オレンジ・ホイップ

・リア友、笹槍ノギさんの一次創作『Halloween Alice』を、せとりが二次創作したお話です。
・『Halloween Alice』は、ハロウィンテイストのハイファンタジー小説です。
・今回は主人公である魔女のアリスちゃんと、帽子屋ヴァーレンハイトさんのお話を書かせていただきました。










 暖かな陽だまりに包まれた昼下がりの公園。その入り口に立ち、アリスは両手を突き上げ背筋を伸ばした。

「うーん、やっぱり春は最高ね! 日差しも暖かいし、まさに絶好のお茶会日和だわ!」

 広がる空はどこまでも青く、その中を白い雲が優雅に泳いでいる。
 小鳥は頭上で歌い、どこからともなく花の香りを運んできた風が、アリスの鮮やかな緑の髪をそっと撫でていった。

「そんなこと言いつつ、雨が降ろうと槍が降ろうと、貴女はいつだってお茶会をしていますよね」

 天気は関係ないでしょうと、呆れ顔で溜息を吐いたのはアルビノの吸血種、ヴァーレンハイトだった。
 きっちりとした黒いスーツ調の服に身を包んだ彼の腕には、あまりにも似つかわしくないファンシーな色合いのバスケットが提げられていた。中には二人分のティーカップと、彼謹製のホイップカスタードのシュークリームが入っている。

「気分の問題よ! どんより曇った、うす暗ーい部屋でお茶を飲むよりも、お天道様が笑ってる明るい場所で飲む方が心も晴れやかになるってもんでしょ」
「はぁ。そういうものでしょうか……」

 ヴァーレンハイトはピンと来なかったのか、いつにも増して気のない返事をした。彼の深紅の目は、白い髪を透過してきた陽光を避けるように限界まで細められたままだ。
 それもそのはず。ヴァーレンハイトは吸血種の魔族で、おまけにアルビノ。日光は大敵だ。普段は不便だからと防護魔術をかけているらしいが、やはり本音を言えば得意ではないのだろう。
 一瞬だけ。ほんのちょっとだけ。無理やり連れてきて申し訳ない気持ちにはなった。しかし家の中で毎日開かれる変わり映えのないお茶会に飽き飽きしていたのも事実。アリスだって、たまには気分を変えて美味しいお茶とお菓子を堪能したかったのだ。
 それにしても文句も言わず、日の下でのお茶を共にするあたり、ヴァーレンハイトは律儀というか何というか……。
 いや、たぶん無理を押してでも付いてこなければならないと言った方が正しい。なんてったって、彼のペナルティは『お茶会をしなければ子供の姿になってしまう』なのだから───。

 大人二人で近くのベンチに腰を下ろし、お茶を淹れる。用意はヴァーレンハイトがやってくれている。好意に甘え、アリスは何をするでもなく、ぼんやりと辺りを見渡した。
 公園には誰もいない。いつもなら街の子供達に占領されている滑り台やブランコも、今日ばかりは閑古鳥が鳴いている。
 それもそのはず。街の住人は数日後に迫った春告祭の準備で忙しいのだ。
 春告祭───。
 住居や街道を生花や飾りで装飾し、春の到来を祝う季節祭だ。街一丸となって催されるその祭りは、大人はもちろん子供も例外なく準備に駆り出される。そのため、この時期の公園は閑散としていた。
 魔女であるアリスも飾り用の資材を調達したり、高所の飾りつけをしたりといった依頼で毎年のように忙殺されている。しかし今年はヴァーレンハイトがいるため、仕事をこなすスピードが二倍以上となった。おかげさまで頼まれていた急ぎの依頼は、あらかた片付けることができていた。
 この時期に外でのんびりできるだなんて。まさに奇跡。持つべきものは有能なパートナーだ。以前の問題児(変態ネコ)だと、こうはいかなかった。
 ───思い出すんじゃなかった。過去に受けた被害の記憶が蘇ってくる。段々と歪んでいく顔を止められず、アリスの口から堪えきれなかった軽い舌打ちが漏れ出た。

「アリス、どうしました? 苦虫を大量に噛み潰したような顔になってますよ」
「誰がブサイクで変な顔ですって? 失礼ね。……ちょっと昔のことを思い出してただけよ。気にしないでちょうだい」
「そこまで言った覚えはないんですが……。はい、こちら。本日のオヤツです」

 機嫌なおしてください、という一言と共に差し出されたシュークリームを受け取る。包み紙に包まれたそれは、まだ口をつけてないにもかかわらず、鼻腔を甘い香りで満たしてくれた。
 脳内を占領していた嫌な奴の記憶がキレイに吹っ飛んでいく。もう二度と帰って来るな、と心の中で吐き捨てながら、アリスはシュークリームを口いっぱいに頬張った。

「おいしー! アンタ、お菓子作りの腕また上げた? このホイップカスタードの甘さ加減と割合なんて絶妙すぎるわ。オレンジティーの爽やかさも相まって、いくらでも食べられそうだし」

 シュークリームをペロリとたいらげ、カップに注がれた熱い紅茶に口をつける。最上の幸福感に包まれながら、アリスは二つ目のシュークリームに手を伸ばした。

「お褒めいただきありがとうございます。……まあ、アリスが好きそうな味に仕上げたので、当然といえば当然、なんですがね」
「ん? 何か言った?」
「いえ何も」

 アリスが夢中になっている一方で、ヴァーレンハイトはオレンジティーだけを黙々と啜っている。
 おそらく味見で既に何個か食べてきたのだろう。そういうときは決まって、甘いものを口にしないのが彼の癖だと最近気づいた。
 それもそうか。糖分の過剰摂取は体に悪いしね。……カロリーとか、隣の吸血種が気にしたことあるのかは謎だけれど。

「おやアリス、ついてますよ」

 思考を半強制的に断ち切られ、アリスはキョトンとヴァーレンハイトを見つめる。ここ、と彼は自身の口元を指差していた。
 ついてる? あ、シュークリームの中身がついてるのか。
 指し示された場所を指で拭って確認する。
 ……あれ? 何もついてないじゃない。

「違います、逆です」

 ついっ、と、ヴァーレンハイトの腕が伸びてアリスの口元を拭った。確かに、触れられたのは自分で拭った方とは全く逆だった。
 ありがと、と軽いお礼を挟みつつ、バスケットに入れてあった布を取り、ヴァーレンハイトに渡そうとした。
 しかし───。

「うん。やはり今日のホイップクリームの出来はいいですね。また再現できるようにしておきましょうか」

 あろうことか、彼はそのままクリームのついた指を舐めとった。
 ちょっと、待て。それ。私の口元に、ついてた…………。

「ぎゃああああああ! ちょ、何してくれてんのよ、この変態吸血種!!」
「ご近所さんに誤解される不名誉な呼称はやめていただきたいのですが」

 どうして罵られているのか理解できない、とヴァーレンハイトは眉を顰め首を傾げている。
 信じられない! 普通やらないでしょ!? あ、あれか? ながーく生きていると、そこらへんの距離感とか倫理観とかモラルとか、ぶっ壊れてくるのかしら!?
 アリスは紅茶とシュークリームを怒りに任せて胃の中に仕舞い込んだ。後片付けもそっちのけでベンチから立ち上がると、駆け出すように公園を後にした。
 後ろで「アリス!? ちょっと待ってください!」と珍しく焦るヴァーレンハイトの声が聞こえたけど構うもんか。今日のお茶会は終わり! 終了、解散!
 アリスは跳ね回る自分の心臓に激しく首を振る。

 違うんだから!
 ムダに顔が良くて照れたとか。
 やたら所作が優美で見惚れたとか。
 断じてそんなんじゃない!
 あんなヤツに……ときめいてなんかないんだからー!
 真っ赤な顔をしたアリスの声にならない叫びが、春の青空に溶けて消えていった。

 その後、春告祭の準備に追われる街の中。
 ぷりぷりと怒るハロウィンアリスを、困ったように追いかける帽子屋さんがいたそうな。



本編ではここまで距離感近くない二人ですが、ゆくゆくはこんな感じでアリスちゃんがヴァーレントさんを意識し始めると嬉しいな(願望)。
あと春告祭とか、原作にない設定をぶっこんでいくあたり厄介な二次創作者ですよ、マジで。拾われるか、拾われないかは……神のみぞ知る、というやつですね。
とにもかくにも『Halloween Alice』発刊おめでとうございます。続刊を楽しみにしています。
2022.2.20