ノウム・カルデア地下菜園物語 1

※attention※
・ノウム・カルデアにあったとされる地下菜園の捏造話です。
・ロビンさん中心のオールキャラものを目指しました。しかし書いてる人がアレなので、うっすらロビぐだ子になっていると思います。読み手に任せますです(放り投げるな)
・恋愛要素は若干あり。とある不思議な樹に関するせとりの身勝手な解釈が含まれます。
・戦闘描写あり。軽めですが苦手な方はご注意下さい。
・カルデア内の施設やら細かい設定やらをここぞとばかりに捏造しています。壊されちゃったから好きにして構わんのだろう? の精神。

以上。
「あいも変わらず仕方ねーな。全て赦す……」みたいな心の広い方のみ、「ここだけの話」としてお楽しみくださいませ。










 相対螺旋を廻る先
 果てない眠りの深奥で
 私は、貴方を待っています───










1. それは突然現れた

 正午を一刻ばかり過ぎた頃、ロビンフッドはノウム・カルデアの喫煙スペースの壁に背を預けていた。
 咥え煙草の火から立ち上る紫煙。揺らめき解けて消えていくそれを、ただぼーっと見つめる。頭を空っぽにしているとみせかけて、思考は次の仕事の段取りを考えていたりするものだ。どうしたら効率良く事が運ぶかとか、緊急時での立ち回りはどうするかとか。

「出撃まで暇だねー。早く時間にならないかなぁ……」

 ぼやいたのは同じアーチャークラスであるサンダーこと、ビリー・ザ・キッドだった。
 彼はロビンフッドの対面の壁に背をつけたまま、愛銃のシリンダー部分をクルクルと回して遊んでいる。
 少年悪漢王の口に煙草の火はない。吸わないかと誘ってみたのだが、元から頻繁に吸う奴ではないうえに、どうせ嗅ぐなら紫煙より硝煙の気分なんだよと、すげなく断られてしまったのだ。
 ビリーは午後の資材集めに招集されているらしい。久々の戦闘に気分が高揚していると先程ビリーから聞いたのだが、楽したい、極力働きたくないロビンフッドからすれば、そういう考え方は物好きとしか言いようがない。
 ビリーのぼやきに応じることもなく、ロビンフッドは煙草を口から離し、肺の中にあった煙を一気に吐き出した。
 ちなみに「喫煙スペース」なんて大層な名称をつけているが、ここを勝手にそういう場と定めたのは、他でもないロビンフッドとビリーの二騎だ。ヤニは吸いたいが、非喫煙者もいるカルデア内で所かまわず吸うのは憚られる。それなら人気のない端っこの、いつも同じ場所で吸えば解決するんじゃね? という思考から、使われていない空き部屋の、さらに奥まった廊下を陣取ることに成功したのである。おあつらえ向きに天井には空気清浄用の換気口。これなら煙草の煙も臭いも誰かに害を及ぼす心配はない。
 そうしてロビンフッドとビリーが煙草休憩を取り始めたのだが、後に続けと倣うのが人間の面白い習性である。それはサーヴァントになってもあまり変わらないのか、他の喫煙者の姿もちらほら見かけるようになった。言葉にしないだけで、皆どこで吸えばいいのか迷っていたようだ。(そういえば巌窟王の姿は見たことがない。あの復讐者は影に潜めるから、場所の不自由などとは無縁そうである)
 とにもかくにも、今の今までダ・ヴィンチやシオンからのお咎めは一切ない。ということは、だ。好き勝手に振る舞ったとしても、特に支障はないのだろう。直接文句の一つでも言われたのなら行動を改めるが、それまでは心ゆくまで片隅の楽園で自由を謳歌するのみである。
 暇をつぶしているんだか、持て余しているんだか、判然としないアーチャー二騎。そのとき、どちらともなく廊下の奥に視線を遣った。
 目だけでお互い会話する。
 (あの足音、マスターだよね?)
 (だな。こんなところに何の用事ですかね?)
 気を利かせたロビンフッドが自前で用意していた簡易灰皿に煙草を押し付けるのと、三メートルほど離れた廊下の曲がり角から明るい朱髪がひょいっと出てきたのは、ほぼ同時の出来事だった。

「あ、いたいた。ロビーン、休憩中にごめんね。ちょっと話があるんだけど今いいかな?」
「はいよー。煙たい吹き溜まりにわざわざ出向いてまで何か用ですかい?」

 はつらつとした笑顔のマスターにお得意の皮肉で応対するロビンフッド。一方のビリーはというと、回していたシリンダーを銃身にカチンとおさめた。

「僕、席外そうか?」
「ううん大丈夫。むしろビリーも一緒に聞いてくれた方がいいかもしれない」

 壁から背を浮かせた笑顔のビリーを制しつつ、我らがマスター、藤丸立香は後ろ手を腰の下あたりで組んだ。

「あのね、ロビンに折りいって頼みたいことがあるんだ」
「ほー。オレに?」

 マスターが直々に出向いて、しがない弓兵に頼みごと。これはちょいと厄介な案件だと踏んだロビンフッドは、このまま適当な理由をつけて逃げ出したい衝動に駆られた。
 しかし、そうは問屋が卸さない。

「んー、とりあえず直接見てもらったほうが早いと思うし、二人とも着いてきてくれる?」

 小首を傾げて訊ねるマスター。
 ここでロビンフッドの淡い願いは泡と消えた。着いてきてくれ、なんて言われちまったら逃げ出すこともできなくなる。
 ビリーに目配せをしてから、マスターに了承を伝える。歩き出したマスターの背中を追って、二騎はたむろ場を後にした。



 案内された場所は作家サーヴァント達が入り浸る地下図書館へと続く階段だった。
 いつもなら階段を降りてすぐ右手側に折れると、蔵書で溢れかえった空間へと向かうことができるのだが……。今日は明らかにいつもと違う景色が広がっていた。
 なんと階段が伸びている。大人しめの白い照明も相まって、まるで奈落の世界へ誘うかのごとく段数が増えていた。

「もしかしてこの先っすか?」
「そうそう。図書館のさらに下」

 図書館の、下? そんな場所があったこと自体が初耳だ。隣を歩くビリーと顔を見合わせる。彼もロビンフッドと同じく怪訝な顔をしていた。
 元から存在していたのか。
 はたまた図書館ができた折に付随して出現したのか。
 どちらかを知る術はないが、こうしてマスターが案内するほどだ。普通の空間ではないことぐらい分かりきっている。
 一人と二騎は無言で階段を降りていく。結構な距離があり、周囲の温度もわずかではあるがひんやりとしてきた。地下に存在しているため当然の事ではあるのだが……。
 ───やっと階段の最終地点へ着いた。右手方向に見慣れない通路が伸びている。行き止まりには両開きの無機質な人工扉があった。
 マスターは通路を突き進む。足取りに迷いがないことから察するに、どうやら一度訪れているらしい。マスターが壁のパネルを軽やかに操作して扉を解錠した。

「おー。これはすごい!」

 ビリーが柄にもなく感嘆の声を上げた。
 広がっていたのはだだっぴろい部屋。しかしただの部屋ではない。
 香る土の匂い。
 明るい日差しのような照明。
 地面いっぱいに広がる茶色の絨毯。
 
「───あー、どっかの雷帝と征服王が逆立ちして見ても、農耕するために用意されたとしか考えられねえ空間が広がってんですが……」
「一夜にしてこの部屋が現れたんだよね。シオンさんも『なんで発生したのか分からない』んだってさ。ざっと調べてみたかぎり、とりあえず危険なものはないみたい。それなら有効活用した方がいいよねーって話になったんだ」

 んー、何かイヤな予感をひしひしと感じるのは気のせいっすかね?
 ロビンフッドが遠くなりそうな意識の糸を手繰り寄せている目の前で、マスターは両手を己の顔の前で勢いよく、パンっ! と一つ打った。

「ロビン、地下菜園の事業立ち上げをお願いします!」

 ほーら来た。イヤな予感ってもんは当たるんだ。

「拒否権の発動ってのは?」
「……ダメかな?」

 ダメか、ダメじゃないかと問われると、ダメであってほしいという願望に振り切れてしまう。

「いいじゃんグリーン。これ以上ないってくらいに、がっつり適任じゃないか!」

 ビリーがいらない追い討ちをかけてきた。
 コイツ、他人の気もしらねぇで……。くそっ覚えてろよ。今夜カードゲームで絶対に報復してやる。
 このまま流されてはたまらないと、ロビンフッドは必死の抵抗を試みた。

「農耕は嫌いじゃねーですよ? しかしだな、オレはオレなりに働いてるんだ。資材集めやらリソース集め、さらにはレイシフト先での野営のやり方のレクチャーまで。元々やる気に満ち溢れてるようなサーヴァントじゃないんでね。これ以上仕事振られちまうと、怠け者の孤独なボイコットが始まりますぜ?」
「そっか……。戦闘もバックアップも頼りきっちゃってるもんね。でもなぁ……ロビン以外に上手に作物を育てられる人、カルデアにいないんだよなぁ」

 しょぼんと萎れるマスターの朱髪。
 眼前ではっきりと落ち込んでいる姿を見せないでくれませんかね? それとも一種の計算された行動なのか? アンタ、そんなに器用な人間でしたっけ?

「大丈夫だよマスター。グリーンの癖みたいなもんさ。なまじ仕事が出来るだけに、際限なく面倒な雑用を投げられるもんだから、一旦は断って拒否しているだけなんだよ」

 ビリーがマスターの肩を叩き、お茶目にウインクまで贈る。
 やめろ、その顔。めちゃくちゃ腹立つわ。

「え、そうなの?」
「そうそう。その証拠にどう運用しようか頭の中でシミュレート済みなはずだから」

 意地悪そうに口の端を持ち上げるビリーに、ロビンフッドが顔を引きつらせる。
 良い土入ってるんだから色んな農作物いけるな、とか。
 ちょっと光が弱いから改装する余地があるな、とか。
 風通しよくして温度管理したら完璧じゃね、とか。
 そりゃあ! ちょっとは! 考えたけれども!!

「おいコラ適当言ってんじゃねえぞ、サンダー! ……ったく、あーもう! 分かりましたよ! どうせ出撃命令(オーダー)入らねえ時は暇もてあましてんだ。だったら体動かしてた方が何倍も実益に繋がりますもんね! しかもマスター直々の頼みとあっちゃあ断る訳にもいかねえでしょうよ!」
「えっ!? じゃあ……」
「事業というほど立派なもんにはならねーと思いますけどね。ま、期待せずにいてもらえると助かりますわ」
「やったあ! ありがとうロビン! あ、必要なものがあったら遠慮なく言ってね。わたしでもマシュでも構わないし、もちろん管制室にいる誰かでもオールオッケー! 今度はわたしたちが全力でバックアップするよ!」
「サーヴァントの身になってから鍬を持つとは思わなかったけど、グリーンが主体になってやるなんて側から見てて面白そうだ。僕も暇な時は手伝うことにするよ」

 楽しそうに息巻くマスターと、明らかにからかう気満々なビリー。前者は理由もなく張り切りすぎで、後者はもう少しばかり人の気持ちを考えて欲しい。
 三者三様───方向性の違いに、ロビンフッドは密かにため息を吐いた。

「あーはいはい。涙が出るほどの後ろ盾、ありがとうございますですよー。……でも、一度やると決めたからには半端な仕事はできねーわな。とりあえず気長に気楽に、しっかりやるとしますかね」

 どうせオレはこの後の出撃もないことですし? と自虐に近い事実を心の中だけで呟く。ロビンフッドは稲穂色の頭を悩ませながら、とある場所へと足を運んだ。



カルデア地下菜園事業部、ここに発足。

2022.11.16