ハルジオン 9.5

・ルーン魔術における独自解釈があります。原作では(調べたかぎり)このような使用方法はありませんので、お間違えなきよう、ご注意ください!









 アーチャーが偵察に出て数分後。巨木を背もたれにして座りこんでいたリツカは、横で同じように座っているキャスターを、ちらり、と一瞥した。
 彼女の膝には一人(神さまだと聞いたから、一柱?)のメジェドが抱えられている。おそらく先の戦闘で、誤って殴ってしまったと公言していた個体だろう。メジェドの顔には相変わらず取ってつけたような不気味な目が二つあるだけで、何を思っていて、何を考えているのか、さっぱり分からない。しかし先ほどから殴ったと思われる頭頂部を、キャスターが許しを請うように丁寧に撫でているので、もしかしたら内心はらわた煮えくりかえっているのかもしれない。いや、これも想像でしかないのだが……。
 キャスターの吐く息がほんのり白い。森の真奥に進むほど、少しずつ、けれど着実に気温が下がっていた。本来は残暑の厳しい夏の終わりだったのに、これじゃあ冬まっただ中といっても遜色ないぐらいだ。

「ねぇキャスター。私、気付いちゃったんだけど」
「なんでしょう」
「もしかしなくてもさ、キャスターも寒いんじゃない?」
「そ、そんなことは断じてありませんよ!」

 キャスターはあたふたと目に見えて狼狽え始めた。
 キャスターは真面目だ。だからこそ下手な嘘がつけない。そこが彼女のいいところではあるものの、今回ばかりは完全に裏目に出てしまっている。
 ちなみにどうして気付いたのかを補足しておくと、戦闘の後でアーチャーが放った言葉がきっかけだ。「なんで痛い思いしなきゃいけないんですかね」ってやつ。それは常人離れした英霊にも、生き物としての痛覚が備わっている証拠の裏付けだ。そして痛覚があるのなら、暑さや寒さを感じる器官だって同じくあるわけで。だから薄着なキャスターも、少なからず寒いのではないだろうか。

「隠しきれてないし、明らかに動揺してるじゃん! 耳もめちゃくちゃ動いてるし!」
「動揺などしていません! 私を誰だと心得ますか。ファラオですよ!? あと、耳ではないとあれほど言いましたよね!? 不敬ですよ、訂正なさい!」
「なんだお前たち、そんなに寒かったのか。……そうか。どれ、ちょっとじっとしていろ」

 寒い、寒くない、の押し問答を繰り返していると、正面に立って会話を聞いていたランサーが、急にリツカの前でしゃがみこんだ。そして制服の裾あたりに、人差し指で何やら文字を書く。見たこともないその文字は、ランサーが書き終わると同時に不思議な赤い光を放った。瞬間、ふわり、と、全身が暖かな空気で包まれた。まるで温風のドライヤーを一気に当てられたような感覚だ。

「あったかい!」

 今までの寒さが嘘のようになくなっていた。
 ランサーが満足げに、にやりと口角を上げる。そして隣のキャスターの服にも同じ文字を刻んだ。途端にキャスターの表情が、見えない花のエフェクトを散らしたように、ぱぁっと明るくなる。きっと暖かくなって気が緩んだのだろう。いつも少し難しい不機嫌そうな顔つきが、この時ばかりはなりを潜めていた。効果はキャスターの膝に乗ったメジェドにも及んだらしく、彼女の膝の上で元気よく足をばたつかせた。

「火のルーン魔術の応用だ。他人に施したのは初めてだったが、いやはや我ながら上手くいった。原初に近くなると、どうしても威力が増してしまうのでな。人体なぞ一瞬で消し炭になってしまうゆえ、調整が難しいのだ」

 …………。
 リツカとキャスターは顔を見合わせる。

「……え、嘘でしょ? 師匠。ぶっつけ本番でそんな恐ろしいことしたんですか!」
「その結果、暖かくなったのだからよかろう! ルーンで暖をとるなど、またとない経験だ。むしろ、ありがたく思うがいい」
「違います、問題はそこじゃないです!」
「あ! なんか焦げ臭いと思ったら、メジェドさまの御衣の端がちょっと焦げてます!」
「最後の最後で力加減を間違えたか……。許せ、命があっただけでも僥倖というものだ」

 メジェドの白い体(もとい、服?)の端が黒く変色していた。足をばたばたと動かしていたのは暖かくなって喜んでいたのではなく、本当に燃えて熱かったかららしい。
 リツカとキャスターに戦慄が走った。
 そこへ偵察を終えたアーチャーが木の上から、すたっ、と、華麗な着地で戻ってきた。しかしリツカとキャスターのただ事ではない様子を感じ取り、すぐに眉間に皺を寄せ、険しい顔つきになった。

「ん? どうしたんすか、マスターにキャスターも。もしや、オレのいない間に敵でも出たんじゃ……」
「る、ルーン。ルーン、怖い」
「め、メジェドさまが……」
「はい? ルーン? メジェド? ちょっと話が見えないんスけど」

 青い顔で縋りつく二人に、アーチャーは状況を把握しきれないまま、しきりに首を傾げたのだった。



この後、問答無用でロビンもあったかくしてもらいましたとさ。こんなことあったら面白そう。本当の玄人は技の強弱も自由自在。な、はず!(ありません)
なんやかんやでリツカちゃんが借りてた顔のない王はロビンに返しました。
2021.11.18