ハロウィン小話

・ロビンさん沢山喋ってくれてありがとうのロビぐだ子小説。これであと数年は生きていける!
・予定は二つだったのに、何故か三つに増えました。不思議だなぁ。






下拵え(地獄)

・R18Gです(血液描写的な意味で)。苦手な方はご注意ください。




「ねえ、ロビン」
「なんすかー」

 不意に名を呼ばれ、ロビンフッドは気怠い返事で己のマスターに応えた。
 現在二人が立っているのは、怒号飛び交い、刀剣の鈍色が火花を散らし、無数の弓矢の雨が降る血なまぐさい戦場……ではなく、チェイテ梁山泊というヘンテコおかしい建物の厨房だ。血の香りが充満しているのは、ロビンフッドが狩猟してきた魔物の解体作業を行っているからである。ある程度の血抜きは狩り場で済ませているとは言え、まったく血を見なくて済むという訳もなく、流し台の中はちょっとした惨劇と化していた。
 隣では立香が肉の臭みや毒の除去を行っている。九紋竜エリザと一緒に逃げようとしていたところを何とか捕まえ、引きずり戻したのがついさっき。最初こそ面倒事に巻き込まれ、辟易した顔を晒していた立香だったが、諦めが先行したらしく、今では真面目に肉を酒で洗ったり、湯引きしたりという作業に没頭していた。
 しかしとうとう集中力が切れてしまったのだろう。作業の手は止めないまま、唯一自由になる口で、立香は冒頭のようにロビンフッドを呼んだのである。

「さっきのアレってさ、本気なの?」
「んー、何のことですかね?」

 ロビンフッドも大型ナイフを止めることなく応対する。さすが魔獣(鳥型)。ごく一般的なの鳥と違って変な形の関節があるためか刃が入りにくい。
 ぐっと力を込める。
 ……あ、入った。そのまま血と脂の感触を巻き込みながら刃を押し込み、胴体と足を切り離した。

「地獄の果てまでってやつ」

 しらばっくれようとしたロビンフッドに立香が追い打ちをかけた。
 これは、おそらく立香なりの小さな反撃、反抗、叛逆だ。捕まってしまったことに対する軽い仕返しみたいなもの。要するにじゃれあいである。必要以上に触れて欲しくない話題を蒸し返すのは、そこに勝機を感じ取ったからだろう。

「あー、アレってソレのことか。ただの言葉のあやですよ。逃がすかって意味を込めて。こんだけ大量の魔物の肉を下拵えするなんて骨の折れる仕事、オレ一人に押しつけられちゃ割にあわないでしょ」
「ふうん、そっかー。言葉のあや、かぁ……。なるほどね、へぇー……」

 意味ありげに立香は言葉を濁した。思うところがあるようだが、彼女はそれ以上何も言わなかった。
 少しの沈黙が場を支配する。再び口火を切ったのは立香だった。

「じゃあさ、ロビンにとって地獄ってどんなところなの?」

 ロビンフッドは片方の眉をぴくりと動かした。横目で立香を盗み見る。彼女はこちらを見ていない。あくまでも視線は手元の肉に注がれている。

「そりゃまた。ずいぶんと哲学的な質問で」

 しばしの間、天井のない梁山泊の天(そら)を見つめて考えるフリをする。
 ──正直、こういう話は苦手だ。面倒くさいし、腹の足しにもなりはしないから、脳みそが考えることを拒否してしまうのである。

「……オレの得意分野じゃねえな。それこそ天草にでも聞いてみたらどうです? 修道者の格好してるし、一応はそういう世界にいた人間だったってことだろ。頼んだら喜んで教えてくれるんじゃねえっすか?」

 天草の過去はよく知らないが、物腰の柔らかい仕草や言動から、彼の人となりは優しく親切であることには違いない。知らないこと───天国や地獄、神についてなど───こと細かに語ってくれるのではないだろうか。
 すると立香は初めて作業の手を止めて、真剣な表情で、うーんと悩み出した。

「天草はなぁ……。ちょっと本気すぎるから気軽に聞けないというか、聞いちゃダメな気がするというか。頼んだら最後、こっちの主義主張を染めるまで、あの手この手で懐柔してきそう」
「そんなにぐいぐい来るタイプか? あんまり想像できねーっすけどね」
「ぐいぐいとは違うかな。ひたひたって感じな気がする。……って、そういうことじゃなくて! 私はロビンに聞いているんだけど!?」

 むくれ顔で、ほんの少し肩をいからせる立香。誤魔化そうとしたのだが、あまり上手くいかなかったことを悟る。ロビンフッドは早々に白旗を掲げ、立香の問いに対する自分なりの答えを探し始めた。

「あー……そうだな。んー、オレが思う地獄ねぇ……」

 いつものように二人きりで調理している時のノリならば、「この流し台みたいな場所っすかねー」と、戯けてみせただろう。しかし立香の目や声音に遊びの色は薄く、いつになく真剣な光を含んでいた。というよりも、自分から口にした言葉だ。ちゃんと答えなければ筋が通らない。
 だから、ふざけた言葉は喉で逆流させ、胃の腑の中にしっかりと閉じ込めた。

「──なんの面白みもない世界、だな」

 どっかの誰かが考えた擂り鉢の形状をした地獄やら、拷問器具と獄卒がひしめき合う灼熱の刑場も考えたが、見たことも行ったこともないからか、どれもしっくりこない。
 だから一番身近で、想像可能で、ともすれば現在進行形な地獄を口にした。

「面白くない世界……?」

 立香がオウム返しに訊ねてくる。どうやら予想外の返答に疑問を隠せないようだ。
 ロビンフッドは一つ頷いた。

「酒もねえ、煙草もねえ、娯楽の一つもありゃしねえ。ぜーんぶナイナイづくしのつまんねえ世界。ある意味、今の漂白された地球とかか? まさに何もねえ状態だもんな」
「つまりナンパしたくなるような可愛い女の人もいない世界ってこと?」
「そうそう。……いや、何言わせんですかアンタは」

 じろりと隣に立つ人物を睨みつける。いつの間にかこちらを見つめていた立香が、ぴゃっと慌てたように顔を下に向け作業を再開した。
 ったく、と独りごちつつ解体作業を続ける。時々こうしてナンパ癖をネタにからかってくるから手に負えない。嫉妬、とかはしないんだろうか?
 ───しないんだろうな、きっと。このマスターは引くほど人が良すぎるからな。おそらくもう一人の自分と対峙しても、焦ったり、競ったり、争ったりしないんだろう。もう感心を通り越して逆に怖いわ。

「オタクはどうです? オレだけに答えさせて自分は答えない、なんてことはないよなぁ?」

 せめて同じ立場になってもらおうと立香を煽った。

「私もロビンとほとんど同じだよ。面白くなくて、楽しくない真っ白な世界は嫌だよね」

 あ、でも……。
 立香はことさら落ち着いた様子で、そっと秘密を打ち明けるように呟いた。

「不謹慎なこと言ってもいい?」
「珍しいっすね。どーぞ。どうせオレしか聞いてないんで」

 立香が血に塗れた手で手招きをする。促されるままに耳を彼女の口元へ近付けた。微かな息遣いのこそばゆさに耐えつつ言葉を待つ。

「あのね、ロビンと……みんなと話したり、こうして過ごす時間だけは、何よりも大切に思ってるんだ。どんなに間違いだとしても、ね」

 ───出会えて良かった。
 小声で、低く低く落とされる呟き。それは汎人類史が漂白されなければ訪れることのなかった全てを肯定してしまう言葉。だからこそ、とんでもない罪悪感を伴っていることが感じ取れた。

「なるほど。そりゃ確かに不謹慎だ」

 だからこそ、わざと皮肉めいた肯定の言葉を返す。立香は指摘されたことで許しを得たと思ったようだ。満足そうに笑みを浮かべ、手を獣の血と濁り酒で濡らしながら、臭みと毒抜きを行なっていく。

「できるだけ早く救わなくちゃいけないね、世界」

 しっかりとした意思を以てロビンフッドに同意を求める立香。自らの発言を戒める意味も込めているのだろう。まったくもって律儀なことだ。

「オレぁいまだにピンと来てないんですけどね。世界救うとか規模がデカすぎるっつーの。でもま、大事の前の小事だ。着実にできることやっていくしかないし、むしろそれが重要だったりする。とりあえず何があろうと死ななきゃチャンスはいくらでもあるんだ。……勝てば官軍って言葉も残されているぐらいですし?」

 心持ちは賛同しつつ、決して重くなりすぎないような返答をした。気負いすぎて潰れてしまったとあれば元も子もない。

「その官軍と戦ってるんだから、人生は分からないものだよねー」

 あはは、と立香は困ったように笑った。

「オタクの場合は特になー」

 流し台には大量の魔獣の死骸。
 ブーディカの言葉を信じ、肉の解体と異臭や毒の除去を黙々と続けていく。
 二人の楽しい下拵え(地獄)は、まだまだ始まったばかり──。



 プチあとがき
 人生何が起こるか分からない。だから楽しくて、面白くて、瞬きすらも惜しいのです。





冠する名

・「ロビン=フッドの大冒険」(講談社)を読んだので、それに絡めたお話です。
・ハロウィンイベント第五節「官軍、大反撃のこと」における宴会中でのロビンさんと立香ちゃんの会話。




「さっそく呑んでる……。明日、二日酔いになっても知らないよロビン」

 立香は両手を腰に当て、椅子に座る緑の丸い背中に小言をぶつけた。振り返ったロビンは赤ら顔。手には独特の臭気を放つ取っ手付きの杯が握られていた。
 ロビンはへらりと相好を崩す。惜しげもなく笑顔を晒すあたり、すでにかなりの量を呑んでいるようだ。

「いやぁすんません。この酒、妙に美味くって。マスターも、あと数年大人だったら一緒に楽しめたんですけどねぇ。ざんねんざんねん」

 本当にそう思っているのか怪しい調子で、ロビンは杯に口をつけ酒を流し込んだ。

「私はしばらくいいかな。未成年だし。お酒の魅力とか楽しさとか、あんまり分かりそうにないや」

 ちらりと斜向かいに視線を移す。ロビンよりも赤い顔で酒を浴びるように呑みながら、椅子に足をかけて執拗に乾杯を叫んでいる荊軻がいた。
 ──うん。あんな理性がなくなるような代物、おいそれと摂取する勇気がないと言った方が正しいかもしれない。

「そっスか? 酒にも色々あるんですぜ? 甘くて軽めのヤツだったら、オタクも呑めそうだと思いますがねぇ」

 味に苦手意識があると勘違いしたロビンが、酒の種類をいくつか列挙していく。立香は曖昧な笑みで濁した。酔っ払いに説明したとしても徒労に終わりそうな気がしたからだ。
 不意に、酒宴特有の喧噪の中にビタンビタンと何かを打ち付ける音が聞こえた。長机を挟んだ数メートル先の床で、エリちゃんのピンクの尻尾が大暴れしているのが見える。本人は泣きながら蹲っており、傍でマタ・ハリが背中をトントンと優しく叩いて励ましていた。
 ロビンもその様子をじっと見つめている。そして鼻で笑った後、面白くなさそうに口をへの字に曲げた。

「エリザベートはほっといても大丈夫だろ。あんなナリでも一応サーヴァントだ。時間が経てばケロっと元通りになってますよ」
「相変わらずエリちゃんに対する評価は変わらないね? 今回は子供(ロリ)だから、ロビンも普段より優しいかなーって思ってたのに」
「誤解を招くような嫌なルビ振りしないでくれます? ……ま、腐れ縁だからな。あのドラゴン娘の内面が泣きべそかいて沈んでいくだけなんて、なまっちょろいワケないんですよ。全員外見に騙されて世話焼きすぎだ」

 その言葉、ある意味で信頼してるのでは? と思わなくもなかったが、立香は黙っておくことを決めた。理由は……もういいかな。酔いとは、かくも恐ろしいものである。

「そういえば昼間の防衛戦で敵から飛んでくる矢を撃ち落とせって、周りの人に無茶振りしてたよね。あれどうしたの? 何かあった?」

 ロビンにしては意外な言葉が飛び出したなと思ったのだ。この際、気も、口も緩んでいる相手に色々と聞き出してみるのもアリかもしれない。

「あー……いや、まあ……。うん、ちょっとな。混乱した……違うな。血が騒いだ、の方が正しいか?」

 思った通り。饒舌とまではいかないが、自らのことを話さなかった彼が筆舌しがたい感覚を喋ろうとしてくれているようだ。
 これは聞き逃してはなるまいと、立香は弓兵に近付いて耳をそばだてた。

「オレはかつてどこかにいた、そう呼ばれていただけの誰か。つまり名もない犯罪者でしかなかった訳だが、やっぱり腐っても『ロビンフッド』だったみたいっすわ。大勢で騒いだり戦ったりって状況が、森にいた時に似た感覚を引き起こしちまったんですよ」

 ロビンは乾いた唇を湿らすため、濁り酒を一口あおった。
 立香は思い出す。先日ライブラリで読んだ『彼』に関する書物。物語の中で『彼』は、決して一人ではなかった。アウトローな義賊の心意気に賛同し集まった仲間は大勢いたのだ。
 梁山泊ほどの人数ではないにしろ、かなり大所帯だった彼らは、腕っぷしも強く、また弓の腕も達者だったらしい。
 ロビンはきっと間違えてしまったのだ。かつて『彼』の周りにいた仲間と、梁山泊の好漢たちを。

「……頼りがいがある仲間たちだったんだね」
「かもなぁ。ま、オレ自身は一匹狼だったはずなんで、そういうのとは生涯無縁でしたがね」

 あくまでも他人事のように語るロビンは、所狭しと机に並ぶ料理へ手をつけ始めた。どうやら話はここでおしまいみたいだ。
 エリちゃんの泣き声と尾の動きが、だんだん激しさを増してきた。どうやら並み居るサーヴァントでも手こずっているみたいだ。早く宥めに行かなければ。
 行くね、と立香は一言だけ告げる。
 緑の弓兵はそれ以上何も語らず、こちらも見ることもなく、ただ片手を振って見送るばかりだった。




 プチあとがき
 一般人と共闘って彼自身ほぼほぼ初めてだったが故の台詞だった?(いつもサーヴァント同士でしか共闘したことない気がする)一人で戦い続けたからこその発破というか、煽りというか。多分そういう感じの台詞だったんだと思います。
 しかしそれとは別に、「ロビンフッド」だからこそ、梁山泊に森の仲間の雰囲気と似たものを感じて、つい口走った台詞なのだと妄想したら、二倍どころか二乗くらいで萌えるなと思ったのです。それをほろ酔い気分も相まって立香ちゃんに吐露したりしたら私が嬉しいどころか「そうだよね! そういう感想感情その他諸々が持ててよかったな! ロビンさん!!」って号泣しながら床をじたばたします。うああああ!(長文落ち着け)






気になったんで、つい

・特異点解決後、梁山泊の屋外で一人酒していたロビンさんの元に、かぼちゃ頭のマスターがやってくるお話。
・もう完全にせとりの趣味を詰め込んでいます。
・ロビンさん視点です。



 梁山泊のどんちゃん騒ぎを遠くに、ロビンフッドはひとり酒を楽しんでいた。輪の中に混じって呑むのも悪くはないのだが、やはり自分にはこういう距離感の方が落ち着くのを再確認する。
 ───風が心地よい。酔いで火照った体には丁度いい温度だ。
 自分にとってはかなり天国に近い特異点。可能ならば存続して欲しいぐらいではあるが、残念ながら、ここももうすぐ消えてしまう。それならば、出来るかぎり堪能しておかなければならないだろう。
 酒を一口呑む。濁り酒のまろやかさが口いっぱいに広がった。

「んっ、しょ……よいしょ……っと」

 どこかから、なんか小さな可愛い生き物が一生懸命に生きているような声がした。
 辺りを見回すが誰もいない。暗いから見落とした? いやいや、オレに限ってそんなことは……。

「ここだよー。気づいてー、ロビーン」

 慌てて足元に視線を落とす。そこにいたのはカボチャ頭の人形。童話の王子みたいな青い服を着た立香の依代だった。

「え!? アンタ、その状態で歩けたのか!!」
「な、何とか……。練習してたら動けるようになっちゃった。でも、どちらかというと這いずってきたっていうのが正しいかも」

 確かに、よく見るとキレイな衣装が土埃で汚れてしまっている。このままだと踏み潰してしまいそうだ。慌ててカボチャ人形の両脇に手を入れ、そっと持ち上げて汚れを払った。

「ありがとー。疲れはしないんだけど、宴会場からここまで、かなり果てしなく感じたよ。そんなに距離はないはずなんだけどなー。いつもより体が小さいって、けっこう不便だね」

 人形(立香)は両手をパタパタと勢いよく振った。

「んで? こんなとこにわざわざ何しに来たんですか?」
「特に用事はないんだけどさ。モレーの話だと、この姿でいられるのは夜明けまでが限界だって。だから最後にいつもできないことをやっておこうかなーって」
「いつもできないこと?」
「そ! ロビンの頭の上に乗ったりー、懐に入れてもらったりー、フードで遊んだりー、とにかく色々!」
「満喫しすぎだろっ! んなことのために、わざわざ苦労して来たって……アンタは全く……」

 とりあえずご要望通り、マントと胸の隙間に立香を入れる。カボチャ頭から「わー! フィット感すごーい! 高ーい! 楽しいー!」と無邪気な声が上がった。

「特異点出発前のダ・ヴィンチちゃんがすごく羨ましかったんだよね。人間の姿だと頼みにくいけど、これなら頼みたい放題だ!」
「オタク一人ぐらいなら余裕で抱えられますけどね」
「あれ? 力仕事は向いてないんじゃなかったっけ?」
「その姿なら大歓迎って意味です」
「誰が元の姿だと重すぎるって?」
「わー、言ってねー。そこまで酷いこと言ってねー。それとも身に覚えでもあるんですかねー」

 軽口を叩きあい、次は頭に乗りたいという立香のわがままを叶える。バランスを取るのが難しいらしく、頭の上でゆらゆらと立香が揺れた。

「二度あることはって言いますけど、三度目の人形化がないことを祈るばかりっすね」
「こればかりは分かんないなぁ。顔がついた卵とも三回ぐらい戦ってるし」
「無駄にカラーバリエーション豊富でしたよね。まさかとは思うが、最終的に燕青みたくゲーミングカラーになるんじゃ……」
「ダメだよロビン。誰が聞いてるか分からないんだから」
「確かにそうだ。過ぎたるは及ばざるがごとし、だしな。インパクトあるならなおさらだ」

 強い風が吹いた。
 頭の上の立香がぐらりと後ろに傾き、フードに微かな重みがぽてんと落ちてくる。
 ……そういや、ずっと気になってたことがあるんだよな。
 首元に登ってきた立香の頭を引っ掴み、眼前で抱え直した。ほら穴みたいな目と口が、じっとオレを見つめ返している。

「痛覚とかってあるんですか?」
「んー、ないよ。多分」
「ほー……」

 人形のほっぺたを持って外側に引っ張る。……特に痛がっている様子はない。というか表情が変わらないから、よく分かんねーな。
 そのままの勢いで、きっちり閉じている襟元に人差し指を差し込む。横から伸びて来た人形の手に阻まれた。

「何やってるの?」
「いやあ、中身はどうなってんのかなと」
「さいてーだ。それ以上続けるんなら令呪の行使も辞さない構えです」
「───すいませんて」

 魔が差した手を大人しく引っ込める。
 でも誰だって一度はやろうと試みるはずだ。精巧なフィギュアとかになると特に気になってしまう。きっちりと作りこまれているものほど内部構造を暴きたくなるのが、人の心理というものではないだろうか。

「本当にもう。困った人(サーヴァント)だなぁ」

 立香人形はひらりと着地した。動きが滑らかになっている。意外と体が馴染んできたらしい。
 すると……

「あ、首が……」

 着地した瞬間、カボチャの頭が胴体から離れ、ごろんと地面に転がった。立香が何事もなかったかのごとく拾い上げて、元の位置に装着する。

「待て待て待て! なんかっ!? 今取れちゃいけねーとこが取れませんでした!?」
「…………何も見なかった。いいね?」

 そう言い残し去っていく背中。
 何故だろう。一仕事終えたような哀愁漂う影を背負っている……気がする。
 ロビンフッドは後を追うこともできず、余計に謎が増えてしまったカボチャマスター人形を見送った。

 その後、人形と同化した立香に、彼はもう一度怒られる羽目になるのである。




プチあとがき
勝手に動かしちゃった笑 多分動きません。
しっかし、ねぇ? 気になりません? 中身。


正直色々言いたいことは、ある。
けれどあとがきでは、ただ一言だけ。
……ありがとうございましたっ!
2022.11.3