ネガティブヒーローはアリスの夢を見る

・「あんさんぶるスターズ!」の二次創作。
・千翠、翠千。
・不思議の国のアリスパロ。
・女装ネタ。

以上、生暖かい目で見ていただければ幸いです。





 今日は天気がいいから外で飯を食おう、と早朝からグループSNSで言い出したのは、流星隊の隊長である守沢だった。いつもなら面倒くさがりな高峯が反対の声を上げるのだが、他の一年生二人が意外と乗り気だったのと、もう一人の三年生である深海も何故か二つ返事で了承したことにより、高峯は拒否権を見事に失ってしまった。何故わざわざ暑い場所で食事をするのか理解できない高峯を他所に、結局流星隊のメンバーは、昼休みに学園内の中庭に集合した。

 五月も後半の今日、夏の様相を帯びてきた日差しは頭上から容赦なく照りつけ、中庭の大きな広葉樹の下に黒々とした影を作り出していた。その木陰の下の芝生に腰を降ろした面々は、持参した弁当箱を広げて食事を始める。

「忍くんのからあげ美味そうッスね! 一つ食べたいッス」
「じゃあ鉄虎くんの卵焼きと交換でござるよ」
「ちあき、『おべんとう』おおくないですか? にだんべんとうふたつ……。おかあさんのくろうが、かいまみえます」
「これぐらい食べないと部活まで保たないんだよなぁ。というか、俺としては高峯がそれっぽっちで足りるのかが心配だ!」

 突然話を振られ、白米を口へ運ぼうとしていた高峯は動きを止めた。高峯の弁当は小さな一段弁当だった。おそらく女子が持っているような可愛らしいサイズのそれに、深海が眉を顰めながら同意する。

「ほんとだ。いぜんは『ふつうのにだんべんとう』だったとおもうのですが。たいちょう、わるいんですか?」
「もしかして風邪か! ちょっとおでこ貸してみろ!」

 心配した守沢の手が高峯に伸びる直前、高峯は体を大きく仰け反って、その追跡を回避した。

「いや、風邪とかじゃないですから……」

 段々と小さくなる声に、三年生のみならず、同学年の二人も心配そうに高峯を見る。
 こうなる事が予想されていたから、高峯は全員で昼食を食べるのが嫌だったのだ。原因は隣に座っている赤い髪をした暑苦しい男だ。最近守沢の顔を見ると、意味も無く心臓が跳ね上がったり、声を聞くだけで顔中の血が沸騰しそうなほど熱くなったりする。果ては寝ても覚めても守沢のことが頭から離れず、食欲も目に見えて落ち込んでしまった。こんな状況だから、先程のように触られでもしたらどうなってしまうのか、高峯自身もよく分からない。

 きっと、これは恋だ。経験則の中から高峯の導き出した結果がそれだった。まさか自分が先輩を、ましてや男性を好きになるとは思いも寄らなかったが、よく考えてみれば至極当然のことだったのかもしれない。

 守沢は底抜けに明るい。正義の味方を謳っているだけあって、根も善良だ。ネガティブを拗らせた高峯に、どんなに邪険に扱われても立ち向かってくるのだから、そのポジティブさは筋金入りと言えるだろう。
 何から何まで高峯とは正反対の守沢。自分にないものを持っている人間に、高峯は知らず知らずの内に惹かれていくようになった。

 しかしこの恋心は決して伝えず、未来永劫胸の中に秘めておくと決めている。部活の後輩であり、同ユニットメンバーの同性から言い寄られたとあっては、流石の守沢と言えどもドン引きするに違いない。まして、アイドルとして前途ある守沢にとって、高峯の感情は迷惑なものでしかないことぐらい分かりきったことだ。

 何よりも怖いのは、この想いを伝えたとき守沢に拒否されるかもしれないという未来だ。きっとそれまでと同じ関係に戻ることは出来ないだろう。守沢は持ち前の明るさでなかった様に振る舞ってくれるかもしれないが、高峯には到底無理だ。きっと居たたまれなさと罪悪感で押しつぶされそうになりながら、流星隊の脱退を考えるだろう。最終的に、この学園を去ることも辞さないかもしれない。

 それならば風化して姿形を無くすまで、この気持ちに綺麗に蓋をして、現状を維持した方が何倍もマシというものだ。それまでは苦しいかもしれないが、平穏な日々を送るためには仕方ないことと諦めるしかない。

「あぁ……鬱だ」

 ぼそりと弁当をつつきながら呟いた高峯に、メンバーの四人が慌てふためく。

「だ、大丈夫ッスか? 俺のおかず全部あげるから元気だすッス!」
「食欲ないんだから、それは逆効果なのではないでござるか?」
「ほけんしつ、いきますか?」
「悩みがあるなら、俺が何でも聞いてやるぞ!」

 悩みの種はあんただよ、という一言を昼食と一緒に飲み込んだ高峯は、代わりに深い溜息を吐き出したのだった。

 ◇

 夢を見ていた。

 翠の身長はぐっと低くなっており、年の頃は八歳程度の姿になっていた。それだけなら良かったのだが、男であるにも関わらず、何故か鮮やかな水色のエプロンワンピースを身に纏っていた。頭にはご丁寧に同色のリボンカチューシャまで嵌めている。

「ここはどこだ……?」

 翠は草原に立っていた。白やピンクの野花が咲き乱れ、心地よいそよ風が優しく吹いている。全く身に覚えのない場所だ。翠が首を傾げていると、目の前を何かが横切った。

「大変だ大変だ! 急がないと遅れちゃう! 女王様は気が短い。裁判遅れりゃ首が飛ぶ。遅れることは許されない! 大変大変、大変だ!」

 それは真っ白な毛並みの赤い目をした兎だった。ただの兎ならば翠もそこまで驚かなかっただろう。しかし目の前を行くのは、二足歩行の喋る兎。加えて懐中時計を持って、黒い燕尾服まで身につけているのだから、翠は思わず二度見してしまった。驚いている翠には目もくれず、不思議な兎は草原を一心不乱に走り去っていく。

「ちょ、ちょっと待って!」

 反射的に翠は兎を追いかけていた。ただし、見覚えのない草原に一人取り残されるのを避けたかったからとか、ここが何処なのか問い質したかったから追いかけた訳ではない。翠の心中には、ただ一つの情熱が沸き起こっていた。

 何あの兎、ゆるキャラみたいで超可愛い! 夢の中まで欲望に忠実な翠は、小さな子供の足を懸命に動かし、逃げる兎を追い続けたのだった。

 しばらく追いかけっこを続けた一匹と一人だったが、兎の姿が平原に立つ一本の大木の根元で、突然ふっと消えてしまった。辺りを調べてみると、木には小さな黒い穴が開いている。

 きっとこの中に潜り込んでしまったに違いない。けれどいくら子供の姿になっているとはいえ、自分の肩幅より小さなその穴に入るのは物理的に無理だ。ゆるキャラのような愛らしさを持つ兎を前にして諦めきれなかった翠は、思い切って穴の中に首を突っ込んでみた。

 その瞬間、穴の中にぐいっと引き寄せられるような感覚を感じた。ありえない現象に声を出すまもなく、翠の体は穴の中へ真っ逆さまに落ちていった。

 ◇

 がくっと体が落ちる感覚で高峯は目を覚ました。見慣れた白い天井。頭上で鳴り響く目覚まし時計。どうやら夢から覚めたらしい。起き上がり視線を落とせば、体は高校生の大きさに戻っていた。いや、戻っていたというよりもこの大きさが正しいサイズなのだ。

 不思議な感覚が気持ち悪く、高峯は低いうめき声を上げた。目の奥がじくじくと痛い。明らかに睡眠不足だ。食欲も減退して、更には睡眠まで満足に取れないとなると、いよいよ体調不良に拍車がかかってくる。

 早急になんとかしなければ……。そう自分に言い聞かせた高峯だったが、何とかできるのかよ、と耳の側で意地悪そうに囁く自分も確かにいる。うるせぇ、と短く呟いた高峯は、再びどさりとベッドに倒れ込んだ。

「おはよう、高峯! いい天気だな!」
「なんで守沢先輩が俺の家の前にいるんですか……」

 頭痛のする頭を抱えて、高峯は目の前にいる守沢を思わず睨んでしまった。

「昨日元気がなかったからな、ちょっと心配で寄ってみたんだ」

 笑顔で話す守沢に頭痛が激しくなるのを感じて、高峯は眉間をそっと手で押さえた。

「昨日にも増して顔色悪いぞ。本当に大丈夫か?」
「よく眠れなかったんですよ。流石に今日は部活休みます」
「おう、そうしろ」

 来てしまったものは仕方ない。追い返すことも出来なかった高峯は、守沢と連れだって学校へと歩き出した。
 流石に朝早い時間なので、商店街には人の姿もまばらだ。横目で守沢を見ると、いつものうざいぐらいの元気良さはどこへやら、物静かに高峯の隣を歩いている。調子のおかしい高峯を詮索するでもなく、つかず離れずの距離感を保ってくれる守沢に、彼なりの気遣いを感じた。

「守沢先輩、夢って見ますか?」
「夢? 寝る時見る方のやつか?」

 高峯は口をついて出た言葉に激しく後悔した。こんな話を振ったら、更に心配させてしまうではないか。寝不足で思考がぼやけているのと、守沢の優しさについボロが出てしまった。しかし口に出してしまったら後には引けない。そうです、と高峯は相槌を打った。

「変な夢を見て……。それで今日寝不足になったんです」
「夢か……時々見るけど、だいたいは起きた瞬間忘れちまうな」

 どんな夢だったんだと聞かれ、高峯は夢の内容を説明しようとした。けれど、いざ言葉にしようとすれば、かなり恥ずかしい内容だったことに気がつく。夢の中とは言え、女装していたのだ。かなりの変態行為である。

「えっと……兎を追いかける夢です」
「……漠然としすぎてよく分からんが、聞く限り寝不足になるほどの悪夢ではなさそうだぞ」

 確かに、と高峯も他人事のように心の中で同意した。

「でも兎を追いかけるなんて、まるで不思議の国のアリスみたいだな」
「あー、言われてみればそうですね」
「まさか夢の中で水色のワンピースでも着てたか?」

 冗談めいて言う守沢に、高峯の背筋にひやっとしたものが走り抜けた。

「そ、そんなわけないじゃないですか……。身長百八十近い男が女物着てたら、それこそホラーですよ」
「そうか? 高峯は顔がいいから意外と似合うと思うぞ」
「本気で言ってるんですか? どちらかと言うと先輩の方が似合いそうですよ」
「それは俺が小さいって言いたいのか? ん?」

 腰辺りにパンチを繰り出してくる守沢に、高峯は笑いながらひらりと避けた。

 この距離感だ。この関係がずっと続けば良いと高峯は心の底から願う。ぎりぎりとどこかが軋むような音がするが、それはきっと気のせいだと思い込むことにした。
 その後も下らない話を続けていると、学園の門が見えてきた。守沢は数歩先を走り、くるりと高峯の方を振り向く。

「俺今日は日直なんだ。このまま日誌取りに職員室に行くから、ここで別れるぞ。教室行くまで倒れるなよ!」
「はい、ありがとうございました、先輩」

 辛かったら無理せず早く帰れよー、と声が遠ざかっていく。高峯は本当にお人好しだなぁと緩く微笑んだ。未だに頭痛は続いているが、少しだけ痛みが和らいだ気がする。守沢の元気が移ったのだろうか。
 空を見上げる。雲一つない青空は透明で、どこまでも澄み渡っている。一人で歩くと長く感じていた登校時間が、今日はとても短く感じた。降って湧いたような僅かな幸せを噛みしめながら、高峯は一人教室へと向かった。

 ◇

 またこの夢だ。
 翠は暗い穴を落ち続けている。もうどれくらい落ちたか分からない。数時間かもしれないし、さっき落ちたばかりのような気もする。一体この穴はどこまで続いているのだろうと思っていた矢先、翠の小さな体はぼすんと底に着地した。痛みはない。どうやら大量のクッションの上に落下したようだ。

 身を起こし、落ちてきた穴を見上げると、穴の出口が夜空の星のように一つ輝いて見えた。
 クッションを踏みしめながら土壁の洞窟を歩いていると、眼前に木製の扉が見えてきた。金色のドアノブに手をかけると、扉の先に広がっていたのは小さな部屋だった。

 小さな部屋、というのは何も誇張して言っているのではない。文字通りその部屋は何から何まで小さかったのだ。
 薪をくべた暖炉、部屋の中央にある真っ白なテーブルと椅子、その上に乗っているティーカップと焼き菓子、その全てがミニチュアサイズだった。

 そんな部屋だったから、翠は子供の身長だったにも関わらず、かなり身を屈めないといけなかった。むしろ少しでも動いてしまえば、部屋の中の物を壊してしまいそうで、思ったように身動きが取れない。困った翠はどうにかならないものかと、唯一動かせる首を動かして辺りを見回した。

 テーブルの上の焼き菓子の横に、小さなメモが置いてあるのを発見した。「Eat me!」と書かれている。焼き菓子は、よく見れば程よく焼けたクッキーだった。中心にはキラキラと光る赤いイチゴのジャムがのっていて、とても美味しそうだ。

「食べていいんだよね」

 そっとクッキーをひとつまみした翠は、大きな口の中にクッキーをぽとんと落とした。微かに甘い物体を二回、三回と咀嚼し、嚥下する。すると不思議なことに、翠の体はみるみるうちに縮んでいき、部屋を見上げられるほど小さくなってしまった。

 しかし翠の体は予想以上に小さくなりすぎていた。先程まで見下ろしていたはずのテーブルの脚が、今や巨大な高層ビルのように聳え立っている。

 これでは移動もままならない。今度こそ途方に暮れた翠は、その場に座り込んでしまった。

「何故そんな所で座り込んでいるっすか?」

 不意に声がして、翠は辺りをきょろきょろと見回した。しかし声はすれども姿が見えず。気のせいだったのかと思った矢先、今度は後ろではっきりと楽しそうな声が聞こえた。

「何で泣いてるッスか? 小さくなりすぎたからッスか? 目的地が分からないからッスか? それとも……自分の心に嘘をついてるからッスか?」

 ばっと後ろを振り向けば、そこにいたのは猫耳を生やした鉄虎だった。服装は流星隊のステージ衣装だったが、ご丁寧に虎柄の尻尾まで生えやしている。

「鉄虎くん、何してるの?」
「俺は鉄虎じゃないッス! チェシャ猫ッス! 俺をどこかの誰かと間違えるなんて、失礼なアリスっすね!」

 自称チェシャ猫は、頬を膨らませながら憤慨している。しかしどこをどう見ても鉄虎だ。チェシャ猫と名乗っているところを見ると、守沢の見立て通り、この夢は不思議の国のアリスになぞらえているらしい。

「俺はアリスじゃない、高峯翠だ。あと泣いてないし、嘘もついてない」

 ムキになって言い返せば、目の前の鉄虎、もといチェシャ猫は半月みたいににっと口角を上げて笑った。

「へぇ、おかしいッスね。君は自分をアリスではないというけれど、その証拠がどこにあるッスか?」

 自分がアリスではない証拠と言われ、翠はぐっと言葉を詰まらせた。そんなものある訳がない。自分の存在を証明する確固たる証拠がないように、自分がアリスではないと証明する証拠もまた存在しないのだ。

「証拠は、ない。それでも俺は高峯翠だ」
「なるほど。じゃあ高峯翠という名のアリス。君はどこに行きたいッスか?」

 問われた翠は口を開いた。

「だからアリスじゃないってば……。そうだな、とりあえずこの部屋から出たいかな」

 チェシャ猫は面白そうに笑い声を上げた後、その場でふっと姿を消してしまった。後に残るのは彼の声だけだ。

「やっぱりおかしなことを言うッスね。扉なら真っ直ぐ行った先にあるッスよ。けれどそれは君の向かうべき場所じゃないッス。君は、一体いつになったら、自分の向かうべき場所に気付くッスかねぇ……」

 それっきり鉄虎の姿をしたチェシャ猫は消えてしまった。一人取り残された翠は、しばらくそこに佇んでいたが、やがてチェシャ猫の言うとおり、ただひたすら真っ直ぐ白い床を歩き始めた。

 ◇

「翠くん、おーい、翠くん! 起きるっすよ~!」

 肩を叩かれ高峯の意識はゆっくりと浮上した。どうやら机に突っ伏して寝ていたらしい。頭の痛みは取れているものの、朝よりも眠気がひどくなっていた。隣には同じクラスの南雲が立っていて、心配そうにこちらを見下ろしている。

「翠くん、大丈夫ッスか? もうすぐ昼休みも終わりそうだっていうのに、全く起きる気配がないから、つい起こしちゃったッス」
「あぁ、ごめん。ありがとう……南雲くん」

 一瞬夢の世界のチェシャ猫が頭をよぎり、南雲のことを何と呼べばいいか迷ってしまった。そんな葛藤を知る由もなく、南雲は別に構わないッス!と答えた後、自分の席へと戻っていった。

 それと同時に昼休みを告げる鐘が鳴る。眠気は相変わらず滾々と湧く泉のように生まれてくる。守沢の言うとおり、今日はもう帰った方がいいのかもしれない。ため息を吐いた高峯は早退するため、鞄を取り席を立った。

 ◇

 これで三度目か。いい加減この夢を見るのも慣れてきたな、と翠はスカートの裾を持ち上げながら溜息を吐いた。

 全てのものが大きくなってしまった部屋の中で、翠は白い壁に埋まった一つの扉を見つけた。その真っ赤な扉は小さくなってしまった自分と丁度同じくらいの大きさで、今の翠なら問題なく通れそうだった。

 ノブ式の金色の取っ手を掴み、捻る。その先に広がっていたのは森だった。太陽の光が差さず、薄暗いその森の中には至る所にキノコが生えている。そのキノコの大きさと言ったら、子供の翠の身長の二倍は優にある。森は森でもキノコの森だな。じめじめとした空気に嫌悪感を露わにしながらも、立ち止まることはできないと翠は決心し、森の中を進み始めた。

 進めども進めども、あるのは陰気な木とキノコばかり。辟易した翠は近くにあった木の幹に背を預け、その場に座った。黒いエナメルの靴を履いた脚が、棒のように感じられる。 一体どこまで進めばいいのだろうか。この前会ったチェシャ猫の言葉を思い出す。この夢の中でアリスの向かうべき場所と言えば裁判があるハートの女王の城だ。しかし翠はアリスではない。ならば、翠の向かうべき場所とは、一体何処なのだろう。うんうんと考え込んでいると、木の上に何かの気配を感じた。ふと見上げれば、木の枝の上に虎柄の猫耳と尻尾がゆらゆらと揺れている。

「あ、鉄虎くん」
「だから! チェシャ猫だって言ってるッス!」

 耳と尻尾がぴんと天を向く。どうやら怒っているらしい。その中途半端な姿のまま、チェシャ猫は翠に話しかけてきた。

「高峯くんという名のアリス。自分の向かうべき場所が分かったッスか?」
「いや、さっぱりだよ。でもこれがアリスの夢なら、いずれマッドハットとか三月兎とかにも出会うのかな」

 そう答えれば、チェシャ猫は嬉しそうに飛び跳ねた。

「これが夢だと分かっただけでも、君は昨日より、今日より、そして明日より賢い君になったッス! そう、これは夢。ただし高峯くんという名のアリスの夢! 君の向かうべき場所は、君自身が決めるッスよ。今、君はその口で向かうべき場所を言ったッス。後は向かうために歩くだけッス!」

 さぁ早く! と急かすチェシャ猫はすぅっと空気に溶けていく。消えかかる不思議な猫に向かって、翠は叫ぶ。

「でも場所が分からないんだ! どこまで歩いても同じ景色だし、せめて方角だけでも教えてよ!」

 しかし返ってくるのは笑い声だけ。翠は悲しくなると同時にとても腹立たしくなった。こんなに助けを求めているのに、チェシャ猫は翠を放っていなくなってしまったのだ。お使いの途中で迷子になってしまった子供のように、顔をくしゃりと歪めた翠は、それでも痛む脚を引き摺りながら歩き始めた。

 ◇
 
「高峯は休みか……」

 ユニットで集まって行うダンスレッスンに高峯の姿はなく、守沢は珍しく沈んだ声で呟いた。

「昨日すごく辛そうで、学校も早退してたッス」

 南雲が腕のストレッチをしながら守沢に答える。

「心配でござるな……。拙者達に出来ることがあれば何でもするんでござるが……」

 大きな鏡の前で腕を組む仙石に、深海が頷いた。

「でも、こればっかりはぼくたちじゃどうしようもないかもしれないですね」
「深海先輩、翠くんの体調不良の原因分かるッスか?」

 驚きの声を上げた南雲に、深海はまたもやこくんと頷く。

「なんとなくだけど。ね、ちあき」

 同意を求められた守沢は、肯定することも否定することもなく、じっとレッスン場の床を見つめた。その顔にいつもの元気な明るさはなく、どこか痛みに耐えるような重々しい静謐さが浮かんでいる。そんならしくない守沢の姿を見た一年生の二人は目を丸くした。

「どうします? ほうっておきますか?」

 棘のある深海の物言いに、守沢は少し声を荒げる。

「そんな訳ないだろ。そんなのヒーローのすることじゃない」

 ちょっと出てくる、と言い残し守沢はレッスン場を後にする。その一連の行動を見ていた一年生は、驚きでしばらく声も出せないまま固まっていたが、やがて深海の「さ、できるれんしゅうを、さんにんでしていきますよー」という一声で、魔法を解かれたようにギクシャクと動き始めたのだった。

 ◇

 夢はいつだって都合のいいものだと思っていた。結局夢を見ているのは自分自身なので、ああしたいな、こうしたいなと少し思えば、夢はその通りに進んでいく。それが当たり前だったし、むしろそうあるべきだと思っていた。

 けれど、ここまで思い通りにいかない夢があっただろうか。翠は未だキノコの森を彷徨いながら、自分の見ている夢に対して舌打ちしたい気分だった。

 チェシャ猫と別れてからずっと、息が上がるのも構わず歩き続けたが、お茶会の会場に辿り着くどころか誰とも出会わない。鳥の声も聞こえない静まりかえった森に、翠の精神はもはや限界を迎えそうになっていた。

 休憩のため立ち止まり、大きなかさのキノコに背をあずける。そうすればまたチェシャ猫が現れるかと思ったが、いくら待てども猫は現れなかった。

 諦めてしまおうか、と翠はぼんやり考えた。どうしてこんなに辛い思いをしなければならないのだろう。それならばいっそのこと、ここで全部やめてしまっても構わないじゃないか。何もかもが嫌になった翠は、膝を抱えて蹲った。もう立ち上がることも億劫だった。

「君、大丈夫か? どこか怪我でもしたのかい?」

 翠ははっと顔を上げた。それは聞き覚えのありすぎる声だった。

「守沢、先輩……」
「違う違う! 俺はマッドハッター。しがない、いかれた帽子屋さ!」

 守沢の顔をしたマッドハッターは、値札のついたシルクハットをちょいっと上げて会釈をした。

「さぁ、お茶会の準備は出来ているぞ。君の席も用意してある。行こうではないか!」
「え! ちょ、引っ張んないで!」

 有無も言わさずマッドハッターの手が翠の幼い手を掴み、ぐいっと引っ張る。引き摺られる格好で、翠は森の奥へと連れて行かれた。

 ◇

 昨日、高峯と一緒に歩いた商店街に、守沢は一人で訪れていた。目的地は一軒の八百屋だ。さて来てみたはいいものの、どうやって尋ねようか。近くの電信柱の下でうんうん唸っていると、思いがけず声を掛けられた。

「あら、確か守沢くんだったわよね」

 少し垂れ目がちな茶髪の髪を持つ小柄な女性が守沢の目の前に立っている。彼女は飾り気のない緑色のエプロン姿で嬉しそうに挨拶をした。

「いつもうちの翠がお世話になっております」

 守沢は初めて会った高峯の母親に、こちらこそと腰を折って挨拶を返した。

「高……み、翠くんの体調はどうですか? 最近調子が悪そうだったので、心配で……」
「もしかしてお見舞いに来て下さったのかしら? ありがとうございます。幸い熱は出てないから、病院に罹ることもなく今日一日、自分の部屋でぐっすり寝てます。きっと少し疲れが出てるだけでしょう」

 朗らかに笑う高峯母は、そうだとばかりに手を叩いた。

「せっかく来たんですから、翠に会ってやって下さいな。きっと喜びます」
「でも、安静にしてた方がいいんじゃないですか?」
「大丈夫ですよ。というよりも、ちょっと寝過ぎなので起こしてきてもらえると助かります。私はまだ店のことやらなきゃいけないし……」

 それに、と彼女は高峯にそっくりな顔でふわりと微笑んだ。

「翠ったら、家では守沢くんの話ばかりするんです。大好きな先輩がお見舞いに来てくれたら、きっと喜ぶと思うから」

 それじゃあ、お願いしますねと言葉を残し、高峯母は野菜を買う客の方へ走り去ってしまった。残された守沢は赤くなった顔を隠すように片手で額を押さえる。

「大好きな先輩って……。これは聞かなかったことにした方がいいのか?」

 守沢は照れ隠しに咳払いをした後、八百屋の二階にある高峯の自室へと足を運んだ。

 ◇

 マッドハッターに手を引かれた翠は、その足並みに追いつくため必死に歩いた。何せマッドハッターは高校生の千秋の身長なのだ。今や子供体型になってしまっている翠では、一歩のリーチが格段に違いすぎる。

 ふぅふぅと息を吐きながらしばらく歩くと、キノコの森はぐんぐんと遠ざかり、辺りは赤や白い薔薇の植え込みが生い茂る、日当たりのいい庭園へと移った。あまりにも突然風景ががらりと変わったので、翠は何度も瞬きを繰り返した。

「さぁ、到着だ!」

 案内された広場には白いテーブルクロスが敷かれた長机と、アンティーク調の可愛らしい白い椅子が三脚置かれていた。テーブルクロスの上には色とりどりの茶菓子と、大きなティーポットが二つ置かれている。

 三脚ある内の一脚には、既に先客がいた。焦げ茶の長い二つの耳をぴくぴくさせながら椅子の上でお茶会を待っているのは、おそらく三月兎だ。しかしどう見ても、その姿は同じ学年の同じユニットメンバーである仙石忍だ。

「帽子屋、遅かったでござるな。早くお茶会を始めるでござるよ!」
「分かった分かった。さぁ、アリスはどうぞこちらへ」

 アリスじゃないと反論しようとした翠だったが、守沢の顔をしたマッドハッターが嫌に優雅に椅子を引くものだから、結局何も言えず席に着くことになった。マッドハッターは翠が椅子に座ったことを確認すると、自身もその隣の席に腰を下ろした。

「さて諸君、役者も全員そろったことだ。終わらないお茶会を始めようではないか!」
「待ってたでござる!」

 いぇーい!と無駄にテンションの高い二人を見て、お茶会ってこんなノリでやるものだったっけ?と疑問を抱いた翠だったが、もう突っ込む気力もあまり残っていないことも事実だった。なるようになれ、と目の前に置いてあったティーポットを持ち上げ、カップに紅茶を注ごうとした。

「あ、ちょっと、ゆらさないでください……」

 微かな声が、何故かティーポットの中から聞こえた気がした。嫌な予感がしてティーポットの蓋を開けた翠は、中を覗いて思わず絶叫した。

「深海先輩! そんなとこで何やってんですか!」

 ティーポットの中には紅茶ではなく、透明な水が入れられていた。つんと漂ってくる磯の香りから察するに、おそらく海水だろう。さらにその海水の中にはネズミの耳と尻尾をつけた深海が気持ちよさそうに揺蕩っていた。ご丁寧に溺れないぐらいの水位を保っているのが、どこか憎らしく感じる。

「やぁ、アリス。これはぼくの『ぷーる』だから、もうひとつの『てぃーぽっと』から『こうちゃ』をついでほしいな」

 眠そうに海水に揺られる深海は、やがて大きな欠伸を一つすると、本当に浮かんだまま寝入ってしまった。何も見なかったように、翠はポットの蓋を閉めて、そっと机に置く。

「どうやらハズレを引いたようだな、アリスよ」
「初めてだから仕方ないでござるな」

 戸惑っている翠を見て、マッドハッターと三月兎はけらけらと笑いながら、自分のカップに紅茶を注いでいく。そして並々と紅茶が注がれたカップを持って、二人は高らかに声を上げた。

「「誕生日を祝して! そして誕生日じゃない日にも、万歳!」」

 そして一気に紅茶を飲み干し、再び笑い声を上げた。翠も紅茶を飲もうとして、眠りネズミが入っていないポットを手に取ったが、いくら傾けても紅茶が出てくる気配がない。おかしいなと思いながら蓋を開ければ、そこには紅茶ではなく星の形をした金平糖がぎっちりと詰められていた。

「あー! もうやだ! 訳わかんないよ、この夢! もうこんな夢沢山だ!」

 一連のあべこべな現象に、翠は遂に頭を掻き毟りながら発狂した。涙声の絶叫に、マッドハッターと三月兎はぽかんと口を開けたまま翠を見つめていた。眠っていたはずのネズミまでもが、ポットの中から目だけを出して翠を見る始末だ。

 ギャラリーの視線を一身に集めながら荒い息を吐いている翠に、静かに声をかけたのはマッドハッターだった。

「けれど、この夢を望んだのはお前だぞ、アリス」
「守沢先輩まで! 俺は、アリスじゃ、ない!」
「そうかな? けど、お前は確かに望んだんだ。この状況がいつまでも続けばいいって」

 その言葉に翠は驚き、マッドハッターを凝視した。マッドハッターの赤い瞳がじっとこちらを見ている。その瞳にはぎらりと赤い炎が灯り、見つめる翠をじりじりと焦がしていくような厳しさを孕んでいた。

「この不思議な国を作り上げたのも、終わらないお茶会を望んだのも、全部お前だよ。お前は自分の感情を殺し、夢の世界に逃げ込んだ。ここでは何も変わらない、永遠に意味の無い行為が繰り返され、終わらないお茶会が開かれる。そうすれば、誰も傷つくこともないし、誰かを傷つけることもないからな。でも、現実のお前はどんどん起きる時間が短くなっている。このまま行けば、永遠に覚めない眠りの中、俺達と一緒に面白おかしくお茶会を続けられるだろう」

 千秋の顔でマッドハッターは言葉を紡ぐ。

「本当にそれでいいのか? お前の向かうべき場所は、チェシャ猫に答えた通り、本当にお茶会の会場(ここ)で合っていたのか?」

 厳しくも、しかし優しい声でマッドハッターは翠に問いかける。

「……違う。俺の向かうべき場所はここじゃない。俺は……まだ守沢先輩に何も伝えてない」

 ぎゅっと胸の辺りを掴んだ翠は、いつしか自分の体が高校生のそれになっていることに気がついた。服装も流星隊の緑を基調とした衣装に変わっている。

 ふとマッドハッターを見る。そこには見慣れた守沢の姿があった。おかしな値札のついた帽子も、帽子屋の服も消え失せて、翠と同じステージ衣装を身に纏っている。辺りも薔薇の庭園ではなく、真っ白な空間が広がるばかりだった。三月兎の忍の姿も、眠りネズミの深海の姿もなくなっている。上も下も、右も左もないふわふわとした空間に立った千秋は、翠に笑いかける。

「夢はいつだって優しいもんだ。だからってそれに浸ってたらだめだ。俺もお前もアイドルで、ヒーローなんだ。夢は見るものじゃなくて見せるもの、だろ?」

 ウインクしながら言うものだから、思わず翠は吹き出してしまった。

「……相変わらず暑苦しいっすね」
「ちょ! お前、ここは感動する場面だろ!」

 台無しじゃないかと嘆く守沢を、翠はなおも笑いながら見つめた。悔しいけれど完敗だ。守沢への恋心を殺すはずだったのに、本人に逃げるなと言われては、自分を誤魔化すことさえ出来ないではないか。

 ひとしきり笑った後、幾分晴れやかな表情になった翠は千秋に宣言する。

「目覚めたら、一番に守沢先輩の所に向かいます。この際、玉砕前提で告白するんで、覚悟しててください」

 挑発するように口元に笑みを浮かべながら目を細めると、千秋は勢いよく頷く。

「ああ、待ってるぞ」

 翠の視界がぼやけていく。

 夢が終わるのだ。

 崩壊は思っていたよりも穏やかで、未来への希望と甘やかな恐怖を孕んだまま、きらきらと輝きながらゆっくりと閉じていった。

 ◇

 守沢は扉を開いた。香ってきた部屋の匂いに、柄にもなく心臓がどきりと跳ねた。高峯の匂いがする。たったそれだけのことだが、高峯のパーソナルスペースに足を踏み入れた緊張感で、守沢は面白いほど体が固まっていくのを感じた。

 部屋の奥にはベッドがあった。死人のように青白い顔をした高峯が、静かに寝息を立てている。まるで生気を感じないその光景を見て、守沢はひゅっと喉が締め付けられるほどぞっとした。足音を殺して近付き、まるで壊れ物を扱うように、そっと高峯の頬を親指の腹でなぞった。

「高峯……俺はお前に謝らなくちゃいけないんだ」

 だから起きてくれという願いを込めて、布団の中の高峯の手をぎゅっと握った。

「守沢……先輩?」

 掠れた声が守沢の耳に届いた。伏せた顔を上げれば、茫洋とした翡翠の瞳と視線が交差する。

「高峯! 気がついたか! よかった……このまま起きないんじゃないかと思った……」
「何ですかそれ。寝てただけなんですから起きますよ。全く、いっつも大げさだなぁ……」

 高峯は上体を起こし、それからふと視線を一点に落としたまま固まった。守沢も視線を辿れば、守沢の手がしっかりと高峯の手を握りしめている。

「うおっ! すまん、つい……」
「いえ、あの、先輩。そのままでいいんで聞いてくれますか?」

 高峯は一回大きく深呼吸した後、守沢の手をきゅっと握り返してきた。高峯の手はびっくりするほど冷たくて、少し汗ばんでいた。

「俺、先輩のことが好きです」

 しっかりとした音を持って紡がれた言葉に、守沢は今度こそ息の根が止まるかと思った。心臓がどくどくと耳の裏でうるさいほど脈打っている。

「本当は言わないつもりだったんです。こんな気持ちは先輩にとって迷惑だろうし、嫌われたらって思うと怖くて言えなかった……」

 でも、と高峯はゆっくりと続ける。

「もう逃げるのはやめました。そんな格好悪いとこ、守沢先輩に見せたくないです」

 高峯は背筋をぴんと伸ばして、真っ直ぐに守沢を見つめた。

「振ってくれても構いません。それでも俺は、守沢先輩が好きです。ただ、俺の気持ちを知って欲しかったんです……」

 悲痛な声で呟かれるそれは、諦めの色が濃く滲んでいる。

「高峯……」
「はい」
「……実は、俺もお前が好きだ」
「そうですよね、分かってました……って、え? 今なんて言いました?」

 振られる前提で話を進めていた高峯が、信じられないという顔で、守沢に聞き返した。

「だから、俺もお前が好きだったんだよ」

 赤くなった顔を見られたくなくて、守沢は高峯から顔を背けた。

「俺は何となく、高峯が俺のこと好きなんじゃないかって気付いてた。お前、すげぇこっち見てくるし、触ろうとしたら大げさに逃げるし。でも、それは高峯が憧れと好意を勘違いしてるんだって勝手に決めつけた。まさか俺のこと本気で好きになってくれるとは思わなかったんだよ。だから、何食わぬ顔で今までと同じように振る舞おうとしてたんだ」

 ごめん、と消え入りそうな守沢の声に、高峯は呆然とする。

「気付いてたって……。マジかよ……。うわ、超恥ずかしいんですけど。鬱だ……、そうだ死のう」
「死ぬな高峯! 京都に行く感じのノリで言うのはやめろ!」

 必死に止めようとする守沢を見て、高峯は笑い始める。

「格好悪いっすね、守沢先輩。ヒーローなんですから、しっかりして下さい」
「う……。善処しよう」
「まぁ、そんな格好悪い所も含めて、俺は好きなんですけどね」

 高峯の普段見ることのない貴重なデレに、守沢は茹で蛸のように顔を赤らめるのだった。

 ◇

 それから数日が経った。高峯はすっかり体調も元に戻り、勉強に部活にアイドル活動と忙しい日々を送っている。

 ふとあの夢のことを考える。不思議な夢だった。あの夢を見なければ、高峯は守沢に告白することもなかっただろう。

 でも何故あんな夢を見たのだろうか。もしかして潜在意識の中にああいった願望があるのだろうかと思い悩んだが、いやいやそんなことはあり得ないとすぐさま否定する。子供の姿だったからまだ許せたものの、やはり身長のある男が女装するのは些か気持ちが悪すぎる。

 あまり考え過ぎると、またあの夢を見そうで怖かったため、高峯は気持ちを切り替えダンスレッスン室へと向かった。

「翠くん、元気になったんでござるね!」
「よかったッスー。心配してたッスよ」

 先に来ていた仙石と南雲が高峯に駆け寄ってくる。

「ごめん。心配してくれてありがとう」
「ほんとですよ。これからはひとりでなやまず、みんなに『そうだん』するんですよー」

 にこにこと笑う深海だったが、言葉の裏に有無を言わせない強さを感じて、高峯は素直にすいませんと謝った。

「よし、流星隊が全員揃ったところで、次のイベントに向けた練習を行うぞ!」

 一際大声で取り仕切ったのは守沢だ。高峯を一瞬見た守沢はふっと微笑む。愛しい者を見る甘い視線に、高峯は直視出来ずに目線を外しながら短い返事をした。

「隊長、今度のイベントは何でござるか?」
「うむ。次回はこれで行こうと思う」

 守沢は一枚の企画書をメンバーに見せる。そこには黒々とした文字で「不思議の国のアリスイベント」と書かれていた。

「絶対に、嫌です!」

 先日の悪夢が蘇り、高峯は断固拒否する。

「まぁそう言うな、高峯。似合うと思うぞ? アリス役」
「俺がアリスやること前提!? まじでやめてください! つか、あんた見たいだけでしょうが!」

 悲痛な叫びと楽しそうな笑い声が部屋の中に響く。高峯と守沢の姿を見た残りの三人は、お互いに顔を見合わせる。

「あの二人、何か雰囲気変わったッスか?」
「前にも増して距離が近くなったような気がするでござる」
「おちつくべきところに、おちついたんじゃないですか?」

 未だ言い争っている二人を見て、深海はふふっと穏やかに微笑んだ。
 ちなみに、アリスコラボは高峯の強い反対にあい、別のユニットにやってもらうことになりました。



友人への贈り物として書かせていただきました。
懐かしい……。文章が今と全然違う。ある意味とても新鮮だ笑
うん、すごく書き直したい。がしかし、あえてこのままで。
2018.5.25 pixiv掲載
2022.4.23 サイト掲載