星と囁く夜をのむ

・二部軸、付き合ってる。
・ご都合主義な独自のレイシフト設定があります。あー、そんなこともあるかもね精神でお願いします。












 寝台の上で横になっていた立香は、閉じていた瞼を、ぱちっと持ち上げた。
 天井、照明、壁、床。部屋の至る所に、静寂を含んだ夜気が染みついていた。
 枕元の時計に目を走らせる。日付を跨いでから、ちょうど三十分。ということは、寝ようと決心してから、かれこれ一時間半が経っていることになる。

「なんか眠れないな……。……ちょっと気分転換でもしようかな」

 ラフな部屋着を脱ぎ、カルデア支給の黒い制服───グローブやポーチはさすがに身に着けなかった───に着替えてから、立香は食堂へと向かった。

「誰もいない……って、当たり前か」

 食堂は薄暗く、静まり返っている。今日は酒盛りをしているサーヴァントもいないようだ。
 いつもなら気にならないのに、やっぱりどこか落ち着かない。
 がらんどうの空間に無理やり物が詰め込まれているような、妙な居心地の悪さに襲われる。加えて、電気機器が発する独特の音さえも、うるさく感じた。

「神経過敏ぎみ、だね。最近忙しかったからかな?」

 このところ、立て続けに微小特異点や特異点修復の揺らぎが発生していた。対応に追われ、気がつけば数週間動きっぱなし。今日ひと段落してカルデアに帰ってきたものの、あまりにも疲労がたまりすぎて、眠気はあるのに眠れないという厄介な状態に陥っていた。

「紅茶でも作って飲もうっと」

 温かい飲み物を飲んだら少しは落ち着くかもしれない、と、立香は暗闇の中を壁伝いに厨房へと進む。
 照明は、つけなかった。必要以上に眩しい光を浴びたくなかったからだ。
 厨房の奥の戸棚に手を掛け、がらりと開く。しばらく中を眺めたり、ガサゴソと漁るが、紅茶の茶葉が入った瓶は、影も形も見当たらなかった。

「あれー? ないなぁ。いつもならここにあるはずなのに……」
「お探しの物はこれですかい?」

 突然、背後から声がした。それと同時に頬に何かを押し当てられる。
 危うく情けない叫び声を上げてしまいそうになったが、深夜だということを思い出し、何とか手で口を覆って胃の中に飲み下した。それから、頬に付けられた物に視線を向ける。そこにあったのは探していた茶葉が詰められた大きめの瓶。持っているのは……

「はぁ、なんだロビンか……。驚かさないでよ。もう少しでカルデアにアラート音が鳴り響いてたよ、私の悲鳴のせいで」
「それ、めちゃくちゃ面白いッスね。いやそうじゃねぇわ。マジでこんな夜遅くに何してんですか、立香」
「ロビンこそ……」
「オレぁ、いつもの見回りってやつですよ。そのついでに、昼休憩の時に茶葉が切れたってブーディカがぼやいてたからな。ついでに地下倉庫に寄って補充しとこうと思ったワケっすわ」

 それでオタクは? と薄闇の奥から緑の目が問いかけてくる。これは下手に嘘をつくと強制的に部屋に連れ戻されそうな雰囲気だ。

「ちょっと温かい飲み物でも飲もうかと思っただけだよ」
「……寝れねーんですかい?」

 ロビンの伺うような質問に、やや間を置いてから、立香は一つ大きく頷いた。
 ロビンはしばし黙り込む。そして紅茶の瓶を戸棚に仕舞い込むと、代わりに冷蔵庫の中から、よく冷えた牛乳瓶を取り出してきた。

「それならカフェイン入ってる紅茶じゃなくて、ホットミルクの方がいいっしょ。作ってあげますから、電気つけて、座って待っててください」
「やった! ありがとう、ロビン!」

 駆け出す立香の背を見つめながら、ロビンはやれやれと冷蔵庫の扉をパタンと閉めたのだった。



 机を挟んだ椅子に向かい合って座りながら、熱すぎないホットミルクに口をつける。
 会話は、特にない。
 喋る雰囲気じゃなかったのと、久しぶりにロビンと二人きりで顔を合わせたので、どうにも気恥ずかしかったからだ。
 それでも不快ではない。見知らぬ人と二人きりならいざ知らず、気心知れた相手との“間”というものは、むしろ心地よいものである。
 ちびちびと飲んでいたはずなのに、カップ一杯の液体はすぐに底をついてしまった。ロビンも既に飲み終わって、空になったマグカップに視線を注いだまま、側面や取手部分をなぞったりして手持ち無沙汰にしている。
 二人きりの時間はおしまい。あとは部屋に帰って寝るだけだ。
 しかし困ったことに、睡魔はいっこうに襲ってくる気配がない。
 いつもなら頼んでもいないのに、向こうからやってきて、後頭部を金属バットで殴りつけてくるような眠りを置いていくはずなのに。どうして今に限って、やって来ないのか。
 こうなったらメディアや孔明に頼んで、魔術関連の難解な講義でもしてもらった方がいいかもしれない。多分、五分ともせずに夢の中に落ちていけるはずだ。───あ、だめだ。寝るために、なんていう前提がバレたら確実に怒られる。
 片肘を立て、顎を乗せて、小さな溜息を吐く。さて、どうしたものか……。

「なあ、立香。どうせ眠れないなら、オレとちょいと悪いことしません?」
「え!?」
 
 投げかけられた提案に背筋がぴんと伸びた。弾かれたようにロビンを見つめる。同時に、頭の中を“悪いこと”の想像が駆け巡っていく。
 いきなり何を言い出すのか。
 眉を寄せ、頬を赤らめた表情で固まった立香を、ロビンが喉の奥で笑った。

「なに想像したんですかね? そういう意味じゃねぇですよ」
 
 ばっちりバレてる。というか、絶対わざと、そう解釈できるような言い回しにしたのだ。ロビンの術中にハマってしまっているのが悔しくて、奥歯をぎり、と噛み締めた。
 ロビンは立香のカップをさっと奪うと、食器を洗い、足音も軽く戻ってきた。

「何するの?」
「ま、そこは行ってからのお楽しみ、ってことで」

 手を差しだされる。立香は少しためらった後、ロビンの手に自分のそれを重ねた。
 二人で照明の落ちた暗い廊下を歩く。
 当然のように辿り着いた先は、コフィンのある場所。

「まさか、レイシフトする気!?」

 立香の手を離し、何事か機器を操作しているロビンに、ひそひそと、けれど非難の意味を込めて声を上げた。

「バレたら怒られちゃうよ?」
「バレなきゃいい話なんで。それにパトロンもいることですしね。あんまり問題ねぇですよ」

 ロビンは慣れた手つきで操作している。
 それ犯罪者の言い分じゃないとか、何で操作方法を知ってるのとか、パトロンって誰!? とか。問題点が多すぎてツッコミが追いつかない。
 そうこうしているうちにコフィンの起動音が耳に届いた。
 ロビンが近づいてきて、もう一度、手を差し伸べられる。
 彼の手が、視線が、優しげな笑みが。「もちろん行きますよね?」と問いかけてくる。
 ───着いてきた時点で、もう同罪か。
 優等生のように取り繕うのをやめた立香は、ロビンと同じ表情で、そっと手を取ったのだった。

「ま、オレと言ったら森なんで。変わり映えしない場所ですがね」
 夜の森は木々の隙間から月光が差し込み、辺りは照明がなくても十分見えるほどに明るい。季節は……おそらく春だ。足元の下草が、寒さを乗り越え、少しずつ新緑を芽吹かせている。
 立香、と名を呼ばれ、体ごとフワッと抱き上げられた。
 そのまま木の上へ浮上する。
 彼はよどみなく、手頃な太さの枝と幹の合流地点に背を預け、落ちないように枝を両脚で挟んだ格好で腰をおろした。立香はロビンの脚の間で、横向きに抱きかかえられている状態だ。

「無理に寝ようとすると、余計深みにハマって眠れなくなる、ってな。そんな時は星でも眺めて、ぼぉーっとするにかぎりますよ」

 ロビンは斜め上を見つめていた。
 彼の視線を追う。
 生い茂る葉や枝が、ぽっかりと、そこだけ丸く切り取られている。その先には薄い群青の夜空と、キラキラと明滅を繰り返す星が輝いていた。
 自然にできた丸窓かと思ったが、綺麗に刈り取られているところから察するに、おそらく隣にいる彼が枝打ちしたのだろう。

「もしかして、ここ、よく来てるの?」
「まぁ、たまに。オレだってシュミレーターじゃなくて、本物に触れたい時があるんスよ。そこらじゅうに罠張りまくってるから、警戒して獣も人も寄りつかねぇ。まさに、オレの秘密基地ってとこだな」
「勝手にレイシフトして何してるのかと思ったら……。目を離した隙に悪いことしてるんだからなー。でもまぁ、星も綺麗だし、夜風は気持ちいいし。仕方ない、みんなには内緒にしててあげるね!」
「謎に上から目線だな! オタクはそういうことしねぇと思ったから連れてきたってーのに」

 ブチブチと呟くロビンを無視して輝く星を見つめる。大小、明暗、色さまざまな星は、同じ光でも照明とは違って優しい光だ。
 ……星を眺めていると眠気が出てき始めた。寝てしまう前に、立香は感謝を口にした。

「……ありがとう、ロビン」
「いえいえ。あ、どうしてもお礼がしたいってんなら、キス一つで手を打ちますぜ」

 へらっと冗談めかして笑うロビン。全然ブレないなーと苦笑しながら、立香はじっと彼の顔を見つめた。
 そのまま頬に唇を寄せて、すぐに離す。

「これでいい?」
「……なんで頬なんすか。そこは口でお願いしますよ」

 至極マジメな顔で不満を表明してくるロビンが、それだけじゃ足りないと言わんばかりに、立香を抱く腕に力を込めた。

「改めて言われると、ちょっとやりにくいなぁ」

 立香はロビンに向き直る。
 今度は彼の望んだ場所へ。
 囁くように溢れた吐息は、少しだけ夜に混ざった後、彼の唇の奥へ全て飲み込まれていった。



おまけ

「ちなみに、眠れないときは軽い運動が効果的らしいっすよ」
「…………絶対にしないよ!?」
「運動っつっただけなのに」
「顔に! 書いて! あるの!」



ご都合主義のレイシフト設定ーー笑
多分、オペレーターいなくても自動で送還してくれる機能とかついてそう。レイシフトしてる間、職員が無事じゃない状況とかも考慮してます、みたいな。かなり緊急用。
ロビンさんとか一部のサーヴァントは、職員をパトロンにつけて、ちょいちょい違法レイシフトしてそう。
通常はマスターがいないと、サーヴァント単独でのレイシフトは出来ないはずだし、そもそも行く先の時間と空間がおかしくなってる(両者にまたがっている)からレイシフトできるって設定だった、はず、確か……。
なんか、こう。ちょちょいっと操作して、同じ場所に単独でレイシフトしてたみたいな。イベントでも勝手にレイシフトしてるサーヴァントいるし、ギリギリセーフ!(どう考えてもアウト)。
そんな都合のいい設定です、はい……。時々こういうの書きたくなっちゃうんだよなぁ。

あ、続きはサイト一周年の日に上げます。
2022.3.22