人魚姫の恋

・「WORKING!!」の二次創作。
・佐藤さん×八千代さん前提の佐相(失恋ネタ)。

以上、生暖かい目で見ていただければ幸いです。





 誰にだって知られたくない秘密や言いたくないことがある。
 俺はそんな人の秘密を知るのが大好きだ。
 だって、その秘密をばらそうとするだけで、大抵の人は途端に俺のお願いを聞いてくれるようになるんだから、面白くない訳がない。

 でもその反対、俺の秘密を誰かに知られるのは大嫌いだ。
 俺は誰かの言いなりになったり、服従するなんてことは絶対にしたくない。

 だから俺は俺自身のことを話すなんて愚かなことはしない。
 まして、俺の最大の秘密を知られてはいけないのだから…。






 Two years ago~

 休憩室で座っていると、不意にドアノブが回る音がした。
 伏せていた顔を上げると、金髪の長身がドアの向こう側からぬっと姿を現した。

「相馬、お前も休憩か」
「うん、お客さんいないから注文も来ないしね。ホールも暇そうだったし、勝手に休んじゃってた」
「……お前はいつもサボってんだろうが」

 ため息を吐きながら、佐藤君は俺の座っている向かいのパイプいすに腰を下ろした。
 間を置かずに彼はポケットからタバコの箱を取り出し、その中の一本に火をつける。
 ゆらゆらと立ち上がる紫煙が空気に混じり溶けていく様子を、力のない右目が追っていた。

「轟さんとはその後、どんな感じなの?」

 やがて支配する沈黙に耐えきれなくなった俺が、揶揄いついでに佐藤君に問いかけた。
 虚空を彷徨っていた彼の視線が、痛いくらいに俺に突き刺さるのが分かる。

「なんでお前に言わなきゃなんねぇんだ。つか、言わなくても分かってんだろ」

 眉間に皺を寄せて、佐藤君が片目で睨んだ。
 元々顔の造りがいいからか、彼が睨むと半端ない凄みがある。
 しかし俺は全く動じない。
 だって優勢なのは俺の方だからだ。

「いいじゃん、恋愛話ぐらい。聞いてる分にはかなり楽しいよ?」
「話してる奴のことも時々は考えろ」

 ふぅ、と吐き出した煙を再び目で追いかけ始めた佐藤君を見て、俺はくすりと笑いを漏らした。

「早く告白しちゃえばいいのに。本当ヘタレなんだから」
「……ほっとけ。それよりお前はどうなんだ?」
「は? 何が?」
「お前は浮いた話とかないのか」

 驚いた。  佐藤君がこの手の話題で俺に絡んで来るなんて……。
 どちらかというとこの場合、俺の質問への意趣返しか……。
 なんにせよ、この俺に向かって俺自身のことを聞くなんて変わってると思う。
 今までそんな人間に出会ったことがなかったので、ただひたすらに驚いていた。

「俺が教えると思う?」

 動揺を感じさせないよう、食えない笑みでタバコを吸う人物に尋ねるが、彼は何も答えずじっとこちらを見てくるばかり
 正直落ち着かない。
 俺は立ち上がり、そろそろ厨房に戻ろうかなとわざとらしく話を逸らす。
 ドアの方へ歩く途中、遮るかのように佐藤君が声をかけてきた。

「相馬」
「なぁに?」

 やや間を置いて佐藤君はこう言い放った。

「お前、友達いないだろ」
「……ひどいなぁ。ま、本当のことだから何も言い返せないけど……」

 だから彼女なんていないし、好きな人もいないよ、これで満足?と聞き返すと、佐藤君は相変わらず表情を変えずに空を見つめたまま、ふぅんと気のない返答をした。
 珍しく俺が自分のことを喋ったというのに、この男は……。
 むっとしながら、俺は休憩室の扉を少しだけ乱暴に閉めた。






 Present~

「って言うことがあったよね?」
「……何故今その話を蒸し返す?」

 俺の前でタバコを咥えた佐藤君は、理解不能というようにぼそりと呟いた。

「いや、あの時から俺、佐藤君のことあまり好きじゃなかったんだよね」
「奇遇だな。俺もだ」

 あの時、というのは二年前の休憩室で行われた佐藤君との会話の時。
 佐藤君は働き始めたばかりの俺に気を使って話しかけたらしいんだけど、俺ってこんな性格だから自分のこと話したくないんだよね。
 それを佐藤君は知らずに接していたもんだから、数日の間、キッチンにブリザードが吹き荒れていた。
 気を揉んだ轟さんが、そのことを俺と佐藤君に説明してくれたおかげでお互い仲直りができたが、彼女の口添えがなかったら俺はこの職場をすぐにでもやめていただろう。
 今となってはいい思い出だ。

「まぁその話は置いておくとして、やっぱり轟さんとは相変わらずなの?」
「お前本当うざい」

 くしゃくしゃと前髪を掻き上げる姿が、嫌になるほど板についている。
 これだからイケメンは本当にやだ。意図せずにやるから余計に質が悪い。

「折角両想いになったんだから、もっと浮かれてもいいのに」
「そういうキャラじゃねぇよ」

 佐藤君の告白が成功したのはつい数日前。
 けれど当の本人はあまり嬉しそうじゃない。
 想いが伝わった今、以前とは別の悩みの種が出来たらしいが、俺からすれば贅沢すぎると思う。

 そうだ、佐藤君は贅沢だ。
 なんだか腹の底がムカムカしてきたので、仕事でもするかと思い、立ち上がった。

「おい、相馬」

 ……デジャヴとはこのことを言うのか。
 嫌な予感を感じながらも、俺は佐藤君の呼びかけに応える。

「なに?」
「お前はそういう話はないのか」
「……笑えない冗談は勘弁してよ」
「お前だって散々人を虐めてきただろうが」

 別に虐めてないよと小声で反論するも、その声は聞き取られなかったらしい。
 佐藤君はあの日と同じ目で、じっと俺を見つめてくる。

「……秘密だよ、ひ・み・つ」
「やっぱりな」
「そう簡単に弱みは握らせないよ。じゃ、厨房の方に行くね?」

 休憩室のドアノブを掴んだところで、俺はふと考え、佐藤君の方をくるりと振り返った。

「あ、一つだけなら教えてもいいかな」
「は?」
「好きな人、いたんだよ」
「……は!?」

 普段は見開かれることのない佐藤君の目が、零れ落ちるのではないかと思うぐらい驚きで丸くなっている。
 咥えていたタバコが、ポトリと音を立てて机の上に落ちた。
 レアな佐藤君が見れたことに喜びを感じながら、俺は声を上げて笑い、厨房へと向かう。

 そう、好きな人はいたよ。
 もう俺の手の届かない人になっちゃったけど。

 けれどこの胸の痛みでさえ、誰にも知られてはいけない。
 きっとそれは弱みになるから。
 今の俺に出来ることは、好きな人とあの可愛らしい彼女の幸せを願うことぐらいなのだ。






 人魚姫の恋。
 ああ、泡になって消えた彼女は、きっと幸せだった。



「WORKING!!」は登場人物が全員キャラが濃くて大好きです。
ぽぷらちゃんに親近感を覚えてしまう……(せとりも身長低め)。
2013.8.13 pixiv掲載
2022.4.23 サイト掲載