AM 10:00 "G"

・宇宙怪獣ガオーなあの子の話。
・絆5前提です。
・主人公の性別はお好みで。


サクライン


 童話作家アンデルセンは痛む頭を抱えていた。
 執筆の寝不足で神経を尖らせていた彼は、午前の小休憩という頃合いに、とあるサーヴァントから無人島を模した空間へ呼び出されたのだ。
 それだけなら、百歩譲ってまあまあ許容範囲内。他人の悩み事を聞くという行為も、作家にとっては物語の深みを出すために重要なファクターの一つとなりうるからだ。より直接的な表現をするならば、またとない飯のタネである。しかし、問題はこのあとだ。
 そのサーヴァントが、マスターとの関係を著しく破壊してしまいかねない相談さえ持ち掛けなければ、頭痛は激しさを増さず、眠気のまま立ち止まってくれていたに違いない。
 ちなみに隣では相談事を聞くや否や、爆笑して蹲ったままの演劇作家がいる。……とりあえずこちらは放っておくことにする。この状態なら無害かつ使い物にならないからだ。

「どうですかアンデルセンさん。なにか……いい案はありますか?」

 目の前の巨影───キングプロテアが解答を促した。包帯に包まれていない片目を、ずいっとアンデルセンの方へ寄せて来る。今日は特に圧がすごい。彼女の必死さが否が応でも伝わってきて、アンデルセンは思わず視線を逸らした。

「一ついいか、キングプロテアよ」
「はい、なんでしょう?」
「ほぼ不眠不休の徹夜明けに、無人島まで呼び出された挙句、『マスターとちゅーするにはどうしたらいいですか?』などという意味不明な質問をぶつけられた俺の身にもなってくれ。危うく憐れな作家の死体が二つばかり、砂浜アートのごとく転がるところだったぞ」

 再び隣りでシェイクスピアが吹き出した。よほどウィークポイント(ツボ)に入ったらしい。もういっそのこと、笑いの沼でも爆笑の渦のどちらでもいいから、そのまま沈んでいてくれないだろうか。

「とうとう無限増殖の過程で、理性のネジまで吹き飛んだか? お前の夢はお嫁さんだったと記憶しているがな、なぜ相互理解という名の告白をすっ飛ばして、次の段階に進もうとしている? 順番が逆だろうが、順番が!」

 アンデルセンの鋭い皮肉と、もっともな疑問に、キングプロテアが少し頬を膨らませながら背筋を伸ばした。

「マスターさんとは……すでに相思相愛ですよ? そうでなければ、わたしをここまで大きく成長させるはずはないので。それはともかく、実は……かくかくしかじか、というワケなのです。バレンタインデー限定だったはずの、この場所を用意したのもお母様ですし。悪いのは多分BB……お母様だと思いますので、文句があるならそちらにお願いします」
「マスターからの好意に対する自信だけはキングサイズか。……しかし、なるほど。おかしいと思ったら、やはりあれの仕業だったか。下らない悪ふざけを考えさせたら天下一品だな! とりあえずネタ的には面白そうだから、後で他のアルターエゴの観察にでも行ってやろう。ガンガン金槌で叩かれるような目の奥の頭痛も、それで少しは和らぐというものだ!」
「まぁまぁアンデルセン殿。何とも可愛らしい悩み相談ではありませんか。A wise man knows himself to be a fool.(賢さとは自分を知ることから始まる)ですな。自身が及ばないことを認め、恥を忍んでその道に詳しそうな他者に助言を求めることは、賢く勇気ある選択だと思いますぞ」

 やけっぱちに叫ぶアンデルセンを、笑いの死の淵から戻ってきたシェイクスピアがなだめた。良いことを言っているはずなのだが、その口元は引きつり、未だに軽い含み笑いが漏れ出しているから台無しである。
 隣に立ったシェイクスピアをアンデルセンは軽く睨みつけた。

「やっと回復したようだな。そら、演劇作家様の出番だぞ。わざわざここまでついてきたんだから、馬鹿笑いだけじゃなく知恵を出せ、知恵を」
「それはその通り。恋や愛を題材にした創作物を、数多く世に送り出した者としては、年頃の純真無垢な少女(巨大)の悩みを無視することなどできるはずもなく! このシェイクスピア、誠心誠意、質問に応えさせていただきましょう」

 シェイクスピアは、ごほんと咳ばらいを一つすると、よく聞くようにとキングプロテアに向かって手招きをした。
 片目を期待で輝かせながら、巨大すぎる少女はその場に正座し、顔をぐっと近づけ、耳をそばだてた。

「よいですかな? 何事も待ちに徹していると好機を逃すというもの。ここは一つ、その巨躯を活かせばよろしいかと。つまり具体的に言いますと……『動けないように上から押さえつけてしまえば勝ち』ということですな。あとは煮るなり焼くなり、好きなようにすればよろしいのです」
「……大きさは持ち味だと、確かに以前、俺も言った。言った手前、否定するのはさすがにどうなんだと思わなくもないが……どう考えても今じゃないだろうが! 他の奴ならまだしも、キングプロテアがやったらマスターが圧死するだろう、馬鹿めっ!」
「確実性もあり、絵面的にも大変面白いと思ったのですが」
「考えてから物を言え。……いや、考えてから言ったのだから手に負えないな。……キングプロテア、お前も真面目に受け取ってシミュレートするのはよせ」
「し、してないですよ!? アンデルセンさんは考えすぎです……」

 嘘つけ。明らかに右手が何かを上から押さえつける動きの練習をしていたぞ。
 シェイクスピアがわざとらしく、困ったようなため息を吐いた。

「しかし、これがお気に召さないとなると、吾輩よりも童話作家のアドバイスの方がよろしいのでは? 飽和状態の砂糖菓子みたいなピュアっピュアなシチュは、あなたの方こそ得意分野でしょうに」
「……空想と現実の境界が判断できなくなってきたら、それこそ一巻の終わりだ。現実にないからこそ、作家という生き物は空想を白紙に書き連ねるんだろう」
「……吾輩、あなたが何故童貞だったか理解できた気がしましたぞ」 現実主義はつまらないと、遠まわしな嫌味を言うシェイクスピア。
「ドウテイって何?」 返答に困る質問をしてくるキングプロテア。

 ───アンデルセンの頭痛は、もう限界を迎えつつあった。

「よし分かった。このままでは埒が開かん! キングプロテア、お前にはコレをくれてやる。俺の作品ではないが、今のお前には必要なものだろう」

 そら、とアンデルセンはどこから出したのやら、一冊の絵本をキングプロテアに差し出した。
 キングプロテアが再び顔を近付けてくる。ご丁寧に、アンデルセンと同じ眉間の皺を携えたまま。

「アンデルセンさん」
「何だ」
「絵本が小さすぎて読めません」

 数秒後、またもや笑いの坩堝に囚われた演劇作家と、ヤケクソ気味に絵本を音読する童話作家が、いたとかいなかったとか。



 ◇



 ───三十分後。

「で、BBちゃん経由で呼ばれた訳だけど……」

 マスターは白い砂浜をサクサクと踏みしめて歩く。すぐ横には包帯に包まれたキングプロテアの左腕があった。後方には大きく綺麗な左手、前方には緑のもふもふに包まれた肩が見えている。というのも、彼女が砂浜をベッドに、仰向けで横たわっているからだ。色素の薄い髪は、空間の果てまで続く海と同じように、たおやかに広がっていた。

「プロテア? プロテアちゃーん!」

 いつもなら明るく可愛らしい返事をしてくれるハイ・サーヴァント。しかし今日は声を発する気配も、起き上がる様子も全くない。ただ寄せては返す波の音だけが、場を支配していた。
 聞こえていないのだろうか? いや、そんなはずはない。
 そのまま歩を進め、肩を通り過ぎ、形の良い耳にたどり着く。大きすぎず、かといって小さすぎない声で彼女の名前を再び叫んだ。

「キングプロテアー!」
「………………ふふっ」

 耳に息がかかったことで、存外にくすぐったかったのか、狸寝入りをしていたキングプロテアの押し殺した笑い声が波間に響いた。
 それでも彼女の瞼は持ち上がることはない。一体、キングプロテアは何をしているのだろうか?

「……マスター、わたしは悪い魔女に呪いをかけられて、ただいまスヤスヤちゅーなのです。この呪いを解くには……王子様のキスが必要なのです!」

 困り果てて動けずにいたマスターに、キングプロテアは小声でヒソヒソと教えてきた。
 確かに悪い魔女(BB)に(座に還る)呪いをかけられて、王子様(マスター)のキスが必要なのは、状況的に間違ってはいない。
 なるほど、彼女は眠れる森の美女の真似をしていたようだ。キングプロテアのサイズと体に巻き付いている包帯から、てっきり小人の国の住人に捕まった某小説の登場人物を連想してしまったのは、彼女の沽券のためにも、絶対に言わないが……。
 キングプロテアは静かに待ち続けている。その頬はうっすらと紅色が差していた。

「じゃあちょっと待ってね」

 左腕をよじ登り、肩口から鎖骨を通って、顎元へ。そして───。



 ◇



 ピンポーンと無人島に気の抜けた音が響く。キングプロテアは立香を手に乗せて、よいしょと上体を起こした。

「ありがとうございますマスター! こうして悪い魔女の呪いは解け、お姫様は長い眠りから目覚めたのでした……まる」
「そっか。よかったよかった! これでキングプロテアも座に還らなくて済むね!」
「…………」

 マスターは手のひらの上でにっこりと笑った。
 一片の曇りもないそれは燦然と輝く陽光のようで、わたしの胸もぽかぽかと暖かな陽気に包まれる。
 叶うことなら、いつまでも見ていたい。
 できることなら、あなたといつまでも一緒にいたい。

「どうしたの?」

 首を傾げているマスターを、じっと見つめる。
 愛しいあなた。この時間が過ぎてしまえば、魔法が解けたように日常が続いていく。わたしだけのマスターじゃなくて、みんなの優しいあなたに戻ってしまう。
 眠りから目覚めたお姫様は、一体どうやって百年という空白の時間を埋めたのだろう。
 それとも、そんな不安や寂しささえ感じないくらい、王子様の愛を注がれたのだろうか。
 ああ、なんて素敵。
 わたしもこのまま愛を飲み干して……
 混ざり合って……
 一緒になれたら……

「……くうくう、おなかがなりましたね」
「は!? え、いきなりどうしたの!?」

 驚きに目を見開き、バタバタと鳥のように両手を激しく振っているマスターに、キングプロテアはくすりと微笑った。

「なーんちゃって。冗談ですよ、マスター」

 ちょっと……独り占めしたくなっただけなのです。
 これからも、わたしとあなたが出会えなかった空白を埋める以上の、惜しみない愛を注いでくださいね。



サクライン




キンプロちゃんの精神性が好きです。
大きな体で幼女って……。
しかもオッドアイ。ミステリアス可愛い。
包帯で際どさをアピりつつも、モフモフで懐柔……間違えた、怪獣。
うん……大好き。
次はインセクトなあの子を書きたいな~。
2022.6.17