策略の味

・秋なので、これでもかってぐらいご飯ネタ。
・「ブルーバード、頑張る」の後日談的な話。読んでなくても大丈夫だと、思い、ます……多分。
・回りくどく「はい、あーん」に持っていくロビンさんと、やっぱりニブイ立香ちゃん。
・付き合ってません(重要)
・新シンさんの真名バレあります。ご注意を。






『エミヤの秋刀魚定食 栗ご飯、お吸い物付き』
『キャットのふわとろオムライス きのこのホワイトソースがけ コンソメスープ付き』

 食堂にある本日のメニュー表を見た瞬間、立香は頭を抱えてうんうん唸り始めた。

「何……この究極の選択肢。私、どっち食べればいいの!?」

 いつもなら台所に立つサーヴァントは当番制で、だいたい一人のはずだ。必然的にメニューは一つに絞られるが、今日はイレギュラーなのか、エミヤとキャットの二人が腕を振るっているらしい。

「何でこんな豪勢な献立なの!? 何かの記念日? それともお祭りでもあるとか!?」

 頭の中でどこからか、「さぁ、ご注文はどっち!?」という謎のナレーションまで聞こえてくる。
 大仰に嘆く立香の隣で眼鏡をかけたマシュが困ったように笑った。

「レイシフトした食料調達先が秋の日本だったのですが、何故か突然釣りバトルが勃発したそうです。その時に獲れた大量の秋刀魚を、クー・フーリンさんと巌窟王さんが持って帰ってきてくださったんです」

 勝負は引き分けだったとダ・ヴィンチちゃんから伺いました、とマシュはついでとばかりに補足してくれた。

「巌窟王まで……。最近ハマってるのかな、釣り」
「同時にきのこや栗も別のサーヴァントの方々が採ってきたそうです。おかげで今日は秋の味覚満載の献立となっています!」

 食堂内は様々な秋の匂いでいっぱいになっている。空腹感がさらに助長され、立香は思わずお腹を両手で押さえた。

「どっちも美味しそうだよ……。選べないよ……。お願い、マシュ。助けて……」
「先輩の口からめったに出ない弱音がっ! 先輩、こんな時は目を瞑って『どーちーらーにーしーよーうーかーな』です。これならどちらを選んでも後悔することはありませんっ!」
「本当かなぁ!? んー、でもこのまま決められないのも困るし……。よし、それでいこう! マシュ、私の指を最初にどっちの料理選んだか分からないように動かしておいて!」
「了解しました。ちなみにわたしも先輩と同じものにしたいと思います。言い出しっぺの責任であり、運命共同体です!」

 二人で目を瞑り、どれにしようかなと声を揃えて指を彷徨わせた。「神様の言う通り!」の掛け声の後、そろりと目を開ける。立香の人差し指は、カウンターに置かれた魚料理のプレートを指していた。

「秋刀魚だ!」
「当たり、と言っていいのかは分からんが、選ばれたことは素直に喜ぶべきか」

 キッチンスペースからエミヤが顔を覗かせる。いつもの赤い外套のかわりに、シンプルなエプロンを身につけている彼は、カウンターの向こうから微かな笑みを寄越してみせた。

「それにしても、君達は昼食一つ選ぶのにも随分楽しそうだな」
「だってこんな美味しそうなご飯並べられたら。ねぇ、マシュ?」
「はい。めったにない状況に、つい気分が高揚してしまいました」
「そうか。それは何よりだが……。もし可能ならば、彼女にも一言声をかけてやってくれ。さっきから呪詛に近い視線を向けられているのでな」

 エミヤが親指で自身の後ろを指さす。覗きこんだ先には、オムライスの皿を片手にヨヨヨと泣き崩れるキャットの姿があった。

「ご主人、キャットはハズレてしまったのだな……」
「ああああ! ごめん、キャット! 今度絶対食べるからあああ!」

 慌てて取り繕うと、キャットはいとも簡単にシャキッと姿勢を正す。目に涙の跡はない。分かってはいたが、なんとも盛大な嘘泣きだ。

「神様の言う通りならば仕方ない。キャットは大人しく引き下がろう。しかし今度ハズレを引いた時は、ご主人の指を操っていた神様とやらに渾身の酒池肉林を問答無用で叩き込むが、覚悟はよろしいか?」
「うん、次は何があってもキャットのオムライス食べるから大丈夫だよ」
「約束だぞ、ご主人!」
 肉球のついた手と指切りの真似事をして、立香は秋刀魚定食のトレーを両手に抱えた。



 ──さて、どこに座ろうか。
 マシュと二人でキョロキョロ食堂内を見回し始めた矢先、ふと声を掛けられた。

「マスターに、マシュ嬢ちゃん」

 声のする方を向く。そこにはこっちこっち、と手招きするロビンの姿があった。

「あっ、ロビン! ビリーに燕青まで! みんなもお昼食べてたんだ」

 マシュと共に三人が座るテーブルへ移動する。立香はロビンの右隣へ。マシュは立香の真向かい、秋刀魚を箸でつついている燕青の隣の椅子に腰を下ろした。ちなみにビリーはロビンの左隣でオムライスを掻き込んでいる。

「ちょうど廊下で一緒になったんですよ。それよりも、カウンターで騒いでた話がここまで聞こえてきましたぜ」
「あはは……。思いがけずテンション上がっちゃって……」

 先程のやりとりをばっちり聞かれていたことに今更ながら恥ずかしさが込み上げてきて、立香は照れ隠しに頭を掻いた。

「ロビンとビリーはオムライスなんだね」
「僕は和食よりも洋食が食べたかったからね。グリーンはちょっと違う理由だけど」
「秋刀魚にしたらコイツに食われちまうからな」

 コイツ、とロビンが指差したのは、机の上でげっそりと転がっている青いコマドリだった。オムライス───卵、鶏肉。なるほど、材料からして鳥類が食べるには、さすがに抵抗がありそうだ。

「絶賛ダイエット中なんですわ。先日誰かさんと一緒に菓子だのパンだの詰め込んでからというもの、若干飛ぶのがしんどそうなんで」
「……マジですか。加減が分からなかったからなぁ。食べさせ過ぎちゃったか。ごめんね、コマドリさん」

 青い鳥が最後の力を振り絞り、プルプルと翼を震わせながら立香の定食へと這いずって行く。しかしその途中で真っ白に燃え尽き、パタリと動かなくなってしまった。

「食べすぎたのはコイツの責任だ。マスターが気にすることねーですよ」

 ロビンはやれやれとコマドリを一瞥した後、持っていたスプーンでオムライスの山を切り崩し始めた。
 ホワイトソースに、卵の黄色とケチャップライスの赤というコントラストがよく映えている。一番強く、豊かに香るのは───舞茸だろうか。見つけた時に舞い上がるほど喜んだから「舞茸」という名前がついた、とも言われている食材だ。真偽は分からないが、何にせよ、美味しいものであることに違いない。
 やっぱりキャットのオムライス、ちょっとでいいから食べたかったな……。
 じっと見つめている視線に気付いたのか、ロビンは苦笑混じりに手を止めた。

「……まだ手ぇつけてないんで、オレのでよければ一口食べます?」
「いいの!? あっ、いや、でもそれじゃあロビンのご飯取ったみたいになっちゃう……」
「そうやってガン見された方が食い辛いっすわ。成長期なんですから、オタクは食いたいもの食ったらいいんですよ」
「そう、かな? じゃあ一口だけ」

 あーん、と口を開けると、オムライスの乗ったスプーンが差し込まれる。とろりとした卵の食感と、酸味を抑え気味にしたケチャップライスが、ホワイトソースと絡んで絶妙な味わいを織りなしていた。

「おいしー!! ありがとう、ロビン!」
「はいはい、そりゃよかった」

 何ならもう一口食べます? と差し出されるスプーンに、勢いよく何度も頷きながら、立香は再び口を開いた。







「無意識でやってんのかねぇ、あれ」

 いわゆる“はい、あーん”だよな、と一部始終を黙って見ていた燕青が、隣に座るマシュの耳元でヒソヒソと囁いた。

「いえ、ロビンさんは確実にわざとやってると思います」

 マシュも返すように燕青の耳に口を寄せて会話する。

「はは、ここにマスターガチ勢がいなくてよかった、よかった。そうじゃなけりゃ、食堂が阿鼻叫喚の地獄絵図になってたよぉ」

 この場に源氏の大将や火を吹く竜の娘がいたらと想像し、燕青の顔が少し青ざめた。しかし今度は何かに気付いたように、ばっと辺りを見回す。

「そういや軒並みマスター大好き勢の姿が見えなくないか?」

 いわゆる溶岩水泳部を筆頭に、マスター愛が強めのサーヴァント達の姿が一人も見当たらない。そんな偶然があるだろうか? 訝しんだマシュが眉間に皺を寄せた。

「まさか……先輩にあれをやりたいがために、ロビンさんがあらかじめ何か妨害めいたことをしていたんじゃ」
「ははは! まっさかぁ! ……まさかな。いや、ないとも言い切れないのが怖くねぇ?」
「二人ともー、それ以上詮索したらダメだってば。世の中には知らない方がいいこともあるんだよー」

 オムライスを口に運びながら、ビリーはあくまで小声で、マシュと燕青に警告を発した。

「……ロビンさん、一体どこまで計算していたんでしょうか?」
「さぁ? ……全部じゃね?」

 先輩が秋刀魚を選ぶという運要素もあったはずなのに、どうやってあそこまで持っていけたのだろうか……。
 緑の弓兵の策略めいたものを感じながら、眼鏡の後輩は少し塩気のある栗ご飯をモソモソと咀嚼したのだった。








 後日、ロビンフッド談。
「オレはなーんもしてないですよ? ただ結果的に、特定のサーヴァントが飯食いに来なかったってだけのハナシっすわ」



本当に時々、それとなく、しかし公然とイチャつくために色々根回ししてるといい。そのための努力は惜しまない。
ロビンも負けず劣らずマスター愛強めだといいな。その上でマスターに気付かれてなかったりするとなおいいな、と思いながら書きました。
コマドリさんはこの後、立香ちゃんに少しだけ秋刀魚をもらいましたとさ!よかったね!
2021.10.14