嘘の後に残るもの 2
・ワルキューレとシグルド×ブリュンヒルデのお話です。
・ロビぐだ子ではありません。
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黒髪の少女、オルトリンデは赤い瞳にどことなく影を落としながら口を開いた。
「スルーズ、やはりやめておいた方がいいのではないでしょうか。さすがに怒られる気がします」
金色の長い髪を持つ己の同位体、スルーズに意見するが、彼女は至極真剣な顔をして、いいえと首を横に振った。
「いいですか、オルトリンデ。これは私達があの勇士に対して許された、精一杯の仕返しなのです」
「でもさぁ、こんな紙切れ一枚で取り乱したりするかな、あいつ」
桃色の長い髪を僅かに揺らしながら、腕組みをしたのはヒルドだ。
現在、彼女達はある嘘を決行するため、魔力消費も厭わず三騎同時に現界している。あいつ、というのは言わずもがな、愛しい姉であるブリュンヒルデの心を奪っていった眼鏡の竜殺し、シグルドである。
嘘の内容としては、ある紙切れを見せるだけというシンプルなものだ。今その紙切れは、スルーズの細い指でしっかりと握りしめられている。
「まず信じるかなー。かなり天然だけど、あれでもお姉様に認められた勇士だし、嘘だってすぐバレちゃうんじゃない?」
ヒルドが悪戯っぽい笑みを浮かべると、オルトリンデは眉を顰めた。
「しかし本気で信じた時、彼が受ける精神的苦痛は図り知れないのではないでしょうか。それによって今後の活動に支障が出れば、ゆくゆくはマスターに迷惑がかかります」
「騙されて精神を病むくらいなら、そこまでだったということです。そして、これぐらいの嘘を見抜けないようであれば、お姉様の伴侶である資格もありません」
言ってることが無茶苦茶なスルーズだが、これは彼女なりの反抗心からくるものである。運命共同体とも言える姉の心を狂わせたシグルドを未だに許していないスルーズは、今回のエイプリルフールに託けて、シグルドに嫌がらせをしようと言い始めた。もちろん二人の妹達は止めに入ったが、基本的に意識や思考を共有している彼女達が強く反対出来るはずもなく。結果的にこうしてシグルドに嘘をつくため待ち伏せしている。
「あ、シグルド来たよ!」
黒を基調とした鎧に身を包んだ長身が、廊下の曲がり角の向こうからひょいと現れ、ヒルドが声を上げた。三騎の間に緊張が走る。平静さを保ちつつ、スルーズを先頭にワルキューレ達はシグルドへと歩み寄った。
◇
ブリュンヒルデの部屋へ向かっていると、廊下の向こうから見知ったサーヴァント達がこちらへ近づいてくるのが視認できた。
「我が愛の義妹達、今日は珍しく三騎でいるのだな。また人の心の機微について学んでいるのか?」
問えば、ワルキューレは歩みを止める。しかし、こちらを見る面持ちはどことなく硬い。
「シグルド、お姉様からこれを預かってきました」
普段よりもピリピリとした雰囲気を纏うスルーズが一枚の紙を手渡してきた。受け取り視線を落とせば、それは何やら罫線が沢山書かれた書類だった。
「これは?」
「現代の人間は夫婦関係を解消するため、役所という場所にそれを提出するそうです」
「つまり、離婚届ってやつだねー」
ヒルドがこともなげに、スルーズの言葉を一言で言い表した。その間、オルトリンデは始終バツが悪そうにこちらを見ていた。
もう一度書類に目を落とす。確かに書類には『婚姻関係を解消するもの』という穏やかではない文字が印字されている。離婚届なるものを初めて目にしたが、おそらくこの空白に夫婦の名を書き入れるのだろう。いや、その場合夫婦をやめるもの達、と表現するのだろうか。
しかし我が愛から離婚届を預かってきたという話だが、あまりにも突拍子がないため信頼性に欠ける。何故なら夫婦仲は至って良好で、ブリュンヒルデから別れを切り出される要素や余地など、どこにもないからだ。
ではワルキューレ達が持ってきたこれは、一体どのような意図で生み出されたのだろうか。
しばらく逡巡した後、脳裏によぎった答えに思わず口角を上げた。
「なるほど。エイプリルフールの嘘か」
「ほらぁ! すぐにバレたじゃん!」
「あっさりでしたね」
「そのまま信じて離婚すればよかったのに…」
最後に物騒な言葉が金色の髪のワルキューレから漏れ出たような気がしたが、聞かなかったことにして笑い飛ばす。
「当方と彼女は、今更紙切れ一枚で変えられるような関係性ではない。それに、当方は彼女の愛を何よりも信じている」
だからすぐに嘘だと理解したと微笑めば、ワルキューレ達はブーブーと不満を口にした。
「それでは、当方は我が愛の元へ行く。この離婚届なるものは預かっておこう」
嘘だったとしても、再びこのような書類を持ってこられてもあまり気持ちのいいものではない。離婚届を懐へしっかりと仕舞い込み、いまだ騒ぎ立てるワルキューレ達を残して、ブリュンヒルデの部屋へと足を進めた。
コンコン。
ノックの音が響く。
「どうぞ」
ブリュンヒルデは来訪者を招く。シグルドが鎧を鳴らしながら扉を潜ってきた。真面目さ故か、普段は仏頂面なことが多いシグルドだが、この日は口元に薄い笑みを浮かべている。それがとても珍しいことで、ブリュンヒルデは驚きに目を見開いた。
「随分楽しそうですね。何かあったのですか?」
問われて、シグルドはブリュンヒルデを一瞥した後、さらに破顔する。
「いや何、君の妹達に嘘をつかれたんだよ。離婚届なるものを君から預かってきた、と」
「離婚……?」
シグルドは今までの経緯を語った。シグルドを試したこと、あわよくばブリュンヒルデとの仲を裂こうとしたこと、嘘を見破られ存外悔しそうだったこと。滔々と語られることの顛末を全て聞いたブリュンヒルデは、思わず夫に聞き返した。
「本当に、あの子達がそんな嘘をついたんですか?」
「ああ、本当だ。当方は君に嘘はつかない」
「それは……。それではまるで、彼女達が……」
「人間のよう、だろう?」
シグルドはブリュンヒルデの驚きを代弁する。二人の驚いた点は、ワルキューレ達が嘘をついたこと、それ自体だ。勇士の魂をヴァルハラに運ぶために生み出された端末のごとき存在である彼女達が、自らの感情のままに行動し、更にシグルドを騙すことで憂さ晴らしをしようとしたのだ。
「妹達もカルデアに来たことで、人の感情、特に恋愛に対してとても敏感になっています。今回の嘘は、彼女達の成長、と見るべきでしょうか?」
「当方はそう思っている。義妹達はサーヴァントの身ではあるが、いつの日か君のように感情を持つようになり、唯一の相手を見つけるかもしれんな」
「それは……とても喜ばしいですが、少し怖いことでもありますね」
己の過去を思い出しているのだろうか。ブリュンヒルデは遠い目をしながら、ポツリと寂しそうに呟いた。
シグルドの腕が彼女の肩を優しく抱きしめる。
「成長とはいつだってそういうものだ。せめてカルデアにいるこの瞬間は、当方が君を含めた彼女達を見守ると約束しよう」
「あぁ……あなた。私、嬉しいです……。ですが、とても困ります」
ブリュンヒルデはシグルドに抱かれた体勢から、ゆっくりとしなだれかかり、己の手をシグルドの手にするりと重ねる。
優しい貴方。
妹達も含めて愛してくれる貴方。
貴方のことが好きで、好きで、好きで。
誰よりも愛しています。
だから……優しくしないで。
優しくされてしまったら、私は……。
重ねた手の反対には、彼女の愛槍が握られていた。切先が照明を受けてきらりと輝く。それがまるで彼女の涙のように綺麗で、シグルドは次に来る痛みに備えて、眼鏡の奥の両目を静かに閉じた。
ガッツスキルは果たして、彼女の愛に耐えうるだろうか。振り上げられた彼女の愛槍を、勇士は甘んじて受け入れた。
◇
シグルドと別れた後、三騎は連れ立って廊下を歩いていた。
「あーあ。せっかく刑部姫に頼んで本物に近い書類作ってもらったのにねー」
つまんないなぁとヒルドが呟けば、残りのニ騎も黙って頷いた。もう少し慌てふためくかと思いきや、冷静に分析されて終わってしまったため、消化不良の敗北感だけがワルキューレ達の胸に燻り続けていた。
そこへ慌てた様子の巴御前が、ワルキューレ達の元に走り寄って来た。
「あの! ブリュンヒルデさんの部屋の前を通ったら凄い音が聞こえて……。ちょっと覗いてみたら、血の海の中にシグルドさんが沈んでたのですが!」
あれは大丈夫なのですか!? と捲し立てる巴御前。あの二人に一体何があったかは分からないが、源氏の勇士を乱すほどの惨劇がブリュンヒルデの部屋で繰り広げられているらしい。血相を変えたワルキューレ達はブリュンヒルデの暴走を止めるため、マスターを探しに走り回る羽目になったのだった。
その後、何とかガッツで堪えていたシグルドは、令呪による回復で霊基損傷による座への帰還をせずに済んだらしい。
ぬるいヤンデレが書きたかった。
北欧神話勢好きですわー
2021.3.29