嘘の後に残るもの 3

・エミヤ(アサシン)×アイリスフィール、クロエ、イリヤのお話。
・最後にちょっぴりロビぐだ子要素。
大丈夫な方のみ、スクロールお願いします!






「こっちこっち! 早くしないと美味しいお菓子がなくなっちゃう!」

 クロエの褐色の手に引かれ、アサシンのエミヤは真っ直ぐ食堂へと導かれていた。
 静けさを求めて地下図書館の片隅で休んでいたというのに、何故僕は幼い少女に連行されているのか。確か赤い外套のアーチャーが菓子を作り過ぎたので、消費を手伝って欲しいという話だったはずだ。甘い物は嫌いではない。むしろ好きな部類なので、それ自体は構わない。
 だが了承した矢先、クロエは逃がさないとばかりに僕の手を引っ掴み、それ以降、図書館からここまで、少女が成人男性の手を引くという奇異の目を集める事態へと発展している。おっとりした図書館の司書なんかは、僕たちの姿を見て、あらあらと意味ありげに笑っていたし、すれ違うサーヴァント達も何だか生温い視線を投げかけてきて、非常に居心地の悪さを感じていた。
 生前からの気質なのか、はたまた隠密を主とするクラス故の気質なのか、騒がしいのは嫌いだ。今のように人から視線を集められることも、出来れば遠慮願いたい。
 ならばこの幼い手を振り解いてしまえば良いのだろうが、僕の中にそれを実行する気はどこにも存在しなかった。何故かは分からないが、この少女からの頼み事を無碍にしてはいけないと、頭の片隅から警告のような声がするのだ。
 たっぷり注目の的になりながら、僕たちは食堂に到着した。二人で食堂の中に入る。
 しかし作り過ぎた菓子などどこにもなく、誰もいないガランとした空間が広がっていた。

「おい、これはどういうことだ」

 傍らにいたはずのクロエに問う。しかし、いつの間にか少女の姿は忽然と消えていた。当然繋がれていた手の温もりもない。
 これは、もしかしなくとも……。

「騙された、か?」

 間抜けな呟きを漏らしながら、そういえば今日はエイプリルフールだったことを思い出す。年端も行かぬ少女に謀られたとは、我ながら情けない。いや、彼女も見てくれはああでも、立派なサーヴァントだ。完全に気を抜いていた己の未熟さを呪った。
 とにかくここに突っ立っていても仕方ない。騙した張本人を見つけて、お小言でもくれてやろうか……。そう考えて食堂を後にしようとした時、目の前の扉が開き、奥から見覚えのある人物が現れた。

「あら、あなたは」

 立っていたのは純白の天衣を纏った聖杯の分霊、アイリスフィールだった。彼女の紅玉を思わせる瞳と、優しげな微笑みが俺に向けられる。

「あなたもお茶会に呼ばれたの?」
「お茶会? いや、僕は……」

 違うと言いかけた瞬間、鼻腔を甘い匂いが擽る。振り向けば、先程まで何も無かったはずの食堂のテーブルの上に、可愛らしい苺がちょこんと乗ったショートケーキと、湯気を立ち上らせている紅茶が二つずつ置かれていた。
 一体いつの間に……。

「えぇと……イリヤにお茶会だからと誘われて、てっきりマスターを含めてのお茶会を想像していたのだけれど、どうやら私とあなただけみたいね」

 騙されちゃったわねと鈴が転がるように朗らかに笑うアイリスフィールに対し、僕はフードの上からガシガシと後頭部を掻いた。
 どうやらアーチャーとキャスターの二人の少女にしてやられたようだ。

「せっかく用意してもらったのだから、一緒にお茶を飲みましょう? 私、あなたと色んな話がしたいと思っていたの。それなのにあなたったら、いつもどこかに消えちゃうんですもの」

 アイリスフィールはこちらに手を差し伸べてくる。それを取るのは何だか気恥ずかしい。しかし肯定を示すため、ケーキとカップの前にどかりと座った。
 アイリスフィールはそんな僕に気分を害することもなく、ふふっと笑みを溢すと、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした。
 誰もいない二人だけの空間。けれど嫌な気持ちは想像していたよりもなく、むしろ会話の合間の沈黙さえも心地よい。こんな感覚は初めてだった。いや、別の世界線の異なる僕は、日常的にこんな感覚を抱いていたのだろうか。それを想像すると何とも歯痒く、そして純粋に、少しだけ憎らしく思えてしまった。



 ◇



「おにーさん達、協力ありがとっ! おかげで二人ともいい雰囲気だし!」
「よかったぁ。うまく行かなかったらどうしようかと思ったよ」

 クロエとイリヤは食堂から少し離れた場所で、目の前にいる青年の姿をしたアーチャー二人に礼を述べた。一人はクロエと同色の外套を纏い、アサシンと同じエミヤを冠するアーチャーだ。
 そしてもう一人は森を体現した深緑の外套を纏ったアーチャー、ロビンフッドである。

「突然ケーキを作って欲しいと言われた時は何事かと思ったが、まさかあの二人に食べさせるためとは。何にせよ丸く収まったのならいいが、基本的に嘘をつくのはよくない。二人とも、肝に銘じておくように」
「はーい☆」
「はぁい」
「相変わらず赤いのはお堅いな。それぐらいお嬢さん方も分かってるだろうよ」

 大事なのはそこじゃねぇだろ、と一部始終を見ていたロビンフッドがエミヤに小言を言う。

「うちの方針にケチをつけないでもらいたい」
「オタクは母親か!」
「あ、えーっと……ロビンフッドさんもありがとう! おかげでアサシンのエミヤさんのびっくりした顔が見られたよ!」

 あまり仲が良くない二人のアーチャーを察して、イリヤが慌ててロビンフッドに話かける。

「いや、オレは宝具で気配遮断しながらウェイターやっただけですし? 礼を言われるほどのことはしてないですよ」

 これ以上は不毛な言い合いになるだけだと気づいたのか、挨拶もそこそこにロビンフッドはその場を離れようとした。すると今まで閉口していたクロエが、ロビンフッドに声をかける。

「そういえば、さっきマスターがマイルームに戻って行くの見たわよ。かなり疲れてたみたいだから行ってあげたら? マスター、喜ぶんじゃないかしら」
「なんでオレに言うんですかね。他の奴でもいいでしょうよ」
「あら、他のサーヴァントがマスターと二人っきりになってもいいのかしら?」

 ニマニマと口端を釣り上げ笑うクロエに問われ、言葉に詰まったロビンフッドは、分かりましたよと言わんばかりのため息をつきながら、くるりと踵を返した。



 ◇



 ロビンフッドがいなくなった場では、イリヤが一人、異常な盛り上がりを見せていた。

「マスターと二人っきり……。ねぇ、なんかドキドキするんだけど!? 何でかな、クロ!?」
「はぁ。やっぱりイリヤはお子様ねぇ……」

 そう思わない? とクロエに話を振られたアーチャーのエミヤは、無言で迷惑そうに眉を顰めた。



イリヤ達に動いてもらって、何とか二人を会わせたかった。
赤弓のショートケーキ食べたい……。絶対美味しいに違いない。
2021.3.31