大切なあなたに

・2022福袋で二人目のアビーちゃんが来てくれた喜びが、じわじわ効いて書きたくなった短編。
・カプ色はありません。
・ただアビーちゃんとロビンさんが、マスターのためにパンケーキを作るだけの話です。
・マスター、ほぼ出てこないです笑

それでも大丈夫な方のみ、スクロールどうぞ!












 花、宝石、日用雑貨、エトセトラ。世界は広く、色んな物で溢れかえっている。見れば見るほど、探せば探すほど、次から次へと新しい物が出てきて目移りしてしまう。大切なあなたに贈る物。一体、何が正解なのかしら……。






 ノウム・カルデアの食堂。昼食時の賑わいもすっかり落ち着いたその片隅で、アビゲイル・ウィリアムズは両手で頬杖をつき、悩ましげなため息を一つこぼした。
 
「どうしたアビー嬢ちゃん。なーんか考え事ですかい?」

 その様子を見かねて、戯けた物言いで話しかけたロビンフッドは、そのままアビゲイルの真向かいの席に腰を下ろす。ロビンフッドの肩に乗っていた青い鳥がパタパタっと小さく空中で羽ばたき、再び肩口に止まりなおした。

「ええ、そうなの。聞いてくださる? ロビンさん」

 暗い表情を湛えたまま小鳥の動きを目で追っていた少女は、次いで真っ白なテーブルに視線を落とした。

「私、もっとマスターのお役に立つためには、どうしたらいいのか考えていたの」
「ほー……そりゃまたシンプル、かつ、難儀なお悩みで」

 てっきり子供サーヴァントの誰かと喧嘩したとか、そういう可愛いらしい悩みだろうとタカを括って声を掛けたのだが。
 想定より斜め上の相談に、ロビンフッドは、「アテが外れちまったな」と苦笑した。

「マスターは、こんな私に本当によくしてくださるの。私はいつも色んなモノをもらってばかり。少しでもお役に立ちたいと思って、できるかぎり戦闘は頑張っているけれど……。最近はそれだけじゃ十分に返せていないんじゃないかと思えてきて……」

 アビー嬢ちゃんが机の上で、長めの黒い袖口から出した小さな五指同士を軽く合わせ、もじもじと動かしながら目を伏せる。
 そして目を見開くと同時に、ぐいっと身を乗り出してきた。

「何とか日頃の感謝の気持ちをマスターに伝えたいの。ねぇ、ロビンさん。私が渡せて、マスターが喜びそうな贈り物って、一体何かしら?」

 いや、身も蓋もないことを言ってしまうならば、マスターには虹色に光るトゲトゲした石でも渡しとけばいい。おそらく咽び泣いて喜ぶだろう。だが目の前の敬虔な少女に、そんな下世話な話を伝えるのは、さすがに憚られた。この場合の正解は──もっとこう、ハートフルな内容だろう。

「一番確実なのは、直接本人に何が欲しいか聞くことだが……」
「それじゃあダメよ! サプライズの意味がなくなってしまうわ!」
「ですよね。となると、選択肢は『自分で考える』の一択しかねぇワケだ」

 ロビンフッドは頭の後ろで両手を組んだ。肩に止まっていられなくなったコマドリが所在なさげに飛び立ち、稲穂色の髪の中にポスンと降り立った。
 マスターの顔を思い浮かべる。アビー嬢ちゃんの悩みは難しいものだ。あのマスターはサーヴァントの好き嫌いは根掘り葉掘り聞いてくるクセに、自分の好みは一切口にしない。物に特別な執着はないように思えるし、食べ物もこれと言った苦手がないらしく、何でも──遠征先で出会うゲテモノの肉でさえ──食べてしまう強者ときた。
 そんな相手に贈り物をすることは、意外にもハードルが高いことだ。どこかの金星の女神のように、分かりやすい性格をしていれば話は別だが。
 
「あ、そういやさっきクエストに行く前に、甘いもんが食いたいって廊下でボヤいてたな」

 午前の資材確保に出発する前、廊下でマスターとマシュ嬢ちゃんが話していたのを唐突に思い出した。
 呟きを聞いたアビー嬢ちゃんの目が、キラリと光る。

「甘い物……。それって甘い物なら何でもいいのかしら?」
「いいんじゃねーですか? 特にアレが食いたいとか、コレが食いたいとかは言ってなかったぜ」

 アビー嬢ちゃんがパチンと両手を叩く。先程とは打って変わって、顔には生気が満ち溢れ、青い瞳がキラキラと光り輝いている。

「それならパンケーキがいいわ! マスターのために沢山のパンケーキと、あたたかいミルクティーで、おやつパーティーを開くの。甘いのがお好みなら、メープルシロップも用意しなくちゃ!」

 ハツラツと語る少女だったが、次の瞬間、また花が萎れるように、しゅんと下を向いてしまった。上がったり下がったり、忙しいことだ。

「今度はどうした?」
「お料理が得意なサーヴァントの方達は、お仕事を終えたばかりだから、今から私の我儘に付き合っていただくのは……」

 なるほど、そういうことか。
 よいしょっと、とロビンフッドは立ち上がる。

「ロビンさん?」

 アビー嬢ちゃんは目を白黒させながら小首を傾げた。

「早く作らねーと間に合わないっしょ。あんまり遅くなると夕飯にも響くからな」
「もしかして……お手伝いしてくださるの!?」
「まぁ、ここまで聞いちまったら、ほっとくわけにもいかねーですし。乗りかかった船ってヤツですわ」
「ありがとう! ロビンさんがいるなら、とっても心強いわ!」
「買い被りすぎじゃねーですかね。そうと決まれば、まずは材料だな。パンケーキの材料くらいなら常備してあるだろ……」

 アビー嬢ちゃんを伴って、二人で誰もいない厨房に入る。
 昼食の後というのもあって、シンクも床もピカピカに片付けられていた。今日の当番は赤いアイツだったから、シンクには水滴一つ残されちゃいない。
 ──こりゃあ汚しがいがあるな。
 ひっそりと嫌味な笑みを浮かべながら、簡易冷蔵庫や棚の中を物色する。小麦粉、卵、砂糖に牛乳。計量器とボール、その他諸々を並べていった。

「よし、こんなもんか。嬢ちゃんは小麦粉をボールに移してくれ」

 袖を捲り、手を洗った少女に指示を出す。妙に気合の入ったアビー嬢ちゃんが、小麦粉の袋(大きめ)に手を伸ばした。

「小麦粉を……。ボールに……。きゃあああっ!」

 まぁ、言っちゃ悪いが、正直やると思っていた。
 濛々と白い粉が立ち込める中、ボールには確実に入りすぎた小麦粉の山が築かれている。デーン、と効果音がつきそうなくらいの、かなり多めな量だ。

「ご、ごめんなさい! 出し過ぎてしまったわ!」
「そんな謝んなくてもいいですよ。……ちょっと待ってな。いいこと思いついたわ」

 もう一つ空のボールを用意して、小麦粉を三分の一ほど取り分ける。

「ロビンさん、余った小麦粉をどうなさるの?」
「後のお楽しみってコトで。それはさておき、砂糖を量ってくれるかい? 今度は入れすぎないようにな」

 その間に卵黄と卵白を分け、それぞれ泡立てていく。アビー嬢ちゃんには小麦粉のふるいまでを頼み、卵黄に小麦粉、砂糖、牛乳を混ぜ合わせていく。そして最後にフワフワのメレンゲを、混ぜすぎないよう、さっくりゴムベラで足していった。

「よっしゃ。じゃあ焼いてくかー」

 その前に、と、取り分けていた小麦粉のボールを取り出した。

「それは、さっき私が出し過ぎた小麦粉……」
「これを生地が柔らかくなりすぎない程度に、牛乳と砂糖を入れてだな……」

 少し緩めな生地に仕上げて、スプーンを用意する。

「フライパンに、こうしてっと……」

 スプーンから垂らした生地で、ささっと嘴、顔、胴体、翼を描けば……。

「まぁ、可愛い! 鳥の絵だわ!」
「あとは普通に生地を乗せて焼けば、お絵描きパンケーキが簡単に出来るんだな、コレが」

 厨房組のように凝った味の底上げはできないが、遊びの延長線みたいな料理なら得意中の得意だ。
 隣で「やりたいです」と、こちらを見上げるアビー嬢ちゃんの視線がビシバシ当たっている。

「やってみるかい?」
「ええ! ぜひ!」

 アビー嬢ちゃんは少し考えた後、生地を掬ったスプーンをフライパンに垂らしていく。黒い鉄の上に、白いネコの絵が出来上がっていった。

「黒猫のパンケーキ作る、みゃおみゃお♪」
「いつも思うんだが、そりゃ何の歌なんだ?」
「よくぞ聞いてくださいました! これはカルデアのライブラリの中にあったアニメの歌なのです! 前にナーサリーやジャック達と一緒に見たのよ。ちょっと歌詞を変えているけれど、こっちの方が可愛いでしょう?」
「カワイイ……。カワイイ、か……?」

 黒猫パンケーキ。字面と響きは確かに可愛いのだが、アビゲイルがそれを口にすると、どことなく不穏に聞こえてしまうのは、彼女がヤバい神と交信が可能な巫女だからだろうか。そも、可愛いとは一体……。
 複雑な思考に陥りそうになるのを何とか耐えきり、絵付きのパンケーキを焼いていく。全ての生地がなくなる頃には、皿の上に、少し斜めになりつつあるパンケーキタワーが二つほど建設されていた。

「お疲れさん。予定よりもちょいと多めになっちまった気もするが……。いや、結果的にちょうどいいくらいの量か」
「ん? あ、ロビンさん。私、マスターを呼びに行ってもいいかしら?」

 ソワソワと体を動かしているアビー嬢ちゃんは、今にも走り出しそうな勢いだ。さながら、フリスビーを前に、待てを強いられている犬のように落ち着きがない。

「おう、そうしな。多分もう帰って来てるだろ。その間、オレはパンケーキの番でもしておきますよ」
「本当にありがとう、ロビンさん! すぐに戻ってくるわね!」

 アビー嬢ちゃんが去り、食堂に甘い香りと共に残される。
 ──いや、語弊があった。ここには既にパンケーキを狙う不埒な敵が、三人、入り込んでいる。

「さてと、そこで隠れてるお子様たち」

 キッチンスペースからは見えにくい位置、机と椅子の影に向かって、ロビンフッドは声を張り上げた。
 ガタン、と椅子が動く音がする。机の下から飛び出したのは、ナーサリーとジャック。そして意外にも、人と群れることを嫌う茨木童子の姿も、そこにはあった。甘い匂いに釣られてきたんだろう。なんとも分かりやすい奴だ。

「やっぱりバレてるわ!」
「バレてたねー」
「吾らの隠行は完ペキだったはず! 緑のいい人はまさかの千里眼持ち……」
「んなワケねーでしょ。アビー嬢ちゃんは必死だったから気付かなかっただけで、焼いてる最中に入ってきたのがバッチリ見えてたからな」

 霊体化して入ってこなかった度胸だけは認めるが、この三人の目的は、机の上に置かれたパンケーキタワーだ。

「おおかた誰もいない間に、全部食おうとしてたんだろ?」
「まぁ! そんな、全部だなんて。ただちょっと、ほんのちょっとだけ味見しようと思っただけよ」
「吾は全部食べようと思っていたがなっ!」

 だろうな、と心の中だけで返事する。

「そんなに食いたきゃ、アビー嬢ちゃんに打診するこった」
「アナタを倒してパンケーキを食べちゃうっていう方法もあるけれど?」

 ナーサリーが悪びれることなく、無邪気に提案をする。三対一でも負ける気はしないが、極力、無駄なことはしたくない。そもそもカルデア内では、有事の際以外の戦闘は禁止だ。

「そんなことしたら、今後一切、レイシフト先で一緒になっても菓子やらねぇからな」
「えー、横暴だー!」
「鬼か!」
「鬼はオタクだろうが。お、そんなこと言ってたら帰ってきましたぜ」 

 不平不満を生産している三人に向かって、食堂の扉を見つめながら言う。すぐに扉が開き、向こう側からアビー嬢ちゃんと、クエストから帰ってきたばかりであろうマスターが、手を引かれながらやってきた。
 アビー嬢ちゃんは食堂にいた盗人予備軍を視界に捉えた後、何も知らないまま嬉しそうに明るい声を上げた。

「あら、ナーサリーに、ジャック、茨木童子まで来ていたのね! パンケーキは沢山あるから、皆で一緒に食べましょう! さ、こっちよ。マスター!」

 ニコニコ笑顔でマスターの手を引くアビー嬢ちゃんに、毒気を抜かれたであろう三人を横目で見遣る。

「だとよ。よかったな、ちびっ子ども」
「あのアビーなら誘ってくれるって思ってたわ。でも、悪戯も同じくらいしてみたくなっちゃうのよね」

 ハッピーエンドには相応のヒール役も必要なのよ? と、ナーサリーは意味深な発言をする。全く、見かけは幼いが、れっきとしたサーヴァントだ。時々こちらがハッとするような、含蓄のある台詞が飛び出すから恐ろしい。

「悪戯? 何のお話かしら?」

 マスターを椅子に座らせ、パンケーキにメープルシロップをかけようとしていたアビー嬢ちゃんがナーサリーに尋ねる。ナーサリーは、ふふっと含み笑った。

「いいえ、何でもないのよ。それよりも、私たちも紅茶が飲みたいわ!」

 当然あるのよね? と、ナーサリーがロビンフッドに意味ありげな視線を投げる。

「はいはい、そうだろうと思って、ちゃんと用意してますよ」

 どうせこんな流れになるだろうと、ポットに十分量の紅茶を淹れてある。人数分のティーカップも出しておいたので、あとはキッチンまで取りに行くだけだ。

「さすが緑のいい人! 気が利くな!」
「へーへー。バックアップには定評がありますですよー」

 マスターが愛らしい絵が描かれたパンケーキを前に、ありがとうとお礼を言いながら涙目になっている。他のお子様たちは、そんなマスターを見て、はしゃいだり、ちょっと揶揄ったりしていた。
 アビー嬢ちゃんもお喋りに参戦し始めたので、必然的に紅茶を準備するのはロビンフッドの仕事と決まったらしい。

 ──今日ぐらいは嬢ちゃん達に奉仕でもするか、と、眠る青い小鳥を頭に乗せたまま、ロビンフッドはキッチンへ紅茶セット一式を取りに向かったのだった。






 メープルシロップの甘い香りと、ミルクティーの蕩ける優しさを添えた、束の間の休息を。
 大切なあなたに贈るのは「物」ではなく「モノ」。
 素敵な一時を、日頃の感謝と共に。
 どうぞ受け取ってくださいな、マスター(座長さん)!



だって福袋で二人目のアビーちゃんと五人目のナーサリーちゃんが来てくれたからさ……。
もうこれは書くしかないじゃん?
決して、逃避ではございません。戦闘シーンの推敲が行き詰ったからでも、サクラ・ファイブのお話を書きたい欲求に駆られていたからでもありません!
書きたかったから! 書いたのですっ!
2022.1.11