鬼でも熱は出る

・「鬼灯の冷徹」の二次創作。
・白澤×鬼灯。
・アニメ三話の前日談を妄想。

以上、生暖かい目で見ていただければ幸いです。





 鬼灯に頼まれていた薬を届けに閻魔庁に来たのは、約束の時間を二刻半も過ぎた頃だった。
 地獄には太陽も月もないため、見かけの景色が変わらない。よって一体今が朝なのか昼なのか夜なのかは、万物を知る神獣白澤にでさえ分からない。ただ獄卒達も働いているので、時間の概念は存在することだけは確かだ。
 それを裏付けるように、閻魔殿の門の前に立ち尽くし暗い顔をしている白澤に目もくれず、多くの獄卒達が駆けずり回っている。
 仮にも中国の神獣である白澤に対してこの扱い。流石あの鬼灯の下で働く者たちだと変な所で感心しながらも、薬の受け渡しの遅延の言い訳をどのようにしようかと悩む。
 ……だめだ、いくら考えてもあの禍々しい金棒が己の顔にめり込んでいる想像しか思い浮かばない。
 けれどいつまでもここで立ち尽くしている訳にもいかない。
 白澤はきっと前を見据えると、目の前の大きな門を押して入った。その顔は戦地に赴く戦士の顔だったと、彼を見た獄卒は後に語っていたという。

 ◇

「……くん、鬼灯君!」

 大王が己の名を呼ぶ声がして、飛ばしていた意識を無理矢理元に戻した。
 左上を見上げれば、髭を蓄えた巨漢が情けなく眉尻を下げこちらを見つめていた。

「何ですか大王様、口を動かす暇があったら手を動かしなさい、手を」
「いや、頼まれていた書類に判を押し終わったから渡そうと思って声をかけてたんだけど……。鬼灯君呼んでも返事しないから……」
「……それは失礼しました。やっと終わったんですね、お疲れさまでした」
「何でだろう。ちっとも労われている気がしないんだけどなぁ」

 閻魔大王がはいこれ、と渡してきた大量の書類を受け取りながら、鬼灯は一つ息を吐いた。
 その吐息は普段のそれより微かに熱い。おそらく熱があるのだろうが、休んでいる暇など一片たりともない。
 何せこの頃のスケジュールは埋まりに埋まって、唯一の楽しみである金魚草の世話という趣味の時間を削らなければいけない過密さなのだから。
 そういえば……と鬼灯は頭の中のスケジュール帳を思い出す。
 二刻半前に頼んでおいた薬が届いてない。
 あの色ボケ白豚が……また期限破りやがったな、と盛大に舌打ちすると、自分に向けられたものだと勘違いした閻魔大王が「え!?ワシ何かした!?」と勝手に焦りだしていた。
 それに何も応えず無視していると、閻魔殿の大扉が開く音がした。

「ニイハオ(こんにちは)~、頼まれていた薬届けにきたよ~」

 割烹着のような白い服に身を包んだ白澤が、薬を片手にヒラヒラと手を振りながらこちらに歩いてきた。

「こんにちは白豚さん。約束の時間を丁度二刻半も過ぎているのですが、それに関して申し開きなどがあれば聞いてあげないこともないです」
「あのさ……書類の山片手に金棒ちらつかせるのやめてくれる?」

 口元をひくつかせながら、白澤さんは女の子が僕を離してくれなくてさ~と薬をこちらに渡してくる。
 白澤が薬の受け渡し時間を破る事なんて日常茶飯事だ。けれど悔しい事に、鬼灯が知る漢方医の中で一番腕が確かで、おまけに効能もそこらの薬より抜群にいいので、納期が遅れてもだいぶ大目に見ている。
 本当に、悔しい事に。
 しかしこうまでおおっぴらに遅刻の理由を言われると、当然腹が立つ。
 こいつ、やっぱり一回殴っとこうか。
 金棒を傍にあった壁に立てかけながら、差し出された薬を受け取ろうとしたとき、ふと白澤さんの手が私の手をかすめた。

「ん? 鬼灯?」
「何でしょう……っ!」

言い終わらないうちに白澤さんの手が伸びてきて、私の額にある角の少し下あたりをそっと触った。
驚いて片手で持っていた書類を床に落としてしまい、あっと思うがもう片方の手首を白澤さんに掴まれ逃げる事が叶わない。

「お前、熱あるじゃん!」
「えー!! 鬼灯君、さっきから様子が変だと思ってたらやっぱりそうだったの!?」

この近距離で阿呆二人の馬鹿でかい声が響き、若干痛みを訴え始めていた頭痛がその主張を更に強いものにした。

「これくらい何でもありません」

 離しなさいと額に置かれた手を払い、手首の戒めも解こうと力を込めたのだが、有無を言わさない勢いで白澤さんがぐいっと手を引く。

「大王様、こいつ部屋に連れて行くよ」
「是非そうしてよ。ワシが言っても絶対聞かないんだから」
「当事者無視して勝手に話を進めないでください」

 引きずられながらその場に踏みとどまろうとするが、熱のせいか上手く力が入らない。

「最近君働きすぎだよ。ゆっくり休んで来なよ」

 ちゃんと仕事はしとくからさ、と人の良さそうな笑顔を浮かべながら、白澤さんに引きずられていく姿を大王が見つめてくる。  回復したら覚えてろよ……小声で呟いた声が届いたらしく、大王は慌てて机の上の書類に目を落とし始めた。

 ◇

「僕が思うに、お前は加減ってものを知らない気がするんだよね」

 寝具の上に鬼灯を投げながら、早く寝間着に着替えるよう促す。

「余計なお世話です」

 緩慢な動きで黒い和服を脱ぎ始めた鬼灯は、可愛くないことをのたまう。
 こいつに今更可愛さを求めようとは思わないけど、少しくらい熱に気がついた僕に感謝してほしいくらいだ。だってこいつ、僕が止めなかったらあのまま働き続けていただろうから。
 この官吏は本当に加減を知らない。
 仕事にしろ、趣味にしろ、その凝り性が災いしてその全てをそつなくこなしてしまう。しかも悪い事にその出来が完璧なものだから、周囲の人間は必然的に鬼灯に頼るようになる。
 そうなれば鬼灯の負担がさらに増えるのだが、こいつは忙しさを微塵も感じさせない態度で過密スケジュールを片付けてしまうため、そこに悪循環が生まれる。
 損な役得、と白澤は心の中で毒づいた。
 自分だったらそんな立ち位置、絶対にお断りだ。永久の春の世界で、女の子と共に楽しい一時を送りながら、暢気に薬でも作れれば十分である。鬼灯のように自ら忙しさの渦中に飛び込んでいくような行動は、きっと永遠に理解できないだろう。

「白澤さん、薬の代金と注文書をそこに置いておいたので持って帰ってください」

 寝間着に着替え終わったらしい鬼灯が気怠く指差した先に視線を送ると、机の上に小さな小袋と金丹と書かれた紙が置かれていた。

「ま、どうせ過労からくる熱だろうし、今日一日寝てたら治るだろうさ」

 届けた瞬間に新しい注文とは……ちゃっかりしてるねぇ。
 小袋と紙を取り上げながら鬼灯に視線を戻すと、早いことにもう寝息を立てていた。
 やっぱり可愛くない……。
 一回どついてやろうかと足音を立てずに鬼灯に近づくが、体を丸めて眠る病人を前に出しかけた手を引っ込めた。
 僕も腐っても医者だったって訳か。
 自分の今の職業を再確認したところで、改めて鬼灯の部屋の見渡す。
 一見片付いてはいるが、細々した置物やガラクタが所狭しと並べられている。飾られたクリスタルなひとしくんもそうだが、コマーシャルでやっているアニメの食玩や漢方の本など、その種類を挙げ始めたらキリがない。あまり収集癖のない白澤には、ここまでして何かに執着してコレクションするという鬼灯の趣味が理解出来なかった。
 長居してもしょうがないか。
 帰ろうと踵を返した瞬間、何かにそれを遮られる。
 振り返ると、白い服の裾部分を骨張った男の手が掴んでいる。
 言わずもがなそれは鬼灯のもの。

 え~っと……どうすんだこれ……。

 女の子にされれば凄くおいし……、いやいや凄く嬉しいシチュエーションなのだが、如何せん今掴んでいるのはあの憎たらしい鬼灯の手である。
 全然嬉しくない!
 嬉しくない……はずなんだけど……。
 どうしても振り払おうという気にならないのは何故だろうか。
 まるで一度手に入れたものを手放さないようにするかのような鬼灯の手。
 白澤ははっと雑然とした部屋をもう一度見回した。
 鬼灯は手放さないんじゃない、きっと手放せないんだ。
 親もなく、ただ一人村のために生け贄として捧げられたこの鬼は……

 きっと寂しいのだ。

 だから自分の元に舞い込んできた仕事や物のほとんどを捨てる事が出来ないのかもしれない。
 それに加えて凝り性が拍車をかけているのだろう。
 なるほど、そう考えるとこの鬼神にも可愛い所があるじゃないかと自然と笑みが浮かぶ。

「しょうがないなぁ。不本意だけどお前の仕事、ちょっとだけ肩代わりしてやるよ」

 まずはこの手の戒めを解かないとな……  近くに転がっていた白紙と墨を引き寄せ、さらさらと絵を描き具現化する。
 おぞましい鳴き声をあげるそれは、白澤曰く可愛いという猫好好ちゃんだった。
 その大きさは顔よりも少し小さいぐらいで、抱き込むにはちょうど良い大きさだった。
 そっと鬼灯の指を外し、代わりに猫好好ちゃんと差し込むと白澤はその場を静かに離れた。
 まずは電話かな。
 桃タロー君にすぐには帰れなくなったことを伝えなければ……。
 鬼灯の仕事を請け負うため、閻魔大王の元へ足取り軽く向かう白澤だった。

 しかし彼は知らない。
 この後新たに薬を受け取りにきた鬼灯に、落とし穴に嵌められるという災難が待っていることを……。



白澤さんと鬼灯さんは決して引っ付かないけど、こう、喧嘩しながらイチャイチャしててほしいなっていう。
いやー、話の流れは好きだけど、文章ががたがただ!!
これもまたいい思い出だ笑
2014.2.2 pixiv掲載
2022.4.23 サイト掲載