嘘の後に残るもの 1

 立香が朝食を摂ろうとカルデアベースの食堂を訪れると、数騎のサーヴァント達があちらこちらのテーブルで顔を突き合わせ、何事かひそひそと話し合っている光景が広がっていた。顔ぶれを見てみると、仲の良いもの同士であったり、普段あまり接点がないもの同士であったりと組み合わせが多種多様だが、すべてのサーヴァントが善属性持ちだ。
何だか嫌な予感がして辺りを見回せば、この光景の原因となり得そうなサーヴァントの姿を見つけてしまった。件のサーヴァントは立香と目が合うと、まるで少年のような爽やかな笑顔を振りまきながら悠々と歩いてくる。

「やぁ、おはようマスター君。今日は清々しい朝だネ!」
「おはよう。この食堂の異様な光景は教授の仕業?」

 苦笑いで挨拶を返せば、教授こと新宿のアーチャーは黒手袋をはめた手をひらひらさせ、いやいやと否定した。

「異様だなんて。そんな大層なものでもないし、私は何の悪事も働いていないよ」
「うっそだー。じゃあ何で善属性のサーヴァントの中に悪属性サーヴァントが一人混ざっているの?」
「悪属性だから何かやらかすというわけじゃないだろう。それは一種の偏見だよ! あと全然信用ないね、私!」
「偏見というか、教授だからなぁ。日頃の行いだよね」

 よよよ、と泣き真似をする新宿のアーチャーは、しかしすぐに立ち直り、きりっとした表情になった。

「誓って何もしていないとも。スキルを使って悪属性付与したりもしてないし、誰かを暗躍させて事を荒立てたりもしてないヨ」
「実際のところは?」

 再度尋ねれば、教授はふむと顎に手を添え一考する。

「今朝カレンダーを見て思い出したことを叫んでみただけだよ」


 明日はエイプリルフールだった!……とね。


「その直後、食堂にいたサーヴァント達が何か思い立ったように話し合いを始めたんだよ」

 いやはや、何とも不思議なことだと教授はわざとらしく肩をすくめてみせた。

「やっぱりやらかしてるじゃん!!」
「失敬な! 私は事実を述べただけだよ!」
「それがもう作為的な行為以外の何物でもないんだよ!」
「はっはっは。最近退屈していたものでね。楽しいことでも起きればいいなーと軽い気持ちで言ってみたら、予想以上にいい結果になって私は嬉しいヨ」

 悪びれるどころか開き直って高笑いを始めた事の発端に、立香は痛む頭を押さえながら低く呻いた。この食堂にいるサーヴァントは十数騎。これらが明日ゲリラ戦のように各所で嘘をつくなんて、考えるだけで眩暈がする案件だ。事件が起こる可能性しかない。

「それにしても、何で善属性のサーヴァントしかいないんだろう」

 こういうイベントなら悪戯好きな者たち、例えば鬼である酒呑童子や茨木童子、ロシアの皇女様あたりが率先して参加しそうなものだが、食堂にはそういったもの達の影すらない。すると新宿のアーチャーはわからないのかとでも言うように意外そうに眉を上げ、立香を見た。

「いいかいマスター君、一般的に嘘をつくことは美徳ではない。むしろ悪徳だ。だがしかし、その悪徳が少し許される日があればどうだろう。普段抑圧されているものは、ふとした拍子に締め付けが緩くなると、堰を切ったように次から次へと溢れてしまうのさ」

 つまり、と立香が促せば、教授は人差し指を立てながらこう言った。

「『いい人』であればあるほど、ちょっと嘘をついてみたくなる日なのだよ、エイプリルフールというものは」

 食堂を見渡せば、皆嘘の算段を立てているというのに、どことなく楽しそうである。許されないことが許される特権は、確かに背徳的で、だからこそ魅力的なのかもしれない。

「それに悪属性サーヴァントが嘘をついたところで、すぐにばれてしまうからネ! そういうもの達はわざわざエイプリルフールに本領発揮なんてしないさ!」
「言われてみれば、それもそっか」
「そうそう。しかも全員善属性だから、そう大した事件にはならないと思うヨ!」

 私、ちゃんと配慮してますという風に大仰に語る新宿のアーチャーをジト目で睨みつける立香。善だろうが悪だろうが、きっと明日はあちこちで大なり小なり事件が巻き起こるだろう。イベント行事が平穏無事に終わることがないのがカルデアの特徴なのだ。そしてそのフォローに回るのも、唯一のマスターである立香しかいないわけで、この時点で立香が久しぶりにとるはずだった休日の時間は、すべてなくなったも同然なのだ。

「とりあえず教授はホームズ監督の元、ライヘンバッハの滝でバンジージャンプの刑ね」
「君、的確にトラウマを抉ってくるね! 本当に善性のマスターなのかい!?」

 あんまりだ! と喚くアラフィフの嘆きを無視していると、食堂の扉からマシュがフォウを引き連れて現れた。立香と同様に、異様な盛り上がりを見せるサーヴァント達に疑問を抱いたのか、すぐにこちらに駆け寄ってくる。

「一体何があったんですか? 先輩」
「マシュ、明日は火消しで忙しくなりそうだよ・・・エイプリルフール、万歳」

 げっそりとした表情で言えば、眼鏡の後輩は新宿のアーチャーを一瞥し、そして全てを把握したのか、暗い表情でがっくりと肩を落とす。ただ一匹、白いモフモフの珍獣が、足元で元気に飛び跳ねながらドンマイフォウ! と鳴いた気がした。



2021.3.29