恋文(イタズラ)

・友達以上、恋人未満のロビぐだ子からしか得られないドキドキ感があるはず!
・暗号文は気合で解読してください。



 昼下がりの食堂の片隅。立香は椅子に座ったまま、机に上半身を、べちゃっとくっつけていた。両腕は向かい側へ座るマシュの方へと投げ出されており、先端にある手はパタパタと交互に机を叩いている。

「ねぇマシュー。なんか面白いことないかなぁ」

 立香の傍らには、湯気を立ち上らせる真っ白なティーカップが置かれていた。中身はウバ紅茶で作ったミルクティーだ。ゴルドルフ新所長が好んで飲む茶葉であり、彼がひっそりと隠し持っているものなのだが、強請りに強請った結果、この度めでたく強奪……ではなく、頂戴することができたのである。
 せっかくの美味しい紅茶が冷めるのもお構いなしな立香の行動に、茶菓子の皿に伸ばそうとしていたマシュの手は空中で動きを止めた。眼鏡の奥の目は、まじまじと己がマスターの頭頂部を見つめている。

「面白いこと、ですか。具体的に、どういった方向性の面白いなのでしょう? 雑学、教養と言った知識を増やす面白さや、漫才、落語といったコメディ的な面白さまで。人を楽しませる手段はいくつかありますが……。あ、落語でしたら一つだけ、有名なお話を披露できるかもしれません」
「え、マシュ落語できるの!? レベル高っ! ぜひとも今度聞かせて! ……って、いやいやそうじゃないのよ。んー、そういうお堅い話とか、作品まで昇華された面白さじゃなくて。なんかこう、偶然と必然が絶妙に入り混じった出来事を体験してみたいというか。あずかり知らぬ所で物事が着々と動いているのを、あれこれ想像したいというか……。とにかく、待っている間もワクワク感を味わいたいんだー。あ、ついでに思いもよらない方向に転がってくれると、なお良しかな!」
「む、難しい要求ですね。それは綿密に組み立てられた計画が必要になってくる気がします。教授……。わるわる教授に知恵をお借りするのはどうでしょう? 喜んで力になってくれそうな気がします!」
「教授に頼んだら、ガチめに事が大きくなりそうだからパス。そうじゃなくて、もうちょっと小規模がいいんだよな」

 マシュが気落ちぎみに唸り始めたと同時、黄色く華やいだ少女達の笑い声が耳に入った。発生源は立香とマシュの席から二列ほど離れた一画からだ。

「なんだか賑やかだね」
「何をしていらっしゃるのか気になりますね。先輩、声をかけてみましょう」

 立香はこくんと頷いてから、マシュと共に席を立ち、花園のような雰囲気が漂う場所へと移動した。

「やっほー。みんな何やってるの?」

 立香の声を受けて、机に落とされていた三つの視線が一斉に持ち上げられた。色素の薄い髪はイリヤとクロエ、優しい夜色は美遊のものだ。

「あ、マスターさん! やっほー! わたしたち、お手紙を書きあっているんだよぉ」

 ひらひらと手を振り応えるイリヤ。机に散乱しているのは、折り紙よりも一回りほど小さな便箋の紙。彼女達は色とりどりのペンを持ち寄り、各自、好きなことを好きなように書き散らしては、隣に座る友人に渡しているようだった。
 彼女達の服装は、胸元の大きな赤いリボンと愛らしい半そでの白シャツ、そして黒の短いプリーツスカートだ。この空間だけ小学校のクラスが形成されているようである。

「お手紙? 目の前にいるのに、わざわざ手紙を書くのですか?」

 マシュの指摘に、当然じゃない、と自信にあふれた頷きを返したのはクロエだ。彼女の服も赤いコートから制服へと変化している。察するに、服飾を得意とする英霊二騎に頼んで用意してもらったのだろう。

「そうよ。今の主流はメールだけど、やっぱりお手紙だって捨てがたいじゃない。誰にでも書けるし、貰った便箋が可愛いとテンション上がるし。相手の字とかを見てギャップを感じる時なんか、最高に面白いわよね」
「この人、こんな字書くんだー! みたいな意外性があるよね。真面目なのに可愛い丸文字だったり。あと授業中に遠く離れた席の人までリレーみたいに渡してもらうのも面白かったなぁ。……多分、周りの人はいい迷惑だったろうけど」

 あははー、とハイライト少ない目で笑うイリヤに対して、美遊は口元を押さえてクスクスと静かに肩を震わせた。

「みんなで先生にバレないように秘密を共有するの、楽しかったね。また皆でやってみようって話になったので、こうしてお手紙を書きあっていたんです」

 ここまでの経緯を丁寧に語ってくれる美遊。
 きゃいきゃいとはしゃぐ永遠の小学生達を前に、かつて小学生だった立香は瞼を閉じて、自らの過去に思いを馳せた。

「そういえばクラスの子がよくやってたなー。あれで昼休みとか放課後に、どうやって遊ぶかを決めたこともあったっけ? うわ、すっごく懐かしい」

 ファンシーな紙束を手でかき混ぜて、立香は軽い笑みをこぼす。そこまで感慨深くなるような思い出ではないはずだが、なんだか遠くまで来てしまったような気がして、哀愁が滲む声(おと)になってしまった。
 その話題に不安そうな顔をしたのはマシュだ。それもそのはず。彼女に一般的な小さい頃の思い出というものはない。小学生の頃、謎に流行った遊びや、突如思いついた馬鹿馬鹿しいやんちゃなど、他人から話に聞くだけで、実際に体験したことはないのである。当然、このような話題には「そんなものだろうか? よく分からない」という感情が先行してしまうのは必然だった。
 それにいち早く気付き、対応したのはクロエだ。

「マシュも書いてみる? こうやって可愛い形に折って相手に渡すのよ」

 クロエが封筒型に折った手紙を見せつつ、眼鏡の後輩を呼ぶ。年齢はマシュより下だが、この時ばかりはクロエの方が先輩風を吹かせていた。いや、この場合は姉の風、だろうか……。

「それは大変面白そうです! ぜひ折り方を教えてください!」

 いそいそとクロエの隣に座ったマシュは、折り方のレクチャーを受け始めた。

「マスターさんも誰かに送ってみるのはいかがでしょうか? わたしもイリヤに渡す手紙を書いているんです」

 いまだ一人で突っ立っている立香に、美遊がにっこりと淑やかに微笑む。その上品な笑顔の真下には、ハート型に折られた赤やピンクの手紙が大量に置かれていた。もしかしなくても、あれら全部をイリヤに渡すつもりだろうか?
 そして向かい側の席では、引き攣った苦笑いを浮かべているイリヤがいた。おそらくは数分後に訪れる未来を想像したのだろう。目が濁っているのは、その返信をしなければならない自らの苦労を察してしまったからだ。

「あはは……。美遊の熱意でイリヤが溺れそうだね。それにしても手紙か。いつぞやのバレンタインデーから久しく書いてないなぁ。いい機会だし、日頃の感謝も込めて、もう一度マシュに書いてみようかな。あとは……」

 そこで、はた、と気付く。
 ちょっと待った。これこそ「望んでいた面白いこと」ではないだろうか?
 書く内容ひとつで偶然も必然も盛り込むことができるし、渡した後は相手がどう反応するかをアレコレ想像することもできる。さらには、それらしいことを書いていたら思わぬ方向に転がっていく可能性もある訳だ。
 そうだ、きっと私がやりたかったのは「手紙によるイタズラ」だ!
 思いついてしまった計画で、勝手にニヤける顔を引き締める。衝動に突き動かされるまま、立香はイリヤの隣に腰を落ち着け、可愛いらしいハートの便箋を一枚取った。
 さて、誰にイタズラをしかけようか。気付かれなくても構わないけれど、どうせなら気付いてもらえて、さらにはウィットに富んだ反応を返してもらえたら最高だ。立香渾身のイタズラを許してくれそうな人物がいただろうか──。

「うーん…………。あ、いた」

 いた、いた。一騎いた。
 いつも私を弄ってくる近所のお兄さん的な立ち位置の人が。皮肉屋で、捻くれていて、でも優しくて。歪曲した気遣い屋で、常識人みたいなフリをしているけれど、最近は子供サーヴァントを相手にする時と同じくらいの頻度で、ちょっかい出してくる困った英霊が。

「ふふん。大いに困らせてあげよーっと」

 いつもやられっぱなしだから、ここぞとばかりに仕返ししてあげよう! あー、手紙を読んだ時の様子を想像するだけで楽しいなぁ!
 ワクワクする胸の高鳴りを押さえながら、立香はファンシーな便箋にペンのインクを滲ませていく──。



 時間は少し進んで、カルデアの空き部屋。
 煙草を吸い終わったロビンフッドが、さて午後の出撃に繰り出すかと扉を開けた瞬間。
 前方からのろのろと舞い込んできた青い鳥とぶつかりそうになり、彼は細い目を見開いた。

「ん? デブ鳥よ、何くわえてんだ?」

 手のひらに乗るサイズのハート型に折られた紙切れ。ブルーバードから差し出されたそれを受け取り、表と裏を交互にひっくり返す。

「手紙……か?」

 外側には何も書かれていないが、どうやら中には文字がしたためられているらしい。
 破れないように丁寧に開く。そして黒とピンクで綴られた文字に目を走らせた。

「”こ”んな形になってしまって、本当にごめん。直接
“れ”んらくして、会って伝えようと思ったの。でも迷惑かなって考えたら、すごく、すっごく
“は”ずかしくて……。何度も書くのを躊躇ったんだ。でも……。
“嘘”はつきたくないなって思った。わたしは……ロビンのことが好きです!
“だ”から迷惑かもしれないけど、ロビンの返事を待ってます。
“よ”ろしくお願いします!」

 赤やらピンクやら、目に痛いほどの彩(いろ)に溢れたハートの便箋。
 少々強引な意味合いの文章と、不自然に区切られた痒い言葉の数々。
 筆跡は、おそらく立香のものだ。
 召喚される際に与えられた知識があるため、難なく読めはするものの、内容が内容だけに思考が停止してしまいそうである。
 いきなり告白? そんな素振りを見せたこともないのに? 回りくどく手紙という手段を駆使して伝えたかった真意とは?

「……ははーん、なるほど。またタチの悪い遊びを思いついたな? 我がマスターは」

 ピンクの文字だけを拾って読んだ弓兵は、片方の唇の端を吊り上げた。
 立香がこういったイタズラを仕掛けてくるのは珍しい。むしろ初めてではないだろうか。イタズラの対象に選ばれることを喜ぶべきか。はたまた冗談なのか本気なのか、判別しにくい内容にしたことを叱るべきなのか。というか、きちんと名前くらい書けよ。もしくはちゃんとした写真を貼るとか。もし気付かなかったら一体どうするつもりだったのか……。
 様々な感想、思考、その他もろもろが湧いてくる。僅かではあるが、動揺しているのは事実だ。ポーカーフェイスで平静を装いながら、ロビンフッドは青い鳥を肩に乗せて頭を悩ませた。
 さて、このイタズラをどうしてくれよう。やられっぱなしで終わるのは性に合わない。何とかして反撃したいところなのだが。

「ここは一つ、相手と同じ戦法で返すか。手紙なんざ、書くガラじゃないんですけどねぇ」

 苦笑いを浮かべつつ、書くものと紙を拝借するため、弓兵は管制室へと足を運んだ。



 再び時計の針を進めたマイルーム。やけに上機嫌で鼻歌を口ずさんでいる立香の耳がノックに似た音を拾った。
 パッと立ち上がり、弾むような足取りで扉を開ける。すると姿を現したのは思い描いていた人物……ではなく、彼が従えている星模様が印象的な青い駒鳥だった。

「あれ!? てっきりロビンかと思ったんだけどな。って、コマドリさんがくわえているのは……手紙!?」

 黒っぽい嘴に、飾り気の一切ない無骨な紙片が咥えられている。

「え!? ちょ、これロビンから!?」

 まさか本当に返事をくれるとは思っていなかった立香は、ノートの切れ端みたいな手紙を受け取りながら駒鳥に訊ねる。しかし鳥は応える素振りを見せることもなく、「伝書鳩みたいな仕事なんざ、もうこりごりだ」と舌打ちせんばかりの勢いで、マイルームの締まりかけた扉の隙間から、するりと外へ飛び去ってしまった。
 立香はポツンと立ちすくんだまま、じっと手元の紙片に視線を落とす。
 どうしよう、何が書かれているんだろう? 何だか見るのが怖いような気もしてきた。いや、でもイタズラの結末は気になるしな……。
 悩みに悩んだ挙句、おそるおそる紙片を開く。指がかすかに震えているのは、きっと気のせいだ。異様な喉の渇きも、部屋が乾燥しているからに違いない。大丈夫、大丈夫……。

「ん!? 何だこれ」

 紙片に書かれたアルファベットの羅列を見つめて、立香は素っ頓狂な声を上げた。

「Xbt ju b mjf xifo zpv tbje zpv mpwfe nf?」

 穴が空いてしまうんじゃないかというぐらい紙片と睨めっこをする。しかし五分ほど考えた末、立香は、うあー! と悔しげな咆哮を天に向かって叫んだ。

「なんて書いてあるか、さっぱり分からない!! か、解読班ー! 助けてくださーい!」

 その後、怪盗サーヴァント達にシーザー暗号文を解いてもらって、顔を真っ赤にする立香がいたとのこと。


まあぶっちゃけ、好意がないと送らないよね、っていう。

暗号文解読なんぞ面倒だ! というせっかちさんは、以下の一行を反転、もしくはメモ帳にコピペしてみてください。
「Was it a lie when you said you loved me?」
注:せとりは英語が破滅的に、壊滅的に苦手でございます。間違っていても許してくださいな。

2023.1.10