王冠

・メイデイですよ! 皐月の王に王冠をつけさせたい!(撃沈)
・付き合ってても、付き合ってなくても。個人的には付き合ってないとよい。







 急に呼び出されたマスターの自室。ダ・ヴィンチ経由で来た招集に、何事かと飛んで来てみれば……こんな下らないことならすぐに帰るんだった。
 後悔するぐらいなら最初からやらない、が信条ではあるものの、今回ばかりは別問題だ。激しい後悔の念に苛まれているロビンフッドは、一メートル前方で対峙している己がマスター、藤丸立香に向かって口を開いた。

「とりあえず、その手の物騒なモノを閉まっていただけませんかね? それ持ってるとオレはアンタに近付くことも、まして安心して此処を離れることも出来やしないんですよ」
「何で? ちょっとこっちに来て、これを頭に乗せるだけで仕事は終わるんだよ?」
「終わるんだよ? じゃねーんですよ! 心底『何でやらないか理解不能です』みたいな目でこっちを見るな! ぜってえ付けませんからね、オレは! そんなもんつけるなら、いっそ座に還った方がマシだ!」

 ロビンフッドは全身全霊の拒否を叫びながら、僅かに上体を低くした。
 後ろにある出口まではほんの数歩。走ればこの場所、この危機からは簡単に逃れられる。しかし、「アレ」がマスターの手の中にある以上、おいそれと逃げに徹するワケにはいかない。
 何故なら、マスターの右手には三画の令呪がある。アホなことに使うとは思えない……いや、思いたくはないのだが、いかんせん時々信じられないことをしでかす人間だ。油断したら何が起こるか分からない。
 マスターの両手に握られたもの。
 ロビンフッドが物騒と形容したそれは、しかし、凶器の類いではない。人を物理的に傷付けるものではないが、彼にとっては怖気が走るほどの物体。ある意味、狂気を具現化したと言っても過言ではない。
 マスターはそれをしっかり手にしたまま、一歩だけロビンフッドへと距離を詰める。
 ロビンフッドの足が一歩、同じ距離だけ後ろへ下げられた。
 緊張の糸を張り詰めたまま、睨み合いによって両者の平行線が真っ直ぐに伸び続けている。
 ロビンフッドはもう一度、マスターの握りしめるそれを忌々しげに睨め付けた。
 金色に光る環状の装飾品。
 つまるところ王冠。
 宝石こそついていないものの、王族が頭上に戴く形状そのもの。マスターはそれをロビンフッドの頭に乗せようとしているのだ。
 この下らない攻防は、遡ること五分前から始まった。
 マイルームの扉を開け、意味ありげな笑顔で後ろ手に何かを隠し、「ロビン、今日は五月一日だね!」と宣うマスター。いきなりどうした、と呆けたのが運の尽き。ひとりでに閉まった扉の機械音が、リングに上がった時に鳴るゴングの音に聞こえたのは、後にも先にもこれっきりだろう。願わくば、これっきりにしてほしい。
 今は、どうやってこの状況を回避するかを必死に考え中だ。……ホント、どうしてこうなった。

「そんなに嫌?」マスターが尋ねる。
「イヤっすね」ロビンフッドは短く応えた。
「私がお願いしても?」
「オレがそういうの嫌いって、オタクが一番分かってるっしょ?」

 やや落ち着いたトーンで立香を嗜める。彼女はしばらく動かなかったが、やがてロビンフッドと同じ前傾姿勢だった体の緊張を解き、背筋を真っ直ぐに戻しながら、大袈裟に肩をすくめて見せた。

「はぁー。ならいいや。ロビンの嫌がることしたくないし。でも、せっかく五月祭(メイデイ)なんだから、ちょっとだけ、ほんのすこぉおおしだけでも、つけて欲しかったなぁ……」

 少し、の部分をヤケに強く引き伸ばした彼女は、視線を下へ向けて、それからチラリと上目遣いをしてきた。

「捨てられた子犬みたいに落ち込んでも絆されないっすからね。スッパリ諦めてくだせぇ」
「……チッ」

 見事な舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。そう思うことにした。つか、まだ諦めてなかったのか。なんとも恐ろしい執念だ。
 マスターはブーブーと豚のように文句を垂れながら、ベッドへ腰掛けた。王冠を二つの人差し指で挟み、残った指で弾いては、くるくるっと縦に回転させて遊び始めた。一応権威の象徴のはずなんだが、そんな雑な扱いでいいのだろうか。いや、オレ的には全然構わないんだが……。
 やる気をなくした立香に近付く。そして王冠をひょいっと取り上げた。
 立香の金の瞳が「何するの」と非難がましくこちらを見上げている。つけないと言った手前、今更それに何の用があるのだという意味だろう。

「オレがつけるのは耐えられないが、せっかく用意したんだ。代わりにオタクがつけてくださいよ」

 奪ったモノを彼女の頭にそっと乗せる。金色と朱髪と金の瞳。コントラストだけ見れば、遊び疲れた後、草の上で寝転がって見上げる夕焼け空そのものだ。

「何で私が……」

 王冠を乗せられ、立香は喜ぶどころか大層ご立腹だった。無理もない。お願いは却下。手遊びは取り上げられ、望まないモノを押し付けられた。これでヘソを曲げないなら、ある意味、それは人を逸脱している感性の持ち主かもしれない。

「何でって、それこそ愚問ってやつじゃねえですか? 五月祭はジャック・イン・ザ・グリーンよりも、メイ・クイーンの方が重要な役割を担ってんですぜ?」

 イギリスで開かれる五月祭において、花飾りの王冠を戴くのはメイ・クイーンであり、鐘を鳴らしながら大衆を誘導し春を告げるという大役を担うのも女王の役目だ。ジャックは春の化身として街を練り歩く。それは必ずしも、主役の立ち位置であるとは言い難い。ちなみにジャックは祭りが終わったら……。おっと、これ以上はちょいと刺激が強すぎる。この話はここでやめとこう。
 五月祭の起源とされる古代ローマの祭りも、豊穣の女神に豊作を願うため供物を捧げるものであることから、五月祭はどちらかと言えば、男性よりも女性に焦点を当てた祭りなのだ。

「……私がメイ・クイーン? ……うわ、似合わなっ!」
「そうでもねーですよ? お似合いっスよ、王冠」
「どこまで行ってもド庶民なので、頭に乗ってるだけで落ち着かないよ!」

 マスターは王冠を取ろうとするが、ロビンフッドはそれを許さない。逆に王冠を立香の頭に押し付けてにっこりと笑った。

「ちっとはオレの気持ち、伝わりました?」
「…………」

 ごめんってば、と小さく漏れた謝罪の言葉。シュンと沈む彼女の態度は、おおよそカルデアに在籍する女王達のそれとはほど遠い。
 そうそう。オタクはそうやって、いつまでも只人であってくださいよ。皐月の王を自称するサーヴァントは、仕方ねぇなと笑いながら、王冠を取り去った下にある夕陽色をかき混ぜた。



マスターにはただの人であって欲しいロビンフッドさん。
実は書くつもりのなかった小話。
メーデーになった瞬間にブログを更新したのですが、その時502エラーが出てブログ閲覧ができなくなったのです。
しかも丸一日。
今(夕方ごろから)は復旧してもらって回復しましたが、その時の悲しみと言ったら……。
そんな悲しみをバネに生まれたお話です。これもまた思い出ですね。
2022.5.1