呼ばれない理由

・時間軸としては一部。
・ロビンの絆が5になったぐらいの頃。
・両片思い。
以上、大丈夫な方だけレッツスクロール!






 カルデアの食堂の片隅で、ロビンフッドは一人酒を呑んでいた。片肘を突き、一言も喋らず、頑なに壁を見ている姿に、声を掛ける者はいない。お節介なサーヴァントが数騎、近寄ろうとしたのだが、彼から放たれる触れてくれるなと言わんばかりのドス黒いオーラに、二の足を踏むばかりだった。
 しかしそんな不機嫌を物ともせず話しかけてくる英霊が一騎いた。彼と同じアーチャーの悪漢王だ。

「そんなんじゃせっかくの酒が不味くなるんじゃない?」

 ビリーはビールジョッキとサラミが乗った皿をロビンフッドの前に置き、まるでそうすることが当たり前だという風に向かいの席に座った。

「ほっとけよ。どう飲もうがオレの勝手だろ」
「ところがどっこい、心配した他のサーヴァントから何とかしてくれって相談受けたら、放っておく訳にはいかないじゃん」

 ロビンの盛大な舌打ちが食堂に響く。

「余計なお世話だっつーの」
「そう思うなら、あからさまに不機嫌を肴に酒飲むなよ」

 ビリーは一口、ビールを煽り、次いでサラミに手を伸ばした。ロビンフッドも一拍置いてサラミを強奪する。強い塩気が端正な顔を歪めた。

「それで? グリーンは何をそんなに不貞腐れてんの?」
「……」

 問われ、ロビンフッドはどう返答したものかが分からず、しばらく口をもごもごさせていた。
 しかしビリーが真っ直ぐに見つめているのを感じ取ると、やがて観念したように喋り始めた。

「……マスターに」
「うん」
「……オレだけ嫌われてる気がする」
「……は?」

 何かの聞き間違いだろうかと、ビリーは眉根を寄せ、思わず聞き返してしまった。酒も入っているからか、普段からすれば絶対に言わないような台詞が捻くれ者の口から漏れ出ている。
 これは聞いちゃまずいやつなのでは? とビリーが内心焦っているのを他所に、ロビンフッドは滔々と不満を語った。

「カルデアに来てから結構経つし、色んな任務にも必ず出撃してるし、オレなりに働いてると思う。それなのに……」

 ビリーは早々に帰りたくなったが、話しかけた手前、席を立つことは許されなかった。暫く何事かぶちぶち小声で文句を言ったロビンフッドは、ダン! と机を叩きながら叫んだ。

「何でオレだけマイルームに呼ばれないんだ!」

 飲んでいたビールを上手く飲み込めず、ビリーは盛大に咽せた。普段人を寄せ付けないように振る舞っているロビンフッドだが、殊の外、此度のマスターを気に入っており、彼なりに好かれたいとさえ思っているようだ。
 確かに彼の主張は最もだった。ビリーでさえ召喚された直後くらいに、親交を深めるためだという理由でマスターの部屋に呼ばれた覚えがあるというのに、同時期にやってきたロビンが未だに呼ばれていないのは不思議な話だ。

「単に順番なんじゃない?」
「後からやってきた奴らに、この前先越された」
「マスター忙しいとか」
「他の奴らは必ず呼ばれてる……」
「んー、……忘れられてる?」
「それが一番傷付くわ!」

 机に突っ伏すロビンフッドに、ビリーはさすがに不憫に思い、ごめんごめんと軽い謝罪を入れた。

「いいんだよ……。こんなしがない弓兵、いてもいなくても同じだし、もっと強い英霊なんて腐るほどいるしな!」
「腐ってるのはグリーンだろ。そんなに気になるんなら、マスターに聞いてみればいいじゃん」
「それが出来たら苦労しねぇよ! 出来るか、そんな女々しいこと」

 これは手強いなー。さて、どう攻略したものか……。
 ビリーが頭の中で解決策を考えていると、食堂の扉の向こうから聞き慣れた足音が近付いてくるのが分かった。少し早めの歩調に、弾むような軽い足音。
 あれはマスターのものだ。

「グリーン!ほら、お得意の宝具発動だよ!」
「はぁ? いきなり何だよ!」
「いいからいいから!ほら、隠れて!」

 無理矢理フードを被せれば、ロビンは渋々ながらも宝具を発動させた。ふっと視界からロビンの姿がなくなり、広い食堂にはビリー一人だけがいる図が出来上がった。そこにマスターが現れる。

「今晩は、マスター。こんな夜遅くにどうしたんだい?」
「あれ? ビリー、一人? ここにロビンいなかった?」
「さっきまで一緒に飲んでたんだけどね。いい頃合いだからって帰っちゃったんだよ。僕はもうちょっと飲みたかったから、一人で飲んでるってワケ」
「そっか。何だか連日ロビンの様子がおかしいって相談受けてね。ちょっと話しようかと思って探してたんだ」
「なるほどね」
「一緒に飲んでたんなら何か聞いてないかな?」
「聞いたと言えば聞いたし、聞いてないと言えば聞いてないかな。んー、まぁ立ち話も何だから、とりあえずこっちに座りなよ」

 こっち、とビリーは自分の隣の席を指差す。姿は見えないが、ロビンの斜向かいだ。立香は素直にビリーに従い、ちょこんと席に着いた。ロビンのためにチェイサーとして持ってきていた水を、代わりに立香の前に置いてやる。

「つかぬことを聞くんだけど、マスターってさ、グリーンのことどう思ってる?」

 いただきまーすと水の入ったグラスに口をつけた立香は、ビリーの問いに思い切り水を吹き出した。

「突然何の質問!?」
「いいから、答えてみてよ」
「それ、ロビンが悩んでたことに関係あるの?」
「あるね。大アリ」

 眉根を寄せながら立香はグラスを机に置き、えっと……と言葉を探し始めた。

「ロビンには、いつも助けられてるよ。戦闘の時も、任務の時も、さりげなくフォロー入れてくれるし、レイシフト先では体調にも気を使ってくれてるし……。すごく頼りにしてる」

 あれ? 思ったより悪い印象じゃないじゃん、という視線を、ビリーは緑のアーチャーがいるであろう空間に寄越す。

「そっか。グリーンの奴、最近頑張ってたみたいだからさ。今の言葉をマスターが直接グリーンに言ってやったら喜ぶと思うんだよねー。今度マイルームにでも呼んで、二人で話してみれば?」

 すると立香から返ってきたのは、予想していないリアクションだった。

「無理無理無理無理! ロビンと二人きりなんて絶対無理!」

 その瞬間、向かいの椅子がカタっと微かな音を立てた。ビリーは慌てて大きく咳払いをする。

「何で? マスター、色んな英霊と一緒にマイルームで楽しく話してるじゃん」

「ロビンは別! 緊張して上手く喋れる自信ない……」

 俯く立香の顔は茹で蛸のような真っ赤だった。

「……まさかと思うけどさ、もしかしてマスターって、グリーンの事が好きなのかい?」

 かまをかけてみれば、しばしの沈黙の後、立香はこくりと小さく頷いた。向かいの席がまた音を立てる。今度は先程よりも少し大きめだったので、ビリーは動くなという意を込めて、自身の膝で机の裏を打ちつけた。

「え、膝大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと驚いただけだよ(グリーンが)。でもまた何でグリーンなんだい?」
「何でだったかな……。これと言って明確な始まりがないんだよね。気が付いたら目で追ってるし、話しかけられたら嬉しいやら恥ずかしいやらで心臓うるさいし。一人になって考えた時に、ああ、ロビンのこと好きなんだって自覚した感じかな……。そう思うと更に意識しちゃうから、気軽に二人っきりになるのが難しくなっちゃってさ。未だにマイルームに呼べてないんだよね」

 ロビン、気にしてないといいんだけど……、と落ち込む立香に、ビリーはもう手遅れだったよと心の中で返事した。

「でも、それでも呼んであげてよ。僕もマスターと話して楽しかったから、グリーンにもそれくらいのご褒美あったっていいんじゃない?」
「私と話すのがご褒美になるの?」
「なるさ! 君が思ってる以上にカルデアにいるサーヴァントは皆、君のこと気に入ってるんだぜ?」
「そっか……。そっかぁ! よし! 私、頑張ってロビンとちゃんと話してみる!」
「お、その意気だ! それでこそマスターだよ」
「ありがとうビリー。あ、さっきの話、誰にも言わないでね? マシュにも言ってないんだから。約束だよ?」
「あぁ。言わないよ」

 少年悪漢王はニヤリと悪戯っぽく笑う。そう、絶対に言わない。マスターがロビンを好きなことも。この場にロビンがいたことも。

「それじゃ今日はもう遅いし、そろそろ寝るね。ビリーもお酒飲み過ぎないように」
「はいよー。おやすみマスター」
「おやすみー!」

 マスターが去った食堂に沈黙が流れる。口火を切ったのはビリーだった。

「だってさ、グリーン」

 宝具を解除したことで、消えていたロビンの姿が露わになった。その顔は耳まで真っ赤だ。おそらく酒のせいだけではないそれに、ビリーは口の端を上げた。

「よかったじゃん、おめでとう両思い」
「よくねぇよ! オレはこれからどんな顔してマスターに会えばいいんだ……」
「さぁ? 頑張って平静を装うことだね」

 僕、しーらないと捨て台詞を残して、ビリーは残りのサラミとビールを飲み込み、食器を片付け、食堂を後にする。ロビンが後ろで何やら叫んでいたけど、もう関係ないことだ。いや、手に負えないと言った方が正しいか。
 何にせよ、どう転んでもハッピーエンドになりそうなんだから、これ以上の手助けは必要ないだろう。
 愛銃をクルクルと回しながら、ビリーは弾むように自室へと帰っていった。



ビリー「勝手にやってろよ!」
2021.5.22