夏の思い出

・アルゴー船の乗組員バイト+遊園地経営、お疲れ様でした。
・ロビぐだ♀でイベント後に駄弁っているだけのお話。


「あ、見つけた。おーい、ロビンー!」

 アルゴー号のデッキの上。側面の手すりに背と両腕を預け、煙草を吸っている人物が一人。立香は大声でその人物の名を呼びながら、弾むような駆け足で彼へと近付いた。

「走ると危ねえですよ」

 立香の行動を口やかましく咎めない代わりに、心配を露わにした短い注意を添えて、ロビンは苦笑した。北極にしては暖かい風が、煙草から立ちのぼる白い煙と、ロビンのくすんだ金髪を撫でていく。

「大丈夫だよ。海凪いでるし、嵐で大揺れしてる訳じゃないから。……あれ? それって携帯灰皿?」

 ロビンの左手に収まっている、見慣れない銀色の四角い物体に視線を向けながら問う。携帯灰皿なんて現代チックなものを、彼が持っているという事実に驚いた。一体どこから調達したのだろうか?

「灰皿ないとこでも煙草吸いてーって愚痴こぼしてたら、エリセが用意してくれたんスよ。もちろん火事を出さないことと、臭いがつかないように離れた場所で吸うこと前提でしたがね。簡単に持ち運びできるから、これがなかなか便利でな。ありがたく使わせてもらってんですわ。ま、特異点の施設とかと同じリソースで作られてるんで、もうすぐ消えちまうでしょうケド」

 煙草を灰皿の中に押し込みながら、ロビンは最後の紫煙を口から吐き出した。
 立香はそっと彼の横に立ち、船から氷の大地を眺める。軒を連ねている露店には、もう誰の姿もない。あんなにいた動物達も、みんな何処かへいってしまった。残ったのは祭りの後の侘しい時間だけだ。

「……そういえばさ、アタランテの代役やってたよね。さすがに無理だと思わなかったの?」

 揶揄うようにロビンに問いかける。彼はぼおっと空を見上げていたけれど、瞬時に立香に向き直り、早口ぎみに否定を口にした。

「だから! 最初から知ってたら、オレだってキッパリ断りましたよ! だが、『正統派アーチャーだし、緑だし、足も多分速いだろうし。もうアナタしかいないんだ! 私と一緒に着いてきて!』って、半泣きで詰め寄られちゃあな」
「勢いに負けて、よく分からないまま連れてこられたんだね」
「まさかの北極特異点。しかもアルゴー号を模したアトラクションで、代役のバイトさせられるとは思わねえでしょ」
「たしかに」

 くっくっと押し殺したように笑っていると、ロビンは再び手すりに背をもたれて、疲れを逃がすように空を仰いだ。と、思ったら、顔だけをこちらに向けて横目でにっと笑った。

「オタクだって、またサバフェスエリアで同人誌を作ってたって聞きましたぜ? あの地獄によくもまぁ、懲りずに身を投じたもんだ」

 お互いさまだろという声音に、立香は、あははーと乾いた笑いで応える。

「スカディは死にそうになりながら原稿描くし、超特急で本仕上げなきゃいけなかったしで、今回も目が回るほど忙しかったよ。でも、久しぶりの感覚で、ちょっとだけ楽しかったかな。部屋もルルハワそっくりそのままだったから、すごく懐かしくなっちゃった」
「ルルハワ、ねぇ。……そういや聖杯戦線の後から、BBの姿をめっきり見かけてねえな。まーた影で何かやらかしてんじゃないだろうな? あの、ご近所迷惑な核弾頭は」

 そう言われてみれば、サバフェス会場に彼女の姿は見受けられなかった。初めてのサバフェス発起人として、てっきり参加しているものだと思っていたのだが……。

「うーん、BBちゃんだしなぁ。可能性は大いにあるよね。今頃どこかで秘密裏に動いてるかもしれないなー。それで、何やかんやあって、そのうち新しいエゴが来たりして?」

 聖杯戦線の終了時に見せた、BBの明るい笑顔を思い出しながら、立香は呑気に笑い声をあげた。
 その様子に、目に見えるほど焦ったのはロビンの方だ。冗談じゃないとばかりに声を荒げた。

「その何やかんやが大問題なんですわ! 笑いながら不吉なこと言うのはやめてくださいよ。マスターの国では、口は災いのもとってことわざもあるらしいじゃないっすか。言葉に力が宿る……言霊ってヤツだったか? そういうの、案外バカにできないんですぜ?」
「でも新しいサーヴァントが来てくれたら、カルデアも、もっと賑やかになると思うんだけどな」
「厄ネタ抱え込むことを、賑やかと表現するんじゃねえですよ! オタク、やべぇヤツらに絡まれて、判断基準がマヒしてません!? 去年に引き続き、どっかの髑髏烏帽子な法師だの、自由謳歌しすぎてる天真爛漫を極めた神霊だの。ついさっきまで散々振り回されたばっかりでしょうが」
「全然おかしくなってないよ! 大丈夫、大丈夫!」
「ここまで説得力のない大丈夫を、オレは今まで聞いたことがないっすわ。……はぁ。ま、起こってもいない事件(こと)をアレコレ言ってもしゃあないか。暑さで頭やられてたんだと思っときます。とりあえず、不毛な話題はここらで打ち止め、っと。───ところで立香、これからの予定は何かありますかい?」

 会話の話題を強引に変えたロビンが、立香の左頬を軽く人差し指でなぞる。さわりとした感触に、反射的に片目を閉じてしまった。

「ううん。特異点の聖杯も回収したし、マシュや燕青とも一通りのアトラクション楽しんできたし、これといって他にやることはないよ」
「そんじゃあ、今からオレと甘いモンでも食いに行きません? まだ花畑のエリアには露店が残ってるそうなんで。せっかくの遊園地なんだ。特異点が消えちまうまで、しっかり楽しまなきゃ損ってもんでしょ」

 それらしい理由を並べながら、ロビンは普段の装いから、一瞬の間に夏の霊衣へと姿を変えた。
 立香が夏の礼装を着ているので、彼なりに合わせようとしてくれたのだろう。

「ふふっ、それってナンパ? ルルハワでも同じ手口だったよね」
「手口って。んな、人を悪い男みたいに」
「え、違うの?」
「……や、何も間違っちゃいなかったわ。……んー、そうだな。なら、悪い男らしく。もっと踏み込んだ表現で、お誘いしましょうか?」

 ロビンは立香の手を取り、指先に軽く口付ける。浮かされるような熱を孕む翡翠の視線が、立香の琥珀から外されることはない。
 いくぶん上昇した頬の熱を、必死に北極の風に逃しながら、立香は洒落た返しを考える。けれど気の利いた返事など、茹だり始めた頭では、すぐに浮かぶはずもなく。
 結局うつむき加減で、「く、クレープ食べるくらいなら……」と、承諾の意を伝えることしかできなかった。
 そんな立香に、ロビンは取り繕うことなく静かに笑う。

「はいよー。そんじゃあ、今年も夏の思い出を作りに行くとしますか!」

 消えてしまう夏を惜しむ気持ちは、溶けない氷と一緒に、そっと小箱にしまいこんで。
 二人は船を降り、花畑へと歩いていった。






おまけの会話文

「そういえば、この遊園地。マスコットキャラがいなかったね」
「あー、確かにそうだな。気にしたことなんて終ぞなかったッスけど」
「立派な遊園地なのにもったいない。───そうだ。今からでも遅くない。マスコットキャラを作ろう。……ネズミーマウス二号、とかってどうだろう?」
「至るところに敵作っていきそうな、アグレッシブなネーミングセンスだな、おい! つか、何で二号? 一号はどこ行ったんスか?」
「一号は……大量のコロッケを求めて旅に出た」
「そりゃあまた。……腐る前に戻って来られるといいっすね」
「ちなみに零号機は経営難を救うため、家にも帰らず半月ほど出稼ぎに行ってる」
「零号機もいた!? しかも、いきなりしょっぱいハナシになってません!? オタクの中のマスコットキャラのイメージ、ぐちゃぐちゃすぎやしませんかね!?」



夏イベ面白かったです! 動物もいっぱいいたし、ミニキャラは可愛いし、夢の国だったし……。
もっと詳細な感想はモエガタリで。とりあえずロビンさんの出演に圧倒的感謝の意を込めて!

2022.8.24