Step4

 食堂で大いに盛り上がったカードゲームは、珍しくロビンフッドの一人勝ちだった。ポーカーに始まり、チート(立香の国ではダウトと言うらしい)やゴーフィッシュまで。全てのゲームにおいて文句のつけようがないほどの圧勝だった。とうとう最後にはビリーが、「どうにも怪しいなー。まさかとは思うけどさ、インチキとかしてないだろうね?」と激鉄を触りつつ訊ねてきたので、煙に巻いた態度で上手く躱し、早々に退散したのがついさっきの出来事。ちなみにインチキは断じてしていない。自分でも恐ろしくなるほどツイていただけだ。
 勝利の余韻を引っさげて、浮き足立つロビンフッドが向かう先はただ一つ。他でもないマイルームだ。
 壁にある端末を慣れた手つきで操作する。開け方は想いが通じ合った日に立香から教えてもらっていた。
 短い機会音がして、扉がスライドする。部屋の暗闇は極限まで絞ったオレンジ色の光で照らされていた。立香は寝る時には必ず消灯するはず。こんな風にライトがつけっぱなしになっている時は、たいてい起きている時だけだ。その証拠に、ベッドの上には白いブランケットを頭から被った、幽霊とも、繭ともつかない、こんもりとした山が一つあった。中は───言わずもがな立香だ。座った状態の彼女は先程から微動だにしない。ロビンフッドが入ってきたことにも気付いているはずだが、どういうわけか、少しもこちらを見ようとしない。
 理由は、何となく想像できる。いや、そうなればいいと思いながら、常に前戯だけで終わらせていた。徐々に行為自体に慣れて、先へ進まないのか、と問いかける蜂蜜色を、優しさと気遣いを盾に、ことごとく無視しながら。
 結果は上々だ。相手から見えないことをいいことに、堂々とほくそ笑む。ロビンフッドは躊躇うことなくブランケットの白い山に近付いた。

「ありゃ、まだ起きてましたか。もしかして眠れませんでした?」
「…………」

 白々しく気にかける風を装った声。立香は当然のごとく何も反応しない。
 ベッド脇に膝をつき、ブランケットに手を伸ばす。裾を掴み、そっと持ち上げると、膝を抱えて蹲っていた立香と目が合った。
 ブランケットの中の蜂蜜みたいな金色の瞳が睨んでくる。その目はすでに充分すぎるほど熱を孕んでおり、潤って、少しつついただけでも溢れ出しそうだった。
 ぞくりとした言い知れぬ感覚が背筋を走る。ああ、彼女はきっと自らを慰めていたに違いない。誰を想って、どんなふうにした? 

「……夜は別々じゃなかったの?」 立香が掠れた声で問いかける。
「朝までずっと、とは一言も言ってないんで」 悪びれもせずロビンフッドは言い放った。
「詭弁だー!」

 納得いかない、と声を荒らげる立香の丸い頬に手を伸ばす。輪郭に触れるか触れないかぐらいの加減で指を這わせると、立香の躰がびくりと反応した。

「それで? こんな深夜まで、立香はいったい何をしてたんですかねー?」
「……分かってるくせに」

 短く恨み言を零す立香に、ロビンフッドは喉の奥で、くくっと笑った。

「さあて何のことやら。……なーんて、それは冗談として。さすがに、ちょいと苛めすぎましたかね?」

 にやける顔を止められない。今日は本当にツイている。カードゲームにも快勝し、さらに仕掛けた罠にこうも見事に引っかかってくれるとは。
 立香の睨む目の力がいっそう強くなる。

「前言撤回。やっぱりロビンは優しくなんかない。すっごく意地悪だ!」

 ぐいーっとロビンフッドの胸に両手を当てて、拒否を示すように距離を取ろうとする立香。そんなことは無意味だと理解しているだろうに。子供の癇癪みたいな反応だが、立香がやると小動物が必死で抵抗している姿と重なってしまう。そして自分のあてがわれた役職は狩人だ。必要以上に血が騒いで仕方ない。

「まあ、オレが優しくないってことは最初にきっちり申告してましたし? つか、今更でしょ。意地悪でフラフラした男を好きになったオタクの負けってこと。早々に諦めるんだな」

 ベッドに膝をかけて乗り上げ、丸くなっている白ウサギを追い詰める。寝具が二人分の重さを受けて小さな悲鳴をあげた。お得意の毒も使わなかったのだ。罠にかかった獲物はさぞかし食い出があるだろう。

「さてと。なあ立香、どうして欲しい? ちゃんと言わないと伝わりませんぜ」

 極めつけに、ここに至るまでのキッカケにもなった教訓を口にする。立香が息をのむ気配が伝わってきた。言外に、「言わないと望むものは与えない」という意図があることを汲み取ったのだろう。
 完全に逃げ場を無くし、絡めとる。欲しいのは躰だけではない。想い合うからには、思考も、意識も、感情も、欲望も、精神も。心と呼ばれるもの全てが自分に向いていないと気が済まない。そんな資格も権利も、何かの間違いで英霊と呼ばれている自分には、これっぽっちもないことぐらい理解している。しかし、今、この瞬間ぐらいは、マスターとしてではなく、藤丸立香という個の人間を独占したいのだ。

「っ! ……お願い、ロビン。ロビンの全部が欲しいの。だから、最後まで──」

 やっと引きずり出せた渇望の言葉に、脳髄が焼き切れてしまいそうなほどの興奮を覚えながら、ロビンフッドは噛みつくような口付けと共にブランケットを取り去り、羞恥で震える立香の肢体をベッドへ押し倒した。

 ◇

 色々すごいものを見た気がする。
 まず上半身が裸のロビン。正直、どこに目線をやればいいのか非常に困ってしまう。夏の霊衣で見慣れていたはずなのに、羽織るもの一枚あるのとないのとでは大きな違いがある。あとは時間と場所の効果もあるのだろう。燦々と照り輝く太陽のビーチと薄い闇に覆われたマイルームとでは、今の状況の方が断然「秘め事」の雰囲気が強くなってしまう。
 それから……これはロビンも気付いているかどうか怪しいけど、私を見る目つきが違う。鋭く射抜く真剣な眼差し。戦闘で敵を見る時にも似ているけれど、決定的に違うのは、綺麗な碧眼にギラリと灯る欲望の影があること。
 先程押し倒された時に衣服を全て剥ぎ取られた自分なんか、まさにオオカミに捕まった草食動物だ。
 きっとこのまま頭から食べられてしまうのだろう。でもそれを望んだのは他でもない自分自身。そして、それでも構わないと思っているのだから、やっぱり色々と手遅れだ。
 ロビンが手のひら全体で脚を触ってきた。
 ふくらはぎから太ももを辿り、また元の場所へと引き返していく。何度かそれを繰り返しながら、舌を絡ませあうキスをする。微かな快感にくぐもった声が抑えられない。
 往復していたロビンの手が、ゆっくりと脚の付け根に伸ばされる。つぷ、と太い指が秘部に入れられた。自分でした時とは比べ物にならないほどの快楽が脊髄を走り、大袈裟なくらいに躰が跳ねる。ゆるゆると内壁をなぞっていく感覚に、腰が勝手に動いてしまう。

「指、増やしますよ」

 宣告通り、ロビンの指がもう一本侵入してきた。身構えていたけれど、想像していたほどの痛みはおとずれなかった。それどころか自慰の余韻が残っていたらしく、ロビンの指でも物足りなく感じてしまっている自分に驚く。もっともっとと貪る躰は、いつの間にか三本目の指を迎え入れても、次なるモノを欲していた。

「んっ、あ……ロビン、も、ぅ……」

 気持ちいいけれど、もどかしさも限界だ。
 涙目になりながら、視線で「欲しいのはこれじゃない」と伝えると、気付いたロビンが指を引き抜いた。
 立香の目元にリップ音を立てた後、ロビンが残った自身の衣服を脱ぎ捨てる。
 露わになる屹立。
 天を向いてそそり立つ怒張から、恥ずかしいのに目が離せない。
 
「痛かったら、ちゃんと教えてください。我慢だけはしないこと。できるかどうかは……まあ分かりませんが、とりあえず善処しますんで」

 それから、と立香を組み敷き、秘部に楔を擦りつけ花芯を刺激された。

「……思ったことや感じたこと、全部、オレに伝えてくれると嬉しいですね」

 立香の膝裏を持ち上げて、ロビンが笑う。妖艶で、それでいて優しく気遣うような、とても不思議な笑みだった。
 くちゅっと音がして、熱くて硬いモノが押し当てられた。

「んっ! は、ぁ……ぅっ!」

 一番太い部分がドロドロに溶けきった立香の蜜壺に、ゆっくりゆっくり止まるほどのスピードで分け入ってくる。想像を絶するほどの痛みはないものの、初めて感じる圧迫感に、何度も息が詰まりそうになった。

「立香、大丈夫か?」
「へ、ぃき……。だ、ぃじょ、ぶ……」

 心配そうに問いかけてくれるロビン。何ともないと伝える声が苦しく聞こえてしまうのは許して欲しい。慣らしてくれたとはいえ、全然痛くない訳がない。

「いっ! う、あ……っ!」
「くっ、力、抜いて……。あと、息止めると、逆効果っすよ」

 力、抜く……って、どうやるんだっけ。あと、息も……。
 そんな簡単なことが、内側から裂ける痛みに支配された頭では無理難題と化していた。
 ロビンも眉根を寄せて、微かな苦悶の表情を浮かべている。きっと、傷付けないように細心の注意を払っているのと、狭い肉壁のキツさに耐えているのだろう。

「やっぱり一度抜いて……」
「や、やだっ! 離れるの、やだ!」

 腰を引こうとした彼を、立香は空を彷徨っていた両脚で挟みこんで引き留める。
 ロビンは驚いて目を見開いたまま、躰の動きを止めていた。
 立香は何度か大きく息をして呼吸を整える。
 ピリピリと痛みを訴える下腹部に意識が集中しないように、目を閉じて躰の強張りを解いていく。
 それからロビンに向かって腕を伸ばした。

「……大丈夫、だから。もっと、近くに……きて?」

 だって、離れてしまうのは寂しい。せっかくこんなに触れ合える関係になれたのに、これ以上遠くなるのは気持ちまで遠くなってしまうようで悲しい。ロビンには近くにいてほしいのだ。いつも手が届く場所で、一緒に話をして、下らないことで笑いあって……。
 堪えきれなくなった涙が立香の目から流れた。ロビンがそっと唇を寄せ、こめかみを流れていく雫を拭い取る。

「誘い方は教えてないはずなんだが……どこで学んできたんですかね。天然だとしたら色々やべーですよ」
「し、知らない! ロビン以外は知らないから分かんない!」

 冗談に本気で返した立香が慌てる。その様子に、困ったような笑みを形作ったロビンが、立香の赤く上気した頬を撫でた。

「もう少しなんで頑張ってください。オレもゆっくり動くんで」

 再び脚を割り開かれ、ことさらゆっくり腰を進めるロビン。
 ずっ、ずっ、と挿入ってくる感覚にあわせて、出来る限り躰の力を抜き、深呼吸に専念する。
 それでも逃しきれなかった痛みを、ぎゅっとシーツを握りしめてやり過ごす。指先がシーツに負けないくらいに白くなっていた。
 ───どれくらいの時間が経っただろう。五分もなかったと思うのだが、立香にはかなり長い時間のように思えた。
 ロビンの動きが止まる。
 ぴったりと隙間なく重なる下腹部。
 この上なく嬉しそうな彼の顔と、揺れる銀色のペンダントが真上にあった。

「全部挿入りましたよ」
「……ほん、と?」
「触ってみます?」

 手を取られて導かれた先、自らの中に埋まるロビンの硬い楔があった。
 初めて触ってしまったという緊張と、確かに繋がっているんだという実感で、立香の頬がさらに紅潮する。熱さのあまり思考がショートしそうである。

「痛くねえですか?」
「んー、正直まだちょっと痛いけど、だんだん少なくなってきてる、かな? どちらかというと感動とか幸せの方が大きいかもしれない」
「なるほど。そんじゃ、もうちょいこのままでいますか」

 繋がったままの状態でロビンと会話をする。
 時間が経てば経つほどナカが慣れていくのか、痛みはほぼ消え去っていた。
 それと同時に余裕も生まれてきたので、立香はロビンの躰を色々触り始める。
 引き締まった腹筋、逞しい二の腕、ちょっとかさついた頬。
 立香の悪戯に、ロビンが時折くすぐったそうに反応するのが楽しい。なるほど。ロビンが事あるごとに触ってくる理由が分かったかもしれない。

「ね、ロビン」
「なんすか?」

 会話の途中、立香は思い切ってロビンを呼んだ。
 改めて名を呼ばれた彼は、あどけない少年のように首を傾げて応答した。

「ロビンは……気持ちいい? 私ばっかり気持ちよくなってないかな?」

 ずっと気になっていたのだ。初めての立香に歩調をあわせてくれるのは大変嬉しい。しかし彼にとって物足りないであろうことなど容易に想像できた。もしも満足できてなかったら? つまらないって思われたら? 付き合うこと事態なかったことにされるかもしれない……。そんならしくもない不安が、頭の片隅でひっそりと息づいていたのだ。
 だから直接聞いてみようと考えていた。一つになれたときに、彼はどんな気持ちで、どう感じてくれているんだろうと。気持ちを伝え合うことは、とても大切なことなのだと、立香は先の一件で痛いほど学んだのだから……。
 質問の直後、ロビンの動きが見事に止まった。
 ついでに表情も、なくなった。
 その反応に不安が膨らみかける。やっぱり、今から別れてくれなんて言われたら──!

「あーもう! アンタは! 人の気も知らねーで!」
「え!? な、なにが!?」

 いきなりイライラした声を上げた弓兵に、立香は訳が分からず目を白黒させる。
 思ったこと、感じたことを素直に質問しただけなのに。どうして怒られなければならないのだろうか。
 しきりにクエスチョンマークを飛ばしている立香に対し、ロビンは据わった目のまま、ぐいっと立香の脚を持ち上げた。

「その様子なら大丈夫そうだな。……動きますよ。せいぜい善がっててください」
「あっ! や、ロビ……んっ! ひ、あ、あっ、あぅ、んぁっ!」

 返事は待たず、ロビンは律動を開始した。
 大きな熱い楔が引き抜かれたかと思うと、肉壁を押しのけて奥へと穿たれる。
 充分に潤ったそこは、ぬちゅ、ぐちゅっと大きな音を立てて、嬉しそうに彼自身を頬張っていた。
 最初はゆっくりだったロビンの腰の動きが、次第に速くなっていく。
 ヒダのある肉壁が彼のもたらす刺激を余すところなく拾い集めようとしているのが分かる。入り口まで退かれると縋るように吸い付き、突き入れられると迎えるように奥へと導く。さらにロビンが花芯を弄る手を加えてきた。思わず大きな声が漏れ出る。拡げてくる圧迫感は未だに苦しいけれど、最奥を何度も穿つ刺激と外側からもたらされる快感が強く、堪らなく気持ちよくて、口からは意味のない音の羅列しか出てこなくなっていた。

「あ、あ、あぁ! ロビン、それ、だ、め……いっちゃう……からぁっ!」
「立香、中に……出しますよ」

 ぎゅっと広い背中にしがみつくと、ロビンが受け止めてくださいと吐息交じりに伝えてくる。次いで深いキス。
 膣内にある熱塊が、より硬く、より大きく膨らむのを感じた。ガツっと一番強く腰を打ちつけられ、同時に胎に自分のものとは違う体温が流れ込んでくる。絶頂に翻弄される立香の頭が理解したのは、彼が果てたのだということだけだった。

 この行為の意味も、いつかなくなってしまうのだろうか。
 立香はぼんやりと、そんなことを考える。
 エーテルで構成された躰。座へ還る彼。
 理解しているけれど、深く繋がってしまった今、果たして自分は別れを受け入れられるのだろうか?
 ──違う。耐えなければならないのだろう。失うと分かっていても、自ら選び取った未来なのだから。
 立香はふわふわと漂う意識のまま、くすんだ金色の髪を掻き抱く。
 この幸せな瞬間が永遠に続けばいいと、願わずにはいられない。
 彼の腕に抱かれながら、立香は誰にも知られない涙を一筋だけ流した。



 甘切ない雰囲気のまま終わりたい方は、ここでエンドです!

















 静止していた律動が再び始まり、粘度の高い液体をかき混ぜる音が立香の耳を犯す。

「え!? な、ん……」

 あ、あっ、と勝手に紡がれる艶やかに色どられた自分の声。お終いじゃないの? と見上げた先には、凶暴な光を湛えた碧眼があった。

「今までどんだけ自制してたと思ってんですか。まさか一回だけで終わるとでも?」
「勝手に自制してたのはロビンだよね!?」
「そりゃ初めてなんだから当然するでしょ。しっかし、初めてにしては意外と余裕ありそうなんで、いけるかなと思いまして」
「……い、一応さっきまで未経験者だったんですけど。手心とか、容赦とかは……」
「ねえです。覚悟してください」
「ひえぇ」



初めて話、しゅーりょー! Step4だけ異様に長くなってしまったのはご愛嬌。
拙いエロですが、少しでもドキドキしていただければ幸いでございます。
2022.12.26