捻くれ者たちの会話

・オベロンさんバレンタインデー話からの妄想。
・護衛にロビンさんを指名し、なおかつ、まだ会ったことないって言ってたから(無理矢理)会わせてみました。
・あんまり仲良い感じには、どうしてもならなかった。不思議だねママン。……同族嫌悪ゆえ?






 シミュレーターで再現された妖精の森の中。マスターと共に夕暮れを歩くオベロンは、不意に白いブーツの動きを止め、視線を背後の大木へと巡らせた。
 枝が入り組むそこには、当然のごとく何もない。作りものではあるが、心地よい風が吹き抜け、茂った葉をザワザワと揺らしていくばかりだ。
 しかし、嘘を見抜く妖精眼には、たしかに何かが写っていた。
 大木の枝元、さほど高くはない位置に、人の形をした空間の歪みがある。
 ぼやけた輪郭のそれは、おそらく思念が辛うじて像を成したものなのだろう。周囲の景色にうまく溶け込み、姿を隠してはいるが、纏った者の記憶や感情までは、さすがの宝具でも消せなかったようだ。
 透明な歪みはピクリとも動くことなく、こちらの様子を静かに伺っている。

「……結局着いてきたんだ。一回は断るあたり、彼もまあまあ捻くれ者だよね」

 ま、僕には敵わないけど、と心の中で付け足しながら、オベロンは独りごちた。

「どうしたの? 何か珍しいものでも見つけた?」

 突然歩みを止めたことと、うっかり漏れ出た言葉を受けて、マスターが首を傾げる。
 さて、どうしたものか。事の詳細をつぶさに語ってもいいけれど、それだとちょっと面白くない気がする。彼のプライドとか、沽券にも関わってくるだろうし。たとえ上辺だけの付き合いだとしても、サーヴァント同士、今後の活動に支障が出そうな出来事だけは極力避けたい。過去にやらかした実績を持つ、某法師の監視状況を傍目で観察していて、心の底からそう思う。
 というより、はっきり言ってしまおう。かなり面倒くさいのである。テレパシーで脳内に直接語りかけることができるなら話は別だが、言葉を選びながらの状況説明は、ことさら疲労が伴うものだ。

「いや……何でもないよ」

 結局、言葉を濁しつつ、バレンタインデーの茶番は終わりだと言い包めて、マスターを先にマイルームへ帰らせることにした。
 一人、森の中に残ったオベロンは、木の上にいるであろうサーヴァントに向かって、きちんと聞こえるよう声を張り上げた。

「いつからノゾキが趣味になったんだい? どこぞの魔術師じゃないんだから堂々と出ておいでよ。それとも、これは君なりのイタズラのつもりなのかな?」

 少しの間のあと、枝葉がガサっと大きく揺れた。それはちょうど人間が両足に力を込めて、跳躍する時の溜めを受けたしなりと一致していた。
 オベロンの目の前の地面に着地の足音がする。
 次いで現れる金髪碧眼の青年。
 深緑の衣装に身を包んだ痩躯のサーヴァントは、端正な口元を苦笑いの形に歪めた。

「あらま。今、オレ宝具使ってましたよね? 何でバレてんですかね。……もしかしてその眼、隠れたモノを暴く魔眼の類か何かですかい?」

 姿を現したサーヴァント───ロビンフッドは、絶対の自信を持っていた宝具を看破され、やや消沈気味だ。しかしそこに怒りや不満と言った感情は見られない。何故? という純粋な疑問が先行しているようだった。

「ふふっ、さあどうだろうね。それはそうと、最初に護衛を頼んだ時に、にべもなく断ったロビンフッド君が、どうしてここにいるんだろう。あれかな。そんなにマスターが心配だった?」

 ロビンフッドの疑問に真っ正直に答える気のないオベロンは、はぐらかすために疑問の上塗りをする。

「そりゃあな。妖精國でのアンタの記録を見たら、多少なりとも警戒せずにはいられないでしょ」

 当たり前だと、探るような視線を向けてくるロビンフッド。
 だったら、最初からこちらが護衛を頼んだ時についてくればよかっただろうに。もしかして彼なりに気を遣った結果なのだろうか? 僕としては、マスターと二人きりになりたいなんて、微塵も思っていないんだけどな。
 そんな思考はおくびにも出さず、オベロンは片手を口元に当て、あははと綺麗に笑って見せた。

「心外だなぁ。これでも一応、カルデアに招かれたサーヴァントだ。過去に敵対したことはあったけどさ。だからってマスターに危害を加えるなんて無粋な真似、これ以上するワケないだろ」

 どこからどう見ても完璧な対応。王子然とした、洒落っ気も感じられる余裕に満ちた返しだ。
 大抵の奴らならすぐに騙される。現に、カルデアにいるサーヴァントの大半は、オベロンのしでかした事を知っているにも関わらず、友好的に絡んでくる。それもこれも、カルデアに招かれて以来、努めて真摯な態度に徹してきたからだ。
 みんなのオベロン。
 優しい妖精の王様。
 困った癖はあるけれど、とても紳士で気さくなサーヴァント。
 しかし、目の前の男はどうにも一筋縄ではいかない部類に入るらしい。
 ロビンフッドは、ただ静かに、そして面白くなさそうな憮然とした表情でオベロンを見つめていた。いや、ほとんど睨みつけていたと言っても過言ではないだろう。

「それをオレが鵜呑みにすると思ってんなら、オタクの考えはちょいと間違ってるな。こちとら昔から妖精との付き合いがそこそこあってね。ヤツらの話をまるっと信じていたら、かなり痛い目を見るって知ってんですわ」
「へぇ。じゃあロビンフッド君は、僕が裏で、こそこそ企んでいるんじゃないかって疑っているんだ?」
「アンタのクラス名と成り立ちも考えたら、あり得ない話じゃないっしょ? 未必の故意って知ってます? よく作家先生たちが話してるんスけどね。オタクならナチュラルにやらかしそうだなー、と思いまして」
「あはははは! いやー、期待してくれているところ悪いけど、こっちは真っ白の灰だらけ。まさに燃え尽き症候群って感じなんだよ。体に鞭打って動くのも、フル回転で頭を働かすのも、どっちもしばらくやりたくないんだよ。本当さ! 未必の故意、だっけ? 君なら分かってくれると思うけど、ちょっとした暗躍だって楽じゃないんだ。事を成すまでの、綿密な計画と周到な準備。現時点で、どちらも僕には少し重荷だ。だから、今は君たちの仲間! みんなの頼れる妖精王ってワケさ☆ あんまり警戒しないで欲しいなー。……と言っても、すぐには無理かもしれないけどね?」

 片目を瞑ってウインクする。案の定、ロビンフッドはあからさまに渋面を作った。予想していた反応に気をよくしながら、オベロンは、さらに言葉を重ねた。

「それにしても、君って本当にマスター思いなんだね。義賊って聞いていたけど、むしろ主を守る騎士って感じだ」
「こっちも色々あってな。柄にもなく騎士のまねごとしてんですわ」

 はぐらかすかと思いきや、意外にもロビンフッドは素直に肯定を示した。
 それほど忠義を貫くということに重きを置いているのかもしれない。彼の在り方を考えると、明らかに真逆に位置する理念。それは自ら重い足枷をはめているような、歪な執着さえ感じる。

「ふーん。色々ね。もしかして、ここじゃない世界での召喚で学んだってやつ?」
「さあ? どうだかな」

 ロビンフッドは両肩を少し持ち上げて、自嘲するように笑った。妖精の眼を使わずとも、彼が本心を語っていないことは明らかだった。
 オベロンの背筋を気持ち悪さがぞわぞわと這い始める。嫌なモノを払拭するため、大げさにため息をついてみせた。

「相変わらず汎人類史は節操がないというか……。あれだよね、座に還っても持ち越されているって、もうそれは一種のトラウマみたいなものだよね。───あ、そういえば君、知ってるかい? ドイツ語で夢はトラオムって言うんだ。トラウマとトラオム。かなり発音は似ているけれど、語源はまったく違うらしいよ! 初めて聞いたらコロッと騙されちゃうよね!」
「いきなり何の話をしてんですか、アンタは! ……あー、いや。つか、それをいいもんにするのも、悪いもんにするのも、結局はどっちも自分次第。トラウマだろうがなんだろうが、要は考え方ひとつってヤツなんじゃねえの? よく分かりませんけど」

 弓兵は困ったように唸りながら、後頭部を力任せにガシガシと掻きむしった。

「アンタと話してると、何かこう……趣旨がぼやけちまって落ち着かねえな。ま、いいや。それで? 何で護衛にオレを選んだんですかね? 他のヤツでもいいでしょうよ」

 彼が本来、尋ねたかったであろう質問はこれだったようだ。オベロンは人好きのする笑みを浮かべて答えた。

「特に深い意味はないさ。純粋に君と話がしてみたいなーと思っていただけだよ。ホラ! 僕もこの通り妖精だからね。君とは友好的な関係を築けると思ったんだよ」
「友好的って……薄ら寒いこと言わねえでくれます? 女ならまだしも、男に興味持たれても、全っ然嬉しくともなんともねーわ」
「ひどいなぁ、僕なりに歩み寄ろうと頑張っているのに。あわよくば駒使いが増えたらいいなぁ! とか。そんなこと露ほども思っていないさっ!」
「心の底から思ってんじゃねえか! ……あー、まあ、そうだな。そんじゃあ、アンタが『本心』でオレと会話できた時には、体よく使われてやらんこともないっすよ」

 良いこと思いついたとばかりに、ニヤリとロビンフッドは口角を上げる。

「…………」

 オベロンはすぐに返答できずにいた。
 なるほど、そう来たか。これは嫌味というよりも挑発。言えるものなら言ってみろという、彼なりの回りくどい煽りだ。
 眉をひそめながら沈黙を貫くオベロン。ロビンフッドはサラシを巻いた方の腕を軽く持ち上げて、肩をすくめてみせた。

「アンタ、さっきから話してること大半が嘘だろ。……いや、駒使い云々だけは限りなく本心に近いんだろうが。とまぁ、そんな奴と仲良くなれるほど、オレぁ懐広くも、豪胆でもないんでね。君子、危うきに近寄らず。かなり小心者なんですよ、オレは。変に期待されるのもお門違いってもんだ。適当な使いっぱしりが欲しいなら他をあたってくだせぇ。悪いっスね、妖精王さんとやら」

 外套の裾を翻し、ロビンフッドはくるりと背を向ける。そして、じゃあなと右手を上げてヒラヒラと振りながら、シミュレーターの森を去っていった。

「……ふーん。てっきりふぬけた連中と同じと思ってたんだけど、あんまり騙されてくれなかったな。しっかし彼も回りくどいというか何というか。僕に負けず劣らずの捻くれ者だなあ! 僕と話したくないなら、はっきり言ってくれればいいのに」

 からりと乾いた笑い声をあげながら、オベロンは霊基を変化させる。
 白から、黒への変貌。
 背には透明な翅。
 人の手足は右手だけを残し、染みつく影のように黒い異形のそれへ。
 金色ではなく、冷たい氷にも似た王冠を戴く人物は、感情の読めない目で、消えた背中の残像を見ていた。

「本心、か……。そんなもの最初からこの霊基(からだ)には持ち合わせていないよ。どこまでも伽藍堂。虚無が広がるこの身には、真実なんてどこにもない」

 ───唯一。
 そうだと呼べそうなものが、あるにはあった。
 しかし朝の光に溶けていくように、誰かの余計な虚飾(のろい)のせいで、夢の向こう側へと、ほどけて消えてしまった。
 後に残ったのは混ざり物の己が身。途方もなく歪で、醜悪な、奈落で蠢く黒き虫。
 オベロンは嘲るように、くくっと喉をならす。

「本当、本物、本心……。放った言葉が真実だと、一体誰が決めるのか。───誰にも。おそらく自分でさえも決められやしない。だから……そんなものは、きっと、この世のどこにも存在しないってのが正解なのさ」

 ───そうだろう、ブランカ?
 卑王は右肩に乗った雌蛾に手を伸ばす。
 女王の写身は真白な翅を数度ふるわせた。星屑の鱗粉が、人ならざる異形の指に、はらはらと舞い落ちる。
 それは誰に知られることもなく流された涙のように、残酷なほど美しく光っていた。








自称捻くれ者と、本当が言えない捻くれ者の会話。



最近オベロンさんの話題をよく目にするので。
バレンタインデーくらいから、ずっと封印してきたお話の一つ。
大丈夫? オベロンさんに怒られないかな? ちゃんと彼のカッコ良さを書けてたらいいのですが……。

以下、二人の関係について本気出して考えてみた長ったらしい駄文。

ロビンさんは根っこが善良でマスター思いなので、この世の全てが気持ち悪いしマスター嫌いなオベさんのことをちょっと警戒してそう。でも基本的に似通った部分があるので、あからさまに邪険にはしない、かな?
あとオベさん燃え尽き症候群って言ってる(無闇に悪だくみしないという意味? 多分、めんどくさいんだと思う笑)ので、信頼はしないけど仕事仲間としてはとりあえず信用してる、みたいな関係に落ち着く気がします。
でも第一、第ニ再臨のオベさんは、そういうの全部分かった上で、めちゃくちゃ絡みに行きそうですね。「パックに似ているロビンフッド君! オベロン王の命令だよ! 馬車馬のように働いてくれたまえ!」みたいな感じで。ロビンさんは爽やかに笑いながら「あっははー。コイツの絡み、クソめんどくせぇ! やーなこったい。だれが言うことなんぞ聞くかよ!」と返事してそうだ。
というか、巻き込まれたくないから、ロビンさんはオベさんから全力で逃げてそうだ。

むしろ第三再臨の方がロビンさんと普通に会話できそう? ……まぁ、それでも内容はお察しかもしらんが(高確率で嫌味の応酬)。

と、ここまで語ってきましたが、オベロンさんとロビンさん、無理に絡んでくれなくてもいい気がするんですよね。いや、絡んでくれたら、どんな関係性であっても「あ、なるほど。そんな感じなんですね。おけおけ把握! めっちゃイイね!」ってなるんでしょうけど。
……何なんですかね、この気持ち。

2022.8.20