緑の瞳

・シュシュで髪を結ばれるロビンさんと、天然タラシなぐだ子ちゃん。






 あなたが一番好きなのは何色の瞳ですか?

 いつか、どこかで見た、世界各国の人を対象にした街角アンケート調査。バラエティ番組でやっていたのか、はたまた有名な雑誌の特集でやっていたのかは残念ながら覚えていないが、そのアンケート結果だけは何故か鮮明に覚えている。
 三位が茶色。二位が青色。そして堂々の一位を飾ったのが、緑色だ。「緑の瞳は光の加減によって、青色にも黄色にも見える。ミステリアスな美しさが魅力的だ」というのが、一番に選ばれた理由らしい。
 その当時、翠眼を見たことがなかった幼い立香は、「ふぅん、そんなものなのか」と思ったきり、すっかり忘れてしまっていた。しかし初めて恋人と呼べる人が出来て、その恋人の瞳が偶然にも綺麗な緑色だったことで、唐突に瞳の色の話題を思い出したのだ。
 一度気になってしまえば、もう衝動は止まらなくて。次の瞬間には、彼をマイルームに呼び出していた。






「ロビン、ちょっとこっちに来てくれる?」

 マイルームに備え付けられた椅子を指差す。飾り気はなく、座ることだけを目的としたそれを一瞥して、ロビンは眉を顰めた。

「相変わらずいきなりだな。まぁ、別に座るくらいなら全然いいっすけど」

 何するつもりなんですかね、とぼやきつつも、ロビンはよどみなく指定された場所に腰掛ける。なんだかんだ付き合いのいい恋人に気を良くして、立香は足を開いて座るロビンの前に立った。
 身長の高いロビンだが、さすがに今の状態では自然と立香が見下ろす立場になる。そのことに立香は少し優越感を覚え、にんまりとした笑みを浮かべた。
 
「ちょっとじっとしててね」

 自らの髪を結んでいたシュシュを取る。そして、躊躇いもなくロビンの右目を隠していた前髪をかきあげた。

「うおっ! 何してんですか!」

 予想していなかった動きに、ロビンが焦りの声を上げる。派手にのけぞったので、まとめていた稲穂色の髪がするりと手を抜けていった。

「動かないで。結べなくなっちゃうでしょ!」

 一歩ぐっと踏み出し、再び前髪を掴み取る。今度は逃げられないように、できる限りロビンに近づいて髪を結んだ。

「よし、できたー!」

 我ながら渾身のデキだ。いや、ただ前髪を立てるような形に結んだだけなんだけど。
 常ならば見ることのない、ロビンの二つの翠眼が立香を映している。もっとよく観察したくて、立香はロビンの頬を両手で包み込むように触れた。ロビンはさして抵抗もせず立香の好きにさせている。それを了承と受け取り、右に左にと彼の顔を動かす。
 ───なるほど、確かに光の当たり具合で、青みを帯びているようにも、黄みがかっているようにも見える。色素の薄いところが、独特な色合いを生み出しているのだろうか……。

「んで、こりゃ一体どういう遊びなんですかね?」

 顔をあちこちに向けられていたロビンが、そろそろやめろと言わんばかりの不服そうな声を上げた。

「あのね、ロビンの目が見たかったの」

 ぱっと手を離し、少し距離を取る。もっと眺めていたかったけど、これ以上は怒られてしまいそうだ。

「オレの? また何で」

 ロビンが首を傾げる。オレンジ色のシュシュで結わえた髪が、ぴょんと一緒に揺れた。
 
「緑の瞳が一番綺麗って聞いたことがあって。そういえばロビンの目も緑色だなーって考えたら、無性に見たくなっちゃった。あと、どうせならいっつも隠してる右目も見れたらお得だなって思ったの」
「お得って。んな、バーゲン品みてーに」

 呆れたロビンがシュシュを取り去る。纏めていた前髪がはらりと落ちて、いつもの右目が隠れた姿に戻ってしまった。
 せっかく綺麗だったのに、もったいない。

「オレの目を見て喜ぶのなんて、オタクぐらいなもんですよ。よくある緑色ってだけでしょ」
 
 シュシュを返して、困ったように笑うロビン。立香はとんでもないという意思を込めて、ぶんぶんと首を横に振った。

「全然違う! ロビンは自分の瞳の色の魅力を分かってない!」

 だって、ただ緑ってわけじゃないんだよ? 光の当たり具合によって、いろんな色が混ざり合ってたり、キラキラ光ってたりするんだよ? なんでそう見えるかは分からないけど、宝石みたいでめっちゃくちゃ綺麗じゃん!
 熱のこもった力説を繰り出していると、ロビンが口元を押さえたまま、顔を逸らして肩を震わせていた。

「そーですかい。はいはい、分かった分かった。ま、オタクが気に入ってくれてんなら、そこまで悪い気はしねーっすわ」

 ロビンが椅子から立ち上がる。非日常が終わった残念な気持ちと、いつも通りの見慣れた景色という安堵の気持ちの両方を以ってロビンを見上げる。
 あの青や黄を内包した、美しい翡翠色と視線が交わった。

「オレにとっちゃ、アンタの目の色の方が綺麗だと思いますけどね」

 立香の目元を、ロビンの親指がそっと這う。
 触れられた場所がほのかに熱を帯びたのは、きっと気のせいじゃない。でも、それを悟られるのが無性に悔しかった。それは、先程まで優位な視点でロビンを見ていた名残からだろうか。はたまた、こういう甘い雰囲気に場慣れしている彼への嫉妬心からだろうか。
 どちらにせよ素直にありがとうと伝えるのは、どこか憚られた。

「……そういうお世辞がサラッと出てくるあたり、やっぱりタラシだよね」
「先に言ったのオタクでしょ! オタクこそ、天然タラシってこと自覚してます?」
「何それ、人聞き悪い!」
「真実でしょーが」

 この英霊タラシめ、と嬉しいんだか嬉しくないんだか分からない評価をもらった立香は頬を膨らましてぶすくれた。その頬を、今度は人差し指でぶにぶにと押される。

「緑の目が見たいからって、オレ以外の奴にこういう事しないでくださいよ」
「しないよ。誰でもいいってわけじゃなくて、ロビンの目だから見たかったの」
「やっぱり天然じゃねーか」
「ロビンこそ。知らない女の人に『瞳が綺麗だ』なんて言わないでよ?」
「言いませんよ。……これからは、な」

 やっぱり言ったことあるんじゃん、と再びむくれた立香に、緑の弓兵は苦笑しながら、夕陽色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
















~side ロビン~


 不意に伸びてきた少女の手に、思わず驚きの声をあげて体をのけぞらせた。ガタンと椅子が揺れ、すぐ後ろにあった机の縁に背中を軽くぶつけた。地味に痛ぇ……。

「動かないの。結べなくなっちゃうでしょ!」

 いやいや、予告なくいきなり髪を掴まれたら誰だって驚くだろ。立ち上がらなかっただけエライと思うんすけど……。
 どうやら立香はオレの髪をシュシュで結びたかったらしい。ご丁寧に動けないように限界まで距離を詰めて、右目にかかっている前髪を嬉しそうに纏め始めた。
 それぐらいの児戯は一向に構わないのだが、なぜこんな突拍子もないことを思いついて実行するのか。せめて何か一言くらい説明してほしいものだが、思い立ったら即行動のきらいがある人類最後のマスターには土台無理な話かもしれない。諦めを滲ませた息を吐き、彼女の好きにさせるため椅子に座り続けた。
 ───結ばれている間、特にすることがない。唯一、自由に動かせる目で立夏を見た。鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だ。男の髪なんて弄って何が楽しいのかねぇ。
 次いで視線を下に向けた。当然だが、細い首の下にはカルデア支給の白い礼装に包まれた体が見える。
 いや、あえて詳細に言っちまおう。
 ───胸だ、胸。
 めちゃくちゃ近い。目と鼻の先とはこのことだ。立香は、夢中で気付いていない。付き合い始めたとはいえ男女のあれこれはいまだにないため(ビリーいわく、「本命には奥手すぎない?」だそうだ。ほっとけ)、おそらく指摘すれば真っ赤な顔で離れていくのは想像に難くない。ので、あえて黙っておくことにする。
 あとあれだ。あの上下の黒いベルトは何のためについているのか。あれのせい(おかげ?)で、より胸の膨らみが強調されてんだよ! 誰だ、あのデザインにしたのは!
 つい触ってしまいそうな衝動と戦いながら目のやり場に困っていると、立香が満足そうに「できたー!」と歓声を上げた。
 久しぶりに右の視界が開けている。照明から放たれる、白い光の眩しさを感じて目を細めた。それを許さないとばかりに、立香はオレの頬に両手を添える。強くはないが容易に振り払えない拘束のまま、彼女は右へ、左へ、オレの顔を動かした。目の前にある蜂蜜色の瞳が同じように左右に揺れている。そこでやっと立香の目的がはっきりした。
 ───なるほど、目が見たかったのか。
 何故かは分からないが、彼女は熱心にオレの目を見ている。さらには、この上なく楽しんでいる。そこまではいいんだが……さっきから顔が近い! このマスター、距離感バグりすぎてんだろ!

「んで、こりゃ一体どういう遊びなんですかね?」

 もうこれ以上接近していたら、うっかり手を出してしまいそうだ。少し苛立ったように語尾を強めると、立香は察したのか、すぐに身を一歩引いた。
 オレの目が見たかったという少女に理由を問う。返ってきた言葉は「緑の目が一番綺麗だから見たくなった」というもの。

 ───気持ち悪い目をしやがって。この、妖精憑きめっ!

 脳裏に浮かぶ記憶。浴びせられる罵詈雑言。投げられる石。

 これは霊基を形成している青年のものか。それとも別の誰かのものか。
 特異な体質に生まれたことを悔やみ、時にはあり得ざるモノを捉える目を呪った。何度潰そうとしたかも覚えていない。しかし潰したところで体質は変わらず、妖精達は尚も寄ってくる。絶望して、諦めて、また絶望して。
 己の目を煩わしく思ったことはあれど、好いたことなどない。まして、褒められたことなんて一度たりともなかった。
 
「オレの目を見て喜ぶのなんて、オタクくらいのもんですよ。よくある緑色ってだけでしょ」

 卑屈になりすぎない言葉を選んだつもりだった。しかし立香は目の端をつり上げ、「全然違う!」と真正面から反発してきた。そしてオレの目がいかに綺麗かという称賛の雨を惜しげもなく、これでもかというほど浴びせてくる。
 たかが目の色で必死すぎんだろ……。
 だんだん一生懸命な彼女の姿に笑いがこみあげてきた。同時に、あの気持ち悪さを覚えるシミのような記憶が、ぼんやりと霞んで跡形もなく消え失せていった。
 あーあ。ホントに、すげーよ。オレのマスターは。

「そーですかい。はいはい、分かった分かった。まぁ、オタクが気に入ってくれてんなら、そこまで悪い気はしねーっすわ」

 立ち上がり、少女を見下ろす。
 透き通るような琥珀色の瞳と視線が交差する。

「オレにとっちゃ、アンタの目の色の方が綺麗だと思いますけどね」

 もう少し気の利いたことが言えたらよかったのだが、どんな言葉で飾ってみても嘘くさくなってしまう気がした。それでも何とか同じ熱量を返してみようと、自分にしては珍しくストレートに気持ちを伝えてみたのだが、立香のお気には召さなかったらしい。オレのお返しは、残念ながらお世辞として片付けられてしまった。
 本心を伝えたってーのに、この仕打ち……。これが日頃の行いというものか。
 だいたいオレのことをタラシなんて言ってるが、立香だって相当なタラシだ。男女問わず、時には人外の、何十、何百という英霊全員に良くも悪くも気に入られている。この異常性に当の本人が気付いていないのだから、天然とはかくも恐ろしいものだ。
 毎日誰かにとられちまうんじゃないかと、気が気じゃないオレの心情も少しは理解してほしい。
 
「緑の目が見たいからって、オレ以外の奴にこういう事しないでくださいよ」
「しないよ。誰でもいいってわけじゃなくて、ロビンの目だから見たかったの」
「やっぱり天然じゃねーか」
「ロビンこそ。知らない女の人に『瞳が綺麗だ』なんて言わないでよ?」
「言いませんよ。……これからは、な」

 行きずりの女にそんなセリフ、言ったことないけどな。

 小さな恋人のヤキモチさえも独り占めしたくて、緑の弓兵は憎まれ口で立香の頭をわしわしとかき混ぜたのだった。



本気になられても困るし、後腐れないようにロビンは無駄に女の人の容姿を褒めなさそう。
私の勝手な妄想ですが。
でも所作が優しいから、そこでくらっとさせてたらイイヨネ!という夢詰め込んでみた。
2021.9.22