嘘の後に残るもの 4

・両片想いからの両想いになる話。
・エイプリルフールネタ完結です。







 その後も至る所でサーヴァント達の嘘から始まった事件を解決するため走り回っていた立香とマシュだったが、夕方を迎える頃にはベース内も落ち着きを取り戻していた。
 ミドラーシュのキャスターが怪しげな請求書をばら撒いたり、フランスの聖女様が自身のオルタに悪戯を仕掛け、危うく乱闘に発展しそうになったりしたが、やはり根が善性だからか、どれもこれと言って大事には至らなかった。
 新宿のアーチャーの言った通りに事が進んでいるのは釈然としないが、大騒動に発展せずに済んだのは不幸中の幸いだ。聖杯が絡む案件にでもなれば今以上に駆けずり回った挙句、最終的に命懸けの戦いが待っている。それを考えれば、今回のエイプリルフールの騒動など可愛らしいものだ。
 とはいえ一日中動き回り、大なり小なり神経を使えば疲労は溜まっていくもので、立香が部屋に帰る頃には体がのあちこちが鉛をくくりつけたように重くなっていた。
 怠い体を引き摺るようにマイルームの扉を開け、ベッドの上に倒れ込む。いつも寝ている白いリネンに顔を埋めると、心地よい眠気が襲ってきた。立香は抗うことなく意識を手放した。



 コンコン。
 意識の遠くからノックの音が聞こえた。慌てて体を起こし時計を見れば、あれから数時間が経っている。
 そんなに寝るつもりはなかったんだけど…!
 焦りつつ、どうぞと声をかければ、扉の向こうから緑の外套に身を包んだ弓兵がするりと姿を現す。思いがけない客人に、思考がぴたりと静止した。あっけにとられている私の顔を見た緑の弓兵は面白そうに口角を上げてみせた。

「いきなり押しかけてすいませんねぇ。もしかしてお休み中でしたかい?」
「え!? い、いや全然。ちゃんと起きてたよ」
「本当は?」
「……寝てました」

 やっぱりな、とロビンは苦笑いを浮かべながら、自らの頬を長い指でトントンと軽く指し示す。つられて私も同じ場所を指でなぞれば、ひやりとした感触が指にあたる。寝ている間に涎が出ていたようだ。慌てて袖口で拭いつつ、恥ずかしさを紛らわすため、何かあった? と彼に問いかけた。
 こんな風に彼がマイルームを訪れるのはとても珍しい。カルデアベースになって居住スペースに余裕がないため、多くの英霊達は基本的にシュミレーター内で過ごしている。ロビンも例に漏れず、有事の際以外にベース内で姿を見る機会はめっきり減ってしまっていた。
 だから改めて自室を訪ねてきたからには、何か問題が発生したのだろうかと思ったのだが、意外にも彼は目を伏せながら首を横に振った。

「サーヴァント達のゴタゴタに巻き込まれてろくに飯が食えなかったんじゃないかと思いまして、僭越ながら静かに夕食でもどうかと思ったんですがね」

 そう言う彼の利き手には、先程から美味しそうな湯気を立ち上らせるスープボウルがのせられている。確かに、言われてみれば朝から今まで駆けずり回っていたから、食事もおざなりになっていた気がする。張り詰めていた神経が急速に解け、代わりに忘れていた食欲が徐々に首をもたげてきた。

「いただきます!」
「はいよ、しっかり食べな」

 受け取ったボールの中にはとろりとしたクリームシチューが入っていた。人参の紅色が所々に見えているのが嬉しい。スプーンで掬って含めば、優しいバターミルクの風味と野菜の旨味が口いっぱいに広がった。

「おいしーい! もしかしてこれ、ロビンが作ってくれた?」
「ま、料理は嫌いじゃないんで。自分が食べるついでですよ」

 そう言うロビンだが、きっとこれはついでなんかじゃなく私のために作ってくれたものだ。まず彼一人が食べるなら、シチューなどという地味に手間のかかるメニューにしないだろう。重ねて、夕飯の料理当番であるタマモキャットが「今日は魚定食だ! 腕によりをかけるから美味しくなるはずだわん! でも何の魚かは知らぬ存ぜぬ!」と言っていたので、 明らかにシチューはロビンが個人的に作ったもののはずだ。けれど目の前の捻くれ者はうまくはぐらかして、絶対に認めようとはしないだろう。私はにまにまとした笑いと指摘の言葉を、シチューと共にごくりと飲み込んだ。
 ロビンはベッドに腰掛ける私の隣に腰を下ろしている。どうやら食べ終わるまでここにいることにしたみたいだ。ちらりと横目で観察すると、緑眼の横顔がぼぉっと壁を見つめていた。
 手持ち無沙汰なとき彼は煙草を吸っているはずだが、私と一緒の時は、絶対に煙草を吸わないことを知っている。一見皮肉屋で人を寄せ付けないが、その反面、人がいいし面倒見がいい。おまけに好きなことはナンパとくれば、そりゃあ一般女性相手にはモテるはずだ。
 ……何故だか分からないけれど、イラッとしてきた。
 反対側にある枕元のデジタル時計を見る。もうすぐ夕方から夜と呼ばれる時間帯に移行する。エイプリルフールの嘘をついていいのは午前中までと決まっている国もあるらしいが、彷徨海はどうだろうか。多分、治外法権だろう。現にサーヴァントの皆さんは午前だろうが午後だろうが、可愛らしい嘘から洒落にならない嘘までつきまくっていた。

『やってはいけないことというのは、いつだって魅力的なものさ』

 新宿のアーチャーの言葉が脳裏を過ぎる。
 ───吐いてみようかな、嘘。
 私は食べる手を止めて、隣に座るロビンに向かって口を開いた。



 ◇



「ロビンってさ、カッコいいよね」
「……はい? 何ですって?」

 隣に座る朱色の髪の少女が何を言い出したか分からなくて、思わず聞き返してしまった。先程まで機嫌良く食べていたと思ったら突然手を止め、藪から棒に人を褒め始めた。
 確かにオレは顔は悪くねぇし、どちらかと言えば格好いい部類に入らないこともないとは思うが……。
 いや違う、そんなことはどうでもいい。問題は何故マスターがそんなことを言い出したか、だ。
 次の言葉を待っていると、マスターはアンバーの瞳を真っ直ぐオレに向けた。

「だって、優しくて、細かい気遣いも出来て、その上イケメンって。カッコいい条件全部クリアしてるじゃん!」
「お、おう……」

 面と向かって真剣に力説されると、こちらも何だか面映くなってくる。自信満々な王様連中ならもっと褒め称えよ! とか言えるんだろうが、生憎こっちの精神は一般市民と同レベルなもので、世辞なんて言われるとどう返していいか分からなくなってくる。
 返答に困ったオレを他所に、マスターはさらに身を乗り出してきた。

「ねぇ、ロビン。今まで黙ってたんだけどさ……。私ね……ロビンのこと、初めて会った時から……ずっと好きだったんだよ」
 
 潤んだ瞳に少し高揚した頬でちゃっかり爆弾発言をするマスター。
 しかし何か違和感がある。マスターとはそこそこの付き合いだが、こんな流暢に気持ちをぶつけてくるような人間だろうか。何だか芝居がかっているような感覚が拭えない。
 そこまで考えて、気がついた。
 なるほど、これは嘘だな。
 散々サーヴァント達に振り回されたストレスを発散させるため、オレに対して嘘を吐いたのだろう。そうなれば本心は先程の言葉の真逆だということになり、それはそれで悲しい気もするが、むしろそちらの方がありがたい。そんな風に思われていると意識してしまえば、いつも通りに振る舞える自信があまりない。むしろ、気になりすぎて戦いに集中出来なくなりそうだ。

「マスター、アンタ嘘ついてるだろ?」

 にやりと笑いながら問えば、マスターは一瞬キョトンとした顔になったものの、悪戯が成功した子供のように破顔した。

「やっぱり嘘だってバレちゃったかー」
「当たり前だ! ……ったく、あんまりオレが優しいからって調子に乗ったら、痛い目にあうぜ?」
「ごめんね、私も嘘ついてみたくなってさ」

 マスターは残りのシチューを急いでかき込むと、ご馳走さまでしたとオレの手に食器を押し付けてきた。

「じゃあ私、着替えるから」
「それじゃあオレもこの辺で退散しましょうかね」

 腰を上げ、マスターの部屋の扉の前まで来た時、後ろからロビン、とマスターに名を呼ばれる。振り返れば、マスターは困ったような笑顔を浮かべていた。

「さっき言ったこと、嘘なんだ」
「ん? それは分かってますって」

 オレは後ろ手に手を振りながら、マスターの部屋を出て行く。
 暫く歩きながら、先程の会話を思い出していた。

 何故だ。
 何かが引っかかる。
 どうして最後に改めて嘘だと言い直したんだ?
 まるで勘違いするなと念押しされているかのような……。

 オレはぴたりと歩みを止めた。血の気が引くのと同時に顔が熱くなる。
 まさか……。
 「嘘をついた」という言葉自体が嘘なのだとしたら?
 気付いた瞬間、踵を返して来た廊下を走り出していた。



 ◇



 ロビンが去った部屋で、私は自分の過ちを後悔していた。
 やっぱり言うんじゃなかったなぁ……。
 私はロビンが好きだ。自覚したのは最近だけど、多分初めて会った時から彼に恋していたと思う。数多の英霊達が集うこの場所で、何故彼なのかは分からないけれど、あの捻くれたようで優しい瞳から目が離せなくなっていた。気がつけば深緑の外套姿を追っていて、話しかけられると心臓が飛び出るんじゃないかと思うぐらいドキドキした。

 でも私はマスターで、彼はサーヴァント。どう足掻いてもハッピーエンドにはなり得ない。だからこの恋は胸の中に閉まっておこうと決めていたのだ。

 それなのに……。

 嘘というオブラートに包んでしまえばなかったことになるんじゃないかと淡い期待を抱いてしまった。結果は見ての通り。口にしてしまった後悔だけが、頭の上から重くのしかかっている。
 後悔するぐらいなら忘れよう。幸いにもロビンは気が付いていないようだ。なんてことない。今までと同じ様に振る舞えばいいだけだ。
 そう思えば思うほど、目からポタポタと涙が溢れた。まずい、止めないと目が腫れてみんなに何事かと心配されてしまう。それだけは避けなければ……。
 鼻を啜りながら涙よ止まれと念じていると、部屋の外から誰かの足音が聞こえた。走っているのか、歩調が早い。焦った足音の主が部屋の前で止まり、次いで開閉機のボタンを連打する音が聞こえてきた。ゆっくり開く扉に立っていたのは、先程までここにいた人物だった。

「えっ! ロビン……! 何で……」

 気が付いた時には遅く、泣いているところをしっかり見られてしまった。

「これは、違うの! 目に、ゴミが入って……」

 目を手で擦っていると、イラついたように大股で近付いてきたロビンに、両手を取られ拘束された。
 顔が近い。

「オタクは! わっかりにくいんですよ!」

 一言そう悪態をついた彼に、私の体がふわりと抱きしめられる。彼特有の煙草の匂いや体温に包まれ軽くパニックになり、慌ててロビンと距離を取ろうと手で押し返すも、割としっかり抱き抱えられていて脱出は叶わなかった。

「告白なら、もうちょいストレートに言ってくださいよ。あんなんじゃ最悪気付けませんて」
「だって、言うつもりじゃなかったんだもん」
「何で?」
「ロビンの迷惑になるかなと思って……」

 そう告げれば、彼はあからさまにため息を吐いた。

「オレがあんたを無碍にすると思ったんですかい?」

 腕の拘束を少し緩めて、ロビンが私の顔を見る。いつになく真剣な緑眼に射抜かれ、私ははっと息を飲んだ。

「確かにオレは後腐れない関係の方が好きですわ。そりゃあ楽さ。でもな、それとこれとは話が別だ。オレは大事に思ってる人間を一人で泣かせるなんてこと、したくないんでね」

 それって……と言う言葉はそっと唇に添えられた彼の指で遮られた。

「好きですよ、マスター。わざわざオレが作ったものを食べてもらいたいって思うくらいにはな」
「やっぱりロビンも嘘ついてたじゃん……」

 涙を流しながら笑えば、ロビンは再び私を引き寄せる。

「勘弁してくださいよ、エイプリルフールでしょ」

 頬に触れている彼の耳の熱さが擽ったい。エイプリルフールの嘘のおかげで結ばれるなんて滑稽だけれど、普段なかなか素直になれない私達にとってはお似合いのスタートかもしれない、なんて考えながら、私は滲む視界を彼の肩口にぎゅっと押し当てた。



ロビン視点が!難しい!
でもエイプリールフール楽しかった!万歳!
2021.4.1
2022.6.25 加筆修正