夏の幻影

・2021 カルデア・サマーアドベンチャーのあらゆるネタバレを含んでいます。
・イベント通してロビンを見かけなかったので、レイシフト適性がなくカルデアでお留守番だったという設定。
・付き合ってる前提。

以上、大丈夫な方のみスクロールどうぞ。







「ただいまー!」

 マイルームの扉の向こうから現れた立香を見て、ロビンフッドは口元に笑みを浮かべた。

「お疲れさんです。今年の夏もいろいろ大変だったでしょう?」

 ロビンフッドにはレイシフト適性がなく、残念ながらカルデアで留守番と相なった真夏の微小特異点。出発前に「帰ってきたらお土産話たくさんするから待っててね!」と言い残して、レイシフトしていった立香が数週間ぶりに帰還した。その約束通り、お土産話を聞くべくマイルームで待機していた緑の弓兵は、待ち焦がれた少女の手を引き、ベッドへと一緒に腰掛ける。
 聞いて聞いて、とロビンフッドの足の間に座る立香は、嬉々として夏の思い出を語り始めた。
 ───お宝を巡る数々の大冒険。
 ───生きたステゴザウルスとの出会いと別れ。
 そして、少年と少女それぞれの夢。
 時に笑いを誘い、時にしんみりと語られる話に、弓兵は穏やかな相槌をもって耳を傾ける。ともに冒険はできなかったが、少しでも同じ感情を共有できるように。マスターの目を通して見た、カリブ海での出来事を鮮やかに思い描けるように───。
 久しぶりに平和で他愛もない時間が、二人の間にゆっくりと流れていった。






「いやーそれにしても、大量のコロンブスが襲ってきたくだりは何度聞いても笑えますわ」
「実際その場にいたら全然笑えなかったからね! あれはある意味ホラーだったよ!? 去年の夏の続きかと思ったくらいだもん」
「そのホラー枠に、壺に封印されて埋められた道満も追加しときましょうや。ホント、アイツも全然懲りないっすよね」

 その光景を思い出した立香がとうとう吹き出し、堪えきれなかった笑い声が上がった。
 会話を続けながら、夕陽色の髪を梳き、指を絡ませあう。愛しい声と感触を堪能していると、腕の中の少女が何かを思い出したように、あ、と声を上げた。

「そういえばロビン、マシュに火起こしのやり方教えてくれたんでしょ? ありがとね。マシュ、上手にできてたよ!」

 ロビンフッドは思いがけない話題に目を丸くした。
 ああ、そういや教えたな……。
 記憶の海を泳いで、数週間前のマシュとのやり取りを思い出す。最初のうちは火種さえも起こせなかった眼鏡の少女だったが、一日みっちり練習した末、どうにかスムーズに着火できるようになった時は、ジェロニモと一緒に軽い拍手を送ったものだ。要は、ちょっと飲み込みが遅かったという話なのだが……。
 何はともあれ、一日講習の生徒は上々の成果を出せたらしい。ロビンフッドは自然と顔を綻ばせた。

「そりゃあよかった。少しでも役に立ったんなら教えた甲斐もあるってもんだ」
「あとでジェロニモにもお礼言っとこーっと。それから、島にあった罠も結構怖かったなー。好きな人や大切な人の幻覚を見せて、つられた人間を攻撃するって言うのが一番悪質だなって思った。黒髭はともかく、ステくんやコルデーまで見事に引っかかってたよ」
「ああ見えてコルデーのお嬢さん、結構ドンくさいとこあるからなぁ。夏で浮かれてたんなら、トラップの一つや二つ引っかかっちまうかもしんねーな」

 はたして、水着でマジシャンという謎属性を付与していたコルデーは器用なのか不器用なのか。判断がつかず、立香はどう思います? とロビンフッドは問いかけた。
 しかし立香からの返答はない。不審に思い、黙りこくってしまった少女の名前をもう一度呼ぶ。

「立香?」

 ロビンフッドに促され、立香は意を決したように少し上擦った声で喋り始めた。

「あの時、勢いで黒髭に説教しちゃったけど、本当は人のこと言える立場じゃなかったんだよね」
「というと?」
「……実は見えてたの」
「何がですか?」
「だから! 幻覚! ほんのチラッとだけど。黒髭が幻覚の正体を引き摺ってきたから、すぐに消えちゃったけどさ……」

 そう言う立香の耳は赤く染まっていて。
 何が言いたいのか大方の予想がついたロビンフッドは、からかい混じりに立香に尋ねた。

「ほー。じゃあそのチラッと見えたものの詳細を聞いてもいいですか、可愛いお嬢さん」
「……夏の霊衣着たロビン」

 危うく駆け寄ってしまいそうだった、と小さな声で零す立香。抱きしめた体は、話し始めた頃よりも明らかに熱を帯びてきていた。
 ───この可愛い生き物をどうしてくれよう。
 遠回しに大切な存在だと伝えてくれたイジらしい恋人を、会えない時間に募った寂しさを上乗せして、ロビンフッドは力強くぎゅっと抱きしめた。



2021.9.30