祭囃子は、はや遠く

・FGO八周年記念小説、第二弾。
・テーマが「お祭り」ということで、最推し二人に浴衣と甚平を着てもらいました!
・ロビンさんに囁かれてぇ! という願望を詰め込みましたとさ。

 以上、リアルイベントに参加できた方も参加できなかった方も、読みたい方はスクロールお願いします!






 ミス・クレーンの衣裳部屋には、ビーチのきらめきよりも眩しい、姦しげな歓声で埋め尽くされていた。

「立香ちゃん、よく似合ってるー! すっごくかわいいー!!」

 ミニスカートタイプの、鮮やかな赤い浴衣を着たダ・ヴィンチちゃんがひときわ大きな声を上げた。彼女の視線の先には、白地に向日葵柄の浴衣を着た朱髪のマスターが立っている。髪と同色の帯を巻き、緑の帯飾りを揺らし、下駄をからころと鳴らしながら、藤丸立香は裾の手直しをしていたミス・クレーンにお礼を言った。

「ダ・ヴィンチちゃんもマシュも、よく似合ってて素敵だよ」
「ありがとうございます先輩。そう言ってもらえると、大変嬉しいです」

 褒められたマシュは気恥ずかしそうにはにかんだ。彼女の纏っている白地に咲く大輪の菊模様が、どこか控えめに揺れながらも、見事に咲き誇っている。

「いいですねぇ浴衣女子。やはり私の中の大和魂が疼きます。結い上げた髪、ちらりと覗くうなじ、慎ましやかに重ねられた襟元、歩くたびに見える踝のチラリズム。あ、やば。興奮してきて変な涎が……」

 感無量、といった様子のミス・クレーン。顔面のパースが狂ってきているため、そろそろ誰かが止めなければ、いつものように暴走を始めるだろう。
 それにしても──。立香は自身の身体を見下ろしながら、一周くるりと身を翻す。フルオーダーの浴衣はとても着心地がいい。採寸を前もってきっちりしていたとはいえ、こんなにもぴったりとあう衣服が作れるものなのか。一人一人の体型に合わせて型紙を起こし、そのうえで丁寧に裁断し、縫い上げているから可能な芸当なのだろう。着るものの魅力を最大限に引き出したせるだけでなく、さらに機能性まで兼ね備えた衣服。まったくいつもながら感心する出来栄えだ。霊衣製作を頼むサーヴァントが後を絶たない訳だ、と一人納得しながら、立香はうんうんと何度も頷いた。
 満足げなマスターの姿を目にして、もう一騎の立役者が、自慢げにふふんと鼻を鳴らした。

「この日のために試行錯誤を繰り返して、ミス・クレーンとボクが作り上げた礼装なんだから、似合うのは当然! まぁ、戦闘で使えるほどの耐久性はないのが残念ではあるんだけどさっ。しっかし、浴衣ってものを初めて作ってみて思ったんだけど、構造と着方が面白いんだわー。東洋人の体型にすごくマッチしてるし、手軽に着付けできるし、蒸し暑い場所での活動にもってこいだし。こういう人間の、TPOにあった服を生み出す情熱には、毎度のことながら素直に感心するよ」

 あとでモルガンにも作ってやるって約束なんだぜーと、どこかウキウキした表情で語る糸紡ぎの妖精。ゆらゆら揺れる二又の帽子の先を持って、ぴこぴこと動かしながら、口を開いたのはシオンだった。

「トリスメギストスII の予測にも、しばらくの間は異常なしと出ましたので、今回は思い切って一週間の休暇を設けました。最終日には、シミュレーター内でのお祭りの開催を計画しています。まあ、つまり今日のことなのですが。ちなみに立香さんの祖国の夏祭りを参考にさせていただきました! サーヴァントによる出店やプレーパーク等も展開されるようなので、ここぞとばかりに羽を伸ばしてください。……ちなみに私も趣味に精を出そうかと目論んでいたりしますので、どうかご安心を。お気遣い感謝します」

 シオンも遊ばないのかという立香の視線に先回りして、彼女はぱちんとウインクを送る。どうやら気兼ねなく遊びに徹しろという意味らしい。

「それにしても夏祭りの開催は久しぶりですね。ドタバタして、ここしばらくそういった夏の行事から離れざるをえませんでしたから」
「それもそうか。あの時とは面子がずいぶん様変わりしたけど、でもまたこうして集まって騒ぐことができるのは、とてもいいことだと思うよ」

 マシュの言葉を受け、ダ・ヴィンチちゃんが思い出に花を咲かせる。おそらく彼女は過去の記録を見たのだろう。そうでなければ、彼女が存在しない期間の出来事を語れるはずがない。それにしても、あの出来事は人理修復とは無縁の、息抜きで開催された小規模なイベントだったため、公式記録には存在していないはずなのだが……。異国の言葉で「桜」という意味の名を持つ、髪の明るい職員の顔が脳裏を過り、立香は思わず口元を緩めた。

「あ、マスター。ちょっといいかい?」
「なあに、ハベにゃん」 ハベトロットの顔が真横に来るように、立香は足を揃えて腰をかがめる。
「これなんだけどさ、こそっとでいいからアイツに渡してくれるかい?」

 こそりと耳打ちされたあと、手渡されたのは大きくて四角い包み。中は……柔らかいので、間違いなく衣服だ。

「浴衣を着たマスターの隣に立つんだったらって、特別にミス・クレーンが作ったんだよ。前回は小悪魔のムーンキャンサーに先手を打たれたからリベンジだ、とか何とか息まきながらね。普段は花嫁衣裳専門だけど、ボクも少しだけ手伝ったんだぜ? 君から渡してくれるかい? こうなる気配を察知してんのか、数日前からアイツの姿が全然見当たらないんだよなー」

 焦って慌てる顔が見たかったのにさー、と不満げに口を尖らせるハベトロット。無害ではあるが、彼女もまた立派な妖精だと認識できる。

「ありがとうハベにゃん。縛りつけてでも着せるね」
「そうしてくれよ。服は誰かに着られなきゃ、ただの切って縫い合わせた、でっかい布きれでしかないからな! そのままクローゼットの住人にするには惜しいってもんさ。しっかりその子のレゾンデートルを満たしてやってよ!」

 離陸直前のパイロットよろしく親指をたてる糸紡ぎの妖精に、受け取った包みを胸に抱いたまま、立香は元気よく、こくんと一つ頷いた。

 ※

「というわけで、はいこれ。ハベにゃんから預かりました」

 マイルームに二人きり。突然の招集に応じた緑の弓兵は、苦虫を煎じて飲み込んだみたいな渋面で、立香と包みを交互に見つめた。というか、ほとんど睨んでいる、に近いのではなかろうか。

「その話を懇切丁寧に聞かせたうえで、オレに服を押し付けてくるオタクの図太さって……。なに、魔猪か何かの親戚か?」
「まさか一度も袖を通さない、なんてことはないよね?」

 失礼な、という反論の意味も込めて、立香はロビンの腹部あたりに服をぎゅむっと押し付ける。
 ロビンはワンテンポ遅れてそれを受け取り、透視を試みる占い師のごとく凝視していた。そして……

「あっ、逃げた!」

 ロビンは渋面を隠すことも、また姿を消すこともなく、くるりと踵を返すと、突風みたいな勢いでマイルームを去っていった。
 一人取り残された立香。だがしかし、ふっと軽やかに笑う。

「でも絶対『きて』くれるよね。なんだかんだ言って人がいいんだからなぁ、ロビンは」

 贈られたものを無下にすることはないし、祭りといった行事にも、ちゃっかり参加して楽しんでいるのがロビンだ。だから立香には確信がある。ただ、どうしてもカルデア内での集まりとなると、普段から顔を突き合わせている者たちに、自己を晒さないといけなくなる。
 彼は立香の隣に立つ自分を、他の者に見せたくないのだ。

「分かってるよ。分かってて言ったんだから。……本当に可愛いんだよなぁ、もう」

 彼が聞いたら、さらに眉間のしわが深まっていきそうな感想を、立香は悪戯な含み笑いとともに呟き落とすのだった。

 ※

 お祭り当日。
 シミュレーターという仮想空間ではあるものの、伝わってくる熱気は本物だった。湿度が高いため、全身にまとわりつくような息苦しさを絶え間なく感じる。日本の祭りを参考にしたというだけあって、けっして過ごしやすい環境だとは言い難い。しかし霊基が頑強なサーヴァント達にとっては、温湿度など些事にすぎないようだった。軽く苦行ともいえる真夏の夜も、雰囲気を味わうエッセンスとして昇華されており、出店に吊るされた裸電球のオレンジ色の明かりや、遠く聞こえる太鼓と横笛のお囃子が、さらに場を盛り上げ、祭りの興は人も神も、参加する者みな等しく酔わせているようだった。
 立香はマシュとダ・ヴィンチの三人で祭りに参加していた。
 途中、道端ですれ違ったカドックや老爺のモリアーティに綿あめやお面を奢ってもらったり、みずからプロデュースしたプレイパークの出来を確認しつつ、客として楽しんでいたエリセやモルガンと、ポップコーンやりんご飴に舌鼓を打ったりと、夏祭りの醍醐味を堪能した。とりわけテスカトリポカの射的ゲームでは、立香が思いがけず高得点を叩きだしてしまい、死と夜空の黒い神から直々に、「マジかよ。お嬢は勝手にこっち側だと思い込んでいたんだが……」と、ひどく気落ちしたコメントをいただいてしまった。
 一時間ほど遊び倒してから、立香は祭りの輪を離れ、休憩場所に一人で座っていた。赤い大きな番傘と、同色の布で覆われたどっしりとした長椅子。縁日のような様相を呈した場所に座りながら、ほう、と一息ついた瞬間だった。

「ほいよ。飲みます?」

 背後から軽やかに訊ねる声と、ぴとりと頬に当たる冷たい感触。横目で確認すると、水滴がついた青いラムネ瓶が見えた。気泡が立ち上っては、パチパチと爽快な音で弾けている。その瓶を上から摘まむように持っているのは、濃緑色の甚平を身に着けた青年だ。その顔は白磁の狐面で隠されているが、口元が吊り上がったデザインのお面のせいで、容易に表情を想像することができた。

「──ちょうど喉が乾いてたんだ。ありがとう、いただくね」

 誰か、なんて問うまでもない。立香はラムネ瓶を受け取り、しゅわしゅわとした甘い液体を口に含んだ。
 青年は椅子を挟んだ背後で、じっと立ったままだ。座るつもりはないらしい。微妙な距離感を保ちながら、立香と同じく祭りを外から眺めていた。

「盛り上がってるお祭りを、少し離れた場所から見るのも新鮮でいいね。自分も参加してる気分になれるから不思議だ」

 ことさら静かに、立香は感想を述べる。団欒を傍らで見つめる誰かさんも、きっとこんな気持ちに違いないと思考を巡らせながら。

「んな辛気臭い楽しみ方、オタクには似合わないでしょ」
「そうかな?」
「そうですよ。ちなみに適当に紛れて思いっきり遊んで片付けの前に消えるのが、オレのオススメするお祭りのベストな楽しみ方ってヤツですぜ」

 片手を腰にあて、気障ったらしくもう片方の手をあげて語る狐面。
 狩人なのに、そのお面を選んでよかったの? と心の中だけで問いかけながら、立香は「らしいなー」と小さく笑いを漏らした。
 二人は無言で祭りの喧噪に耳を傾ける。そろそろプレイパークへ繰り出していったマシュ達が戻ってくるころだろうか。だとすれば、もう行かなくてはいけない。でも、すぐにここを離れたい訳ではない。むしろ、もっとこうして一緒にいたいのに……。

「行かなくていいんですかい?」

 ふと、すべてを察知したかのような青年の問いが聞こえた。
 立香は彼とは反対側の、火照った頬を膨らませる。

「君がいるのに?」

 質問に質問で返すのは、あまり褒められたことではないけれど。でも彼が、立香にとってそんな当たり前のことを問いかけるものだから。少しだけ、意地悪したくなったのだ。それぐらいの反撃はしておかなければ、立香の気が済まない。
 狐面の内側から、本当にごくかすかだけれど息をのむ音が聞こえた。その事実に、立香はにんまりとほくそ笑む。彼のペースを乱せたことが、こんなにも嬉しいだなんて、我ながら困ったものだと内心で嘆息した。

「服、よく似合ってるね。さすがミス・クレーンとハべにゃんだ」
「そういう在り方だとはいえ、申し分ない仕事しますよね。つか、キャスターの方はまだしも、妖精の方は花嫁衣装専門だろうに、野郎の服なんざ作っちまって……」
「優しい守護妖精さんでよかったね」

 彼なりの皮肉交じりな賛辞に苦笑しつつ、サイダーに口をつける。ジュースの甘みと炭酸の痛みにも似た辛さが、とてもよく似ているなぁと、のんきなことを考えていた。

「こういう祭りは生者に紛れて、死者が遊びにくるんだってな。おばけに攫われないうちに、早く部屋に帰った方がいいぜ、立香」

 突然、そんな言葉を耳元で囁かれた。彼がお面を外して耳うちしたのだ。
 立香は急いで振り返る。
 理解ってはいたけれど、彼の姿はもうどこにもなかった。

「むー、おばけみたいな人には、もう捕まってるから今さらだし。──って、よく考えると、お祭りに参加してるのはほとんどサーヴァントだから、ある意味で死者ばっかりだ!」

 今さらながらに気が付いてしまった事実に、立香はたまらず笑い声をあげた。
 死者が中心となって開催する納涼祭。生者の参加者は数える程度。……うん、その状況だけでとても面白い。後世に語り継がれること間違いなしだ。ともすれば、短編小説にでもなりそうな題材である。カルデア所属の文豪たちに、書いてくださいと、せがんでみるのも楽しいかもしれない。

「ふふっ、ありふれた設定だって却下されるかもしれないけどね。──さてと、もう少し遊んだら部屋に戻ろうかな」

 きっとお面を外した彼が待っているだろう。祭りでうなぎのぼりになったテンションを元に戻すなら、彼と会話するのが一番だ。
 立香は残りのラムネを、あおるように一気に飲み干す。くぼみに嵌っていたビー玉が外れて、からんと小気味いい音を奏でた。


『きて』は、着てでも、来てでも、どちらでもお好きな方を。
来年はリアイベに行けますように!

2023.8.2