったのである。
『カプさばに戻らないようにするために、定期的な補給を頼みますぜ』
耳元で要求された場面を思い出し、立香の頬がりんご飴に負けないくらい赤く染まった。
「確かに魔力の補給は必要だと思う。だけど、もうちょっと違うやり方ってなかったのかな!?」
かなりの小声で抗議しながら、立香は緑の甚平の袖口をぐいぐい引っ張った。
「定期的にしないと小さくなっちまいますからねー。いきなり戻ったんじゃ困るっしょ? 毎回毎回、他人のいねえとこ探すのも面倒ですし」
「そうなんだよ。そうなんだけどさぁ! 宝具の使い方が間違ってるような気がするんですけど!? ……ねえ、ロビン。絶対にわたしで遊んでるよね?」
「どうっすかね? オレがオタクで遊んでいるように見えます?」
ロビンが試すような視線で探ってくる。立香の頬が膨らみ、りんご飴へとまた一歩近づいた。
「うん。この上なく。最上級に。果てしなく」
「信用なくないっすか」
「信頼はしてるからいいんじゃない?」
「さいですか」
沈んだ声で納得するロビン。でも騙されたりしない。これは演技だ。言葉の裏側に楽しそうな気配が見え隠れしている。立香は「わたしで遊ぶんじゃない!」という意味を込めて、ロビンの手の甲を思いきり抓ってあげた。
出店はあらかた堪能した。時刻はもうすぐ八時を回ろうとしている。目玉イベントであるお神楽が始まる頃合いだ。人の流れに身を任せつつ、二人は本殿へと向かった。しかし───
「立香、ちょっと」
「どうしたの?」
もうすぐ神楽が披露される、というタイミングで、ロビンに手を引かれた。人ごみをかき分けて、本殿脇に広がる人気のない雑木林の方へ。煌々と輝く明かりから十分離れた場所で、くるりと方向転換したロビンに、いきなり唇を塞がれた。
「ん!? あ、ちょっ……ま、っ……んぅ……」
ロビンが立香との隙間を埋めるように抱き込んでくる。絶対に逃がさない意志が、嫌でも伝わってくるほどの力だった。
「は、ぁ……ん……っ」
立香が覚えているかぎり、一番深くて、激しいキス。噛みつくような、貪るような、食べられてしまうんじゃないかと錯覚してしまうほどの口付けだ。口内をかきまわす舌に応えながら、合間に息継ぎするのがやっとである。
───長く執拗なキスが終わる。ロビンの身体がそっと離れていく。
突然のことに驚いたけれど、それよりもロビンが離れていく方が寂しい。こんな状態になるまで、体調不良をひた隠しにする彼が、どうしようもなく寂しくて、何よりも悲しかったのだ。
「すんません。がっつきすぎました」
「でも、そうしなきゃ消えちゃうんでしょ?」
彼らしくもない短い謝罪を受けて、立香が事実を淡々と告げる。ロビンが驚きに目を見開く。なぜ知っているんだという声が聞こえた気がした。
「浴衣を買いに行ったとき、アナスタシアがわたしに教えてくれたんだよ。アナスタシアはカイニスから聞いたって言ってた。ロビンの霊基(からだ)が消えかかっているって。本来なら自然治癒するはずなのに、受けた傷がまったく治ってないって。わたしの傷は綺麗に治ってたから、ロビンもそうなんだって完全に思い込んでいた。……気付いてあげられなくて、ごめんね」
だんだんとロビンの表情が曇ってきた。罰が悪そうに視線を逸らしているのは、彼にとっての不都合が明るみになったからだろうか。それとも、マスターである立香がサーヴァントである己に謝罪したことに対する苛立ちだろうか。
どちらかなんて立香には関係ない。まったく関係なかったのだ。
立香の胸を占めるのは、『立香を守るという大義名分で、彼が自らの傷さえも隠し続けていたことへの疑問』だけだった。
「夏休み前に戦った水蛇の針みたいな攻撃。あれも足に受けたんだよね? 水の針は透明で、攻撃を受けたことにも気付かなかったけれど、その日から魔力の消費が激しくなってるみたいだってアナスタシアが教えてくれた。だからキスの回数も増えていたし、いつも以上に睡眠を必要としていたんでしょう?」
心臓がばくばくと音を立てている。彼がひた隠しにしていた事実を暴いていく高揚で、頭に血がのぼってクラクラする。何が返ってくるのか予想もつかず、下手をすれば彼を傷つけてしまうかもしれないという懸念が、恐怖心に拍車をかけていた。
ロビンは黙って立香の言葉を聞いている。しかし、やがてため息交じりに舌打ちをした。
「余計なことを」
「余計なことって何? どうしてわたしに黙ってたの? なんで教えてくれなかったの!? 教えてくれたら、わたしは……っ!」
勢いに任せていた立香の口が、勝手につぐんでしまった。
わたしに何ができたのだろう。
魔力経路も正常に繋げない。
カプさばに関する知識もない。
敵とも満足に戦えない。
ないもの尽くしのわたしに、いったい何ができたのだろう。
なにより、ロビンの不調に気付くことができなかった。わたしはロビンのマスターなのに。誰よりも近くにいて、誰よりも彼のことを理解しなければいけなかったのに。彼の優しさや強さに、ただひたすらに甘えていただけだった。
ああ、そうだ。やっと理解できた気がする。
わたしは───ロビンに対する自分の不甲斐なさが悲しくて、悔しくて、どうしようもなく苦しかったんだ。
「教えたところで、今のアンタにゃどうしようもできねえですよ。荷が重いってやつっすわ」
ロビンが立香の思考を見透かしたように拒絶する。離れてしまいそうな彼の心を感じ取って、全身の血の気が引いていく。ロビンの腕を握っている立香の手は汗ばんでいるのに、氷のように冷たくなっていた。
「ま、そこまで知られてんなら、一切合切白状しときますか。まず受けた傷のことからだな。見た目はこのとおり綺麗だが、そりゃあ見かけだけってヤツさ。完全には治りきってないし、ダメージは蓄積したままだ。本来は自然治癒するはずなんだが、オタクとの魔力経路がズタボロなせいで、そこらへん、どうも調子よくないみたいっすね。そんで、とどめに水蛇の針だ。あれには呪詛が込められてた。徐々にオレの霊基から魔力を削っていく衰弱効果があったらしい。呪い関係は専門外でね。解呪の方法が分からねえんです。ちなみにキャスターにも解呪は無理だった。そこまで強くない呪いとはいえ、系統が神代域だったみたいで、うかつに手が出せねーらしいっす。カイニスも呪術は門外漢。つまり、オレに残された選択肢は、オタクからいつもより多く魔力を供給してもらうぐらいなんですよ」
一気に浴びせられるロビンの言葉。やっと彼の口から引き出せた厳しい現実に、立香は唇をかみしめた。
「正常に戻す方法はないの?」
「あー、まあ……あるには、ある。が……」
歯切れ悪く答えるロビン。解決方法があるというのも寝耳に水だが、こういう煮え切らない態度は既視感がありすぎる。初めてカプさばの姿から、本来のサーヴァントへ戻った時に見せたものだ。
「難しいの?」
「いやまあ、難しいかと言われたら難しくはないが……。元に戻すというか、呪いよりもはるかに上回る魔力が供給できるようになれば問題はない。だがしかし……。いやいや、やっぱり難しいわ。無理っしょ、無理」
立香には無理だと容赦なく烙印を押すロビン。
……なんだろう。だんだん腹が立ってきた。さっきまでロビンへの申し訳なさが先んじていたけれど、立香を過小評価している彼の態度に、もともと立香に備わっていた強気な反骨精神が、またたく間に息を吹き返してきた。元より、彼の隠し事を全部暴くつもりで、立香はロビンを祭りに誘い出したのである。ここで引き下がるなんて、絶対にできるもんか!
「無理かどうかなんて、試してみなきゃ分かんないじゃん!」
「ぜってー無理に決まってんだから諦めてくだせぇ」
「いいから! 教えて! 教えろ、ロビンフッド!」
きつい命令口調。短い愛称ではなく真名を叫んだ。
ぐっ、と喉をつまらせるロビン。やがて視線をさ迷わせていた彼が、おもむろに立香にもう一度キスをした。今度は触れるだけの、優しいものだった。
「立香は……これ以上のことが、オレとできるってんですか?」
「は…………え?」
彼が何を言いたいのか分からない。これ以上って、キス以上って、こと……?
ぱちくりと目を瞬かせた後、思考停止したようにフリーズする立香を見て、ロビンはため息交じりに説明した。
「パスを強制的に繋ぎなおすんだろ? この場合、再召喚は論外だ。座に戻ったサーヴァントを再召喚しても、以前と同じ個体ってことはありえねえ。運よく同じサーヴァントを引き当てたとしても、そりゃ同じ見た目の、よく似た赤の他人ってヤツでさぁ」
するりとロビンの手が立香の頬を撫でる。そのまま耳の方へ、それから首を伝って、浴衣の襟をなぞっていく。
「あるにはありますぜ? ここにいるオレは消えずに、経路を繋ぎなおす方法が」
辿り着いた立香の胸を、ロビンが服の上から軽く掴んだ。着物よりも普段着を想定して作られた浴衣。薄い布地越しに、ロビンの指の感触が伝わってくる。
同時に、背に腕を回された。ふたたび口を塞がれる。少し深めの、でも穏やかな口づけだった。
「んっ……ぁ……」
ここまでされて理解できないほど、立香は子供ではない。つまり、ロビンがしようとしているのは……
「な? オタクには無理っしょ? 震えてますぜ、手」
指摘されて、立香は自分の手を見下ろす。ロビンの袖口を握りしめている手が、かすかに震えていた。
怖い? ……うん、怖い。確かに恐怖を感じている。
でもそれは、ロビンとの行為を想像してではなく、お前には無理だと決めつけられ、突き放されたがゆえの絶望から生まれる恐怖だった。
「無理やり襲うのが好きな男もいますがね、オレはそういうのは嫌いなんですよ。ま、今後は霊基が消滅しない程度に相手してくれると助かります」
ロビンは立香から離れ、未練なんてこれっぽっちも感じられない背中を見せた。
彼の足が前に進む。
立香との距離が開く。
境界が広がっていく。
……駄目だ。ここで離れてしまったら、もう二度と触れることはできない!
立香は涙が滲みそうになっている目を乱暴に浴衣の袖で擦る。自分勝手に去っていく広い背中を睨みつけて、肺が痛くなるほど、めいっぱい息を吸い込んだ。
「できる!!!」
「はあ!?」
ロビンがぽっかり口を開けたまま振り返った。仁王立ちになった立香の目じりが、さらに吊り上がった。
「できるよ! 怖くないもん! 舐めないでよね!! ロビンとキス以上のことするぐらい、なんてことな「わー! 大声で何言ってんですかアンタは! いいからもう黙ってもらえます!?」
慌てて駆け寄ってきたロビンの手に、口を塞がれてしまった。鼻まで覆われてしまったので、力任せにロビンの手を剥ぎ取り、激情にまかせて、立香は思いのたけを彼にぶつけた。
「ロビンがこのまま消えてしまうなんて嫌だよ。耐えられない。ただでさえ七不思議の一件から、ずっとずっと、大切な何かが消えてしまった気がして悲しいのに。ロビンまでいなくなってしまうのは、怖い、苦しい……。消えないで。いなくならないで。離れないで。そのためにできることなら……わたしにできることなら、なんだってするから……。だから」
続く言葉を、立香は音として紡ぐことができなかった。堰を切ったように流れてくる涙と嗚咽が止まらない。泣くなんて不甲斐ないと頭で理解していても、こらえていたぶんだけ、色(かんじょう)を溶かした水滴が、しとどに立香の頬を濡らした。
「分かった分かった! アンタの気持ちは痛いほど分かりましたから! 自己犠牲の塊みたいなことを言わねーでくださいよ。つか、オタクに泣かれると困るっつーか……。あー、クソっ! これじゃあマジでカッコつかねえじゃねえかよ、オレ!」
乱暴に後ろ髪をかきむしったロビンは、本日何度目になるか分からない、様々な感情を乗せた息を吐いた。羞恥とか、覚悟とか、叱咤とか、それから……多分、罪悪感とか。そんな色が混じりあう灰色のため息だった。
やがてロビンは、立香の手をぶっきらぼうに取った。
「帰りますぜ、立香」
有無を言わせない強引な背中が歩き出す。
立香は黙ったまま、引きずられていくみたいに後ろをついていった。
息苦しい暑さの中を泳ぐように、二人で手を繋いで歩く。
───ううん、違う。
そんな優雅で、穏やかで、微笑ましくて、可愛らしいものなんかじゃない。
痛いぐらいの強さで手を握られている。振りほどこうという気も起こらないくらいだ。
性急さしか感じられない早足で、無言のまま、家への道を辿っていく。
カラコロとアレグロに鳴る立香の下駄。雑踏に響くそれが妙に際立ってしまって、まったくもって落ち着かない。こんなことなら、不格好でもいいから、機能性を重視したスニーカーを履いてくるべきだった。
日は落ちて、あたりはぼんやりとした宵闇。
人ごみの雑踏、くすんだ裸電球、厳かな太鼓の音、出店の食べ物の匂い。
祭りはまだまだ続き、より一層深まっていくだろう。その只中を、立香達だけが、おぼつかなく浮いた心持ちで家路を急いでいる。
───ああ。今が夜で、本当によかった。だって、そうじゃなかったら、すれ違う人全員に、ありえないぐらい真っ赤で、おまけに涙でぐしゃぐしゃになった顔が、バレてしまっただろうから。
ロビンを見る。彼はけっして振り向かない。頑なに前を見たまま、立香を見ようとしない。
でも───。
握った手が。
何度も触れた大きな手が。
いつもより、びっくりするほど熱かったから。
歩く時は必ずあわせてくれる歩調を、どこかに置き忘れているみたいだったから。
だから───。
立香はもう何も言わなかった。
いくら突き放されても逃げ出さないのが答えなのだと。
歩幅の広い君に追いつくように歩くことが運命なのだと。
そんな決心とか、覚悟とか、全部とまではいかなくても。
ほんの少しでも伝わりますようにと、立香はロビンの大きな手をぎゅっと握り返した。
※
玄関をくぐり、転がるように立香の部屋へなだれ込む。
ロビンが後ろ手に扉を閉めた。電気をつける手間さえ惜しいのか、暗いままの室内で貪るように口付けられる。けれどいきなりされた時ほどの恐怖はなくなっていた。
口内で蠢くロビンの舌に、必死で応えようと舌を這わせる。緊張からか、躰はガチガチに固まっていた。
「力入りすぎでしょ。こんなんじゃ最後まで保ちませんよ」
唇を離したロビンが、立香の濡れた赤い唇を親指で拭った。彼の顔は……暗くてよく見えない。でもいつも通りの、からかいまじりな口調だ。
「仕方ないじゃん、初めてなんだもん。確かに緊張しているけど、でも怖くないよ。それよりもロビンがいなくなる方が怖い。絶対に嫌だ。いなくならないで。そばにいて。だって───わたしには君しかいないんだから」
「オタクさ、それ色々と分かってます?」
この状況で臆面もなく言うかねと、ロビンはくっくっと喉で笑いながら、やっと電気のスイッチに手を伸ばした。
ぱちりと音がして、ぱっと視界が開ける。
見たことのない表情の彼がいた。痛みを耐えたような、それでいて、ひどく喜んでいるような、複雑な眼差しで立香を見下ろしていた。
「ほとんど魔力切れ寸前なんで、途中でやめられませんぜ。できるかぎり配慮はするが、優しくできる保障もない。……マジで後悔しないんだな?」
「ダメだったら、最初からできるなんて見栄張らないよ」
立香は爪先で精一杯の背伸びをして、ロビンの首に両腕を回す。力を入れて引き寄せた唇に、そっと触れるだけのキスをした。ここまでしておいて今更なことを問いかける彼がおかしくて、立香は吐息を漏らすように笑った。
「ロビンの好きにして」
彼の耳元で囁く。それを合図に、ふわりと足が地面から離れた。抱えられているんだと認識したときには、すでに立香の躰はベッドに着地していた。
ドキドキと胸の奥の鼓動が止まらない。顔も、耳も、吐息までもが、沸騰しそうなほど熱かった。見慣れた白い天井に、ロビンがいる。それが、どうしようもなく嬉しい、だなんて……。
「脱がしますよ」
「う、ん……」
帯や留紐が、しゅるしゅるという衣擦れとともに解かれていく。ロビンにも手伝ってもらって結んだ帯だけど、解くのは早いなーなどと、くだらないことをぼんやりと考えていたら、ぴったりと閉じていた前襟をめくられた。下着があらわになる。……寒くはない。むしろ暑いくらいだったから、涼しくて気持ちがいい。
まるで夢の中に漂っているような感覚だ。現実味が薄いと言い換えていいかもしれない。服を脱がされているのに、どこか頭は冷静で、けれど胸の奥では張り裂けてしまうんじゃないかと心配になるくらい、鼓動の音がうるさかった。
「あの、ロビン……電気を……」
袖が引っかかっている中途半端な状態の腕を、壁のスイッチへと伸ばす。絶対に届くわけないのに、何故そんなことをしたのか、自分でもよく分からない。きっと、ほんの少しだけ……怖かったのだと思う。だから足踏みするように、最後の悪あがきを無意識にしてしまったのだ。
ロビンに伸ばした手を取られた。やんわりとベッドに両手首を縫い付けられる。抵抗できない立香に、お返しみたいな口付けが降ってきた。
「消すなんてもったいないことできるかよ」
暗に『消したくない』と、ロビンは立香の懇願をやんわり却下した。
手首を取られたまま重ねられる唇。割り込んできたロビンの舌に、立香の躰がびくりと反応した。
「んむ……っ、ぁ、んぅ……ふ、ぅ」
口を開き、舌同士を絡ませあう。
そのあいだに、ロビンが甚平の結び目をすべて解いた。しなやかな筋肉が立香の肌に直に触れる。
───熱い。
皮膚が触れたところから溶けあってしまいそうだ。
「キス、上手くなりましたよね」
「あれだけ、してれば……」
嫌でも上達してしまう。だいたい付き合ってもなかったし、今だって付き合っているのか不明瞭なのに、経験値とかスキルだけ向上しまくっているのは、由々しき事態なのではないだろうか。
むう、と不満をあらわにする立香の鼻を、ロビンが悪戯っ子よろしく思いきり摘んだ。ふが、と間抜けな声が出る。やめて欲しくてロビンの手を叩くと、彼は静かに笑って、それから、「でも」と、言葉を紡いだ。
「嫌じゃなかっただろ?」
髪の毛を一束さらりと撫でられながら、瞼に、ちうっと口付けられた。反射で瞼を閉じた立香は、くっとまなじりを上げた。
「あーもう! そうだけど! 改めて言われるとイラッとするー!」
「へいへい。照れなくても大丈夫なんで」
「照れてなんか……ひぁっ!?」
いきなり首筋を舐められて、甲高い声が勝手に飛び出した。今のは自分の声? 生まれてこの方、聞いたこともない音域だったんだけど!?
混乱しながら口元を両手で押さえていると、またもやロビンに外されてしまった。手つきに苛立ちが見えたのは気のせいだろうか。
「ぁ……」
「我慢せずに聞かせてくださいよ。オレも、そっちの方が雰囲気が出て楽しいですし」
楽しいってなに!? と反論する間もなく、ロビンの顔が、立香の首筋にふたたび埋まった。
ぞくり、ぞくり。
ロビンの唇と舌が立香の首筋を滑るたび、形容しがたい感覚が、脳と脊髄を震わせる。
「だ、めぇ……ゾクゾクするっ、から!」
未知の感覚に尻込みした立香は、ロビンに静止を求める。しかし、それは逆効果だったようだ。
「ほう、そりゃいいこと聞きました」
これでもかと首筋をせめられた。ロビンの固い歯が立香の薄い皮膚に立てられ、そのたびに艶やかな立香の声が増えていく。首筋に意識をもっていかれているあいだに、ブラジャーが外されて、ずらされていた。ロビンの長い指が、つん、と尖った胸の突起をくるくると撫でたり、悪戯に摘まんできた。かと思ったら、優しく膨らみを揉んできたりと、いろんな刺激で翻弄するように弄られる。
「も、そこ、やだ! や、ぁ……あ、あ、んっ、んぁ!」
首と、胸と、耳まで舐め弄ばれて、立香は息も絶え絶えだ。じわじわとさいなむような、むず痒い快楽はもう十分だと、ロビンの肩をぎゅっと押し返す。滲んだ視界で、躰を離したロビンが、意地悪そうに口角を持ち上げていた。
「へえ……。だとすると、どこならオーケーなんです? もしかしてこっちだったり?」
さらけ出した太ももに、ぴたりとロビンの手が添えられた。下から上へ、ゆっくりと這ってくる不埒な手から目が離せない。行きつ戻りつする感覚が、一瞬の間を境に、立香の中心へと伸びる。
下着越しに、くっと花芯を押された。
たったそれだけで、立香の目と脳の裏側に、電気のような刺激が走った。
「ひっ! あ、ぁ……なに、これ………! っ……あ、あ!」
優しく指の腹で、ある一点を責められる。しびれるような快感が、立香の腰を勝手に揺らした。
「あんま自分で触ったことない?」
訊ねられて、こくこくと、壊れた玩具みたいに頷く。
だって、あんまり恋愛ごとなんて興味なかったから。義務教育で行為自体や内容はふわっと習っていたけれど、聞きかじった知識で想像するのと、実際に体験するのとでは、天と地ほどの差がある。想像を軽々と越えてきたリアルな感覚を、どうやって受け入れたらいいのか分からず、立香はもたらされる刺激に震えるばかりだ。
「立香、そのまま感じててくださいね。できるかぎりリラックスして……」
ロビンの手が下着の中に滑り込んできた。滲んでいた愛液を絡ませて、指の腹で直接、敏感な先端を翻弄した。
「あ、あ……んっ、ん、ぁ、あ……ん」
指が、滑っていく。速度を上げて、立香を追詰めていく。
「あ、ロビン。やだ……や、……っ、あ、あ、あ!」
ロビンの手を掴んで離そうとしたけれど、びくともしない。それどころか指も止まらない。刺激と快感は蓄積して、頭の中がパチパチと爆ぜていく。
「んんっ! ~~~っ!」
何かが一気に弾けて、息が詰まりそうになった。
しびれた思考に、たまらずかぶりを振ると、立香の目から生理的な涙が流れた。
高いところに放り投げられて、そのまま急速に落下するような感覚。
ふわふわと意識が散乱し、躰を包む多幸感で全身が汗ばんでいる。
何だろう、これ……。
逃げたい。でも、気持ちよくて力が入らない。
怖い。でも、もっとしてほしい。
相反する思考が、立香の躰を嬲る。
いっそのこと、ぐちゃぐちゃにして欲しいと、仄暗い欲求が首をもたげた。
どうにかしてほしくて、頼るべき相手を立香は見上げた。
ロビンと目があった。
情欲に濡れた翡翠が、妖しげな虹彩を保ったまま、立香をじっと見つめていた。
「ロビン……?」
「…………」
不安になって、荒い息の合間に呼びかける。しかしロビンは黙ったままだ。
時々、ほんの時々だけど、彼が何を考えているのか、いまだに理解できないことがある。
行動や仕草、千々になった言葉を集めて、推測するにも限度がある。こと、表情もなく言葉もなければ、立香も戸惑う他ない。
ああ───心の中が覗けたらいいのに。
そんな到底無理なことを考えながら、立香はロビンに両手を広げる。
ならばせめて。
境界を超えたいと。距離を埋めたいのだと。君を想う心が伝わりますようにと。
ささやかな願いを込めながら。
ロビンが下半身の衣服を取り去る。屹立したものが現れた。
立香の脚は大きく開かれ、濡れそぼったソコに、熱い怒張が押しあてられた。
「っ、く……ぅ……っ!」
自分とは異なる体温が、圧迫感をともないながら、狭い膣内を分け入ってくる。反射的に、ロビンの背に回した指先に、力を込めてしまった。
「立香、もう少し……力、抜いてください」
ロビンが立香の頬を撫でた。ちゃんと息も吐いてというアドバイス通り、立香は全身の力を抜いて、大きな呼吸で酸素を求める。
多少、痛みは軽減したようだ。それでも穿たれた事実はなくなっていないし、力も完全には抜けきっていないので、ピリピリとした痛覚は残留していた。
必死に呼吸を繰り返す立香を見下ろしながら、ロビンは目を細めた。
「そうそう、いい子っすねー」
「子ども、あつか、い……やめ、て……」
よくできました、とロビンが頭を撫でてくる。教えたことを実践しようとする立香が可愛いくて仕方ないのだろう。彼にとってみれば、立香なんてまだまだ子供でしかないのは事実。どんなに背伸びをしたところで、社会人でも通用する年齢のロビンと肩を並べられるはずもない。まして、情事にいたっては、立香など卵から孵ったばかりのひな鳥だ。親鳥相手に喧嘩をふっかけようとすること自体が間違っているのである。
むくれる立香をロビンが見つめる。しばらく何か考えた彼は、繋がったまま立香の額にキスをした。
「子ども扱いが気に食わない、と。そんじゃあ遠慮なく大人扱いしていいんだな?」
「あわ、わ! ま、待って……まだ、あ、あっ! あ、んっ、んぁ!」
ゆるゆるとロビンの腰が小刻みに動いた。ロビンの形に、ナカが拡がっていく。奥へと進む度に、膣壁が歓喜に咽ぶように、ぐじゅりと音を立てて招き入れる。まるで、そうすることが当然だったのだと思い出したように、ずっと足りなかったものを補うように、灼けた楔が埋まっていく。
最奥はすぐに訪れた。もうすっかり痛みなどなくなっていた。初めては痛いだけだとばかり思っていたから、立香は拍子抜けしたほどである。相性が良かった? それともロビンが上手かった? とにかく、懸念していた痛みは、恐怖や緊張と一緒に、どこかへなくなってしまっていた。
「ん、あっ、あ!……っ、あん、あ、はっ、あ……」
ロビンが腰を動かすたびに、勝手に声は生まれてくるし、壁はより気持ちのいい場所を探して怒張を擦り上げる。教えられてもいないのに、立香の腰はなまめかしく揺れていた。
立香の涙が止まらない。生理的なものもあるが、ここに至って、立香に一つの懸念が生まれたからだ。
「まだ痛みがあります? やっぱ性急すぎたか」
立香の涙をロビンが拭った。
「ち、が……。だってロビン、……わたしとするの、嫌、かもしれない、って……考えたら」
「? なんだそりゃ」
律動を止め、ロビンが首をかしげる。心の底から訳が分からないって表情だ。
「わたし、可愛いくもないし、美人でもないから……。ごめんね」
彼の女性好きを、立香は嫌というほど理解していた。だって街を歩いたら女の人を目で追っているし、ストライクゾーンも広いのか、妖艶なお姉さんタイプから純朴そうな同級生タイプまで、顔の整った、あるいはスタイル抜群の女性たちに、すごく声をかけたそうにソワソワしている。これで彼の好みに気付かない人間がいるなら逆に教えてほしい。
そしてどんなに比較してみても、立香が好みに適う要素なんて皆無だ。だから、ロビンは内心うんざりしているはずだと、立香は考えていた。
「なるほど。そんな思考(モン)抱えたまんまじゃ不安だわな」
ロビンは繋がったまま、立香を抱き起した。ぐじゅりと結合部分が音を立てる。さらに深く穿たれて、立香から喘ぎ声が漏れた。立香の腕から浴衣の浅葱が裾野のように広がる。クチナシの帯が涙の川のようにベッドに描かれた。
「いいこと教えましょうか。なあ、立香。オレは嫌いなヤツや、いけすかねーヤツとはこんなことしませんし、ましてキスなんかしませんぜ。初対面の人間とは目も合わせられねえほどだしな。基本的に小心者なんですよ」
ロビンが自分を語っている。立香はひどく驚いた。だって、今まで自分のことも、他のサーヴァントのことも、ほとんど教えてくれなかったのに。
「ぜ、絶対に嘘だぁ」
「この状況で嘘ついても、メリットなんかひとつもねえでしょ。気付けよ、アンタはオレのマスターだろ」
そう、そうだ。
わたしは彼のマスターだ。だから分かる。彼は一つとして嘘をついていない。隠し事はするけれど、含んだ言い回しもするけれど、浅はかな虚偽だけは、いつだってしなかった。
「さあて、なんか誤解みたいなもんも払拭できたみたいですし? そろそろ本気で動いてもいいですかね?」
「は!? ちょっと待って、さっきまでのは何だったの!?」
悩みが吹き飛んだのも束の間、ロビンは立香の腰を逃がさないように固定した。
「……前座?」
「や、やだ。死ぬ、死んじゃう」
先ほど以上の快楽など、まだ立香には耐えられない。壁際に追詰められた鼠みたいに、おびえる立香はふるふると首を振った。
「だったら死ぬほどオレに溺れてくださいよ」
「あ、あっ、あん! や、あぅ、んっ、ああっ!」
ひっきりなしにあがる嬌声が、夏の夜に沈んだ部屋に響き渡る。
※
つ、疲れた!
ベッドに寝転がりながら、立香はぐったりしていた。
話には聞き及んでいたけれど、セックスってこんなに体力使うんだ! そういえばどこかの本で、百メートル走を全力疾走したときと同じ体力使うって書いてあったような気がする。本じゃない、ネットだったかな? ファクトチェックは大切だ。
それにしてもセックスについてのあれこれを、知りたくなかったような、知ってよかったような……。どうにも複雑な気分だ。一足飛びで大人の階段を登ってしまった気がする。まあ、もともと順番があべこべになっていたから、今更なことではあるけれど。
ロビンはというと、隣で超ご機嫌に立香の髪を弄っている。摘まんで持ち上げたり、指に巻き付けたり。……元気そうで何よりだ。
「教えてほしいんだけど」
立香はロビンに訊ねる。今なら彼は包み隠さず話をしてくれると直感したからだ。
「なんなりと」
「どうして魔力経路がボロボロだったの? わたし、日記まで読み返して調べてみたけど、ちっとも原因が分からなかったんだよね」
ずっと気になっていたのだ。アナスタシアが言うように、カプセルを開けたときに問題があった、までは突き止めたけど、何が問題だったのか、いまだに立香の中で消化不良の疑問として燻っていた。
髪を遊ぶロビンの指が止まった。それから少しかすれた声で、「ああ」と短く応えた。
「それはな、オタクがカプセルを開いた瞬間、すぐに閉じたっしょ? あれが原因だ」
「はぁ!? そんなことで!?」
「本来はカプセルを開き切って、『アンタがオレのマスターか?』と問いかけることで契約成立なんだが、聞く前に思いきり閉じちまったからな。おかげで経路がぐちゃぐちゃになったのさ」
「わたしのせいだったかー!」
「ま、知らなかったから無理はないってね。不幸な事故ってことで流しときましょうや。とりあえず、なんとかなったんなら結果オーライっすよ」
ぐったりと突っ伏してしまった立香を、ロビンが気にするなとフォローする。
でもこれはさすがに気にしてしまう。たったあれだけの些細なことが、思わぬ結果に繋がってしまうなんて。やはり何か行動するときは慎重に、冷静に、を心がけなければならない。
それにしても、どっと疲労が押し寄せてきた。事後の気だるげな躰が、余計に立香を苛んでくる。
「からだが重い。明日動けるのかな?」
ちょっとだけ非難がましく呟くと、ロビンはおかしそうに小さく笑った。
「だから優しくできねえかもって釘刺したじゃないっすか」
「それはそうなんだけどさ」
「あれでも優しい方だと思うんですけどね」
「え、うそ……今の言葉、聞かなかったことにする! 多分その方が平和で終わるに違いない、うん!」
慌てる立香に、ロビンはさらに声をあげて笑う。
そして急に息をひそめながら、彼はこうつけたした。
「本当に初めてならな」
「? どういうこと?」
立香がクエスチョンマークを浮かべていると、「今日はもう寝ようぜ」という言葉とともに、ロビンが立香の額にキスをした。大きな手のひらが立香の瞼を閉じてくる。
視界が暖かい闇に包まれた。
ロビンの温もりで全身が包まれているような安心感も相まって、疲れ切った立香の意識は、ゆるゆると眠りへと落ちていった。
数分後、立香の寝息を聞きながら、ロビンはふたたび朱い髪を弄び始めた。
「さてと。あちらさんはどう出てくるかね」
オレの読みが正しければ……。
弓兵は暗い室内で、いもしない敵を睨みつける。
おそらく黙ってはいないはずだ。近いうちに動きがあるだろう。
「飛び込んでみなけりゃ、繰り返しの発動条件を掴めないのが痛いな」
立香を抱き込む腕をきつくする。
できれば危険にさらしたくはないが、情報が失われていく世界において、多少のリスクを払わなければ、得られるものも得られない。永遠に夢に囚われるなんてまっぴらごめんだ。夢は終わりがあるからこそ楽しめる。終わりのない夢など、牢獄で受ける耐えがたい拷問でしかない。
「オタクは、ちゃんと帰ってくださいよ」
耳元で囁くと、立香はくすぐったそうに身をよじった。
自分より一回り小さな躰をもう一度抱きしめなおし、ロビンはゆっくりと瞼を閉じた。
わあああ! 浴衣! 浴衣で! わあああ!
攻めが余裕ないのっていいですね。初めて書きましたが、こう……いいですね! 着たままとか、脱げかけとかマジで大好きだー! 余裕ない感じがたまらない!
でもロビンさんは余裕ないのに絶対にそういうの見せないだろうし、そこがグッと来るというかキュンとするというk(以下無限リピート
もしも解釈違いでしたら申し訳ない。スルーしてくださいませ。
ともあれテンション上がりすぎなので落ち着きましょうね。
2024.3.27