いっぱい食べる君が好き

・「鬼灯の冷徹」の二次創作。
・白澤×鬼灯。


以上、生暖かい目で見ていただければ幸いです。





 とこしえの春が横たわり、花咲き乱れる桃源郷。その一画に居を構える薬屋───うさぎ漢方 極楽満月堂───は中国のありがたい神獣と、日本の御伽噺の主人公が営む平和な店だ。しかしのんびりとした雰囲気をぶち壊すように、突如似つかわしくない、どん、という激しい扉の開音が店中に響いた。

「たのもおおぉぉ!」
「ぎゃあああ!」

 扉のすぐ近くの薬棚で材料を漁っていた白澤の口から、大袈裟なくらい大きな悲鳴が発せられる。手にしていた小さな薬壺を落としそうになるも、何とか空中でキャッチした白澤は来訪者を確認する否や、きっ、と睨みつけた。

「お前は普通に入ってこれないのかよ! 危うく落とすとこだったじゃないか!」

 お前と呼ばれたのは、頭に一角を持つ、地獄の鬼神、鬼灯だ。

「すみません。こういうのは勢いが大事だと思いましたので」
「他のお客さんが来てなかったからよかったものの、普通に営業妨害だからな!」
「そこは事前に扉の隙間から覗いて、ちゃんと店内を確認したので大丈夫です」
「気遣いの方向性が間違ってることに気付けぇ!!」

 白澤が不機嫌を露わに、ガリガリと白い頭巾の上から頭を掻きむしった。

「そんなに掻いたら毛根が死滅して禿げますよ?」
「うるさい! 僕は禿げないっ!」
「あ、鬼灯さま。いらっしゃってたんですね」

 咆える白澤を他所に、店の奥から出てきた桃太郎が鬼灯に軽く頭を下げた。鬼灯も無駄のない折り目正しい会釈で返す。

「お疲れ様です。毎日こんな駄獣の相手も疲れるでしょう?」
「いやー、もう流石に慣れましたよ」
「……二人とも僕の扱い、雑過ぎない?」

 流石に泣くよ? と声を震わせる白澤だったが、二人は全く意に介さず世間話を続けている。いいよ、いいよ。そんなに邪険にするなら僕だって無視するもんねー、とこれ見よがしに大きな独り言を言い、再び薬棚に向かった白澤だったが、次の瞬間、後ろから右耳につけてる紐飾りを鬼灯に思い切り引っ張られた。

「痛い痛い痛い! 耳がっ! 取れる!」
「何故私がここに来たか、お忘れですか。これだからボケの進行した老人は困るんです。貴方に頼まれてた金魚草の納品のため、こうして桃源郷までわざわざ出向いてあげたんですから、お礼くらい言ってもバチは当たらないと思いますよ」
「文句が長いっ! しかもバチ当ててるじゃん、現在進行形で!」

 痛ぶって満足したのか、鬼灯は割とあっさり白澤の耳飾りから手を離すと、白澤の顔の前に金魚草が詰まった袋を差し出す。

「まったく……。もう少し穏やかに渡してくれたら素直に感謝してやるのに」
「貴方に感謝してもらっても嬉しくないので、丁重にお断りします」

 可愛くねぇの、と悪態を吐きながらも、金魚草入りの袋を受け取り、代金を支払おうと桃太郎に声をかける。しかし、それは鬼灯によって制止された。

「お代は結構です」
「は? 何で?」

 タダで譲ってくれるとか? と問う白澤に、鬼灯は華麗に無視を決め込んで桃太郎へと向き直る。

「桃太郎さん、明日一日、この白豚をお借りしてもよろしいですか?」
「あ、それはもう。ご自由にどうぞ」

 意味が分からず眉を顰めていると、今度は白澤の目の前に、ずいっと一枚の紙切れが差し出される。

「何これ、チラシ?」
「現世のお店なんですが、ここの甘味が美味しいと評判らしく、是非食べに行きたいのです」
「行けばいいじゃん」
「……貴方は文字が読めないのですか」

 ここ、と鬼灯の節張った指の指し示す箇所には、派手な飾り文字で但し書きが添えられていた。
『限定ジャンボフルーツパフェは、当店の激辛坦々麺を注文された方のみにご提供させていただきます』

「はっはーん……。なるほどね」

 白澤はにやりと片側の口角をいやらしく持ち上げた。

「お前火鍋粉だったもんな。頼んだはいいが自分じゃ食べられないから、僕を一緒に連れて行こうって腹だな」
「突然取れた休みに付き合える暇人で、かつ辛いものが平気な生き物が貴方しかいなかったんです。心の底から不本意ですが付き合ってください。つか、付き合え」

 何故か人を殺しそうな眼力で詰め寄られ、白澤はたじろぎながらも、はいはいと返事した。

「人をいつも暇人みたいに言うな。仕方ないなぁ。金魚草の金額分なら付き合ってやるよ」
「あざーす! 全額ゴチになります!」
「頼んでる側で、よくそれだけ厚かましくなれるよね!? メンタルどうなってんだよ! まぁいいや。待ち合わせは現地集合でいいの?」

 チラシを受け取り、場所を確認していると、鬼灯が首を横に振る。

「いえ、一度閻魔庁に寄ってください」

 流石にあのジジくさい格好で来られると困ります、と失礼だが的確な鬼灯の指摘に、側で会話を聞いていた桃太郎が力強くうんうんと頷いていた。

 ◇

 白いTシャツにベージュの七分丈のスキニーパンツを半ば無理矢理着せられた僕は、いつもの黒を基調とした私服を着込み、角をキャスケット帽で隠した鬼灯と一緒に件の飲食店にやって来た。
 昼時ということもあってか、ぐっと絞ったオレンジ色の照明に照らされた、アジアンテイストな内装の店内は満席状態だ。客層はどちらかと言えば女性の方が多く、真向かいに座った仏頂面の鬼灯を視界に入れなければ、そこそこに楽しめるシチュエーションだった。目があった別席の若い女の子に適当に手を振っていると、これ見よがしにため息をぶつけられる。

「相変わらず節操がないですね。よくもまぁ飽きないものです。逆に感心しますよ」
「魅力的な女性がいたら声を掛けるのが僕の信条だから。そういう欲がなくなったら、男としてどうかと思う」
「全世界の男がお前みたいに見境ないやつばかりだと思うな。普段ならダサい服装で見向きもされないジジイのくせに」

 ずばりと言い当てられ、僕は押し黙った。時々現世に遊びに行く時もあるが、ここまで女性受けはよくない。むしろ遠巻きにされている節だってあるから、鬼灯の指摘は全くもって的を射ている。しかし素直に認めるのも悔しくて、僕は鬼灯のコーディネートにおける唯一の失態を指摘してやった。

「坦々麺食べるのに白シャツって嫌がらせでしかないだろ」
「汚したら買い取ってもらいますんで」
「本当に嫌がらせだった!」

 押し売りもいいところだ、と言おうとした矢先、店員が水の入ったグラスとおしぼりを持ってきた。

「ご予約されていた加ヶ知様ですね。すぐにお料理お持ちいたしますので、少々お待ちください」

 にこりと笑い、去っていく店員の後ろ姿を見つめながら、僕は鬼灯に小声で尋ねる。

「予約してたの?」
「しないと食べられませんから。さすがに注文を受けてから作ったんじゃ、間に合わないと思いますし」

 どういうことだろうか。鬼灯の言をいまいち理解できないまま、運ばれてきた氷入りのグラスに口をつけた。



 ほどなくして、それは僕たちの前に現れた。
 目の前に置かれた甘味、もとい物体は、世間一般で言うパフェというものの大きさを、かなり逸脱したものになっていた。まず盛られた器。丸底に円錐を逆さにしたガラス製の器は一見清楚な雰囲気を感じさせるが、高さは30センチ、口の広さは成人男性の手のひらよりも大きく、全く可愛げがない容れ物に仕上がっていた。さらに器自体の強度を増すためなのか、かなり分厚い造りになっているのも拍車をかけている要因なのかもしれない。
 そして肝心の中身だが、事前に渡されていたチラシには「フルーツパフェ」と記載されていた。うん、確かにフルーツが乗っている。めちゃくちゃたくさん。イチゴ、キウイ、バナナに続き、マンゴー、パイナップル、エトセトラ。これでもかというぐらいに盛られているものだから、くし切りの皮付きのオレンジなんて半分以上器からはみ出しており、絶妙なバランスで辛うじて中に収まっている。
 何よりも目を引くのは、器よりも遥かに高く盛られたバニラアイスだった。上からチョコソースをかけられたそれのおかげで、向かいの席に座る鬼灯の顔が隠れてしまっているぐらいにデカい。アイスの至る所にハリネズミのように突き刺さってるチョコの棒菓子も気になるポイントだった。

「いやー、圧巻です。ここまでの大きさになると盛り方も芸術の域に入ってきますね」

 鬼灯がパフェをあらゆる角度から眺めている。周囲に目をやれば、皆一様にスマホを取り出し、パフェの写真を一心不乱に撮っている。もしかしなくとも、これを頼むのって、かなり珍しい部類なんじゃないだろうか。

「お前、本当にそれ食うの?」

 おそるおそる尋ねてみると、鬼灯はパフェの向こうから怪訝な顔を覗かせた。

「当たり前じゃないですか。これを食べにきたんですから」

 いただきます、と手を合わせた地獄の補佐官は、そびえ立つバニラアイスの山に、ぐさりと銀色のスプーンを突き刺した。そのままもぐもぐと無言で食べ続ける鬼灯を見つめながら、僕は何だかとてつもなく小さく感じる普通サイズの坦々麺を、そっと口に運んだ。



「ご馳走様でした」
「マジで食い終わった……」

 空になったパフェの器を呆然と見つめ、僕は思わず呟いた。大食漢とはいえ、いくらなんでも食い過ぎだろう。

「見てるこっちが胃もたれしそうだわ」
「そういうのは、あまりなったことありませんね」

 顔色ひとつ変えない鬼神は、僕の空になった器をじっと見つめる。

「そちらの坦々麺は美味しかったですか?」
「ん? あぁ、おいしかったよ。本場に比べたら優しいぐらいの辛さだったけど、出汁が効いてたから飽きることなく食べられたかな」
「そうですか。それはよかった」

 というわけで、と鬼灯が伝票を僕に渡す。

「約束通り、お会計お願いします」
「はいはい。じゃあ店の外で待ってなよ」

 席を立ち僕はレジへ向かい、鬼灯は店の外へ姿を消す。店員に代金を支払っているとき、唐突に思い出した。そういや、あいつの死因って確か───。

「お客さま? どうかなさいましたか?」
「へ? あ、いや。何でもないよ。お釣りありがとう、可愛いお嬢さん」

 お釣りを差し出した女性店員にとびきりの笑顔を贈れば、彼女の頬にさっと朱がさした。バイバイと手を振って店を後にする。入り口のすぐ近くの壁にもたれた鬼灯が、スマホを片手に僕を待っていた。

「えらく上機嫌ですね」
「お前が選んだ服もたまには役に立つなぁと思って。何なら本当に買い取ってやってもいいけど?」
「……気に入ったのなら差し上げます。どうせ私は着ないタイプの色ですし」

 スマホを肩からさげたバッグの中に仕舞い、鬼灯は壁から体を離す。

「次のお店に行きますよ」
「うぇ!? まだ何か食べる気かっ!?」

 あれだけ甘いものを詰め込んだのに、まだ口にしようとする鬼灯を信じられない目で見つめる。きっとあの腹の中は、ブラックホールへと繋がっているに違いない。

「せっかく現世に来たんですから、今日は食い倒れツアーを計画してきたんです。もちろん、費用は白豚さん持ちで」
「おまっ! ……っはー。もういいや。好きなだけ食えよ。それぐらい奢ってやるから」

 ジリジリと夏の陽光に焼かれたアスファルトの上を鬼灯と歩きながら、僕は雲ひとつない空を見上げる。
 もしもこいつが「足りない何か」を埋めるために食べているのだとしたら。もしも「食べられず命を落とした」過去を、本人の気付かないところで引きずっているのだとしたら。
 鬼灯のことだから、そんな女々しいわけがない。絶対にただの大食らいという体質に決まっている。それでも一度考えてしまったら、もう気付かなかった頃には戻れなかった。

「何か白豚さんの優しさが気持ち悪いです」
「うるさいなぁ。いいから次の店に案内しろよ。さすがに僕は食べられないから、お前一人で食うことになるけどな」

 その後散々連れ回され、財布が空になるまで鬼灯にご馳走するハメになったのは、言うまでもないことだった。

 ◇

「ホント参った。あいつ遠慮もなしにバカスカ食いやがって。確かに奢るとは言ったけどさぁ!? おかげですっからかんだよ。これじゃ今月女の子達と遊びに行けないじゃん!」

 極楽満月堂の中、椅子に座って机を拳で悔しそうに叩く白澤と、そんなしょうもないことで嘆くなよ、と言わんばかりの視線を送る桃太郎がいた。

「そんなに食うんですか、鬼灯さまって」
「あれはやばいよ。大食い選手も真っ青なぐらいには食べてた。しかも何が怖いって、顔色ひとつ変えないで淡々と食べていくところだよ! 」

 白澤は椅子に座ったまま、背もたれへ体を預け、両手を頭の後ろで組む。

「でも全部完食してたし、少しも苦しそうにしないから、悔しいけど最後には気持ちよく奢っちゃってたなぁ」
「あー、分かります。自分が食べられないからこそ、食べられる人を見ると『すげぇ!』ってなっちゃうやつ。だからなのか、大食いの番組とか時々見たくなるんすよね」

 からからと笑い声をあげる桃太郎に、白澤はそういうものか、と心の中で返事をした。
 ───目を閉じる。現世の真夏日が陽炎の向こうで、まるで夢のように揺らめいている。いい夢か、悪い夢か。一概に決めることは難しいが、時々なら見てもいいかもしれないと思えるほどには、なかなか楽しい夢だったと白澤は小さく笑みを溢した。

 ◇

 鬼灯は自室で仕事着の帯をきつく締める。先日の休暇で弛んだ精神を引き締めるためだ。
 概ね予定通りに進んだ食い倒れツアーは、白澤の財布を空にした時点でお開きになり、二人は軽口を叩き合いながら、何事もなくそれぞれの在るべき場所に帰った。
 そう、何事もなく。

 忙しいスケジュールを何とか調整して、鬼灯が白澤を食事に誘った理由も。
 ジジくさいからと服を贈った理由も。
 奢りと称して、女性と遊ぶ交際費を全て使わせた理由も。

 何一つ、白澤は気付くことなく桃源郷に引っ込んでしまった。

「あれで本当に遊び人なんですかね。鈍いにもほどがあるでしょう」

 さて、次はどんな口実で引きずり回してやろうか。有能で知られる地獄の補佐官は、亡者への呵責と同じくらいの熱量を以て、神獣への自称嫌がらせを至極真面目に考えるのだった。



久しぶりに全巻読み直して熱がぶり返したので、勢いで書き上げたお話。
二人に現代デートしてほしかった……(でも付き合ってない)。
2021.8.30 pixiv掲載
2022.4.23 サイト掲載