スコーンを作ろう!
・9月24日(土) 天文台のキセキの灯4(オンラインイベント)に展示している短編です。
・おそろしいほどタイトルまんま。ロビンさん視点。
・キッチンで一緒に何か作るって、いいですよね。
小腹がすき始める午後二時半すぎ。
それはマスターの一言から始まった。
「ロビン! 今から私と一緒にスコーンを作ってくれませんか!?」
ストームボーダーの中にある空き部屋に入るや否や、親指を立て、ばちこんと音がなりそうなウインクをかましながら、立香がロビンフッドをおやつに誘った。その口調は「どうか私と付き合ってください」と同じくらい丁寧なのに、テンションだけは「ヘイ彼女、これから一緒にお茶でもどう?」の、それである。
「スコーン? あー、またどこぞで影響でもされました?」
ロビンフッドは苦笑混じりに、武器の手入れをしていた手を止めた。
「この前の北極特異点で、新所長がスコーン作ってくれたんだ。とっても美味しかったから、作り方教えてくださいって頼んでみたの。そしたら、『ゴルドルフ家に代々伝わりしスコーンのレシピは、魔術師の業と等しく一子相伝なのだよ、チミぃ。おいそれと教える訳にはいかないから、代わりに一般的なレシピを覚えなさい』って、料理本片手に指導してくれたんだよね」
「あの人も意外とマメだな。無下に断らないのは、誰かに頼られるのが嬉しいからなのかねぇ。……んで? マスターは習いたての腕をオレに披露したいと」
「んー、それもあるけど。初めてだし、まだ完璧に作れる訳じゃないからロビンに助手してもらいたいなって。あとは……ちょっとでも一緒にいられたら、その……嬉しい、かな?」
だからこそ一緒に作ろうと、立香は提案したようだ。なるほど。立香なりの、おうちデートならぬキッチンデートのお誘いだったか。ならば……
「ご指名されちゃあ仕方ないッスね。スコーン作りの助手役とやら、謹んでお受けいたしましょう」
丁寧な言葉で飾った軽い皮肉を返すロビンフッドに、立香は全て承知の上で嬉しそうに破顔した。彼女は、それが彼なりの快諾だということを理解しているのだ。
時折、雑談を交わしながら、二人は連れ立ってキッチンへと向かう。
ロビンフッドの肩には、先程までいなかったはずの青い駒鳥が、いつの間にか翼を休めていた。
美味しいものが食べられる気配を察知し、急いで戻ってきたのだろう。
駒鳥の調子外れな歌も二人の会話に混じって、廊下いっぱいに響いている。
材料と調理器具をかき集め、厨房の台の上にずらりと並べた。卵、バター、小麦粉、砂糖にエトセトラ。しっかりと手を洗うのも忘れない。
「さてと。何から始めますか? 先生」
戯けたロビンフッドが立香をからかった。
立香は意に介さず、用意してあったカードを手に取る。
「じゃあロビンは粉類をふるってください。私は今からバターと格闘するから」
立香はボールの中に入った固いバターの塊を、まるで親の仇のごとく睨みつけていた。
「いやいや。固いんだから、オレがやりますよ」
ロビンフッドが立香の手からカードをもぎ取り、間髪入れずにバターを細かく切っていく。
「えー、私が作るんだけどな」
立香は納得がいかないのか、頬をふくらましてむくれ顔だ。
「適材適所ってやつですよ、先生」
ロビンフッドは作業の手は止めず、口角を持ち上げる。
「……そっか。なるほどね。じゃあ優秀な助手さんに頼っちゃおうかな!」
立香は代わりに、ふるいを手に取る。銀色のボールの中に、白い小麦粉の雪が降り始めた。
「そういや立香。スコーン作る時に冷たいバターを使う理由って知ってます?」
何となく魔が差し、先生に訊ねる助手。
「たしか……冷たくて固いバターを使うと、焼いた後にホロホロになって、溶けたバターを使うと目の詰まった食感になるんだよね」
目を閉じながら、思い出すような仕草で先生は満点の解答を示した。
「お、その通り。しっかり勉強したんだな」
「でしょー? ただ……うーん。どうしようかな……。……よし、ロビン、私の手を握ってみて!」
立香はロビンフッドに左手を差し出す。よく分からないが、ボールの縁にかけていた手を立香のそれに重ねた。
「うん、やっぱりロビンの方が体温低いみたい。じゃあ粉とバターを混ぜ合わせるのも、助手さんに任せた!」
「どういう確かめ方してんだか。それくらいなら言われずとも、やらせていただきますですよ」
ありがとう、と立香から明るい声が返ってくる。
それに気をよくしながら、ロビンフッドは小麦粉とバターを手で混ぜ合わせ始めた。
小麦粉とバターを満遍なく馴染ませたロビンフッドは、そのあとの工程を立香にバトンタッチしていた。
「卵と、牛乳と、それからお塩を加えて、さらに混ぜる……」
黄みを帯びてきた生地を一つにまとめる立香の横顔は真剣そのものだ。
小さなことにも一生懸命な姿が何とも微笑ましく、それと同時に、人間らしくて好ましい。
ロビンフッドは立香の横顔を、ひっそりと穏やかな眼差しで見つめていた。
「混ぜ終わったら、冷蔵庫で一時間寝かせます!」
そんな視線に気付くこともなく、立香は生地を冷蔵庫の中に入れ、バタンと元気よく扉を閉めた。
「お疲れさんです。そんじゃあ、その間にジャムでも作りますか。たしか地下菜園で採れたブルーベリーを保存しておいたはずなんだが……」
ロビンフッドは立香の上に覆いかぶさるような格好で、再び冷蔵庫を開け、保存容器に入っている紫色の小さな果実を取り出した。
「ジャムまで作るの!? 私、そこまで考えてなかった」
「おいおい、スコーンにジャムは必需品でしょうよ。むしろ新所長のスコーンはどうやって食べたんすか?」
ブルーベリーを洗いながら、ロビンフッドは立香に問う。立香は指を顎に置き、えーっと、と天井付近を見上げた。
「あの時はチョコチップが入ってたんだよ。だから何もつけなかったかな。そっか、今回はチョコチップないや」
「ああ、そういうことか。ま、プレーンでも食べられるとは思いますが、あった方がウマいの幅も広がるっしょ。……ついでに、なんちゃってクロテッドクリームも作っとくか」
ブルーベリーと目分量で入れた砂糖を鍋で煮詰めながら、ロビンフッドはぼそりと呟いた。
「クロテッドクリームって?」
「生クリームとバターの中間みたいな、もったりした食感のクリームのことですよ。本格的に作るとなると、これがまた、ちと面倒なんですわ。だから今から作るのは手軽なクロテッドクリーム風なものだ。こっちに必要なのは、根気だけってな」
いったんコンロから離れ、手頃な蓋つき瓶を棚から取り出す。さらに、その中に冷えた生クリームを注ぎ、立香にほいっと渡した。
「根気なら任せてよ」
渡されただけで、何をしたらいいのかを察した立香は、楽しそうに瓶を振り始めた。それまで傍観を決め込んでいたブルーバードも、立香の頭の上に止まり、興味深そうに上下する瓶を覗き込んでいる。
「うちのマスターの根気と諦めの悪さは、並のヤツらじゃ敵わねえからな」
オレなんかに飽きもせずリソース注ぎ込むぐらいには、という言葉は飲み込み、ロビンフッドは鍋の中身を見つめる。
以前それをつい口走ったとき、とてつもなく長い否定が、つらつらと返ってきたのを思い出したからだ。
最初は一時の酔狂だと思っていた。しかし継続して重要なリソースや時間を他の誰よりも割かれてしまえば、さすがに自虐と卑屈で返すワケにはいかなくなってくる。かけられた熱意まで蔑ろにしてはいけないと、どこからか叫ぶ声が聞こえてくるのだから仕方ない。
「できた!」
立香が瓶を台の上に置く。瓶の中身は、緩いバターのような硬さのクリームになっていた。
「はいよ、お疲れさんでした。ちょうどジャムもできましたし、あとは型抜きして焼くだけだ」
冷蔵庫から生地を取り出し、型を抜いていく立香。
ロビンフッドはオーブンの予熱を行い、次いで、二つ分のカップと大きめのティーポットを用意する。
「あ、紅茶淹れるの?」
「スコーンがあるならな。……ミルクとレモンなら、どっちがいいですかい?」
「レモンでお願いしまーす!」
立香が生地を天板に乗せ、オーブンへと送り出す。
───そして待つこと二十分。
できあがったスコーンは、あたたかなキツネ色の焦げ目がつき、ほの甘く優しい匂いを立ち上らせていた。
おやつ一式を机の上に移動させ、向かい合って席に着く。
スコーンにジャムとクリームをつけて、立香が大きな口でぱくりと食べた。何度か咀嚼した後、目を閉じ、足をバタバタと動かす。どうやら言葉にならない感動があったらしい。
「美味しい! ゴルドルフ新所長のスコーンに負けず劣らずの味だ!」
「おー、そりゃあよかったよかった」
ロビンフッドも一口。
クッキーよりは柔らかく、ほろほろと口の中で解けていくスコーン。ジャムの濃厚な甘さと、ほどよいクリームの脂肪分が、スコーンの甘みと食感を補って、文句なしの味に仕上がっていた。
「付き合ってくれてありがとう、ロビン」
途中から役割が入れ替わっていた気もするけど、と立香は不甲斐なさそうに笑い、レモンティーを啜る。
「初めてならこんなもんでしょ。それに、たまには菓子作りもいいもんですよ。誘われでもしなきゃスコーンなんてわざわざ作ったりしませんし。いや、しかし……久しぶりに食べると、格別に美味く感じるから不思議なもんですわ」
まじまじとロビンフッドはスコーンを見つめる。
机の上ではブルーバードがスコーンに舌鼓を打っていた。ジャムとクリームも交互に啄んで、ちゃっかり味変を楽しんでいるようだ。
その器用さを見て二人同時に苦笑する。午後のおやつタイムは、ゆるりゆるりと過ぎていった。
ロビぐだ子で一緒に料理とか、永遠に見ていられる自信しかない。
2022.9.24