キレイナモノ

スマホゲーム「メルクストーリア」のルチアーノ×ジャントール、ジャントール×ルチアーノ
どちらでも読めるBL小説です。全年齢対象、コゼットも出てきます。大丈夫な方のみ、スクロールどうぞ。






 その場所を見つけたのは偶然だった。

 見渡す限りの小さな黄色と白色の花。未来を紡ごうとする白い綿帽子。植物が織りなす光景の中に立ち、俺は感嘆の声を上げた。
 ただ、純粋に綺麗な場所に心が震えるのを感じた。
 だから大切な人達と、一緒に見たいと思ったんだ。






「ジャントール!コゼットちゃん!こっちだ、こっち!」

 俺は遠くを歩く二人によく見えるように、頭の上で大きく手を振った。ジャントールはコゼットの少し先を歩いていて、時々立ち止まっては、愛娘が追いつくのを待っているというスタンスだ。

「早く来ないと日が暮れるぞー!」

 多分まだ三時にもなっていない頃合だが、俺は早く来て欲しくて二人を急かした。ジャントールはチラリとこちらを一瞥し、次いでコゼットに何事かを言う。それから徐に膝を地面につけると、娘を抱えて一気に丘を走って登ってきた。
 五分もしないうちに、二人は俺に追いついてしまう。しかも女の子一人を抱いて走ったにも関わらず、ジャントールは少し息を乱している程度だ。

「はやっ! しかもほぼ息上がってないとか……体力お化けかよ!」
「これくらい普通だろ」
「パパはやーい!」

 コゼットはジャントールの首に掴まったまま、きゃいきゃいと歓声を上げていた。

「それで、一体ここに何があるんだ?」
「ああ……それはな……」

 あそこと指を差した先は、丘の合間にあるなだらかな窪地だった。そこは一面の黄と白の絨毯を敷いたように、小さな花が咲き乱れていた。
 死者の国は大陸の地下に広がる国だ。それ故に陽の光というものが限りなく弱く、そこに生える植物もまた、比較的日陰でも生きていける品種に限られてくる。しかしその窪地には、地表でしか見られないはずのものが咲いていた。

「うわぁ! きれーい!」
「これは……地表の花か。何とも珍しいな……」
「だろ!? たまたまこの近くの村に出張で来た時に散歩してたら見つけたんだよ。タンポポって名前らしいぞ」

 ドヤ顔でふんぞり返っている俺を横目に、ジャントールは空を見上げて、なるほどと呟いた。

「地表の僅かな切れ目から種子が落ちてきて、さらにそこから陽光が差し込んだことで花が咲いたのか」
「これぞ正に自然の神秘だろ? すっげぇ綺麗だから二人に見せてやりたいなーって思ってたんだ」
「パパ、見に行ってもいい?」

 コゼットはそわそわとしながら尋ねる。今にも走り出しそうな雰囲気だ。

「ああ。転ばないようにな」

 言い終わらないうちに、コゼットは丘を駆け降りていってしまった。残された大人二人も、少女に続いて丘を下る。

「見て! こんなに綺麗なお花がいっぱい! 黄色に、色違いで白もある! でも、この白いのは何だろう? ふわふわしてるけど……」
「それはタンポポの種だ。これが風に乗って飛んでいくことで、また別の場所で花が咲くんだよ」
「へー! ルチアーノおじさん物知りだね!」
「俺だってたまには勉強するんだぜ!」
「本当に、ごく稀だがな」
「ジャントール、一言余計だぞ」

 一頻り笑い合った後、ジャントールは横に立つ俺にぼそりと声をかけてきた。

「いきなり朝から出掛けるぞ、と家に押し掛けられた時は何事かと思ったが、おかげでコゼットにいいものを見せることが出来た。ありがとう」

 ジャントールは穏やかな眼差しで花畑に座る娘を見ている。その横顔は愛しい者に対する情愛に満ちていて、どこまでも優しい光を湛えていた。
 ───あぁ、やっぱり好きだなぁ。
 俺の心臓は知らぬ間に鼓動を早くする。
 親友のことを特別な感情で見るようになったのはいつの頃からだっただろう。もしかしたら、出会った時からだったかもしれない。同期の中でも一際大人びていたジャントールは、俺とは何もかも正反対の人間だった。だから気になって声をかけてみた。友達になってみれば意外とユーモアがあったり、何とも意外な趣味が判明したりと、見かけとのギャップに親近感が湧いた。親友と呼べるようになった頃、ジャントールは愛しい人と結婚した。
 ───俺は、その時の感情を忘れない。
 自分のことのようにおめでとうと喜びながら、心の片隅にあったのは二度と手に入らないという絶望感と、一人取り残されてしまった寂しさだった。
 どうしてこんな汚い感情が生まれてしまったのか。考えた時、俺は愕然とした。途方に暮れてしまったと言ってもいいかもしれない。俺はジャントールを、そういう目で見ていたのだ。
 それからはジャントールへの思いに蓋をするように、俺も嫁探しなんてしていたけど、そもそも好きな人がいるのに別の人を探すという不純な動機で始めたものが、上手くいくはずもなく。いまだに俺は独り身だ。
 でも最近では、それもいいかもしれない、なんて思い始めている。だって、どうしたって感情を完璧に消すなんてことは不可能だ。ジャントールがエレオノールのことを永遠に愛しているように。コゼットを守り続けると誓ったように。俺は人知れず思い続けるだけなんだ。ありえない場所に咲いてしまった、この花達のように。

「礼なんていらないぜ。俺が勝手に見せたかっただけなんだから。まぁ結果的に二人が喜んでくれたんなら、俺も嬉しくなるってだけの話だ!」

 にっと笑って返せば、ジャントールの切長の目がちらりと俺を見て笑う。

「お前の明るさには助けられてばかりだな」
「おう。これが俺の良いところだからな」

 感謝しろよ! と言えば、ジャントールは素直にそうだな、と呟きを落とした。

 短い沈黙の後、一陣の風が吹いた。タンポポの種子が空中へと巻き上げられる。沢山の白い綿毛が、ふわり、ふわりと風に乗って遠くへ運ばれていく。ただの植物の生存戦略だ。しかし一つ一つが未来を紡ぐ希望だと考えるならば、その光景はあまりにも美しく、幻想に満ちたもののように思えた。

「ルチアーノ、また来年も三人で来よう」
「お? おう……突然どうした?」

 いきなり提案をしたジャントールに、俺は思わず聞き返す。

「綺麗なものはいつ見てもいい。しかし、どうせなら自分の大切な人と見れたら、もっといいと思っただけだ」

 ジャントールがこちらに近づく。そして手を伸ばしてきたかと思うと、俺の髪をそっと触れた。

「ついてるぞ」
「はぇ!? な、何が!?」
「綿毛」

 ジャントールの指が離れていく。指先には先程まで俺の髪に引っかかっていたと思われる綿毛が摘まれていた。触れられた場所が熱く感じる。髪から全身が燃えてしまいそうだ。顔、赤くなってないといいなーと思いながら、サンキューと返した。

「ルチアーノおじさん! これ、あげる!」

 不意に呼ばれて、俺は足元を見る。コゼットちゃんが差し出してきたのは、タンポポを繋げて作った花冠だった。

「おおー! すっげぇ! コゼットちゃんが作ったのか、器用だな!」
「今日のお礼に。綺麗な場所、教えてくれてありがとう」
「こっちこそありがとうだ。いやー、本当にいい子だなぁ、コゼットちゃん」
「嫁にはやらんぞ」
「ダメかー。そうかー」

 何度となく繰り返された冗談に笑った後、さてと、と俺は切り出した。

「そろそろ帰ろうぜ。あまり遅くなってもいけないしな」
「そうだな、コゼットそろそろ帰るぞ」

 大人二人に対して、コゼットだけが名残惜しそうに花畑をチラチラと見つめている。ジャントールは愛娘の頭にポンと優しく大きな手のひらを乗せて、ゆっくり諭すように語りかけた。

「また来よう、花はきっと来年も咲くさ」
「うん……そうだね。来年はもっと大きな花畑になってるかな?」
「そうだな。なっているといいな」

 二人が手を繋ぎながら、丘を歩き始める。俺はそれを眺めながら、後に続いて歩き出した。ふと足を止めて花畑を振り返る。

「また、来年……か」

 大切な人と見たい、とジャントールは言った。その大切の中に自分も含まれていることがたまらなく嬉しくて、視界が滲みそうになるのを何とか堪えた。



タンポポの花言葉

黄色 真心の愛
白色 私を見つめて
綿毛 別離

友人の誕生日プレゼントに書かせていただきました。
おめでとうございます!
2021.7.12