ハルジオン 6.5

「同盟者、同盟者!」

 商店街の店の壁にもたれて座っていたリツカに、キャスターが小声で呼び掛けてきた。

「どうしたの?」
「あのアーチャーのことで、少しお話しが……」

 そう言って彼女は隣に蹲った。女王という割には、同じ目線で話をしようとするキャスターの姿に心の中だけで勝手に和む。
 生暖かい視線を送られているとも知らず、キャスターはヒソヒソとリツカに耳打ちをした。

「あのアーチャー、信用できるのですか?」

 言われ、リツカがちらりと視線を向ければ、アーチャーは離れた場所で壁を背に煙草を吸っていた。

「初対面だった私のクラスを見破っただけでなく、真名まで知っている風でした。それは英霊としておかしいことなのです」
「おかしいの?」
「ええ。私たちサーヴァントは英霊の座というものから召喚されるのですが、その際過去に召喚された時の記憶は持ち合わせていません。体験した記録は残りますが、基本的には真っさらな状態で召喚されるのです」
「あぁ。それなら、アーチャーは昔召喚された時の記憶を持ったままだって言ってたよ」
「そんなことが……」
「聖遺物、とか言ってたかな。私のおばあちゃんがアーチャーから貰ったペンダントを触媒にしたんだ。おばあちゃん、色んな英霊と世界を救ったって言ってたから、もしかしたらキャスターもおばあちゃんと戦ってくれたのかもしれないね」
「数多の英霊、世界の危機……。今の私に当時の記憶はありません。しかし、座に刻まれた記録が確かならば。そうですね、そのような戦いがあったと思います」

 でもそれとこれとは話が別です、とキャスターは鼻息を荒くした。

「だからと言って、アーチャーが完全に味方とは言い切れません。私には、どうも何かに気付いているように思えてならないのです。もしも、それが同盟者に危害が及ぶことであれば、私は……」
「……キャスターは優しいね」

 私は頬杖をついてキャスターに笑いかけた。彼女のアーモンド形の目が、ぱちくりと音を立てる。

「はい?」
「だって私のこと心配して、言いにくいこと言ってくれてるんでしょ?」
「え、あ、別にそういうわけでは……」
「それでも、ありがとう。キャスターの言う通り、気をつけておくね。いざとなれば令呪を使うことも念頭においておくし!」

 それに、と続ける。

「アーチャーは、私に危害を加えるような人じゃないと思うんだよなぁ」
「その自信は一体どこから……」
「あのね……」

 今度はキャスターの耳にリツカが唇を寄せる。

「多分ね、アーチャーは、おばあちゃんの好きな人だったから」
「すっ!? 好きなって」
「しーっ! キャスター、声が大きい!」

 焦ってキャスターの口を塞ぎながら、リツカはアーチャーを様子を窺った。
 彼はまだ煙草を吸っている。よかった、聞こえてないみたいだ。

「おばあちゃんが好きになった人だから、そんなに悪い人じゃないと思うんだ。危害を加えない理由にはなってないかもしれないけど、私にはそれで十分かなって」
「……マスターである貴女がそう言うのなら、私はもう何も口出しはいたしません。ですが、足元を掬われないとも限りませんよ。出会って間もない私が言うのも何ですが、よく気をつけるように」

 リツカの手を払いのけながら、キャスターは厳しい口調で諫めてきた。やはり姫乃と似たクールな甲斐甲斐しさを感じる。

「了解しました、女王様!」
「よい返事です、同盟者」
「話は終わったかい、お嬢さんがた」
「うわああ! びっくりした!」

 さっきまで離れた場所にいたと思っていたアーチャーが、すぐ目の前に立って声を掛けて来たためリツカは思わず叫んでしまった。

「そんなに驚かなくてもいいでしょうよ。さて、そろそろ出発しますよ」

 キャスターと共に立ち上がる。顔を見合わせると、何だか秘密を分け合ったように思えて、どちらからとも無く、ふふっと笑みが溢れた。

「何笑ってんですか」
「アーチャーには内緒! じゃあ張り切って学校に行ってみよう!」

 おー! と片手を上げると、キャスターもよく分からないけれど、そうした方がいいのかと空気を読んでリツカの真似をした。
 ああ、アーチャーにはないノリが新鮮だ。



本編に入れたかったけどテンポが悪くなりそうで省いた場面。
ニトクリスちゃん可愛くて好きです。
2021.7.18
2021.9.26 加筆修正