Motherland

・付き合ってます。
・元気ないロビンさんがいます。苦手な方はご注意ください。






 お風呂に入って、晩御飯を食べて。さて、明日の予定をチェックしておくかーと、行儀作法など度外視で、だらしなくベッドの上に座りながら端末を操作していると、不意にノックの音がした。控えめな、小音が三回。聞きなれない音だ。誰だろうか?

「はい、どうぞ」

 居住まいを正しながら入室を促す。すぐにマイルームの扉が開いて、向こう側から見慣れた長身の痩躯がフラリと現れた。いつも身に纏っている深緑の宝具も、付き従っている青い鳥の姿もない。

「あれ? ロビンだったのか。いつもとノックの仕方が違ったから、別の誰かだと思ったよ」

 彼のノックは、どちらかと言えば明瞭で聞き取りやすい。しかし、だからと言って力任せではなく、こちらを気遣うように絶妙な力加減で為される。さっきみたいな、力のこもっていない、弱々しい音ではないはずだ。
 ロビンは何も言わない。いつもなら軽口の一つでも返ってくる場面のはずなのに。それどころか、表情も変わっていない。これでは、どこかに感情を丸ごとそっくり置いてきてしまった真っ白な能面だ。
 彼の真意を推し量ることができず、しばらくじっと見つめていると、急にロビンが部屋の照明ボタンをパチンと落とした。暗くなった室内に、端末の青白い光だけが輝いて、ぼんやりと立香を照らし出す。その光を目掛けて、ロビンが近づいてきた。

「ちょ、わわっ!」

 突然の行動に、立香の口から焦りの声が飛び出した。ロビンにいきなり抱き込まれ、ベッドに押し倒されたのだから無理もない。立香が手にした端末の光が、二人分の影をベッド近くの壁に写し出した。

「ロビン? おーい、ロビンー?」
「…………」

 仰向けで、肩口に口元を押し付けられながら、立香はのしかかってくる彼の名を呼ぶ。しかし返ってくるのは沈黙と、殊更ゆっくりと繰り返される息遣いだけだ。

「どうしたの? 何か落ち込むようなことでもあった?」
「……オレだって、たまにはこうして甘えたい時だってあるんスよ」

 上げそうになった驚きの声を飲み込み、見開いた目を何度も瞬かせることで、動揺を隠すことに成功した。
 ロビンがここまで憔悴しているのを、立香は初めて見た。いくらサーヴァントと言えど、肉体を得て、精神を有している以上、基本的に人とあまり変わらない。どちらかが、あるいは、どちらも疲弊してしまうことだって当然ある。
 ロビンはそういう手合いの感情を隠すのがとても上手い。いつも飄々としているためかもしれないが、湿っぽいのは嫌いだと公言する、彼の性格も拍車をかけているのだろう。
 だから彼がこんな姿を見せてくるのは、ひどく稀なことだ。一体ぜんたい何があったら、ここまで弱ってしまうのか。聞いてみようかとも思ったが、いまだに口を噤んでいる相手だ。素直に教えてくれる訳がない。
 ───もしかしたら近々嵐が来るのかもしれない。あとでシオンさんに頼んで、天候予測でもお願いしてみようかな。などと、失礼極まりない明後日の思考を走らせながら、とるべき行為を探る。

「ふぅん、そっか。それじゃあ───よしよし」

 立香は縋り付いてくるロビンの背中に手を回して、右手でポンポンと優しく叩いた。まだずっと幼かった頃、母がやってくれた手付きを真似しながら。
 数分の後、ぴくりともしなかったロビンが、肩口に埋めていた顔を少しだけ内側に動かした。
 首筋に息がかかる。でもそれだけ。多分、変な意味はなくて、戯れているといった方が正しい。
 でも、それはそれとして。皮膚が薄い場所はどうしてもむず痒くなってしまうものだ。

「くすぐったいってば」

 非難がましくなりすぎないように、そして漏れ出る笑いが、うるさくならないように配慮しながら、眼前にある稲穂色の後ろ髪を、ちょいちょいっと引っ張る。
 するとロビンは諦めたのか、やけに素直に首筋から口を離した。でも今度はベッドに寝転んだまま、お互い横向きに、向かいあう形に方向を変えられる。ラフな部屋着に覆われている胸元に顔を密着させたまま、ロビンはまたもや動かなくなってしまった。
 今度は呼びかけようと、髪を引っ張ろうと、何も反応しないという徹底ぶりだ。言葉にはせずとも、「じゃあここなら文句ないっしょ」という拗ねた反論が聞こえてくる。
 何だか小さな子供みたい。もしくは、甘えている大型犬? どちらにせよ、指摘の一つでもしようものなら、ロビンはヘソを曲げてしまうだろう。口は災いの元。過ぎたるは及ばざるがごとし、である。

「───ちょっと早いけど、今日はもう寝ちゃおうか。お疲れ様、ロビン。しっかり休んで、明日からまた頑張ろうね」

 こんな時は、一旦、諸々の雑事は置いたまま。頭を空っぽにして寝てしまうのが吉だ。
 煌々と光っていた端末の電源を片手で落とし、胸の前に位置するロビンの頭を、優しく手で梳いた。手触りのいい金色が、スルスルと指の間から滑り落ちていく。
 立香は下がる瞼の向こう側で、彼の人が生きた国の、星空の下にある、黄金色の畑を見た、気が、した───。

 ◇

 ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。まるで幼子をあやすような手つきだ。
 恥も外聞もかなぐり捨てて甘えたい時があるんだ、と宣ったものの、いざそのように扱われると反発したくなるというのが、捻くれ者のどうしようもない性である。
 真横にある細い首筋に顔を寄せる。石鹸の好ましい匂いと、薄い皮膚を通した向こう側に、ドクドクと熱く脈打つ血の感触がある。生きている人間であれば当たり前の現象だ。それが今は、ひどく心地いい。離れがたい衝動のまま、鼻先をさらに押しつけた。

「くすぐったいってば」

 耳のすぐ近くで、立香の笑い声が聞こえた。密やかに、吐息混じりに囁かれると、情事の際に彼女が発する艶やかな声が否応なく思い出されてしまう。常ならば、これ幸いとイタズラを仕掛けていただろうが、しかし生憎、今はそんな気分ではない。
 立香に後ろ髪を軽く引っ張られた。決して強制力はないが、淡く諌められてしまい、バツが悪くなる。とどのつまり、早く止めろということなのだろう。
 ロビンフッドは渋々と体勢を変え、立香と二人で向かい合うようにベッドに寝転がった。そして彼女の胸元へ顔を押し付ける。これならば立香は擽ったくもないし、体を休めることもできるだろう。
 やや間を置いた後、遠慮がちに、ロビン? と再度、己を指し示す名を呼ばれる。
 ああ、立香に応えなければと思う反面、そのために使う脳のキャパシティが足りず、ひどく億劫なのも事実。何なら立香が手に持っている端末の光も、ウザったらしいこと、この上ない。重要な操作をしているかもしれないからと、電源を落とさなかったのを褒めて欲しいくらいだ。
 結局、ロビンフッドは返事をせず、寝たフリを決め込んだ。
 立香は特に気分を害さなかったらしい。そのかわりに困ったような含み笑いが頭上から聞こえた。

「ちょっと早いけど、今日はもう寝ちゃおうか。お疲れ様、ロビン。しっかり休んで、明日もまた頑張ろうね」

 きゅっと頭を抱きしめられる。そして、何度も、何度も、後頭部を彼女の指が行き来した。それが、不覚にも泣きそうになるぐらい優しいものだったから。
 立香の身体を抱き寄せながら、ロビンフッドは落ちていく意識に抗うことを止めた───。



ロビンさんに何があったかは、ご想像におまかせします。
彼の性格的に、こんな風に落ち込むこと、なさそうですがね。
ただ立香ちゃんに優しく「お疲れ様」って言ってもらいたいがために書きました(願望)。
もしも付き合っていたら、こう言ったやりとりもありかな?
2022.7.5