ハッピーバースデー!
「ハッピーバースデー、マスター!これ、受け取ってくださいな」
「お、嬢ちゃん誕生日か。そりゃめでてぇな。後で美味いもんでも食いに行くか!」
「誕生日なんですってね。まぁ一応おめでとうと言っておくわ」
廊下、食堂、管制室。どこかで誰かに会う度に、祝いの言葉と品を渡され、それらを受け取りながら、少し言葉を交わして別れる。
誕生日では恒例になったこの光景を、私はいつも特別な気持ちで迎えていた。数奇な巡り合わせで縁が結ばれ、何の因果かこのカルデアという場所で、一緒に生活する家族同然の人達に祝福をしてもらう。しかもほとんどが何か偉業を成し遂げた英霊達だ。これが特別じゃないとすれば、一体何が特別なのだろう。
恵まれているな、とつくづく思う。こんな平凡な私の生誕を祝ってくれるなんて、本当にありがたいことだ。
それと同時に気を引き締める。祝ってくれた人達に恥じないように、見合うだけのマスターであろうと努める。
容易ではないけれど、それが私が皆にできる精一杯のお返しだ。
両手いっぱいの贈り物を持ってマイルームに戻ってきた私は、ふぅーっと一息ついた。晩御飯は食堂でどんちゃん騒ぎだったので、少し騒ぎ疲れた。
ふと机の上を見ると、布にかけられた何かを見つけた。
近寄り手をかけて、布を取り払う。
姿を現したのはガラス製のケーキケースだった。中には四、五口で食べ終わりそうな、小さな丸いショートケーキがちょこんと置かれている。白い雪のようなクリームの上で、真っ赤な苺が澄ました顔でこちらを見ている。
ケースの横には一枚のメモがあった。綺麗な細い文字で、ハッピーバースデー、マイマスターと書かれており、添えられるように青々としたクローバーが置かれている。
私はしばし考えて、それから令呪を使用し、件のケーキを作って置いたであろう英霊を呼び出した。
「あいたっ!」
私の後ろでドサっと人が落ちる音がする。
「アンタな、こんなことのために令呪使うなよ」
いてて、と言いながら立ち上がる緑の弓兵に、私は口を尖らせた。
「だってこうでもしないと、ロビン絶対逃げるじゃん」
現に今日は朝から姿を見ていなかったのだ。令呪でも使わなければ、のらくらと行方を眩ませていたに違いない。
「ケーキありがとう。今年は笑顔だけじゃないんだね」
逃げないで部屋で待っててくれれば、もっと嬉しかったかなと嫌味を言えば、ロビンは、あー、と言いにくそうに言葉を濁した。
「そりゃ悪かったな。オタク今日は疲れてるかなと思いましてね。ほら、色んな奴らに祝われてたから……」
「嫉妬した?」
笑いながら問えば、目を泳がせた後、ロビンがぎゅっと抱きしめてきた。
「そーですよ。大人気だからな、オレのマスターは」
「皆から祝われるのも嬉しいけど、ロビンから祝われるのが一番嬉しいな」
ロビンの広い背中に手を回し、ぎゅっと抱き返す。煙草と森の匂いで鼻腔が満たされ、ほっと息を漏らした。
「ねぇ、ロビン。私はちゃんとマスターとしてやれてるかな? 頑張れてるかな?」
「十分過ぎるほどだよ。あんまり無理せんでください。アンタ生身の人間なんですから」
「うん……ありがとう、ロビン」
するりと彼の腕をすり抜け、机の上に置かれたメッセージを取る。
「もう一つワガママ言ってもいい?」
「何なりと」
「これ、直接言って欲しいな」
メッセージをひらひらと振りながら言えば、ロビンはふはっと気の抜けた声を出して笑った。
「そんなことでいいのか。安上がりだなぁ、オタクも」
「いいじゃん。言って欲しいんだもん……」
「はいはい。ハッピーバースデー、……立香」
不意打ちのように名を呼ばれ、私は嬉しさのあまり、ふぉおおと変な声を上げながらその場に崩れ落ちたのだった。
自分の誕生日だったので。
自分で祝っていくぅ!
2021.6.1