ミンナデ★タコパ

・FGO八周年記念小説、第一段。
・『八』ということで、『タコ(Octo)』というお題でお話を書きました。
・すがすがしいほど女の子しかいません。だって、女の子、可愛いぢゃないか……。
・産地直送! とれたてぴちぴちオイテーケー!

 以上、SAN値チェックがお済みの方はダイスをロール、ではなく、スクロール、です!








 大きな肩さげ鞄を手に、葛飾北斎の画室の扉の前で立ちすくむアビゲイルは、ふぅ、と悩ましげな息を吐いた。華奢な白い指が、たっぷりとした黒い袖から、ちらちらと顔を出しては、扉の開閉パネルを押そうか、止めようかと、行ったり来たりを繰り返している。
 なぜ彼女が、こんなにも入室をためらうのか。それは現在進行形で、部屋の中から誰かが言い争う声と、ぴりりとした山椒の辛みに似た雰囲気を感じ取ったからだ。
 でもマスターに頼まれたからには、入らなきゃいけない、わよね……。
 律儀で廉潔な少女はもう一度、一つだけ嘆息を落とすと、気を取り直すように、きっと扉を見据えて、開閉パネルを操作した。

「だーかーらー! 何故ここの挿絵が変わっておるのだ! この場面の川辺に青い桔梗など一本たりとて生えてはおらぬわ! あと主人公は質素で慎ましやかなる女だと、口が酸っぱくなるほど伝えたではないか。どうして仙女のごとき様で、あくろばてぃっくに宙を舞っておるのか!」
「こっちの方が絵面的に優雅だからに決まってんじゃねぇか、こんのすっとこどっこい! 躍動感に欠ける人間を描くのが、どんだけつまらないことか。お前さんは、そこんとこが分かってねぇのサ。突っ立ってるだけでいいってんなら、ウドの大木でも描いてたほうがまだマシでぃ!」
「それはそれでウドの大木に失礼だから撤回せよ! 大きく育った者には、それ相応のよさというものがあろう! いやさらで、このまえ手前勝手に人物の装飾を増やした騒動をもう忘れおったのか! 鉄蔵は頭の中で鶏でも飼っておるようだな!」

 扉を開いた瞬間に、身体が後ろに飛んでいきそうなほどの喧噪が聞こえた。それもそのはず。ギャアギャアガミガミと、曲亭馬琴、葛飾北斎──二騎の創作における一悶着は熾烈を極めていたのだ。ぐぬぬ、とお互いの顔を近付けんばかりに睨み合う二騎は、ぎりりと歯軋りが聞こえてきそうなほどの剣幕である。背景は虎と龍が吼え、紅蓮と紫電の中で猛り狂っているようだ。
 割り込みづらいわ、とアビゲイルは鞄かけの紐にかけた手をぎゅっと握りしめた。しかも曲亭馬琴の足元には、己のもっとも苦手とする毛皮の生き物が、うじゃうじゃわらわらと、八つもひしめきあっている。これでは近付きたくても容易に近づくことさえできない。犬は……どうしても苦手だ。いや、苦手なんてものじゃない。吠えるし、噛むし、粗暴で、荒々しくて、獰猛で──そこに存在しているという事実が大嫌いだ。きっと子供なんかが噛まれたら、ひとたまりもないだろうし、最悪の場合、死に至るかもしれない。……ああ、やっぱり犬は赦してはおけない。然るに、相応の罰を与えなければ──

「おうアビーじゃねェか。どうした、何か用事でもあったかい?」

 アビゲイルに気がついた葛飾北斎が、曲亭馬琴から視線を外し、今までの鬼の形相など露知らずといった、天女のごとき笑顔で対応した。マスター曰く、「めちゃくちゃ怒ってたお母さんが、電話口でコロっとよそ行きの声に変わる時のそれだー」である。
 アビゲイルは、暗く澱んでいた意識を無理やり浮上させた。

「創作談義はもういいのかしら? 私はあとから出直してきてもいいのだけれど……」

 もじもじと落ち着かない様子で、アビゲイルが訊ねる。よいよい、と快活な笑いで応えたのは曲亭馬琴だった。

「鉄蔵に用事なら、わしこそ席を外すべきだ。アビゲイルは、げに犬が畏しと聞いたが?」
「かしこ……って、どういう意味かしら?」
「そりゃ『恐ろしい』って意味サ」

 葛飾北斎の補足に、なるほど、とアビゲイルは大きく頷く。

「確かに恐ろしいけれど、でも今は一人でも多い方がいいと思うの。だから馬琴さんは、そのままここにいらっしゃって? ご本の大切な打ち合わせもあるだろうし。犬は……できるかぎり近づけないのなら。ええ、きっと大丈夫だわ。でも、もしも近付かれたら、私……その子たちに何するか、分からない、かも……」
「心得た。言ってよく聞かそう」

 画材や大量のラフ画やらが散らばる部屋の隅に犬士を集め、しばらく遊んでいるようにと曲亭馬琴はしっかり言いつける。犬士たちはピシリと敬礼の意味を込めて、揃いも揃って右前足の肉球を見せつけていた。

「んで、本題ってぇのは? その肩から提げている見慣れない『ばっぐ』の中身と関係があったりするのかい?」
「そうなのです。マスターからお手紙という名の指令書をいただいたのです」

 どこかで見たような、あるいは見たこともないような、ありふれた無地の便箋を、アビゲイルがテテーンという効果音つきで取り出した。
 がさごそと便箋をあけ、アビゲイルと北斎は顔を突き合わせるように手紙を読む。犬士に指示を出していた曲亭馬琴も戻ってきて、アビゲイルの手元に視線を落とした。

『FGOも、なんとなんとの八周年! 今年は“八”に縁のある皆でお祝いしてください!』

 お世辞にも上手いとはいえない筆文字で、そんな文言がしっかりと記されていた。

「大雑把で安直に過ぎないかねぇ。『八』だから『タコ』ってか? いや、それとも生前の『アレ』のせいか? 『アレ』は別にオレの趣味ではないから、勘違いされても困っちまうぜぃ」
「アレ?」
「女妾は知らずともよい世界だ。その扉はまだ開かなくてもよいぞ」
「? よくわからないけれど、とりあえずお祝いって書いてあったから、パーティーを開こうと思っていろいろ準備してきたの」

 アビゲイルが鞄の中に手を入れて、とあるものを取り出した。

「なんだいこりゃ。沢山の穴っぽこが、すまして整列してらぁ」
「“たこ焼き器”っていうのよ。生地を流し込んで、刻んだ野菜と蛸を入れて、丸く焼いて食べるの」
「あーあれか! 以前、微笑特異点の屋台で作っていたサーヴァントがいたな。確か、そぉすって甘辛いモンが塗ってある丸っこい形のやつだ。熱で鰹節が踊っててよぅ。青海苔の磯香りがあとから追いかけてくるのさ。棚から落ちるのは牡丹餅だが、あれを食った時は、美味しさで思わずほっぺが落ちちまいそうになったってェもんよ。自分で焼いて、好きなだけ食べられるなら、それに勝る僥倖はないってなァ!」
「げに、あれは美味であった。丁度また食したいと思っていたところだ。わしも作るのを手伝うとしよう。どれ、こういうのは路の方が得意だ。ちと変わってみるか」

 間を置いた後、曲亭馬琴の口から「もう。これだからお父っさんは……」という女性に振り切った声がした。それを受けて、葛飾北斎も第一再臨へと霊基を変化させる。交代された葛飾応為は部屋をテキパキと片付けて、たこ焼きパーティの準備を開始した。

 ※

 持ってきていたサラサラの生地を鉄板に流し込み、上からキャベツのみじん切りや、天かす、紅生姜をばら撒いて。最後にアイデンティティにも等しい蛸の切り身を、一つの穴に一つずつ入れていく。
 焼くまでの間、三騎は、じっと鉄板を見つめていた。生地の周囲が薄透明になってきた頃、試しにと、曲亭馬琴が細い金属の針を刺し、くるんと一つひっくり返してみせる。形も崩れず、綺麗に丸く焼けたたこ焼き。それを見て、アビゲイルが私もやってみる、と、曲亭馬琴の手から金属針を譲ってもらう。手持ち無沙汰になった戯作者は、くるりくるりとひっくり返っていくたこ焼きを見つめながら、浮世絵師に、先ほど言いあっていた件を蒸し返した。

「さっきの挿絵の件だがな、考え直してみたら、お前さんの言い分も一理あるかもしれん。わしの作を読んだうえで、そうする必要ありと感じたのなら、まあ変更もやむなし、かもしれぬ」
「だろぅ? やっと倉蔵も理解できたみてぇだな」

 してやったりという具合に、葛飾北斎が破顔する。面白くなさそうに曲亭馬琴が鼻を鳴らした。

「ただし、もうこれ以上は勝手に装飾を増やしてくれるなよ? わしの此度の戯作は、しっとり落ち着いたものにする手筈なのだ。ごってごての装飾まみれで、ど派手な主人公なぞ雰囲気にそぐわぬ」
「んなことぐらいわかってんだよ! ったく、これだから心配性の年寄りは。あんまり度が過ぎると、装飾なしの寂しい頭になっちまうぜ。毛はないのにギラギラ光ってるってなァ」
「わしは禿げぬ!!! さぁばんとは老化なぞ無縁に決まっておろうが!」

 またもやぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた二騎の間、机を挟んだ真ん中で、始まりのフォーリナーがおかしげにクスクスと控えめな笑い声を立てた。

「北斎さんに馬琴さん。なんだかんだ言いあっていても、最後には素敵な物語を仕上げてくださるから、そばで見ていると楽しいし、とてもすごいって感心するわ。これは次のサバフェスも、『鉄棒ぬらぬら』は安泰ね!」
「…………」
「…………」
「お二人とも、どうなされたの?」

 不思議そうな顔をしながら、アビゲイルが最後のたこ焼きをひっくり返し終わった。これからまた、しばらく焼きに徹する時間だ。

「なぁ鉄蔵よ。さあくる名、いっそのこと思い切って変更せんか? いずこかの界隈では、月の外来語を取り入れた、洒落た銘を持つ者たちがいるというではないか。もう少し風靡な印象の、口に出しても羞恥の少なき方が、こう……いたたまれなさも減る気がするのだが」
「いやあ、やっぱり一度聞いたら忘れられないガツンと拳の効いた名の方がいいと思ってよぅ。当世でも通用しそうだし、面白いと思って昔の画号をそのままつけちまったんだが。しっかし、こりゃあ完全に効きすぎたな。こういう弊害を考えていなかった。沽券のために弁明しておくが、けっして狙ってた訳じゃないぜぇ?」

 いっそのこと、打撃女帝剣士団てな名前にしてみるかい? とトンデモない提案を持ちかける始末だ。断固拒否する、と曲亭馬琴が渋い顔をし、アビゲイルが難しすぎるわ、と難色を示した時だった。
 コンコン、とノックの音がした。入室の許可を待たずして、姿を現したのはダ・ヴィンチちゃんだった。

「取り込み中に失礼するよ。キャスターのジル・ド・レェを探しているんだが、君たち──特にアビゲイル、彼の行き先を知らないかい? 呼び出しにも応じないから困っているんだよ」

 もうすぐシュミレーター演習が始まる時間なのにー、と焦り気味なダ・ヴィンチちゃん。そんな彼女に名指しされたフォーリナーが、間髪入れず、無表情のままに首を横に振った。

「いいえ知らないわ。確かに最後に会ったのはわたしかもしれないけれど、ジル・ド・レェさんにパーティーで使う食材をご相談して、それから別れたっきり姿を見ていないわ」
「そうか……。まあいいや。こちらももう少し探してみるとしよう。あ、でも、もしも見かけたら管制室に来るよう伝えておいてくれるかな?」
「ええ、お安いご用よ。おじさま……早く見つかるといいわね」

 ダ・ヴィンチが扉の向こうに消え、パタパタと廊下を走っていく。アビゲイルは何食わぬ顔で、たこ焼きをクルクルとひっくり返す作業に勤しんでいた。
 北斎と馬琴は、揃って黒い鉄板を凝視する。
 じゅうじゅうと音を立てている鉄の板。
 焼かれているのは、「蛸」の入った丸い食べ物。
 黄身がかった生地の中から、ちらりと覗く縮んだ吸盤。
 濃厚なソースの匂いと、鰹節と青海苔の旨み深い香り──

「……おいおい、まさかな」
「ははっ、いやいやどうして。さすがにそれはないだろう」

 何が、とは言わないが、戯作者と浮世絵師は引き攣った笑いを禁じ得ない。曲亭馬琴は動揺を隠しきれなかったのか、扇子を広げて口元を隠す。ちなみに扇子には達筆な筆文字で、「祝 八周年」と記されていた。

「さっきからどうされたの? なんだかお二人とも、いつもと様子が違って変よ?」

 アビーが二騎を見て、首をかすかに倒しながら、ニッコリと笑みを浮かべる。
 一度でも疑ってしまうと、無垢なる笑みも、やけにたこ焼きを勧めてくる彼女の行動も、すべてがとてつもなく怪しく見えてくる。
 ああ、その瞳はまぎれもなく──万の深淵を映す華鏡。

「綺麗に焼けました! さあ、お二人とも。どうぞ召し上がってくださいな!」

 アビゲイルがたこ焼きを数個、皿によそう。
 食うべきか、食わざるべきか。
 二騎の英霊は、創作に使う時よりも頭をフル回転させ、受け取った皿の中身を、わずかに震えながら青い顔色で見下ろしていた。




キャラについて少々補足をば。

・アビーちゃん→言わずもがな古の深きタコ。戦闘ボイス「お父様……」は何度聞いてもいい。
・北斎さん→言わずもがな古の(ry。戦闘ボイス「益体もない」がとても好き。何、とは言いませんが、せとりの好きなものを描いた先駆者として崇めています。
・馬琴さん→八犬伝つながり。わんわんもふもふ! 話し方が独特なため、今回一番苦労した人物です。北斎さん共々難しいぜ……
・ダ・ヴィンチちゃん→「ダ・ヴィンチの星」という正多面体の各面に、側面が正三角形の正多角錐があります。そう、我らマスター勢が事あるごとにくれくれと欲する、あの虹色の石によく似ています。あとは彼女の杖にも星形多面体がついていますね。実は正八面体から唯一できる星形多面体(ステラ・オクタンギュラ)こそ、この「ダ・ヴィンチの星」なのです。教えてくれてありがとうウィ○ペディアさん。というわけで、少しではありますが彼女にも登場していただきました。
・目が飛び出たジル・ド・レェさん→タコっぽいですが食べられてません笑 本当に見つからなかっただけでございます。ただ召喚したはずの海魔が、数体ほど行方不明との報告あり。どこにいったのでしょうね。……ふふっ。

八周年おめでとうございました! 来年もお祝いできるといいなぁ!

2023.7.31