仮装を君と

・リア友の破槍(はそう)さんとのハロウィンリレー小説です。
・前半を破槍さん、後半をせとりが書いています。
・時間軸は一部のカルデア。
・ロビン→(←)立香の両片思いからひっつくお話。何度書いても楽しい!好き!
・これでもかってぐらい二人を赤面させたかった。

以上、大丈夫な方はスクロールどうぞ。











~破槍さん~

 今日は良い日だ。
 部屋の外で昼を告げるチャイムが鳴り響くのをベッドの上でぼんやりと聞きながら、改めてそう思った。
 今日は遠征の予定もなく、久々に自由気ままな時間を過ごせている。漏れ出た欠伸につられて大きく身体を伸ばしたとき、丁度ノックの音が耳に届いた。上体を起こしてドアに向かい、無機質な白い扉を開ける。すると、何とも形容し難い珍妙な絵が視界に飛び込んできた。全体的には白くて細長く……あれだ、人間サイズのメジェドに近いが微妙に違うな。白地に書き込まれたような模様は西洋風な部分もあれば、東洋風のパーツもある。
 ゆらゆらと蠢く大きな白い布……もとい、それを全身すっぽりと被って怪しげに揺れている人物。こんなことをしでかす輩はそう多くはない。
 若干思考停止しかけた頭を動員し、最終的に消去法と背格好から該当者を割り出すことにした。

「何つーか……色んなものがごちゃ混ぜじゃないですか、マスター?」

 奇妙な布越しのためか、問いかけられた張本人はやや籠りぎみな声でひらひらと両手を振った。

「いーのいーの、ハロウィンは毎回こんな感じでしょ? とりあえず部屋に入ーれて!」

 相手の返答に思わず首を傾げながらも、手を引いて部屋の中へと誘導する。
 ハロウィン……?おそらく仮装の準備なんだろうが、まだまだ時期としては先のはず。ハロウィンは毎年巻き込まれる大変さを身に染みて感じているだろうに、今年も随分と気合いが入っているようだ。
 歩みも拙く動き難そうな格好のため、とりあえず手を引いてベッドの縁に座らせることにした。
 こちらの感想を聞こうと悪戯っ子のように無邪気な笑みを浮かべるマスターに、一応オブラートに包んだ表現で述べてみる。

「インパクトは十分だと思いますよ。ただ、別路線もありなんじゃないですかねえ 」

 ドアを開けて対面したときの衝撃はなかなかのものだったが、これに太鼓判を押すかと言われればノーだ。特に年配の連中相手だと、驚きすぎて最悪の場合座に帰ってしまうかもしれない。

「うーん……それならこっちの方が良いかな?」

 その言葉と共に勢い良く被り物を脱ぎ捨てたマスターは、顔が隠れるくらいの漆黒のフード姿に変貌を遂げていた。
まさかの二段仕込みとは。

「今年はマント系で考えててさー。それならロビンが詳しいでしょ? 折角ならアドバイスもらいたいなーって」

アドバイス、ねぇ……まあ、頼まれたからにはちゃーんとサポートしましょうかね。

「そんじゃ、俺からマスターに最初の助言ですよ」

 フードの頭頂部を摘まんでぱさりと外し、腕を回して相手の首元をぐいと引き寄せる。

「……二人きりであんまり油断してると、こうやって狼さんに襲われちまいますよ?」

 鳥が啄むような音を軽く立て、マスターの頬に唇を落とす。
 少しして手を離すと、顔一面が紅葉色に染まった相手の顔が目に入った。
 つられて自分の顔も熱くなるのが分かる。

 ……我ながら、ちょいとやりすぎましたかねぇ……。まあ、これで少しは自衛心とか意識が芽生えてくれたら良いんですが。無自覚に人たらしなマスターを持つと心労が絶えない。

 ジョークですよ、の言葉を添えて、マスターの背中を軽く叩く。
 ようやく放心状態から戻ってきたところで、仮装の準備に勤しむことにした。









~せとり~

 ハロウィン当日。カルデアの飲食スペースには可愛らしい子供サーヴァント達の姿があった。

「トリック・オア・トリートです!」
「オバケさん、お菓子をくださいな」
「くれないと悪戯しちゃうぞー!」

 ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ、ナーサリー、ジャックが頭からシーツを被ったような真っ白なオバケに群がり、はしゃぎながらお菓子を強請っていた。

「ふっふっふー。君たち、そんなにお菓子が欲しいのかなぁ?」

 オバケが、ばっ、と白い布を取り去る。中から姿を表したのは、フード付きの黒いマントに身を包んだ夕陽色の髪の少女、人類最後のマスターこと藤丸立香だ。
 子供サーヴァント達から歓声が湧き上がる。しかし決して怖がっているわけではない。これは期待通りのオバケの反応に、満場一致で満足している声だ。

「ハッピーハロウィン! はい、どうぞ」

 立香は腕に提げていた籠の中から、丁寧にラッピングされたお菓子の詰め合わせを一人一人に渡していく。受け取った小袋が嬉しかったのか、三人は赤ずきんならぬ黒ずきんスタイルな立香の周りをぴょんぴょん飛び跳ねた。

「ありがとうございます、トナカイさん!」
「わたしたちも、おかあさんと一緒になるね! 見て見て!」

 ジャックが霊基を変質させ、上から黒いマントを被った姿になった。
 おそろいー! と擦り寄ってくる様が愛おしい。溢れ出る母性に突き動かされるまま、立香はその場にしゃがみ込み、ジャックの白い頭を抱くようにして撫でた。

「やっぱり二段仕込みのオバケマントにして正解ね! 意外性があってユーモラスだわ。皆でオバケの裾に描いた絵も、とてもキュートだし」

 ナーサリーが満足そうに頷く。
 今回の仮装は、この場にいる四人で知恵を出しあって作り上げたものだ。結果は上々の出来だと言える。可愛らしさもあり、十分なホラー要素も兼ね備えた仮装は、目の前の三人を始め、道行く他のサーヴァント達からもなかなかの高評価を貰えていた。
 これだけ喜んでくれたのなら、きちんと仮装の改善(主に裾上げと布の軽量化)を行った甲斐があったというものだ。──そう、改善を……。

『……二人きりであんまり油断してると、こうやって狼さんに襲われちまいますよ?』

 改善意見を聞きに行ったロビンの部屋。歯の浮くような台詞の後、頬にキスされたことを思い出し、立香の顔に熱が集まった。
 ロビンの行為自体に深い意味はない……はず。あまりにも危機感がないから、サーヴァントとはいえ安易に男性と二人きりになるのを軽く嗜められただけだ。
 気にしているのは私だけ。ドキドキしてるのも、きっと私だけ。ロビンにとっては取るに足らない悪戯だったに違いない。だから気にしないように努力しているのに。
 ……そんなの到底無理だ。キスをされた日からずっと、事あるごとに何度も思い出しては、くらくらと眩暈を伴う動悸と顔を覆いたくなるほどの羞恥に襲われている。
 もしかしなくても、これってロビンが好きってこと、だよね……?
 どんなに疎くても、さすがに分かる。これは完全に恋だ。だけど生まれてこのかた、恋愛とは程遠い場所にいたため、芽生えた感情と気付いてしまった事実に戸惑いを隠せない。全く知らない別の誰かが自分の中に潜んでいるような、容易に制御できない奇妙な感覚に、なす術もなく振り回されっぱなしだ。

「おかあさん、大丈夫?」
「へっ!? な、何が?」

 突然ジャックに尋ねられ、ひっくり返った声で返事をしてしまった。

「お顔が真っ赤よ? 風邪でも引いたのかしら?」
「それは大変です! トナカイさん、早くお部屋に戻っておやすみしてください!」

 リリィが立香の額に手を当てた後、急かすように立香を立たせて背中を押す。違う、熱はないし風邪でもないと反論するも、聞く耳を持つ者がいるはずもなく。むしろリリィが楽しそうだと思ったのか、ジャックとナーサリーも加わり、あれよあれよと言う間にマイルームへポイっと押し込まれてしまった。

「有無も言わさず連れ戻されちゃったけど……」

 もともと物の少ないマイルーム。整理整頓された部屋は思考をクリアにするのにはうってつけだが、今は余計な考えを助長してしまう空間でしかない。

「一人になるとダメだ。……少し歩こうかな」

 熱で浮かされた顔と思考を隠したくて、オバケの白い布を再び被った立香は、あてどもなくカルデア内を歩き始めた。
 ──はずだったのだが。

「なんでロビンの部屋に来ちゃうかなぁ……」

 これは思った以上に重症だな、と自嘲しながら、立香はロビンの部屋の前に立ち尽くしていた。
 あれだ。考えないようにするということは、無意識下で考えていることと同義なのかもしれない。つまり簡単に言えば、寝ても覚めても頭の中がそれしか考えられなくなっているのだ。
 じっと白い扉を見つめる。このままロビンに会えば、胸の中のジクジクとした燻りは消えるのかな? それとも徹底的に関わらないようにする方がいいのかな? ──分からない。今まで経験したことがないから、疑問に対する答えが見当たらない。今すぐロビンに会いたいような、会いたくないような。そんな矛盾した気持ちがせめぎあっている。
 とりあえずノックしてみよう。いなかったら大人しく部屋へ帰ろう。多分いないよね。きっとお菓子配りで忙しいはずだし。
 そんな希望的観測を抱えたまま、緊張で少し汗ばむ手を握りしめ扉をコンコンと叩く。
 ……反応がない。ほら、やっぱりいなかったじゃん。
 知らずのうちに漏れ出た安堵の息とともに、その場を立ち去ろうとした。
 しかし──

「ほいよ。っと、マスター。何か御用で?」

 やや間を置いて、扉の向こうからロビンがひょいっと現れた。
 誰につけられたのだろうか。ロビンの頭の上には、ご丁寧に仮装用の茶色い狼の耳がついている。何故、よりにもよって狼なのだろう。そして何故、彼は今に限って留守じゃなかったのだろう。

「……何でいるの?」
「いや、一応オレが使ってる部屋だから、いてもおかしいことないでしょ」
「それはそうなんだけどさ。お菓子配りに行ってるかと思ったのに」
「さっき配り終わって帰ってきたんですよ。途中で甘いもの好きの鬼っ子に想定以上の菓子強請られるわ、クロエ嬢ちゃんに耳カチューシャつけられるわで大変だったんすから。んで、マスターは何しにここへ?」
「うぇ!? えっと、あの……。と、トリック・オア・トリート!」

 口をついて出たのは苦し紛れも甚だしい台詞だった。別にお菓子が欲しいんじゃなかったのに……。ハロウィンだからと思い浮かんだ言葉がこれだ。我ながら発想が貧困すぎやしないだろうか。

「ちびっ子達に触発されました? ……あー、残念ながら菓子は売り切れちまいましたわ」

 常套句を投げられたロビンは、申し訳なさそうな困り顔で謝った。

「それで、お菓子を持ってないオレは何の悪戯を受ければいいんでしょう?」

 トリートがなければ必然的に残る選択肢はトリックだけ。まずい、この流れは全く想定してなかった。先程から自分自身を追い込んでばかりいる気がする。こういうのが墓穴を掘るっていうんだろうな。
 それはさておき、悪戯、イタズラ……。
 必死に考えている目の前で、ロビンは余裕の笑みを浮かべている。どうせ大した悪戯はできないだろうと、たかを括っているのが丸分かりだ。
 人が悩んでるのも知らないで。──ちょっと腹が立ってきた。こうなったら絶対に驚かせてやる!
 しばらく悩んだ末、妙案が浮かんだ立香は、ちょいちょい、とロビンに顔を近付けるように手招きをした。ロビンは何の疑いもなく、指示された通りに顔を立香の方に寄せる。

「じゃあ悪戯、ね?」

 ロビンの耳元でこっそり呟いて、すかさず白い布を取り去りフード姿になる。ちょっとだけ背伸びをしたまま、少しカサつく頬にそっと唇を寄せた。すぐに顔を離すと、目の前には呆気に取られながらこちらを見つめてくるロビンの顔があった。どうやら悪戯は大成功のようだ。
 しかし、それと同時に火が吹き出しそうなぐらい全身が熱い。ダメージは与えられたものの、自らに返ってきた攻撃の反動も凄まじいものだった。今、トリート用のチョコを持っていなくて本当によかった。もし持っていたら、きっと上がりきった体温でドロドロに溶けてしまっていたに違いない。

「この前のお返しだから! それじゃ!」

 踵を返して走り去る。
 しかし一瞬早く伸びてきたロビンの手に腕を捕られ、立香の逃亡計画は早々に終わりを告げてしまった。

「オレ言いましたよね? 狼に襲われちまいますよって」

 低い声色。二度目の忠告が立香の耳に届く。
 鋭く向けられた緑の瞳には、明らかに怒りの色が見て取れた。どうやら誰彼構わずこういうことやってるんじゃないかと思われたようだ。

「──ロビンみたいな狼さんなら、襲われても、いい、よ?」

 誰でもいい訳じゃない。誰にでもしてるなんて思われたくない。ロビンだけだよ、という意味を込めて気持ちを伝える。すると一呼吸の後、ロビンの顔がみるみるうちに耳まで赤く染まった。目は驚きに見開かれ、何度も瞬きを繰り返している。

「こりゃあ……とんだ悪戯くらっちまいましたわ」

 立香の腕を掴んだままのロビンが、残った片方の手で自身の目元を覆った。
 もしかしなくても、これ、照れてるよね? いつも飄々としたロビンが? ナンパが趣味だと豪語する、あの彼が? これじゃあまるで、私と同じ反応……。
 そこまで考え、立香は思わず、ふはっ、と空気を吐き出すように笑い声を上げた。
 どうやら同じ想いを抱えていたのは自分だけではなかったらしい。理解した途端、今まで一人で悶々と悩んでいたのが急に馬鹿らしく思えてしまった。

「ねぇねぇ、驚いた?」

 悪戯好きの子供のように、歯を見せて、にっと笑う。手の隙間からチラリと立香を見たロビンは、あー、とか、うー、とか歯切れ悪く唸った。

「危うく心臓が止まるかと思いましたよ……」

 優しい狼がそっと手を引き、黒いフードの少女と共に部屋の中に消える。
 トリートのようなハロウィンの時間は、誰にも知られることなく、密やかに過ぎていった。



たまにはこう、するっとくっつくお話もいいかなと。でもきっと次に進むまでに更に時間かかるのがロビぐだ子。そして、それくらいの距離感が一番楽しい。
この後? お話して終わりですよ? キチンとマイルームまで送り届けてますよ、ええ。何てったって優しい狼さんですから!

素敵なSSありがとうございました。破槍さんに感謝を!
2021.10.14