ぬいパニっ!

・9月24日(土) 天文台のキセキの灯4(オンラインイベント)に展示している短編です。
・付き合い始めなお話。ロビンさん視点。
・恥ずかしがりながらイチャイチャしている二人を書きたかっただけ。







 最近、立香の様子がおかしい。
「どこが」と問われると、「全体的に」という漠然とした回答となってしまうのだが、一番の異変といえば、やはり「手の傷」だろう。
 ロビンフッドがそれに気付いたのは、ちょうど一週間ほど前のことだった。

「立香、指、怪我したんすか?」

 廊下で挨拶を交わす際、左手を持ち上げ応対した立香の人差し指に絆創膏が巻かれているのを、ロビンフッドは目聡く見つけたのだ。

「あはは、ちょっとやらかしちゃってさ」

 歩みを止め、左手を体の後ろにサッと隠し、照れくさそうに右手で頭を掻く立香。少し眉尻が下がっているのは、おそらく触れられたくない事柄を尋ねられた困惑ゆえだろう。
 人間、誰だって隠し事の一つや二つは必ずあるものだ。それを無闇に暴こうとするのは、いくら深い関係であっても無粋なこと。それはロビンフッド自身も、諸手を挙げて賛同せざるをえなかった。

「何をして怪我したのかまでは詮索しませんが、小さな傷でも放っておくと大変なことになるからな。これ以上増やさねえように気をつけんですよー」

 それでも心配なのは事実だったので、とりあえず無難な言葉で立香を戒めておく。

「分かってるよ。心配してくれてありがとう、ロビン」

 立香は、あからさまに胸を撫で下ろした。そして、今からブリーフィングだからと言い残し、やっぱり左手は隠したまま、そそくさと退散していった。
 この時、きちんと問い詰めてさえいれば、あんな下らない事態に発展しなかったのだと、後のロビンフッドは遠い目をして語ることになるのである。



 時間は進んで、次の日。
 またも廊下で鉢合わせたマスターの左手には、絆創膏が一つ増えていた。今度は中指の先だ。
 またやったのか、とロビンフッドは内心舌打ちする。しかし詮索しないと言った手前、その話題について軽々しく触れることができないでいた。



 次の日も、そのまた次の日も。ロビンフッドは詰問したい衝動を必死に抑えた。
 立香の指に増えていく怪我の跡。治ったと思ったら、また別の場所に貼られていく絆創膏。しかし七日目に突入したとき、とうとうロビンフッドの我慢は限界値を突破してしまった。
 ───そして現在。剣呑な空気をまとったロビンフッドが、マイルームにいた立香をなかば強引に捕まえ、壁を背に追い込んでいる図ができあがっていた。

「オレ、気をつけるように言いましたよね?」
「う、ん……。言いましたね」

 斜め下に視線を逸らし、小さな体が豆粒よろしく縮こまる。殊勝な態度をとるということは、いちおう罪悪感はあるらしい。

「じゃあ何で、日に日に絆創膏が増えていくんですかね? 数日前には一つだけだったのに、今じゃ指全体に広がってんじゃねえか」
「いやぁ、不可抗力と言いますか。回避が間に合わなかったと言いますか」
「オタクは小せぇクマとでも戦ってきてんですか!? しかも左手一本だけで!」
「小さな熊……オリオンのことかー!」
「冗談にのっからんでください! あの、ホントに冗談抜きで、こそこそ隠れて何やってんですか。詮索しないとは言ったが、こうも傷増やしてくると、さすがに理由を聞かざるをえなくなっちまうんですよ」
「だから何でもないってば! それに今日で終わりだし、もう傷が増えることもないよ。大丈夫、心配しないで!」

 全て言い終わらないうちに、ロビンフッドの壁についていた腕の下から、身を屈めてするりと逃げる立香。彼女はそのままマイルームを飛び出して、さっさとどこかへ行ってしまった。閉まる扉を恨めしげに睨みながら、ロビンフッドは独りごちる。

「今日で終わりだぁ? ……やっぱり何か隠してやがんな」

 あのマスター、ほっとくと、とんでもない無茶を平気ですぐやらかすからな……。
 過去の特異点では南米の女神相手にプランチャを仕掛けたり、弾丸よろしく空を飛んでいたりする。しかも二回。これが誇張でも何でもないから恐ろしいのだ。
 医療班や他のサーヴァント達が騒いでいないところから察するに、命に関わることではないのだろう。しかし隠されれば隠されるほど、気にしないようにすればするほど、憂慮は降り積もっていく。そしてそれは、なぜ教えてくれないのか、という怒りへと置換され始めていた。

「……ちと探ってみるか」

 お得意の宝具で身を隠しながら、狩人は逃げ出した小鳥を静かに追った。



 再び見つけた立香の背中は、とある部屋の奥へと消えていくところだった。

「あそこは……たしか、バーサーカーのヴラド公が使っている部屋、だよな?」

 ロビンフッドは思わず小声で呟く。離れた場所から観察していたので、内部へ侵入することは敵わず、立香が出てくるのを、じっと部屋の前で待っていた。
 ───彼女はすぐに出てきた。
 振り返りざま、「ありがとう」とお礼を告げているところを見ると、ヴラド公に何かをしてもらったようである。

「……なんか紙袋持って出てきたな」

 立香は大事そうに茶色の紙袋を一つ抱えていた。それはもう、全身から嬉しいが溢れだしているのが丸分かりなほど、満面の笑みをたたえたまま。
 まっすぐマイルームへと戻る立香。扉を開け、中の様子をうかがった後───おそらくオレがいないことを確認していたのだろう───スキップでもしそうな勢いで部屋へと入っていった。

「気は引けるが……。ちょいと失礼しますよーっと」

 扉が閉まりきる前に、するりと体を滑り込ませた。
 本当はこんなことをしたくはない。しかし、立香が真実を語ろうとしないのだから仕方ない。そうやって自分に言い訳をしながら、存在がバレないように、ベッドに座っている彼女から、もっとも遠い部屋の隅を陣取った。

「わーい! やっと完成した。気付かれないように作るの大変だったなー。……慌てたせいで、さっきはキツい物言いになっちゃった。ロビンにはあとで謝っておこうっと。でもそのかわり、かなりの力作になったから結果オーライってことで」

 同じ空間にロビンフッドがいるとは露知らず、立香は大きな独り言を語った。そしてヴラド公からもらったのであろう紙袋の中に手を突っ込む。
 がさり、と袋が大げさな音を立てた。

「よし、初お披露目だ。出でよ、ロビンのぬいぐるみっ! 略してロビぬい君!」

 誰か……。思い切り吹き出さず、盛大にこけなかったオレを褒めてほしい。隠れているとはいえ、目の前で自分そっくりの人形を出されたら、たいがいのヤツは脱力するだろう。

「一週間、ヴラド公に弟子入りして頑張った甲斐があった。私一人じゃ、こうまで綺麗に仕上がらなかっただろうな。……うん、いちぶの隙もなく可愛い! 特に、この口の刺繍の角度。ロビンそっくりにできた気がする。髪の形とかも双葉みたいで可愛いし、手足が短くてまるっこいのも、すっごく可愛い!」

 必要以上に可愛いを連呼する立香。
 ロビンフッドは両手で顔を覆った。
 これは、どうするべきか。無断でマイルームに入り込んで、なおかつ立香の隠しごとを赤裸々に暴いてしまった。
 しかも、ぬいぐるみは立香のお手製らしい。手の怪我も製作途中で負った傷だったようだ。四苦八苦しながら、糸や布と格闘する立香の姿が目に浮かんだ。
 彼女もご満悦な、三十センチほどの大きさのぬいぐるみは、確かに本体(ロビンフッド)から見ても贔屓目なしにそっくりだ。顔や体は薄いフェルト、髪は金色の細糸、服は緑の綿生地を駆使し、丁寧に作られたぬいぐるみ。複数のサーヴァントが持っているぬいぐるみ(使い魔)と、十分張り合えるぐらいの高レベルな仕上がりではないだろうか?
 って、今はクオリティを評価している場合ではない。本体そっくりのぬいぐるみを、あろうことか本体の目の前で可愛がられているのだ。
 とんだ羞恥プレイ。
 公開処刑もいいところである。
 ……そもそもだ。
 なぜ、ぬいぐるみを自作して愛でているのか。一応、付き合っているはずだよな? オレたち。なぜ本体に直接言わない?
 ロビンフッドの頭に疑問が浮かんだところで、立香はテンションをいくぶんか下げ、ぬいぐるみを抱いたまま、ふーっと長い息を吐いた。

「本当に───作って正解だったな。こんなことロビンには絶対に言えないよ。男の人が可愛いなんて言われたら……きっと嫌だよね。ロビンは格好いいと思うけど、それと同じくらい可愛いとも思っちゃうんだよな」

 やっと納得がいった。
 つまりオレに言えないことをぶつけたいがために、オレの似姿を作ったということか。
 確かに可愛いと評されるのは、あまり嬉しいものじゃない。アストルフォやデオンあたりなら、そこまで動じないし、むしろ賛辞として受け入れるだろうが、あいにく自分は可愛さの追求など目指してはいない。
 というよりもだ。オレのどこに可愛い要素があるのかを、目の前の人物に入念に問いただしたい。そのうえで、オタクの認知の歪みは問題しかないから改める必要がある、と徹底的に教え込みたい。

「いつでも好きなときに抱きしめられるし、頭撫でたりできるし、本人に言えないことも簡単に伝えられるし。うん、ぬいぐるみ。やっぱりいいかもしれない」

 ちょっと待て。初耳な情報がぼろぼろ零れ落ちてきてんぞ! そんなことしたいと思ってたんですか、アンタ。

「というわけでロビぬい君。ロビンの代わりに、私の可愛いという想いを受け止めて!」

 立香は極めつけに、ぬいぐるみの口に自身の口をくっつけた。
 思いがけない彼女の気持ちの吐露に、ロビンフッドは息も絶え絶えに頭を抱えるばかり。
 ひたすらに恥ずかしい。けれどそれ以上に、彼女が自作したぬいぐるみにムカムカとした感情が込み上げてきていた。
 曰く、おかしくないか、と。
 そこにいるべきなのはオレの方だろ、と。
 ……何だか、いろいろ馬鹿らしくなってきた。姿を消したまま立香に近付き、彼女の手からひょいっとぬいぐるみを強奪する。
 立香が目を剥いた。いきなりぬいぐるみが空を飛び、さらには姿を消したのだ。そりゃ驚かないワケがない。

「ろ、ロビぬい君が、意思を持って動き出したうえに、宝具まで使った!?」
「んなわけねえでしょうが!」

 ロビンフッドは宝具を解除して姿をあらわす。

「なぁんだ、ロビンが動かしてたのかー。てっきり呪いの人形みたいになっちゃったのかと思ったよ」

 はっはっはーと、立香は快活に笑った。

「電池なしで動いたあげく、包丁で人間を襲う的な、あれですかい? この前ライブラリの映像記録で見た映画みたいっスね」
「うん、そうそう。あれ怖いよねー。……ところでひとつ質問なんだけど、何でロビンがここにいるのかなぁ?」

 当然その疑問に行き着くわな。
 ロビンフッドが察しろという視線を送る。立香は軽快に飛ばしていたジョークと笑顔を引っ込め、瞬時に無表情の仮面を被ると、もっとも高い可能性を口にした。

「まさか……見てた?」

 何を、とは言わないものの、会話の流れから察するに余りある。つまりは……そういうことである。

「…………みぃぃぃたぁぁぁなぁあああ!?」

 立香の顔が真っ黒に塗り潰され、目だけが光っている……気がした。地獄の底から這い出てきそうな声だ。

「うおっ、顔が怖いっすよマスター。ま、無断で忍び込んだのは謝りますがね。しかし、何も教えられないってのも、それはそれでツラいもんですよ? 注意しても傷は増えるし、本人からは大丈夫しか返ってこないんだ。七日も続けば心配になるのは当たり前だと思いません?」

 怒られないように、かつ、こちらが不利にならないように、立香の良心に訴えかけながら弁解する。
 ついでにダメ押しを付け加えるのも忘れない。

「それに、だ。せっかく本体がいるってーのに、オタクは似姿(そっち)に本音をぶつけるんですね」

 雨の中にうち捨てられた犬もかくや、という寂しげな雰囲気を装う。案の定、痛いところを突かれた立香は、うっ、と言葉をつまらせた。

「……でもさ、ロビンに可愛いっていうのは失礼じゃない? ……絶対嫌がるでしょ?」
「正直オレとしては複雑っすけどね。だが、オタクが勝手にオレの気持ちを決めて、一人で完結させようって方が気に入らねーな。そういうのは一言聞いてみれば済むハナシっしょ?」

 ぬいぐるみを片手で拘束したまま、ロビンフッドはベッドの上の立香に、ずいっと顔を寄せる。

「さて、オレに可愛いって言いたいんですよね? そんじゃあ心置きなく伝えてもらおうじゃねえの」
「え!? この状況で言うの!?」
「当たり前だろ。つーか、さっきまでさんざっぱら言ってたでしょうが」
「それは、そうなんだけど……。あーもう! そんなに詰め寄ってこないで! 言う、言うから! えと……お酒が好きでよく飲んでるのに、飲み過ぎて二日酔いになってるとことか、相棒が青い鳥さんで、時々頭に乗せて歩いているのが、ちょっと……可愛い……デス。───っ! 待って! これ、すごく恥ずかしい! このまま小さくなって消滅したいくらい恥ずかしいんだけど!」
「奇遇だな。オレもこのまま宝具で消えたいぐらいなんで、お互いイーブンってやつですわ。ちなみに全部言い終わるまでコイツは返しませんぜ」

 意地悪な笑みを浮かべたロビンフッドは、ぬいぐるみを立香の前でちらつかせた。

「なんで耐久レースみたいになってるんだろう!? しかも、ぬいぐるみを使って弄ばれているんだけど!? 誰かー、助けてー!」

 圧がすごいロビンフッドから目を背ける立香。彼女の助けを求める声は、誰にも届くことはなかった。



 謎の我慢大会が繰り広げられたあと、立香は返してもらったぬいぐるみを抱きしめ、その頭部に顎を乗せながら、しきりに何かを考え込んでいた。

「でも、せっかく作ったんだから、ときどきは構ってあげたいな。……そうだ! ロビぬい君を愛でるときは、ロビンの目の前でやることにする! それならロビンも聞いてるから問題ないはず……」
「だから! 本体がいるんだから直接伝えろって言ってるんですよ! さてはアンタ、これっぽっちも分かってないな!?」

 形容しがたい悔しさがあるからやめてくれとは、素直に言えない捻くれ者であったとさ。



恋愛ギャグみたいな話を書きたかった。

2022.9.24