マスターはロビンごっこがしたい

 次のクエストに向けてサーヴァント編成を考えていた立香は、ぶつぶつと独り言を言いながらカルデアの無機質な廊下を歩いていた。

「敵も段々強くなってきてるし、ここいらで皆の戦力アップを計って資材集めに行くかぁ……」

 欲しい素材は両手の指では足りないほどあるのだが、手当たり次第闇雲にクエストに出かけたところで疲労を重ねることは明白だ。ともなれば出来るだけ効率よく、クエストに見合った戦力で素材集めに赴かなければならない。
 立香はそういった戦略や戦術を考えることが、あまり得意ではなかった。戦うこととは無縁の、ごく普通の生活を送っていた一般人が得意であるはずがないのは当たり前なのだが、そう言って甘えていられる状況でもない。立香がやらなければ、他にやる人間がいないのだ。それは驕りでもなんでもなく言葉通りの事実で、このカルデアを除いて人類が全て消滅してしまった現時点で、サーヴァントを使役できる魔術師が立香だけになってしまったことを意味する。
 だから自分に出来ることは精一杯やろうと立香は決めている。自分が後悔しないために、苦手なことも人並みにはできるように。
 しかし自分一人の力では解決できないことを痛いほどよく分かっていた。幸か不幸か、通常の聖杯戦争とは異なり、カルデア内には多種多様なサーヴァントが召還されている。中には戦略を立てることに長けたサーヴァントも多くいる。立香はよく彼らの元に赴き、助言を求めていた。特に人理修復が始まった初期の段階からカルデアにいるロビンフッドには、よく話を聞きに行っていた。他の英霊達よりもアウトローな彼は、口こそ悪いものの戦いのなんたるかを心得ており、多数の敵との交戦からサーヴァントの効果的な編成、果ては資材運用まで細かに指導してくれた。
 今も自分が組み立てた編成や作戦の可否を聞きに行こうと彼の部屋まで来たのだが、声をかけても何の反応も返ってこなかった。

「あれ? 留守かな?」

 試しに扉に手をかければ、鍵がかかっておらず、何の抵抗もなく開いた。
 部屋で待ってれば戻ってくるか。そう考え、主のいない部屋で待つことにする。それが許されるくらいには彼との絆が深まっている自信があったからだ。ふと彼がいつも使っているベッドへ視線を向けると、見慣れた深緑の衣が無造作に置かれていた。

「これ、顔のない王(ノーフェイス・メイキング)だよね」

 宝具をこんな所に置きっぱなしにしていいのだろうかと若干不安になるが、先日ロビンが最終再臨を終えたのを立香は思い出した。カルデアに来たばかりの時は顔を隠すように身につけていた宝具だが、今は何のためらいもなく脱いでいる時も増えてきた。確実に心開いてきているロビンに対し、立香は一種の感動を覚えて目の奥がツンと痛くなった。
 ちょっとした好奇心が首をもたげ、立香は普段あまり触る機会のない緑衣に手を伸ばす。意外とさらりとした肌触りのいいそれは、微かにロビンの吸っている煙草の匂いがした。
 それに気を良くした立香は、緑衣を握りしめ辺りをきょろきょろと見回す。人の気配がないことを確かめると、徐に緑衣を身に纏い、ばさりとフードを被る。香っていた煙草の匂いが先程よりもより強くなっていた。

「えへへ、ロビンの真似~」

 丈の長いマントの裾をばさりと翻す。一通りロビンの決め台詞や普段の口調などを真似て心行くまで緑衣を堪能していた。



 ◇



 小腹が空いたのでキッチンで軽食を作っていたロビンが、サンドイッチの乗った皿を片手に自室へと帰ると、赤い髪の少女が自分よりも先にロビンの部屋に入っていく姿を見た。そういえば鍵をかけてなかったことを思い出したが、あのマスターが何かやらかすというのも考えられないため、何も気にせず自分も後を追って部屋に入ろうとした。しかし閉まりきってない扉の隙間から見えた姿に、ロビンは扉を開けようとしていた手を止めた。
 マスターは忙しなく周りを確認すると、ベッドの上に置いてあった「顔のない王」を手にし、何を思ったのかそれを身に纏った。

「っ!」

 あまりの衝撃に手にしたサンドイッチの皿を落としそうになったが、寸での所で踏みとどまった。
 少女は上機嫌に笑いながら、ロビンの口真似をしてはケラケラと笑い声を上げている。

「あのマスターは……、何をやってるんですかね……」

 ロビンは皿を持っていない片方の手で己の顔を覆った。隠し切れていない両の耳が真っ赤に染まっている。
 所謂彼マントだよなとか、オレの口癖覚えているのかよとか、色々言いたいことが山ほどある。しかし一番の問題は……

「入るタイミングが掴めねぇ……!」

 部屋の前にしゃがみ込んだ緑色のアーチャーの気持ちも知らず、脳天気なマスターは、しばらくロビンの真似をして楽しんでいた。



pixivより掲載。
付き合ってない、もだもだした二人が好きです。
2018.6.5