Cypress 10.5



・ちょっと寄り道のお話。
・藤丸邸に来た初日のロビンさん視点(夜)。
・軽くR15ですぞ。
・サクッと短い!







 或る弓兵の懐疑









 ◇

 これは、ロビンフッドが藤丸邸に同居することが決まった、最初の夜の出来事である。



 おやすみーという暢気な声とともに、部屋の電気が落とされた。三分後に聞こえてきた部屋の主の寝息を、なかば信じられない気持ちで聞いていたロビンフッドは、丁寧に折りたたまれたタオル布団の上で身体を起こした。

「…………」

 布団を抜け出し、机からひらりと飛び降りる。カーペットの引かれた床を歩き、跳躍を生かして立香の眠る布団へ降り立った。

「───、───」

 夜目に映るのは、このたび晴れて同居することになってしまった一人の少女。人外で、しかも男である己に対して、ミジンコほどの危機感ももちあわせず眠りこけている立香の寝顔。ロビンフッドをまったく疑っていないところから察するに、かなり神経が図太い人間か、もしくは何も考えていない究極のお人好しなのかもしれない。

「いや、んなこたどうでもいいんだよ」

 ロビンフッドは小声で己にツッコミを入れる。シーツの上にあぐらをかき、少女の前では頑なにかぶりっぱなしだったフードを取り去った。
 あらわになる整った顔。薄い唇から盛大なため息を吐きながら、闇にくすむ金髪を、ロビンフッドはがしがしと乱暴にかきむしった。

「調べものやら罠の作成やら、やりたいことはごまんとあるんだが……」

 数時間前に藤丸邸の外観、および周辺状況を確認し、罠を仕掛けられそうなポイントを洗い出したまではよかった。しかしどうにもこうにも、カプさばの小さな身体でできることは多くない。やはり是が非でも、一度は元の大きさに戻る必要があるのだが……。

「どうやって元の姿に戻りゃあいいんですかね」

 現マスターとの経路(パス)はかなり弱く、一戦闘に耐えられるかどうか、といったところだ。かなり無理をすれば、宝具は二回ほど使用可能である。それ以上の無理を強いられるとなると、此度のロビンフッドは光の粒子の中に消えて行ってしまうだろう。
 さすがにそれだけは勘弁したい。せっかく現世に召喚されたのだ。戦うことは必定だが、消えるまでの短い時間くらい、近代化の進んだ社会を満喫しても罰は当たらないはずである。
 とにもかくにも、少しでも魔力の温存を図るため、殺傷性の高い罠を用意しなければならない。家に引きこもってさえいれば、あとは勝手に敵が自滅してくれるだなんて願ったり叶ったりだ。備えあれば憂いなし。楽するためなら少しの手間暇も惜しまないのが、緑衣をまとうアーチャーの信条だったりする。
 しかし、それは『元の大きさに戻ることができたら』という前提条件があっての話だ。本来ならば、サーヴァントの一存だけで可能なはずなのだが、何度試してみても身体はちんちくりんのまま。どうもそこらへんの機能がうまくいっていないようである。
 つまり、足長蜂の針ほどの矢で、ぷすっと嫌がらせみたいに刺すことしか、現時点でのロビンフッドには許されていなかったりする訳だ。

「…………」

 沈黙したまま、すよすよと眠る立香を見つめる。
 元の姿に戻る方法は───あるには、ある。
 しかし、その行為がばれたら最後、ロビンフッドの身の安全は粉々に砕け散るだろう。大激怒した少女のウサギスリッパで踏みつぶされる哀れな自分を想像し、それだけは絶対に嫌だと首を激しく横に振った。
 だが、とロビンフッドは両腕を組み、悶々と考え込む。
 このまま手をこまねいていたとしても、状況は何も変わらない。自分の意志で大きさを変えられない以上、唯一の方法に頼るしか手はないのだ。

「……よし」

 短い決意とともに、最小限の音だけで立ち上がる。
 足音を忍ばせて、立香の顔へと近づいた。
 経路を一時的に強固にし、活動に足りない魔力をマスターから補う方法。
 端的に言えば『接触』と『体液の摂取』だ。
 効率は最低値だが、現状を動かすにはじゅうぶんな魔力を補充できる。
 血をもらうために矢で刺してみようかとも考えたが、さすがにマスターである人間を害するのはナシだと諦めた。相手は成人にも満たない少女。傷なんか残ってしまったら申し訳が立たないし、ロビンにあるなけなしの倫理観が「そりゃ絶対にダメだろ」と叫んでいる。
 傷も残らず、かつ気付かれない方法。
 ロビンフッドに残されたのは一つの選択肢だけだった。

「…………」

 手を伸ばせば、触れられるほどの近さにあるマスターの唇。
 うら若き少女のそれは、一片のかさつきもなく瑞々しさを保っていた。

「…………」

 無意識に喉がなった。
 行為自体は、どちらかといえば好きだ。嫌いな男は……まぁ、いるかもしれないが、かなり少数派な気がする。しかし、こんなにも罪悪感があるのは、相手が未成年であり、かつ同意ではないうえに、就寝中という状態だからだろう。

「…………」

 誰もいない森の奥で倒れる木が音を立てないように、バレなければ犯罪じゃないのである。一回。一回さえ乗り越えてしまえば、あとは食事に含まれる魔力でなんとか誤魔化しつつ、自力で元に戻れる方法を探せばいい。……別に、やましい気持ちなんかこれっぽっちもない。正直ストライクゾーンからは外れているし、そこそこの付き合いになるであろうマスターという存在に手を出したり、入れ込んだりするほど、自分は馬鹿でも愚かでもない。これはマスターを守るために仕方なくやってるのであって、決して本気の行為では……。
 と、言い訳のオンパレードを並べたてながら、ロビンフッドは少しうるさい胸の奥を振り切って、己の唇を立香のそれにそっと重ねた。
 ────。
 一人分の重みが増え、沈みこむベッドのマットレス。
 先ほどまではなかった成人男性の人影が、眠る立香の上に覆いかぶさっていた。
 無事に元の大きさに戻れたようだ。
 しかし……

「……っ」

 なぜか身体を離すことができない。目的は達成したのだから、早く身を引かなければ。頭では理解っている。だというのに、理性に反してキスはどんどん深くなっていった。

「……ん、…………ぁ、ふ……」

 立香が息苦しさに口を開き、酸素を求めて呼吸する。それにあわせて、口内に舌を差しいれた。甘さの残る中を舐めて、くすぐるように堪能していると、ときおり掠める意識のない立香の舌が、びくりと反応して縮こまった。
 眠っているのに、しっかり反応する様が思いのほか楽しくて、喉奥へ逃げる舌を夢中になって追いかける。頭の片隅で鳴り響く、離れろという警鐘など聞こえないフリをして、絡みつくかすかな水音だけに酔いしれていた。
 どれくらい経っただろう。そこまで長い時間ではなかったはずだ。逃げないように立香の舌を吸い上げようとした瞬間、彼女が寝づらそうに寝返りをうった。それはこれ以上先に進むことを拒否しているようにも思えた。
 はっと我に返る。立香の首筋から胸へと這わせていた指を離し、現界してからおそらく一番早いと思われる速度で、向かいの壁に背中がぶつかるまで後ずさった。

「(あっぶねーー!! 下手すりゃ襲うとこだったぞ、おい!)」

 口元を手で押さえたまま、声なき声で己を叱責した。

「(そこまで切羽詰まってなかっただろ。何やってんだよ、オレは!)」

 経路が弱いとはいえ、魔力量は充分。我を忘れてしまうほどではなかったはずだ。
 訳が分からず、混乱した頭で、次の行動を必死に考える。
 そうだ、サイズは元に戻ったのだから、やらなければならない仕事を片付けよう。
 ロビンフッドはよろよろと逃げるように、立香の部屋を後にした。

 ※

 藤丸邸の庭に降り立つ。立香は庭の手入れに興味がないらしく、広さのある立派な庭は一面、多種多様な雑草の楽園と化していた。このまま放っておくと、夏にはジャングルみたいな密林が形成されてしまいかねない。

「しょうがねえな、ホント」

 ひとりごちてみるも、先ほどの己の不可解な行動が消えるわけではない。年端もいかぬ少女にぶつけかけた欲を忘れるため、ロビンフッドは事前に下調べしていた場所に罠を仕掛けることにした。
 とりあえず塀に沿うように起爆式のトラップってとこか。庭のいたるところに落とし穴を掘っておくのもいいかもしれない。どうせ家主は庭に出ないだろうし……。
 余計なことを考える隙など与えぬよう、もくもくと身体を動かす。こういう時の作業は恐ろしいほどサクサク進むものだ。次々と罠をはり、目印に小石や矢といったものを置いていく。かなりの数を仕掛けたところで、ふと、ロビンフッドの手が止まった。

「ん?」

 藤丸邸の庭の片隅、玄関とは真逆の、海に面した場所で、何かがぽつりと落ちていた。
 草をかき分け、そっと拾い上げる。ロビンフッドは思わず目を見開いた。

「どういうことだ、こりゃ」

 ボロボロで、土まみれになった古い矢。それは紛れもなく自分が使っているものだった。しかも大きいサイズで落ちているということは、カプさばではない、今のロビンフッドが放った一条ということになる。

「羽根部分に顔のない王までご丁寧に結ばれていやがるな。おいおいおい、ちょっと待ってくれよ」

 藤丸邸に来たのはつい先ほど。それ以前に、ロビンフッドはここに来た覚えはない。元の大きさに戻ったこともなければ、弓を引いた記憶もない。
 しかも、この宝具の使い方は罠を隠すための目印か、相手に気取られないように攻撃した名残のどちらかだ。

「…………」

 ロビンフッドは思案する。立香に問うか? いや、それは無意味だ。初めて会ったとき、自分をスリッパで叩こうとしたぐらいである。到底、庭に落ちている矢のことなど知る由もないだろう。
 逡巡した後、矢をふところに仕舞いこみ、跳躍して音もなく青い屋根の上に着地する。
 西に広がるのは広大な海。まだ夜明けを知らないそれは、どこか作り物めいた白々しさで沈んでいく月光を反射させ、まるで化け物の腹のように波打っていた。

「オレの推測が正しいのなら、ここは……」

 ぼそりと呟き、慌てて口を噤む。ここから先の失言はご法度だ。記憶がない以上、おそらく気付いてはいけない事象なのだろう。どこかで、誰かが、自分を見張っているとも限らない。結界の発動者には、すべての情報が筒抜けなのだ。となると、先ほどの矢を見つけたあたりの挙動は悪手だ。あれでは、いかにも自分は秘密に気付いてしまいましたと公言していることと同義なのだから。しかし何も起きず、時はゆったりと流れ行くばかり。幸いにも敵にはバレずに済んだようだ。

「(なるほどな。あとはオレ以外のサーヴァントが気付いているかって話だが)」

 そこまで考え、ロビンフッドはあることを思い出した。
 先ほどの立香に対する行動。
 内に生じた感情。
 初めて会ったはずなのに、まるでいつもそうしていたかのような触れ合いと、
 もうずいぶんと長い間、触れることを禁じられていたかのように求めてしまう心。

「……オレらしくねえな。後腐れありまくりの関係を持とうとするぐらいには、気に入っていたってことかよ」

 何やってんだか、と弓兵は古い鏡に映った自分を馬鹿にするように鼻で笑った。


立香ちゃんの寝込みを襲いそうになるロビン氏。は、犯罪でち~~!!(大興奮)
それにしても初日の夜に、すでに何か掴んでいたみたいですね。さすロビさんです。
……君のような察しのいいサーヴァントは嫌いだよ笑
2024.1.28