パーマネント・オーナメント

・クリスマスのオーナメントに関するロビぐだ子のお話。
・クリスマスイブにクリスマスだぁ? 仕事に決まってんだろJK(情熱的に考えて)! な方だけスクロールどうぞ。



 カルデアの廊下で楽しそうに立ち話をするサーヴァントがいた。一人は緑の痩躯を宝具の外套で覆った金髪の青年、ロビンフッド。もう一人は胸元が開いた銀色の甲冑を纏う黒髪メッシュの青年、マンドリカルドだ。
 二騎が出会ったのは十分ほど前。お互い軽い挨拶で別れるつもりだったのだが、ロビンフッドが珍しくマンドリカルドを呼び止めたのである。曰く、「この間ハロウィン特異点で教えてくれた罠(トラップ)の話を、もう少し詳しく聞きたい」と。
 両者を知る者───例えばマスターがこの場にいたならば、きっと驚きで目を見開いただろう。そして「明日は暴風雨にプラスして、冥府の女主人の槍が降るに違いない!」と叫んでいたはずだ。なんせ呼び止めた者は自称捻くれ者の英霊嫌い。カルデアの特殊な環境に慣れたとはいえ、あまり多くの英霊と積極的に関わろうとしない人物だ。そんな彼が、わざわざマンドリカルドを呼び止めてまで話を聞こうとしたのである。
 そして呼び止められた者も意外な反応を示した。「あー……まぁいいっすよ」と、困り顔で苦笑いを浮かべながら、歩みを止めてロビンフッドに向き直ったのである。マンドリカルドにとって生前の自分を振り返ることは苦行に近い。言うなれば、記憶の奥底に仕舞った黒歴史を、自ら紐解いて開封する儀に等しい。現在の自分が在るのは過去が在るから。とはいえ、誰しも蓋をしておきたい過去の一つや二つはあるもので。旅の途中で引っ掛かった罠の話などは、その最たるものだ。
 一見すると、両者のメンタルは大丈夫だろうかと不安になる組み合わせだが、意外や意外、当の本人たちは特に問題なく会話を展開していた。

「いやー、やっぱり参考になりますわぁ。自分が仕掛けるものとは毛色の違う罠の話なんて、なかなかゆっくり聞く機会なんてないもんで」
「俺としては詳細に語りたくない苦い経験なんすけどね……。まあ、話のタネになったんならよかったっす」

 穏やかに楽しそうに、情報提供にも似た談笑をする青年たち。その時、ロビンフッドの背後に、そーっと忍び寄る影があった。相対していたマンドリカルドが、いち早く小さな不届者の影を認める。その影──九紋龍エリザは、慌てたように人差し指を一本だけ立てて、音もなく「しぃー!」という合図を送ってきた。
 思わずマンドリカルドは吹き出しそうになるのを堪えた。にやける口元と気を抜いた瞬間に込み上げる笑いを、なんとか体の中に押し留めるために体が小刻みに震えていた。
 一方の九紋竜エリザはというと、半月みたいに弧を描く凶悪そうな両目と口で笑っていた。頭の角をゆらゆらさせながら、抜き足差し足でロビンフッドに近付く。手にしっかりと握られた雪花みたいな綿と、安全ピンで吊るすことができる球状のオーナメントを緑の外套に取り付けようとしていた。
 しかし、そう上手くいくはずもない。

「おい、イタズラ大好きピンクドラゴン娘。オレの宝具に穴あけようとしてるんなら、それ相応の罰を受けてもらうことになるが……覚悟はできてんだろうな?」
「ああんもう! あとすこちだったのにー!」

 マンドリカルドがあたちを見るからー! と地団駄を踏む九紋龍エリザに対し、「え!? 俺のせいっすか!?」と可哀想なくらいに狼狽えたのは、自己評価が低めな王様兼冒険者だ。
 ロビンフッドは呆れたように首を横に振り、九紋竜エリザの小さな手から綿とオーナメントを、ひょいっと取り上げた。

「それも理由の一つだが、今は後ろにも目があるんでね」

 フードの中から覗く青い小鳥が、チチッと甲高く勝ち誇った鳴き声を上げた。

「毎年チビーズの『オーナメントを悟られずに取り付けられたら勝ち』っていう謎のゲームの標的にされるからな。常に周囲の警戒は怠らないようにしてんだよ。残念だったな、九紋龍エリザ」

 はっはっはーと煽るように笑うロビンフッドに、九紋竜エリザは、むぅっと頬を膨らませて不満をあらわにした。

「なるほど。成功の秘訣は青い鳥さんの……か、か……なんだっけ? ガオーって感じの言葉……」
「もしかして懐柔て言いたいんすか?」

 難しい語句を使おうとして言い淀んでしまった九紋竜エリザに助け舟を出したのはマンドリカルドだった。

「そう、それよそれ! 青い鳥さんの懐柔が決め手だったってことねっ!」
「あー……止めはしねぇがススメもしねぇぞ。それやろうとして見事に失敗したサーヴァントが、いたりいなかったりするんで」
「え? そこまで周到に立ちまわってたのに失敗ちたの!? そう……いろいろ残念だったわね、そのサーヴァント。でも、それにちても! くやちいわくやちいわ! こうなったら玉砕覚悟で思いっきり噛みついてやろうかちら!?」

 ジリジリとロビンフッドに詰め寄ろうとする九紋龍エリザ。心なしか史進くんも悪い笑みを浮かべている。

「やめい! そりゃあ趣旨が変わっちまってんだろうが! ったく。起こす時もそうだが、なんでオレだけをピンポイントで噛むんだよ!? マスターが起こす時は一切噛まないってのに!」
「さぁ……? なぜかちら? 特技かちらね」
「悪戯に巻き込まれているのに、律儀に朝も起こしてあげて……。人良すぎっすよ……」

 うっ、と口元を手で押さえるマンドリカルドの胸中は親近感でいっぱいだった。巻き込まれ体質は激しく共感できるものがある。例えばそう、人違いとか、人違いとか……人違いとか。
 ほろりと苦労が滲む涙を流しているマンドリカルドを無視して、九紋竜エリザは腰に両手を当て、ふふんと鼻を鳴らした。

「まあいいわ。例えあたちが敗れたとちても、第二、第三のエリザがロビンを襲うから!」
「そういや量産型みたいに増えてんだよなオタクら。悪意で形成された波状攻撃なんぞ、こっちとしては願い下げだ」
「あたち以外のエリザベートまでコントロールできないわ。諦めて適当なエリザベートで手を打った方が無難よ」
「どれかで打たなきゃならん選択肢しかないのか。そんじゃ、とりあえずメカっぽい奴らだけは勘弁な。アイツらが一番容赦なさそうだ。……っと、そんなことよりもだ。このオーナメントを持っているってことは、マスターの部屋の模様替えが終わったってことだな」

 ロビンフッドは手の中の赤いオーナメントに視線を落としつつ、光に照らして弄ぶ。ロビンフッドの背中から覗き込んだマンドリカルドが控えめな様子で問いかけた。

「何か用事でもあるんすか?」
「ああ。内装変更が終わったら来るように言いつけられてんですよ。何の用事かまでは聞いてないけどな」
「あたちも手伝ってあげたからピッカピカのキラッキラよ! ハロウィンは怪しさと怖さが魅力だけれど、クリスマスは神秘的であったかい魅力があるわよね! 寝ている間に欲しいものが届けられているところも、夢と希望にあふれててグッドだと思うわ!」

 カルデアのサンタサーヴァント、あたちの欲しいものを用意してくれたかちら!? と勝手に一人で盛り上がる小竜。ヌンチャクの龍も嬉しそうに節をくねくねと動かした。

「はいはい届くといいなー。そんじゃあ、オレはこれで失礼しますよっと」

 マンドリカルドに一声かけてから、ロビンフッドは悠々とその場を後にした。

「それにしても、しゅりょーも変わってるわよね」

 緑の痩躯が完全に見えなくなった瞬間、九紋竜エリザは難しい問題に挑むかのごとく両手を胸の前で組み、むむむっと眉をしかめた。

「キラキラでエレガントなオーナメントがたくさんあるのに、わざわざアレを一番上に飾るんだもの。なにか理由があるのかちら?」
「そんなに変わったものを飾ったんすか」

 気になったマンドリカルドがすかさず聞き返す。エリザはもったいぶるように神妙な面持ちで一つ頷いた。

「ええ。アレは……」
「アレは……?(ごくり)」
「どう見てもマリモだったわ!」

 まりも……マリモ?
 生きているのか、それとも死んでいるのか、ぱっと見ただけでは判別のつかない緑の繊維?
 どこかの湖では綺麗な球体で生育するという、あの……?

「……ちょっと、なに言ってんのかサッパリ……」
「あたちもよ。植物だったのは分かったけど、しゅりょー……お姉ちゃんったら、最後までなぁんにもおちえてくれなかったわ……」

 ちょっと悔しいと肩を落とす九紋竜エリザと、マリモを嬉々として飾るマスターの姿を想像し、一人で事態を迷宮入りさせているマンドリカルドが、廊下にぽつぽつと取り残されてしまった。

 ◇

 一方その頃。
 マイルームに入るなり、ロビンフッドは僅かに明るい声を上げた。

「おーおー。毎年恒例とはいえ、キレイに飾りつけてますねぇ」

 壁には赤いサテンリボン。天井には大きなリース。普段は簡素な白いシーツで整えられたベッドも、赤いシーツがパリッと敷かれ、掛布団も同色のものへと変化していた。歴代サンタサーヴァントから贈られた品も所せましと並べられ、机や床の上はにぎにぎしく、クリスマス特有の活気に満ち溢れているようだ。
 椅子に座っていた立香が振り向きざま立ち上がり、ぱっと灯ったロウソクのように暖かな笑みをロビンフッドに寄越した。

「ロビン、いらっしゃい! 小さいエリちゃんに手伝ってもらって、さっき飾り付けが終わったところなんだ。エリちゃん、初めてのクリスマスにかなりテンションが上がってたみたいで、クリスマスの歌まで歌ってくれたんだよ! なんだか私まですごく楽しくなっちゃった! ……あ、そういえばエリちゃんにロビンを見かけたら声をかけるように頼んでいたんだけど、無事に会えた?」

 いつもより饒舌な、テンション高めの報告に流されないよう、ロビンフッドは二呼吸ほど間をおいてから冷静に言葉を返した。

「さっき会ったが……ありゃあオレを呼びに来てたのか。危うくモミの木にされるとこでしたよ」

 九紋竜エリザから取り上げたオーナメントを立香に手渡す。彼女はそれらを受け取りながら朗らかに笑った。

「この時期は大人気だもんね、ロビン」

 子供サーヴァントとの仁義なき戦いを毎年楽しみに傍観……いや、観戦している立香。人の苦労も知らねぇで、とロビンフッドは密かに引きつった笑いを零した。
 彼女は足取り軽く、部屋の隅に居を構えた大きなモミの木へと走り寄る。暗緑の針葉に白い綿を乗せ、赤いオーナメントをぶら下げ、最後にそれを指でちょんと揺らしてから、立香は「完成だー!」と満足げに手を打った。

「ん? あれは……」

 嬉しそうに踵を浮かせる立香の頭上、星が飾られたモミの木の天辺のすぐ下に、やけに地味なオーナメントが吊り下げられていた。きらびやかな飾りの中で一つだけ浮いているそれ。注意しなければモミの木の緑と同化して見落としてしまいそうになる、植物で作られた球体。
 それはロビンフッドには見慣れたものだった。ドルイド僧の息子であった己の知識の中にあり、父に連れられ歩いた森で目にした半寄生型の変わった植物。アレがあるオークの木の下で儀式をしたこともあっただろうか? 確かに、クリスマスといえば定番の飾り物だ。
 どこで調達したのか定かではないが、立香の握り拳ほどの大きさのそれは、頂点に輝く金色星の下で、恥ずかしそうに揺れていた。

「ちょいと、そこのお嬢さん?」

 立香が逃げてしまわないよう背中側から抱きしめる。ロビンフッドの胸に頭を預けながら見上げてくる彼女は、殊更に無垢な瞳を装っているようだった。

「アレの意味、もちろん理解した上で飾ってんですよね?」

 モミの木の天辺を指差す先には、九紋竜エリザが言及していたマリモ──もとい、ヤドリギを丸めて作った手製のオーナメントがあった。
 立香はロビンフッドの腕の中で大人しく抱かれている。しかし表情は、ほんのりと悪い笑顔だ。目は口よりも雄弁に、「当然でしょう?」と語っていた。

「そうじゃなかったら、ロビンをマイルームに呼ばないと思うよ」
「んな回りくどいことしなくても……。キスの一つや二つなら、いくらでもしますぜ」
「えー、本当かなー? ロビンはわざと気付いてないフリする時があるからなー」

 立香が手を伸ばしロビンフッドの頬にそっと触れる。隠れている目が露わになるように、髪を僅かに持ち上げられた。

「可愛いおねだりを無視するほど、オレは野暮じゃねえですよ」
「なるほど。それじゃあ、ちゃんと証明してください」

 立香の細く柔らかな指がロビンフッドのうなじへ、するりと回された。静かに下方へと引き寄せられる。その力に抗う理由などあるはずもなく。ロビンフッドは、ふっと軽い吐息を漏らした。

「オタクこそ、途中で拒否しないでくださいよ」

 立香から生まれた静かな笑い声は、不安定な態勢のまま落ちてきた薄い唇に塞がれ消えていった。
 ──ちなみに執拗な口付けで先に音を上げてしまったのは、案の定、立香の方だった。


クリスマスのヤドリギネタ。まぁ、ありがちですね。
ドルイドに関係があることを初めて知りました。
あと、駆け引き的なものを表現しようとしたのに、熟年夫婦みたいなお話になってしまった気が……。
ま、これはこれでいっか!笑
皆様、よい年末をお過ごし下さいませ。
2022.12.24