Bonbon de chocolat

・全年齢のお話を書くつもりだったのに、できあがったのはR18のバレンタインデー小説だったんだ。しかもチョコ要素は最初だけ。おかしいな、お菓子いな……。
・立香ちゃんに酔っ払ってもらいました。苦手な方は華麗なターンでお戻りを。









 カルデアのとある一室。入り口近くに立つロビンフッドは、己の眼前に広がっている惨状に頭を抱えて低く呻いた。

「弓兵、『これ』をなんとかせよ。煩くてかなわん」

 言葉をなくしてしまったロビンフッドのかわりに、不遜で不満な声をあげたのは、たおやかな黒髪を片手で払いのけながら、足を組んで椅子に深々と座る女帝、セミラミスだった。彼女は眉間に皺を寄せ、迷惑よりも困惑を強く滲ませた視線と人差し指を、足元にいる『これ』に向けていた。
 ちなみに、『これ』とは、我らがマスターこと藤丸立香だ。それがどういう訳か、壊れたおもちゃみたいな笑い声を上げながら、セミラミスのふっくらと広がるスカートにしがみついているのである。傍目から見ると、狂気以外の何ものでもない。

「デブ鳥と鳩に呼び出されたんで、すっ飛んで来てみたら……なんすか、この状況。オタクらは一体何をしてんですか」

 ロビンフッドの足元には二色の生き物がいた。灰色の羽毛はセミラミスの鳩、一回り小さな青い羽毛がロビンフッドの鳥である。彼らは互いに嘴を突き合わせて、ホッホー、クルックーと緊張感に乏しい鳴き声を上げていた。

「いやな、良い酒が手に入ったゆえ、ボンボン・オ・ショコラを作ったのだ。それを味見と称して食べたマスターが見ての通り、このザマだ」
「これは……」

 ロビンフッドは呟きながら、セミラミスの足元で縋り付くように床にうずくまって笑っている立香を見遣った。
 彼女はいまだにこちらに気がついていない。小刻みに肩を震わせて、ときおり酸欠気味に咳をしていた。

「マスター。おーい、大丈夫かー」

 ロビンフッドはマスターの名を呼んだ。
 若干、棒読み加減になってしまったのはご愛嬌だ。夜中に呼び出された身としては、怒りや心配よりも呆れの色の方が濃くなってしまったのである。
 名を呼ばれた立香は、スカートに埋めていた顔を上げた。ロビンフッドの姿をみとめると、表情を一瞬だけ真顔に戻した。しかしそれも束の間、また盛大に笑い始めてしまった。今度は自分の膝をバシバシと叩きながらだ。何がおかしいのかまったく理解できないが、とにかく今の立香にとって、世にあるすべての事象が楽しいのだろう。箸が転がっても面白い年頃とはまた違った、酔っぱらい特有の異質な笑いだった。

「酔っておるな。わりと、しっかりめに」

 マスターの現状を的確に表現しながら、こちらも呆れたように頬杖をつくアッシリアの女帝。セミラミスの器用そうな長い指は、白い皿に上品に盛られたボンボン・オ・ショコラを一つ摘み上げて弄んでいた。
 ロビンフッドは、そうだなと肯定しながらも首を捻った。

「つっても、マスターって耐毒持ちじゃなかったですっけ?」

 セミラミスは弄んでいたチョコレートを口に運ぶ。味わうように咀嚼し、嚥下したあと、指を口元に当てて考え込む仕草をした。

「ふむ……どうやら耐毒を上回る酔いだったか。あるいは、アルコールは毒という判定から除外されているのか」
「害をなす物質はぜんぶ毒判定になるだろ。だから耐毒を上回った、が正解じゃないのか? いつだったか仕込まれた毒が効いた時みたいに。……って、女帝さんよ、一体どんなアルコールを使ったんですかね」
「あのはんなり口調の鬼が持ってきたのだ。シンペンなんとかというやつではないが、あれよりは少し度数が低いと言っていたか」

 ロビンフッドは目を剥いた。

「ああ!? 酒呑童子の酒を使ったのかよ! アイツが言う“少し”は、全然“少し”のレベルじゃねえっつーの! オレも前に貰って痛い目みたからな! しかも、これがまた美味かったから、ついつい呑み過ぎる厄介な酒だったんですよ!」
「それは我も作る前の味見段階で知っておったわ。だから最初の工程でアルコールをあらかた飛ばしたと思っていたのだが……。ちと見込みが甘かったようだ。いや、この場合は見込みではなく、酒の煮込み具合か」
「どっちでもいいですよ。本当にしょうがねえな……。ほら、部屋に帰りますよマスター。歩けますかね?」

 近づき、セミラミスの足にへばりついている立香の首根っこを掴む。べりっと音がしそうな粘着性だった。

「歩けるよ! ロビンは心配性なんだから、もうー」

 ロビンフッドの手を振り解いた立香は、ふらふら、へろへろ、あっちに数歩歩いたかと思えば、こっちに数歩行く。ミミズがのたうち回ったみたいにぐにゃぐにゃの軌跡を描きながら(途中、踏まれそうになった二羽の鳥が慌てて道を譲っていた)、扉の前まで辿り着いた。そして、くるりと回転して二騎へと向き直ると、ほら歩けたでしょー? と締まりのない満面の笑みで、謎の敬礼をした。

「あ、ダメだこりゃ。面倒臭いから抱えて帰るか」

 ロビンフッドはまっすぐ立香に近寄ると、彼女の鳩尾あたりに自らの右肩を当てた。そのまま立ち上がり、さっと立香を担ぎ上げる。
 力仕事は面倒くさいし、できれば御免こうむりたいが、こんなへべれけに付き合っていたら夜が明けてしまう。もうとっくに就寝していてもおかしくない時刻なのだ。
 誰かの俵みたいに担がれた立香は、突然高くなった視界に目を輝かせながら、きゃあきゃあと歓声を上げつつ、両手を無邪気に打ち鳴らした。

 「おー! たかーい、すごーい、おもしろーい!」

 あははははと、笑い続ける立香に、「あーはいはいそうですねー」と適当な相槌を打つロビンフッド。

「んじゃ引き取って行くんで、あとよろしく頼みますわ」

 ロビンフッドは振り返りもせず、女帝に使い魔の鳥を押し付ける。
 分かっているという返事の代わりに、セミラミスは目を伏せたまま、再びボンボンを一つ、口の中へと放り込んだ。

 ※

 マイルームの明かりをつけ、肩に担いでいた立香をベッドへと運んだ。……訂正、なかば放り投げた。担がれている最中も、立香の笑い声が耳に届いて、少しだけイラっとしたのである。
 立香はというと、粗雑な扱いを特に気にするでもなく、上気する己の顔を冷まそうと、手うちわで風を送っていた。

「んゆー。ロビン、あついー」
「でしょうね。早く服脱いでくださいよ。んで、これに着替えて……」

 衣装入れの中から、いつも立香が就寝時に着るルームウェアを取り出し、彼女の頭の上からばさりと被せた。
 立香は頭にウェアを乗せたまま、言われた通りに、もそもそと着ている服を脱いでいく。
 が、いちいち手が止まる。腕を一つ抜いたら、休憩と称して大きな吐息。また腕を抜いたら、今度は音楽にのるみたいに大きく横に揺れ始めた。着ている服がなかなか彼女から離れない。それでも根気よく待ち続けていると、やっとのことで立香は下着とキャミソール姿になった。

「涼しくてきもちいー。ベッドもさらさらできもちいー」

 立香がベッドへと倒れ込む。健康的な肌色がシーツの海で泳ぎ回っている。火照った躰が熱いのだろうが、いくぶん緩慢な動きが艶めかしい。
 ───やばい、これ以上は危険だ。
 立香の肢体を直接視界に入れないように努めていると、突然、立香が起き上がる気配が伝わってきた。物凄い勢いだったので、思わず彼女を見てしまう。肩からずり落ちたキャミソールの紐を気に留めることもなく、彼女はちょいちょいと手招きをしていた。

「……なんスかね」
「ここに! 座ってください!」

 ばんばんと自分が座るベッドの隣を叩いている酔っぱらい。

「……イヤな予感がひしひしとするんで遠慮しときますわー」

 確実に何か良からぬことをされそうである。こういう時の勘は当たるんだ、とロビンフッドは苦笑いで明後日の方向に視線をそらした。
 申し出を断られると思っていなかった立香の口から、「え?」という困惑と、疑問と、失望の声が漏れ出た。そして次の瞬間、細かく体を震わせて低く唸り始めた。

「うー、ロビンが言うこと聞いてくれない! こうなったら泣いてやる! わりと引く勢いで泣いてやるっ!」

 じわじわと立香の目に涙が溜まっていく。
 これにはロビンフッドも焦らざるをえなかった。普段、立香が泣くことは皆無である。どんなに辛いことがあっても、彼女が涙を溢す姿など見たことがない。そんな彼女の泣き顔に、ロビンフッドはまったく耐性がなかった。どんな対応をしたらいいのか分からない。ゆえに、非常に困るのである。

「笑い上戸の次は泣き上戸かっ! オタク、酔うと面倒臭いな! 正直もう結構引き気味ですわ!」

 なんとか立香の涙を回避しようと、ロビンフッドは指定された場所へ投げやりな態度で腰掛けた。

「はいはい座りましたよ! これで満足ですかね!」

 こうなりゃ、ある程度言うことを聞いて、適当に相手した後で、さっさとずらかろう。ロビンフッドはため息とともに腹をくくった。
 一方の立香はというと、泣き出しそうに歪めていた相貌を、いつの間にやら元の笑顔に戻していた。
 そして四つん這いで近づいてきて、ロビンフッドの胸元へ擦り寄ってきた。

「ロビンの肌も冷たくて癒されるー。うふふ、あははは」

 服に隠れていない地肌に頬を押し付けられたり、指を這わされたり。微かに伝わってくる刺激に戸惑いを隠せない。ヘタに刺激したら、今度こそ泣きわめかれるかもしれないからだ。
 さあどうするべきか、とロビンフッドが考えていた時だった。

「ちょい待て待て! おいコラ、立香! オレまで脱がせようとするんじゃねえ!」

 纏っていた顔のない王を、立香が鼻歌まじりに脱がせてきた。取り去られた宝具が、ぱさりとベッドにためらいなく落とされる。

「何でダメなの?」

 立香が唇を尖らせながら、短くシンプルな疑問を呈した。
 何でもなにもないだろう。この状況はおいし……違う間違えた。正しく言い直すと、この状況はかなりまずい。膝の上には正気を失っている立香がいる。しかも、しかもだ───

「ね、ロビン……しよ?」

 首にするりと巻きついてくる細腕。
 躊躇うことなく重ねられる唇。
 ぺろ、と熱くぬめりを帯びた舌に舐められた瞬間、ロビンフッドは立香の両肩をぐいっと押した。

「い、いやいやいや! オタク酔ってて頭働いてないっしょ!? さすがに前後不覚寸前の女を抱くのはダメだろ!」
「でも、体あつくて……。お願いロビン……」

 ぐらぐらと揺らぐ理性を突き崩すように、立香の手が服の中に侵入してくる。霊衣を少しだけ下ろされ、自身を外に引きずり出された。

「ん、む……んっ……」

 まだ柔らかいソコが立香の口内に飲み込まれる。
 裏筋に舌を這わせ、鈴口をノックするように愛撫された後、また喉奥へと導かれていく。

「りつ、か……! ま、て……っおい!」

 何度も上下する立香の朱髪。グチュグチュと唾液と先走りの水音が気分を高揚させていく。
 極めつけは、手で扱きながら、陰嚢の裏まで愛おしげに舐めてくる立香の蜂蜜色と目があったことだ。
 ───もうこれ以上は限界だった。

「あークソっ! 煽ったのはオタクだからな!」

 苛立たしげに彼女の頭を引き剥がす。立香は明らかに残念そうな顔で、名残惜しそうにロビンフッドを軽く睨んでいた。
 とはいえ、あのまま口に含まれていたら、結構危なかったのは事実である。水を差すようで悪いが、楽しみたいのはこちらも同じ気持ちだ。
 ロビンフッドは服を脱ぎ、立香の細腕を掴んで引き寄せる。キャミソール姿の熱い肢体が、力なく倒れ込んできた。

「そんなにしたいんだったら、自分で動いてくださいよ。オレは手ぇ出さないんで」

 身に着けていた衣服をすべて脱がせ、彼女の躰を抱えて、自分の腰の上に対面で座らせた。ただし挿れはしない。すでに濡れそぼっている入り口に当てるだけである。
 立香は、しばらくぼんやりとした様子でロビンフッドを見つめていた。しかし、やがて何をすればいいのか理解したらしく、じわじわと自らの腰を落として熱塊を埋め始めた。

「ん、ぁ……う、っ……あ、あっ!」

 一番イイ所に当たったのか、彼女の背が弓形にしなり、白い喉元が曝け出された。皮膚の薄いそこに、すかさず歯を立てる。ひくん、と彼女の胎(なか)が締まると同時に、屹立したモノに襞が絡みついてきた。
 すべて埋め込んだ彼女だったが、しかし、いっこうに動く気配がない。どうやら挿れるだけで得られた快感に、いっぱいいっぱいになっているらしい。

「ほら頑張って動かねーと、いつまで経っても終わりませんぜ。もっと気持ちよくなりたいんでしょう?」

 腰を突き上げ奥を穿つ。
 煽られた立香は、素直に腰を動かし始めた。上下に、前後左右に、ゆっくりと動く。次第に慣れが勝ってきて、スピードも早くなっていった。

「ひぅ! あ、あっ! ロビン、どうしよ……腰、止まらな、いっ! おくっ、擦れて……おなか、あついよぉ」

 立香の瞳は涙に濡れ、膜がかかったように霞んでしまっている。理性が蕩けて羞恥が薄くなっているようで、常時では言わないようなことも、口から次々と溢れ出していた。
 気持ちいい、もっと欲しいと啼く朱い小鳥が、快楽を貪るために必死で腰を動かし、己の上で囀っている。
 しっとりと汗を帯びた肌は、手に吸い付いてくるようだ。
 たまらなく扇情的な光景に、知らず喉が鳴った。
 噛みつくようなキスで応えつつ、繋がったまま彼女の肢体を組み敷く。アルコールの微かな匂いと味が伝播したのだろうか。興奮と劣情で視界が紅く染まる。脳が焼き切れてしまいそうだ。

「もうそろそろ限界っしょ? 最後くらいは動いてあげますよ」

 律動しながら立香の首筋に唇を添わせると、また色を含んだ鮮やかな嬌声が響いた。
 腰を打つたびに絡みついてくる灼けついた肉襞が愛おしい。このまま抱き潰して、躰の形を保てなくなるほどドロドロに溶かしてやりたい。
 ───ああそうか。酒なんて関係なく、すでに焼き切れて壊れていたかと、ロビンフッドは自嘲気味に笑いながら、本能のままに彼女を飲み干していった。

 ◇

 早朝、ベッドの上で顔を両手で押さえながら蹲る藤丸立香の姿があった。二日酔いで苦しんでいるのではない。むしろ、頭は不気味なくらいに澄みきっている。
 立香の前には弓兵が一騎、無言で座っていた。
 怒っては、いないと思う。でも表情が険しいのも事実だ。やはり酔ったのがいけなかったのだろうか? はたまた、ロビンを襲ったのがいけなかった? 分からない。彼が何を考えているのかが読めないっ!

「自分が何したか、ちゃんと覚えてますよね?」

 ロビンフッドの尖った声が立香を容赦なく責めたてる。
 覚えているか、いないかと問われると……かなりばっちり鮮明に覚えている。お酒で記憶が飛ぶなんて嘘っぱちじゃないかと、立香は内心で悪態をついた。

「……ごめんなさい」

 少し枯れてしまった声で落とした謝罪。
 なんにせよ、立香は謝る以外の選択肢を持ち合わせていなかった。しかし情状酌量もしてほしくて、「耐毒持ちだし、大丈夫かなって思ったんだ」と言い訳をつけ足した。
 しかしそんな甘言が通じる相手ではないことなんか重々承知だ。上半身だけ半裸になっているロビンフッドは、戒めの意味を込めた手刀を、立香の脳天に軽く落とした。

「そんなことだろうとは思いましたがね? これに懲りたら、ちったあ気をつけて物を食ってくださいよ」
「肝に銘じます」
「ま、手を出しちまったオレが、とやかく言えることでもないんだが。あー、誘惑に負けちまったな……」

 独り言のように呟きつつ、ロビンがこちらを見つめていた。

「どうしたの?」
「ん? 何でもねえですよ」

 手刀を横向きに変えたロビンが、その後、かなり長い間、立香の頭を撫でまくっていた。

 ◇

 乱れている朱髪を手で梳きながら、彼は昨夜の出来事を思い出す。
 いつもより積極的で、快楽の虜になっている立香は最高だった。羞恥心で隠れている素直さは、毒入りの酒よりタチが悪い。
 時々、あれこれ理由をつけて呑ませたくなっちまうかもしれねぇなーと、危ない思考を働かせながら、さすがにそれはまずいよな、と何度も理性で消去する、忙しいロビンフッドの脳内であった。




ボンボン・オ・ショコラって意外と度数高いんですよね。
食するときはご注意を。
そのうち逆バージョンも書こうかなー。
2023.2.28